冬物語 〜1. キャンドル〜











「本当にいつも通りでしたねえ」
「気分屋の割に、太乙は頑固だからのう」

深夜の夜道は、しんと凍り付いている。
暖冬といえども、真冬に足を踏み入れたこの季節、もうコートなしで外を歩くのは辛く、吐く息も真っ白に煙る。

「いつもと同じ'50sに'60s、同じメニューに同じ店内。あそこまですると見事だろう?」
「ええ。なんだかあそこだけ、別世界という感じがしましたよ」
「外が賑やかな分、余計にな」
「でも、お客さんもそれを楽しんでいる感じでしたよね。今夜は店内に入ってきて、ちょっと驚いたようなほっとしたような顔をして・・・・」
「だろう?」

交わす言葉は、深夜の住宅街をはばかって、ひそやかな響きだ。
冬の夜空は雲一つなく晴れ、街灯の明かりを通しても煌めく星が数えられる。

「エアコンのタイマー、ちゃんと働いておるかのう」
「大丈夫ですよ。出る時に確かめましたから」
「そうか? では、もし帰って部屋が暖かくなかったら、おぬしを恨んでやるからな」
「どうぞ、いくらでも」

くすくすと白い吐息に、小さな笑いが混じる。
他の季節ならばゆっくりめになる足取りも、さすがに今は速くなり、幾つもの街灯の光によって作り出された影法師が、次から次へと凍てついたようなアスファルトに現われては消えてゆく。
太公望のアルバイト先から自宅までは、徒歩で30分ほど。
その角を曲がれば、もうすぐだった。





そして数分後、楊ゼンと太公望は暖かな我が家に帰り着き、玄関のドアを閉めて、知らずほっと息をついた。
リビングのエアコンはきちんと作動しており、そのことに何となく顔を見合わせて微笑いながら、コートを脱ぎ、ハンガーにかける。

「寒かったのう」
「ええ。でも、これから1月2月にかけて、もっと寒くなるんですよね」
「・・・・・真剣に日本脱出を考えるかな」
「どうぞ御自由に。あなたが行くのなら、僕はどこにでもついて行きますよ」
「ふうん?」

冗談にも本気にも聞こえる楊ゼンの言葉に、面白げにちいさく笑みながら、太公望はサイドボードの上に置いてあった、小さな紙袋を手に取る。

「何です?」
「ちょっとな、これくらいなら便乗しても良いかと思って」

その中身がクリスマスプレゼントでないことは、楊ゼンも承知の上だった。
太乙ほどではないが、楊ゼンも太公望もクリスマスには大して興味がない。大昔の聖人の誕生日にかこつけて、プレゼントを贈りあうのは変だ、という意見が一致して、いわゆるクリスマスらしいクリスマスを過ごしたことなど、付き合い始めてから一度もないのである。
だからこその問いかけだったのだが、小さな紙袋から出てきたのは、少々意外な品だった。

「キャンドル・・・?」
「そう。クリスマスはどうでもいいが、昔から蝋燭の明かりは好きでな」
「ああ、そういえば台風の時に、そんなことを言ってましたよね。子供の頃、停電の時に蝋燭を灯すのがキャンプみたいで、わくわくしたって」
「うむ。だから、買ってみた」

言いながら、太公望はリビングのローテーブルに大小様々の大きさのキャンドルを三つ並べ、ポケットからライターを出して順に火をつけた。
それを見て、楊ゼンもリビングの入り口へと歩み寄り、照明のスイッチをオフにする。
途端、室内は、あたたかでやわらかいオレンジ色の光に満たされた。

しばらく二人は物も言わず、空調の風にゆらめく炎を見つめる。

「綺麗ですね」
「やっぱり電気仕掛けの明かりとは、全然違うな」
「温かいというか・・・・ほっとしますよね」
「うむ」

蝋の燃える独特の匂いと、かすかな音を聞きながら二人は囁くように言葉を交わした。

「どうせならシャンパンくらい用意すればよかったですか?」
「そこまではやりすぎだ。窖ANAGRAで飲んだ後だしな」
「ですね。じゃあ、コーヒーでも」
「入れようか」
「僕がやりますよ。さっき、カクテルを何杯も作ってもらいましたから」
「あれは仕事なんだが・・・・」
「いいんです、僕がやりたいんですから。あなたは座っていて下さい」

笑って、楊ゼンはさっさとダイニングキッチンに向かう。
その後ろ姿に微笑して、太公望は言われた通りにソファーに腰を下ろした。

目の前で三つ、小さな炎が揺れながら燃え上がる。
どこか懐かしい、いとおしささえ感じさせるオレンジ色の炎を見つめ、そして太公望は目を閉じる。
視覚が閉ざされると、燈芯の燃えるかすかな音と、楊ゼンが湯を沸かし、コーヒーを入れる音が、よりくっきりと耳に響いた。

「お待たせしました」

ほどなく聞こえた、武道をたしなむ者らしいかすかな足音と、陶器がテーブルの表面に触れる硬質な音に、太公望は目を開ける。
と、すぐ隣りでソファーが軽く軋み、顔を向けると、楊ゼンが穏やかな瞳でこちらを見つめていた。

「何を考えてたんです?」
「いいや。特に何も。音を聞いていただけだ」
「そうですか? 何となく楽しそうに見えましたけど」
「ああ、それは当たっておるかな」

答えて、太公望はコーヒーカップを手に取る。
クリームなしで、シュガーをスプーンに軽く一杯入れたコーヒーは、仄かに甘く、苦い。

「外は寒かったが家の中は暖かくて、キャンドルの灯が灯っていて、入れたてのコーヒーがあって。なかなか良いと思わぬか?」

言いながら、とん、と太公望は隣りに腰を下ろしている楊ゼンに軽く寄りかかった。

「あなたが居て、僕が居て、二人きりで?」
「そうそう」

笑みを含んだ楊ゼンの甘やかな声に、太公望は小さく笑う。
それから顔を上げて。

二人は触れるだけのキスを交わす。

「酔ってませんか?」
「蝋燭の明かりに?」
「ええ」
「かもな」

くすくすと、ひそやかな笑いを零しあって。
互いに手を伸ばし、二人はゆっくりと目を閉じた。
















冬物語第1弾。
最初ということで、かなり甘くしてみました。って、いつでもこの二人は甘いんですけど。

Xmasのイルミネーションにはあまり感動しないんですけど、蝋燭の炎は好きです。
なんか良いですよね〜あったかくって。



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