冬物語 〜10. スノードロップ〜











「それ、どうしたんですか?」
「妹がよこした。もうすぐ花が咲くから、飾っておけとな」
「へえ・・・・冬の花ですから、家の中より外の方がいいんですよね?」
「うむ。春咲きの球根植物は、寒さに当たらぬと花が咲かぬらしい」
「じゃあ、玄関脇に置いておいたらどうですか。そこなら、いつでも目に付きますし」
「そうだな」

今年最初の会話は、そんな言葉で始まった。








「買い物は、いつ行きます?」
「一休みしてから、かのう。一時間前に食事したばかりだから、まだ夕飯に何を食べたいか思いつかぬし」
「僕も似たようなものですよ」

笑いながら、楊ゼンはコーヒーのカップを手に、ダイニングから戻ってくる。
短く礼を言って、太公望は片方のカップを受け取った。

「御両親は無事に、羽休め旅行に出かけられたのか?」
「ええ。かなり道が混んでるようでしたけど、夕方には温泉に着くんじゃないですかね」
「どうせなら、おぬしも一緒に行けばよかったのに」
「嫌ですよ。親子三人で家族旅行という年齢でもないでしょう」
「悪くないと思うがな」

小さく笑って、太公望は熱いコーヒーを一口すする。
その様子を穏やかな瞳で見つめ、楊ゼンもまた、自分のカップを傾けた。
それから、カップをローテーブルの上に置いて立ち上がり、リビングの入り口横に置いてあった自分のバッグを手に戻ってくる。

「あなたにね、見てもらおうと思って」
「うん?」
「見てみたいと言ってたでしょう?」

言いながら、バッグから取り出したものに太公望は目をみはった。

「早速撮ってきたのか?」
「ええ、昨日。御苑まで行ってきたんですよ」
「わざわざか」

応じながら写真屋の袋を受け取る太公望の表情は、明るい驚きに笑んでいる。
その表情のまま、丁寧な手つきで中から写真を取り出した。

「ほう・・・」

一枚目を目にして、まず感嘆の声が零れる。
きんと張り詰めたような冬の池と雑木林の暗緑色を背景に、薄紅と白の絞りの山茶花(さざんか)が雅やかに咲いていた。
それが角度を変えて二枚、三枚と続き、そして、椿の蕾と艶のある緑の葉、鮮やかに赤い万両の実へと変化してゆく。
水辺で戯れる小鳥たち、ゆったりと冷たい池を泳ぐ冬の鯉、春を待つ木々の堅い新芽、赤い実をついばむ小鳥・・・・。
鮮やかに切り取られた風景に、太公望は見入る。

「自慢できるようなものではないんですけど・・・・」

予想した通りに、一枚一枚、丁寧に写真をめくってゆく。
そんな恋人を見つめ、楊ゼンの口元に小さな微笑が滲む。

「預かったカメラを触っていたら、どうしても撮りたくなって・・・・・」

あなたに見てもらいたかったんです、と続けた楊ゼンに、太公望は写真に視線を落としたまま、頷いた。

「分かるよ。わしは写真のことなど何も知らぬが、これらの写真を見ておると、おぬしがどんな気持ちでカメラを構えておったのか、伝わってくる気がする」
「そうですか?」
「うむ」

そして、

「おぬしの目には、世界はこんな風に見えるのか」

太公望はひどく優しい声で呟いた。

「先輩・・・・」
「いい写真だな。どれもこれも、すごく綺麗で優しい」
「・・・・そんなことないですよ・・・」

飾り気のない賞賛に、らしくもなく楊ゼンは面映さを覚える。
そうして見守るうちに、太公望は写真を全て見終えて、顔を上げた。
楊ゼンを見上げる瞳は、ひどく深い、穏やかな色をしていて。

「ありがとう、楊ゼン」
「え・・・・」
「あのカメラで、こんないい写真を撮ってくれた。すごく嬉しいと思うよ」
「そんな・・・・」

思いがけない褒め言葉に、楊ゼンは返す言葉に迷う。
が、この恋人を相手に韜晦(とうかい)する必要も、言葉を飾る必要もない。
素直に想いを言葉に乗せた。

「お礼を言いたいのは、僕の方です」
「うん?」
「もう一度、写真を撮ることができた。それも、あんな大切なカメラで・・・・。昨日、ファインダー覗いてシャッターを切りながら、楽しくて仕方がなかった。あなたのおかげです」
「わしは、宝の持ち腐れになっておったカメラを、ちゃんと使ってやってくれる相手に託しただけなのだがな」

どこか悪戯っぽい、しれっとした調子で太公望は言い返し、瞳を見交わして、どちらともなく笑い出す。
そして、楊ゼンは太公望の肩を抱き寄せた。

「ありがとうございます。本当に嬉しいですよ」
「うむ」

頷いて、太公望も抱き寄せられた楊ゼンの肩に、軽く頭を持たせかけて目を閉じる。

「あの鉢植えも、花が咲いたら撮ってくれ。妹に見せてやるから」
「ええ。僕にできる限り、綺麗に撮りますよ」
「うむ。楽しみにしておるからな」

小さく笑いあって。
しばらくの間、二人は写真を眺めながら寄り添っていた。
















ほのぼのラブ甘の二人。
正月だろうが何だろうが、この二人は変わらないらしいです。

なお、お分かりだと思いますが「妹」というのは、『従妹』のこと。
叔父一家も、太公望の大切な家族なのです。



NEXT 冬物語11 >>
<< PREV 冬物語09
小説リストに戻る >>