Five-seveN

4.

「ツナさん、こっちですー」
 駅前の喫茶店に足を踏み入れ、くるりと店内を見渡すと、すぐにハルの姿は見つかった。
 正面一番奥の角のテーブルで、軽く上げた右手を振っている。
 日曜の午後、ほどほどに混み合った店内を急ぎ足で綱吉は彼女に近づき、向かい側の席に腰を下ろした。
「ごめん、待たせた?」
「いいえ。ハルも今来たとこです」
 向けられた彼女の笑顔には屈託がない。中学時代から変わらないその明るい笑顔に何ともいえない温もりと、その裏表に存在する痛みを覚えながら、綱吉は注文を取りに来たウェイトレスにホットコーヒーを頼んだ。
「ツナさんに会うの、久しぶりですねー」
「そうだね」
 ハルは出身中学そのものも、綱吉たちとは学区が違う。だから、仲間内で集まるか、彼女から会いに来る以外には基本的に接点は生まれない。
 互いに高校三年生という進路選択で多忙な学年でもあることから、綱吉がハルと最後に顔を合わせたのは、夏休みの終わりの山本の祝勝会だった。
 だが、二ヶ月で外見の何が変わるわけでもなく、ハルは肩の辺りで切りそろえた髪を、指先で耳にかけやりながら、にこにこと笑っている。
「ツナさんに会えて、ムチャクチャ嬉しいです。ハル、ずっとツナさん欠乏症でしたから」
「それじゃ何かの病気みたいじゃん」
「ハイ、病気ですよー。ハルはツナさんが居ないと寂しくて死んじゃう病なんです」
 何だよそれ、とは綱吉は言わなかった。
 ハルの気持ちは知っている。中学生時代から何度も何度も繰り返し、言葉を変えて繰り返されれば、否が応でも理解し、信じるしかなかった。
 ただ、そんな彼女に返す言葉を綱吉が持っていないことも事実であり、それはおそらく彼女も承知している。
 二人を繋いでいるのは、そんな物悲しい連鎖だということを知りながら笑うハルが、獄寺に向けるのとはまた違う意味で、綱吉には悲しく愛おしかった。
 そして、ウェイトレスがコーヒーとレシートをテーブルに置き、去ってゆくのを待ってから、ゆっくりと正面から彼女と目を合わせる。
「ハル」
「はい?」
 綱吉を見返すハルの表情は屈託ない。だが、大きな黒目がちの瞳には、不安と恐れが揺れている。それを綱吉は見逃さなかった。
 ハルと獄寺は少しだけタイプが似ている、と思う。
 一途なところや打算がないところ、そして、とても素直で正直なところが。
 獄寺がいなければ、京子に対する憧れを卒業した後には、ハルを愛せていたかもしれない。
 そんな風に考えること自体が、彼女に対し失礼でもあり残酷でもあると思いながら、綱吉は静かに口を開いた。
「ハルの進路、聞いたよ。高校を卒業したら、どうするのか」
「────」
 そう告げた途端に、彼女の表情が一瞬消え、だが、すぐにハルは困ったように笑って手元のミルクティーをスプーンでかき回した。
「獄寺さんから、ですよね?」
「うん。つい最近」
「……最近、ですか?」
 スプーンがぴたりと止まる。
 上目遣いに見上げてきたハルに、綱吉は小さく微笑んだ。
「獄寺君は、ああ見えて色々気を使う性格だから。俺の方の状況が落ち着くまで、話をするのを待っててくれたんだよ」
「……ツナさんの、状況」
「うん」
 うなずき、綱吉は自分のコーヒーカップを手元に引き寄せる。が、持ち上げて口をつけることはしない。
 果たして、このコーヒーが冷め切ってしまうまでに飲み干せるかどうか。どうにも怪しい賭けだった。
「ハルは俺の立場を知ってるし、俺がどんな結論を出すのか、もしかしたら俺よりも早く分かってたかもしれないけど。──俺はイタリアに行くよ。高校を卒業したらすぐに、皆も一緒に」
 ハルは、食い入るようなまなざしを向けてくる。
 その瞳はどんな嘘も見逃さないようであり、そして、どんな嘘も悲しみながらも受け入れる優しさをも併せ持っているように見えた。
「皆もって……獄寺さんや、山本さんですよね?」
「了平さんもだよ」
「京子ちゃんのお兄さんも……」
「うん。……正直、了平さんにはこれ以上、俺たちの世界には関わってもらわない方がいいと思ってたけど、俺を援(たす)けたいって言ってくれたから」
「そうですか……」
 うつむくハルの表情は悲しげでもあり心配げでもあり、親友の京子のことを思っているのだろうかと綱吉は考える。
 京子もまた、綱吉の事情は知っている。知っているからこそ、兄のことを信じながらも、きっと心配しているだろう。
 近いうちに彼女にも会わなければならなかった。
「それでね、ハル」
「はい」
「俺は、ハルがもし、俺たちと一緒に来たいって言うのなら、それは『駄目だ』って答えるよ。ハルは女の子だし、普通の家の子なんだから、俺たちと同じところに来るのはやっぱり許可できない。でも、それ以外のことを……ハルがしたいと思うことを止める権利は、俺にはない」
「───…」
 ハルはじっと綱吉を見つめる。
「──ハルは、イタリアに留学するのは良くっても、ボンゴレには入れてもらえないということですか?」
「うん」
 確固たる意思を覗かせて、綱吉はうなずいた。
「色々危ないし、やっぱりハルには法律に引っかかるようなことには関わって欲しくないんだ。組織に入ってしまえば、どうしてもそういうものに触れないわけにはいかないから。
 ──もっと正直なことを言うなら、これ以上、俺たちには関わらない方がいいと思ってる」
「それは嫌です!!」
 ハルが叫ぶ。
 その声は店内に響いて、客やウェイトレスたちがぎょっとしたようにこちらを見た。
 が、幸か不幸か、中学生時代から望みもしないのに常に騒動の中心にあり、こういう事態に慣れっこの綱吉は微苦笑しながら「ハル」とやわらかく名を呼んでたしなめる。
 すぐにハルも我に返り、顔を赤くして小さくなった。
「すみません、つい……」
「大丈夫、気にしてないよ」
 二人の様子を伺っていた店内も、痴話喧嘩だとか別れ話だとかいう興味深い内容ではないことを察したのか、すぐに向けられていたまなざしは一番隅のテーブルから逸れてゆく。
 他人の関心など、そんなものだ。本当に『何か』が起こらない限りは、すべて見過ごされてゆく。そして、危険すぎる『何か』が起きた時も、人々は逃げてゆく。
 本当の意味で他人に手を差し伸べる人間は少ないのだと、これまでの短い人生の中でも綱吉は十分すぎるほどに理解していた。
「でも、ハルは絶対に嫌です。ツナさんともう会わないなんて、できません。そんなことになったら陸に上がったお魚と一緒で、酸欠で死んじゃいます」
 小さく肩を丸めたまま、ハルは小さな声で訴える。
 それは掛け値なしの真実として、綱吉の耳に届いた。
「……うん」
「犯罪になることはしたくないですし、暴力とか怖いです。でも、ハルはツナさんの傍に居たいんです……!」
「うん」
 二人のテーブルの上で、コーヒーもミルクティーも手付かずのまま冷めてゆく一方だった。綱吉はそれを認識していたが、ハルはそれすらも意識には無いのか、ただひたすらに綱吉を見つめてくる。
 そのまなざしから綱吉は目を逸らさなかった。
「ハルがそう思うのを、やめろって言う権利は俺にはない。誰も俺を止められないように、誰もハルを止められない。気持ちっていうのはそういうものだろ」
「ツナさん……」
「でも、やっぱり危険なのには変わりないから。実際がどうだろうと、ハルは間違いなく、こっちの世界ではボンゴレの関係者だと思われてる。そのせいでいつ何時、危ない目に遭うか分からない。……それは分かってるよね?」
「──はい」
 唇を小さく噛みながらも、ハルは真剣な顔でうなずいた。
「それでも、イタリアに来る? 俺の居る国に」
「はい。行きます。ツナさんに何と言われても」
 綱吉の質問を聞いた途端に、大きな瞳に強い光が宿る。微塵のためらいもなくハルは答え、訴えた。
「ハルはツナさんを困らせたいわけじゃないです。ハルにもし何かが起きて、家族やツナさんを悲しませるのも嫌です。でも、遠く離れる方がずっとずっと辛いんです。このまま何もしなかったら、もうツナさんに会えないかもと思うだけで、死んじゃいそうなくらいに心が痛いんです。
 こんな風に考えるハルは我儘ですか? 自分の気持ちが一番大事なハルは、ひどい人間ですか……!?」
 ひたと綱吉を見つめたまま、ハルの瞳にうっすらと涙が滲む。
 苦悩と恋心と。
 ひたむきな感情を映した透明な雫は、とても綺麗で……痛みと愛おしさを同時に綱吉にもたらした。
 獄寺が言った通り、彼女の中には一途な感情しかない。綱吉が受け止めてやらない限り、行き場を失って粉々になってしまう、強くもろい想い。
 そしてその想いが粉々になったら、彼女という人間の一部もひび割れ、砕けてしまうだろう。
 長い月日をかければ、いつかはその傷も癒えるかもしれない。だが、彼女という人間そのものを、たとえ一部でも壊してしまうと分かっていて傷付けることは、綱吉にはできなかった。
 そうするにはあまりにも、綱吉自身が誰か一人に向けるひたむきな想いがどんなものかを知りすぎていた。
「我儘なのは、皆一緒だよ。誰かを好きになるのも、その人のために何でもしたいと思うのも、見方によっては全部、ただの我儘だろ? ハルだけじゃないよ。俺も、皆も、きっと一緒だよ」
「……ツナさん……」
「だから、ハル。俺も我儘を言うよ。ハルが俺たちとの付き合いをやめずにイタリアに来るのなら、俺はハルを守る。ハルの家族も。要らないって言っても聞かない」
「え……?」
「俺はハルの気持ちには応えてあげられないし、ボンゴレにも入れてやれない。でも、大事な仲間だと思ってるから。ハルが怖い思いをしないように、誰かに傷付けられたりしないように、これからも守るよ。それが、俺の我儘」
 淡い微笑と共に告げた言葉に、呆然と綱吉を見つめていたハルの目から、涙が零れ落ちる。
 そして、こらえきれないようにハルは顔をくしゃくしゃに歪めた。
「ツナ、さん……ツナさん……」
 おしぼりを握り締め、懸命に嗚咽を押し殺しながら、ハルは途切れ途切れに言葉を押し出す。
「ハルは、ずっと……ツナさんを、好きでいても、いいですか……? 好きに、なって、もらえなくて、いいんです。いいですから、ハルは一生……」
「ハルの気持ちは、ハルのものだよ」
 静かに綱吉は答え、テーブルの上で小さな握りこぶしを作っているハルの左手に、自分の右手を重ねた。
「ごめんな、ハル。それから、ありがとう。俺みたいな奴を好きになってくれて」
「〜〜〜〜っ!」
 もう声も出せずに、ハルは泣きながらぶんぶんと首を横に振る。
 そしてそのまま、右手に持ったおしぼりに顔を埋めた。細い肩が激しく震え、押し殺した嗚咽が小さく耳に届く。
 そんな彼女を、綱吉は愛しさと悲しさの入り混じった瞳で見つめる。
 ハルが泣き止むまで、重ねた手は離さなかった。

*                 *

 ボンゴレから派遣されてきたという二人の男に綱吉が会ったのは、射撃訓練が始まってから一月が過ぎ、銃の扱いにはどうにか慣れた頃だった。
 二人のうち二十歳前後に見える青年は、色素の薄い砂色の髪と薄碧の瞳を持ち、背格好は綱吉とあまり変わらない。三十代後半と見える年かさの方は、黒っぽい髪と瞳を持ち、ちょうど家光のようながっちりとした体型の大男だった。
「若い方がルカで、でかいのがファビオだ。二人ともヴァリアーに所属している」
「ヴァリアー!?」
 リボーンの紹介に、綱吉も他の三人の守護者も思わず驚きの声を上げる。
「そうだぞ。俺から九代目を通しての要請に、XANXASがOKしてくれたんだ。感謝しとけよ」
「XANXASが?」
「ま、この二人を選抜してくれたのはスクアーロらしいけどな。お前らを鍛えるためなら仕方ねーと思ってくれたらしい。ボンゴレのボスがナイフの使い方も知らねーんじゃ、笑い話にもならねーからな」
「は……」
 驚きすぎて何が何だか分からなくなりながら、綱吉は改めて目の前に立つ二人を見つめた。
 こちらについてはどんな情報を持っているのか、二人とも表情は消しており、動じた様子はない。だが、その隙のなさに、ヴァリアーの中でも相当な実力を持つのではないかと見当をつける。
「今の俺じゃ銃の扱いは教えられても、ナイフは教えられねーからな。この二人は体格が全く違う上に、それぞれタイプの違うナイフ使いだ。ファビオは軍の特殊部隊出身で、言ってみればナイフ格闘のプロだな。ルカは下町仕込みの自己流だ。どっちかつーとベルフェゴールに近い」
 ベルフェゴールの名前に、獄寺がかすかに反応するのを綱吉は見ずとも感じた。だが、数秒待ってもそれ以上のことは何もなく、ほっと内心で吐息をつく。昔ならいざ知らず、今の獄寺は自分を抑えることにも随分慣れてきているようだった。
「訓練の内容としては単純だ。お前らは、こいつらが襲い掛かってくるのを撃退できるようになればいい。とにかくナイフ使いの攻撃パターンを体で覚えろ。そして、どうすれば刃物を持つ相手を無力化できるのかをな」
「──分かった」
 リボーンの説明にうなずき、綱吉は一歩前に足を踏み出した。
「ファビオ、ルカ。わざわざ日本まで来てくれてありがとう。自己紹介するまでもないだろうけれど、俺は沢田綱吉。それから右から順に、獄寺隼人、山本武、笹川了平。俺の守護者たちだよ」
「初めてお目にかかります、十代目。ファビオと申します」
「ルカです。以後、どうぞお見知りおきを願います」
「うん、よろしく」
 流暢な日本語で挨拶し、丁重に頭を下げる二人には、ナイフの使い方も知らない異国育ちの『十代目』を侮っている様子は微塵もうかがえなかった。
 もっとも実力主義のヴァリアーの人間である。これからの訓練で相応の進歩を綱吉が見せなければ、内心の軽蔑と共に上司にそれを報告することは十分に考えられた。
「じゃあ、全員こっちに来い」
 挨拶を終えたのを見届けて、リボーンはすたすたと壁に向かって歩いてゆく。
 どこに行くのか、と綱吉が思った時、ピッと小さな電子音が響いて、わずかなタイムラグの後にリボーンの目の前の壁幅一メートルほどが音を立てて十センチほど奥にずれ、そして左にスライドした。
「え!?」
「壁の向こうに……!」
「まだ部屋があったのかよ?」
 綱吉ばかりでなく、他の三人もそれぞれに驚きの声を上げるのを振り返って、リボーンは右手に小さなリモコンを持ったまま、にやりと笑う。
「他にも色々あるぞ。お前らがまだ知らないだけだ」
「……秘密主義もいい加減にしろって……」
 訓練が始まる前に、どっぷり疲れた気分になりながら、綱吉はリボーンに続いて壁の向こうに現れた空間に足を踏み入れる。
 そして、辺りを見回して驚いた。
「ここは……」
 まるで廃墟のようだった。崩れた柱に、崩れかけた壁、割れた窓ガラス、乏しい照明。廃ビルを思わせる空間は、視界が遮られているせいで、全体の広さすらよく分からない。
「だだっ広い場所で敵に襲われても、そうそう怖くねーからな。来月からは射撃訓練も、このセット内で行う予定だぞ」
 セット、ということは、わざわざこういう空間を作ったということだろう。第一、地下訓練場の他の部分は、経年劣化など微塵も感じられないピカピカの造りであり、ここだけこんなに古びているのは、かえって不自然である。
 自分の訓練のためとはいえ、どれだけ手間と設備をかける気なのかと、とことん実戦主義のリボーンに綱吉はもう言葉もない。
 だが、現実的に考えれば、こういう場所で敵と対する可能性も決して低くはないのだ。これまでの自分の経験を省みて、半ば悟りの気分でうなずいた。
「分かったよ。で、何から始めれば?」
「教官はファビオとルカしかいねーからな。まずはツナと獄寺、お前ら二人だ。山本と了平は、あっちで俺といつもの訓練だな」
 そしてリボーンは、ファビオとルカを手招く。
「ファビオはツナ、ルカは獄寺についてやってくれ。獄寺は素人じゃねーが、ツナは新兵のつもりでナイフの握り方から仕込むことになる。面倒をかけて悪ぃが、頼んだぞ」
「はい」
「どうぞお任せ下さい」
 答えるファビオとルカにうなずき返して、リボーンは山本と良平を引き連れて射撃場のある部屋の方に戻ってゆく。
 その後姿を見送ってから、綱吉はファビオと向き合った。獄寺もまた、ルカとの距離を詰める。
 ヴァリアー所属ということも手伝ってか、元より警戒心の強い獄寺が二人に対してあまり友好的な感情を持っていないことは綱吉にも伝わってきていたが、今の獄寺は、そうそう感情任せには行動しない。
 放っておいても大丈夫だろうと、黒髪黒目の巨漢を見上げた。
「それじゃ、お世話になります」
「はい」
 ファビオはうなずいて、手に持っていた小型のジュラルミンケースを綱吉の眼前に掲げ、開ける。
「ランドール社製M14アタック・ブラックマイカルタの特注品です。リボーンさんの注文でお持ちしました」
「ランドール……」
 そこに納められていたのは、一本のナイフだった。刃渡り二十センチ余りの両刃で、かすかにでも触れたら切れそうなほど鋭く見える。黒い柄は樹脂とも木材とも見える素材で、装飾は何一つない。何一つ飾らないのに、戦慄を覚えるほど美しい。
 ごくりと唾を飲み込んでから、綱吉はゆっくりと手を上げ、それに触れた。
 重い。そして、冷たい。
 Five-seveNを手にした時以上の、古い起源を持つ武器の放つ気配に体の芯がおののく。
「……どうやって持てば?」
「こちらの刃を下にして、普通に五本の指で握って下さい。必殺を狙う場合には刃を返しますが、その技術は十代目にはおそらく不要でしょう」
「……どうしてですか?」
「あなたが九代目が選ばれた、ボンゴレのボスだからです」
 沈着冷静なファビオの低い声に、ほのかに畏敬の念がこもる。
「九代目は、我らがXANXAS様ではなく、あなたを選ばれた。それだけで分かる者には分かるのです。九代目が何を求めておられるのか、あなたがどのような御方か」
 ……正確に言うのなら、XANXASがボンゴレ十代目に選ばれなかったのは、その性格だけが問題だったわけではない。が、それを指摘するべきではないことは言うまでもなかった。
「そして、そうでなければ、我らヴァリアーも存在意義がありません。加えて先程、リボーンさんもおっしゃられました。敵を撃退できるようになれば良い、と。
 ならば、我々はあなたに対して、刃を上に向けて襲い掛かりますが、あなたが我々を刃を上に向けて迎撃する必要はないのです」
「……分かりました」
 理解されている、と思った。
 九代目は自分を理解してくれている。そして、この教官役の戦士も九代目と自分に忠誠を示してくれている。
 それに応えなければならないと思いながら、綱吉はゆっくりとナイフの柄を握る。
 人の命を左右できるものを手にしている重みと冷たさが、じわりと手のひらから全身に染み渡ってゆくようだった。
「──これは私の憶測ですが」
 そんな綱吉をじっと見つめていたファビオが、再び静かに口を開いた。
「我々程度の攻撃は、すぐに十代目は撃退できるようにおなりでしょう。先程から十代目の身のこなしを拝見していて、そう感じました。十代目は、門外顧問殿の御子息であり、あの伝説のヒットマン、リボーンさんの愛弟子でいらっしゃる。四年前にXANXAS様に勝利されたのも、大変失礼ながら決してまぐれではないと、直(じか)にお会いして理解いたしました」
「────」
 その認められ方を喜ぶべきなのかどうかは分からなかった。だが、ひ弱と称されがちな外見ではなく、中身を見ようとしてくれているらしいファビオの言葉に、何とも言えないぬくもりを綱吉は感じる。
「……あなたがそう言ってくれるのなら、期待を裏切らないように努力します」
 そう答える表情は、自然に微笑みになった。
 拳銃と同じく、ナイフの感触も一生、好きになれそうにはない。
 だが、拳銃と同じく、必要な道具としてその存在を受け入れることはどうにかできそうだと思った。

to be continued...





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