#007:毀れた弓







久々に出た街の空は、どんよりと重く曇っていた。
いつ雨粒が落ちてきてもおかしくないくらいに大気は水分を含み、頬にも、首筋で一束にまとめた長い髪にも執拗にまとわりついてくる。
タチの悪い女の手を思わせるようなその鬱陶しさに楊ゼンは眉をしかめ、しかし歩き出す。






蔑みと畏れを込めて、魔都、と他から呼ばれる都市は、複雑な造りの迷宮のように足を踏み入れたものを迷わせる。
都市計画も何もなく乱雑に立ち並ぶのは、古びた前時代の頑丈な建造物に、真新しいぴかぴかの悪趣味なネオン輝く店舗、無機質で機能的な高層ビル、その隙間を埋める今にも崩れ落ちそうな廃屋同然の集合住宅。
あらゆる時代と階級が混在しているその中には、人間もまた、あらゆる種類が揃っている。
表通りには、いかにもエリートらしいビジネスマンが行き交い、磨き抜かれた超高級車が威を振りかざして通り過ぎてゆき、そして一歩裏通りへと踏み入れば、得体の知れない物売りや、肩をいからせた破落戸(ごろつき)、下着しか身につけていないような化粧の濃い商売女、薄汚れた身なりの子供がうろうろしている。
その中を、楊ゼンは一人、早くも遅くもない足取りで通り過ぎてゆく。

並外れて長身というわけではないが、上背のある身体は細くもなく太くもなく、しなやかに鍛えられ、引き締まっている。
顔立ちもまた並外れて整っており、鋭さと意志の強さを感じさせる目も、通った鼻梁も、薄い唇も、造作の全てが秀麗という形容に尽きる。
だが、それ程に・・・・本来なら人目を引いてやまないはずの容姿を持ちながら、楊ゼンの姿はひっそりと街角に溶け込んでいた。
通り過ぎてゆく青年に、誰も目をくれない。
美貌には目ざといはずの商売女でさえ、声をかけることはおろか、目で追うことさえしないのである。
まるでそこには居ない者のように徹底的に自分の気配と存在感を消し去り、複雑に入り組んだ街路をたどって、楊ゼンは薄汚れた裏街の一角に建つ、古びた店舗の入り口をくぐった。

一応、軒先には扁額が掲げられているが、すっかり煤けてしまっていて屋号は殆ど読み取れない。
だが、硝子の曇ったショーウインドウや商品棚に並べられている売り物から、写真機の小売とフィルムの現像、写真館を兼ねた店であるということが知れる。
狭い店内の半ば辺りまで足を踏み入れ、楊ゼンが立ち止まるのとほぼ同時に、奥へと続く扉が音もなく開き、一人の男が顔を出した。
年の頃は五十を過ぎるかどうかというところだろうか。小柄で頭髪が薄くなりかけ、風采の上がらない容貌の中で小さな目だけが、うだつの上がらない商売人らしい卑屈さと小狡さをないまぜにして動いている。

「李寳は居るか?」

低く楊ゼンが問い掛けると、男は相手を値踏みするように青年を見やり、それから無言のまま奥へと引っ込んだ。
だが、扉は閉ざされることなく中途半端に開かれたままで、楊ゼンはさりげない、しかし十分すぎるほどに周囲を警戒した動きで、その扉をくぐり、薄暗い奥へと足を進める。
写真館の埃と黴が入り混じったような澱んだ空気には、鼻腔を刺激する酸の臭いがかすかに混じっており、それ──写真の定着に使われる酢酸の臭いを追うように、細く明かりの零れている右手の扉を、楊ゼンはゆっくりと開けた。

「──よう、生きてたのか」

途端にかけられた声は、先程の店主とは違う、まだ若い男の声だった。
もっとも若いといっても店主に比べての話で、そろそろ三十は越えているだろう。伸びすぎたらしい髪を首筋で乱暴に束ね、無精ひげがちらほらしている口元には、よれた煙草をくわえている。
いささかくたびれた中年一歩手前の男は、皮肉げな笑みを浮かべた瞳で、椅子に寄りかかったまま楊ゼンを見やった。

「さすがに死んだかと思ってたけどな。ここ二週間ばかり、音沙汰なかったしよ」
「あいにく、悪運が強くてね」
「ふん?」

皮肉な笑みを深めた男に、楊ゼンは表情を消したまま、淡々と問いかける。

「頼んであったものは?」
「ああ、できてるぜ。正直、随分とヤバイ山を踏んだのに、あんたに死なれたんじゃ話にならねぇと思ってたんだがよ。──そら」

ばさり、と紙が物にぶつかる音を立てて、封筒が机の上に投げ出された。
何の変哲もない薄茶色の封筒を見つめ、楊ゼンはゆっくりと手に取る。
そして、封筒を傾けて中の物を机の上に広げた。

「・・・・少ないな」
「仕方ねぇだろ。向こうの警戒が強すぎる。当主が死んだばかりで下っ端までピリピリしてやがるんだ。とてもじゃないが、写真機なんかまともに向けられねえ」
「新しい汪老は?」
「こいつだ」

男が指差した写真は相当な望遠で撮ったものらしく、ざっと見ても二十人以上の人間が写っている。
その真ん中にいる人物は、何かに気づいて振り返ったというように顔をこちらに向けていた。
正面からの撮影ではないから、正確な顔立ちは分からない。だが、ピントは合っており、かろうじて雰囲気と特徴だけは判別がつく。

「・・・・まだ若いな」
「三十三かそこらだったはずだ。けど、先代の男の子供の中じゃ一番上だからな。まぁ何人もいる叔父貴たちが補佐するんだろ。腹違いの姉も、相当のやり手らしいし」
「その姉の写真は?」
「ない」
「ない?」
「徹底して表に出てこねぇんだ。ものすごい美女だっていう噂はあるんだが、部外者は誰も見たことがない。顔を知ってるのは家族と一握りの幹部だけじゃねえかな」
「・・・・腹違いだと、弟とは顔は似てないか」
「多分な。どう見たって、こいつは美形ってツラじゃねぇし。先代の汪老は美人好みで、正妻も星の数ほどいた妾も美女揃いだったらしいんだが、あいにくガキの顔は母親に似なかったらしい」

男の声を聞き流しながら、楊ゼンは机の上に広げられた数枚の写真に見入る。

「この辺は幹部連中か?」
「ああ。一応、それぞれの写真の裏に名前と肩書きだけは書いといたから、参考にしてくれ」
「分かった」

うなずいて写真を封筒の中に戻し、楊ゼンは自分の上着の内ポケットから別の封筒を取り出して、机の上に置いた。
男は悪びれずにそれに手を伸ばし、厚さを確かめて短く口笛を鳴らす。
そして、遠慮なく封を切り、中身を取り出して軽く広げ、ぱらぱらとめくった。

「額面は色々混じってるが、きっちり二万$あるはずだ」
「随分と豪勢だな」
「この写真を手に入れるのが、どれくらい危険なのかは分かってるつもりだからな。それで仕事をしてくれるのなら安いくらいだろう」
「へえ。あんたはやっぱりいいお客だよ。どんなに胡散臭かろうが、知り合っておいて損はなかった」

にっと笑って、男は紙幣を封筒に納める。

「そう思うのなら、また目ぼしい情報があったら知らせてくれ」

だが、それにはもう構わず、楊ゼンは写真の入った封筒を内ポケットにしまうと、部屋の出入り口へと足を向けた。
男も引き止めることはなく、やや崩れた姿勢で椅子に腰をおろしたまま見送る。
そのまま誰とも顔を合わせることなく、店舗の外へと出ると、またじっとりと重い空気が身体にまとわりついた。
今にも降り出しそうな濃灰色の雲を見上げ、楊ゼンは、ちらりと通りに目を配ってから歩き出す。
その後姿は微塵も隙などないのに、やはりうらぶれた街角に違和感なく溶け込み、通り過ぎる人々の誰一人として青年を振り返ることはなかった。














「ただいま戻りました」
「おかえり」

どうにか雨粒が落ちてくる前に戻ってこられたマンションでは、楊ゼンの雇い主が、数時間前に出かけると挨拶した時と同じ姿勢のまま、居間のソファーでくつろいで書斎から持ってきたらしい本を膝に広げていた。
先程と変わっているのは、分厚い蔵書のページが大分進んでいることと、ローテーブルの上にコーヒーを入れて飲んだらしい空のマグカップが置いてあるということだけである。
そんな相手の様子に、相変わらずこの雇い主は謎だ、と思いながら楊ゼンは手早く上着を肩から脱ぎ落とした。

破格の報酬を提示してボディーガードを雇っておきながら、その護衛が頻繁に身辺を離れることに文句のひとつもつけず、帰宅すれば「おかえり」と声をかける。
一体どういう神経の構造をしているのだろうと、内心、泰然とし過ぎている彼の態度に呆れてはいたが、いくら雇い主が変り種でも、おそらくこれくらいは護衛として最低限の義務だろうと、楊ゼンは上着を手にしたまま恒例になっている問いを彼に向ける。

「留守中に何か変わったことは・・・・」
「何もないよ。今日のところは平穏無事だ」

おかげで本を読んでいても眠くて仕方がない、と彼は微笑する。

「そうですか」

自分と負けず劣らず、日常を危険に取り囲まれているくせにひどく悠然とした態度は、やはりその未来を感知する才能ゆえのものなのだろうか、と楊ゼンは横目で雇い主を見ながら、自分に与えられた私室へと向かおうとする。
が、その足がふと止まったのは。

「・・・・師叔」
「ん?」
「あなたは目の前にいない相手のことも・・・・たとえば写真を見ながらでも占えますか?」

好奇心とでもいうべき問いかけだったかもしれない。
彼にどれほどのことができるのかと・・・・実際のところ、楊ゼンは百発百中、稀代の占術師である『太公望』の名も評判も知ってはいても、その実力をこの目で確かめたことはないし、本音を言えば、二年で寿命が尽きるという彼の言葉も信じてはいない。
だから、ふと気まぐれにも似た感覚で、心が動いたのだ。

「やって出来ぬことはないが・・・・精度は相当に落ちるぞ? 相手の持ち物でもあればともかく、写真ではのう」
「それでも構いませんから」
「ならば、良いよ」

これまで一度も占いに興味を示したことのない青年が突然、そんなことを言い出したから驚いたのだろう。
一瞬、太公望は目を丸くしたが、すぐに笑顔に戻ってうなずいた。
こちらへ、と手招きされて、楊ゼンはゆっくりと居間を横切る。
そして、彼の向かい側のソファーへと腰を下ろした。

「それで、誰をだ?」
「──この人物、です」

上着の内ポケットの中から取り出した一枚の写真を、楊ゼンはローテーブルの上に置く。
そのほぼ真ん中を長い指で指し示すと、太公望は浮かべていた微笑を消して、軽く眉をしかめた。

「これは・・・・難しいぞ。ピントが合っておるのがせめてもの救いだが・・・・」

写真を手にとり、じっと見入る太公望の語尾が途切れて消える。
やはり出来ないのか、と尋ねかけて。
楊ゼンは、はっと口を閉ざす。

──深い深い、この世の深遠を見つめているような瞳の色。

とてつもないほど・・・・この距離にいても感じられるほど、持てる感覚の全てを集中して、太公望は写真の中の人物を視ていた。
相手の何もかもを、己の中に取り込もうとするかのように。
相手の全て、魂の形さえも己の中に焼き付けようとするかのように。
深い色の瞳が、印画紙に焼き付けられた男の顔を見つめる。

そして、一体何秒の時間が過ぎたのか。
太公望はゆっくりと写真をローテーブルに戻し。
代わりに、常にそこに置かれている、七十八枚のカードを手に取った。

「────」

無言のまま太公望は手札を切り、手早く卓上へと並べてゆく。
そうして出来上がったのは。
三重に手札を重ねた九芒星だった。

「さて、何が訊きたい?」

残った手札をひとまとめにテーブルに置き、太公望は顔を上げる。
その顔は、淡く笑んでいるようでもあり、笑んでいないようでもあり。
まっすぐに向けられた深い色の瞳は、今度はこちらの全てを見通そうとしているかのようで、知らず楊ゼンは背筋が緊張するのを感じる。

──まるで。

まるで、自分より遥かに実力を上回る刺客と相対してるような感覚だった。
一瞬でも気が乱れれば、全てを・・・・生命を奪われる。
丸腰の、しかも肉体的にはまったく鍛えておらず、殺気を帯びているわけでもない相手に、そんな錯覚を覚える自分に驚き、呆れて。
そして初めて目の前の相手に、楊ゼンは言い知れぬ畏怖を覚えた。

──違う。

そこら中にあふれている、自称他称の占い師とはまったく存在そのものを異にする。
彼は人でありながら、人ではない。
天に与えられた、千に一つ、万に一つの何かを持った存在。
誰もがその前にひれ伏し、畏れずにはいられない。
そんな・・・・彼は。

「──あなたが分かることを、すべて」

口を開き、言葉を紡ぎだすことさえ、ひどく力が要った。
もし今、外から刺客が襲ってきても、おそらく自分は対処することが出来ない。そう感じることに怒りさえ覚えながら、楊ゼンは少しでも自分を取り戻そうと、きつく手を握り締める。
だが、太公望は構わずにまなざしをテーブルの上に落とすと、右上の手札を三枚、表に返した。

「遠い過去・・・・つまり生まれ育った環境は、並外れて裕福。欲しいと思ったものは大概手に入ったはず。しかし、命が危うくなるほどの危険も常に身近にあった。そのせいか、彼が信じているものは少ない」

続いて、その下の手札を三枚、表に向ける。

「心理状態は・・・・物質的には満足しておるが、強い緊張がある。ひどく警戒しておるのに、己を信じることも出来ない。ひどく不安定だ」

更に三枚ずつ、太公望は手札を表に返し、託宣を紡いでゆく。

「近い過去には、父親か父親代わりの人物の死があった。だが、その人物に強く支配されていたために、悲しみよりも安堵や喜びの方が強く出ておる。
願望・・・・求めておるのは、世俗的な成功。争いに勝つこと。そのための努力は惜しまないが、欲望も際限がない。
願望に対する障害は、人間関係。裏切りや罠の強い暗示が出ておるから・・・・これはおそらく避けられまい。上手く立ち回らなければ命を落とすことにもなるだろう。
決してしてはならないタブーは、無意味な権力の行使。無闇に威を振りかざせば、人の心は離れ、信頼感は壊れる。いずれ起こる裏切りが、深刻なものになるばかりだ。
助けてくれる者は・・・・良くないのう。物理的に助けてくれる者はまずいない。ここにも強く裏切りの暗示が出ておる。だが、財産を失っても、精神的には救いが残される可能性がある。幼馴染か初恋の相手の女性が、今は離れていても最後は傍に居てくれるはずだ」

太公望の言葉は、簡潔だった。
78枚のカードを通して天から与えられた言葉を、そのまま紡いでいるような横顔は、昔どこかの神壇で見た巫子の雰囲気にも似ていて。
それでいて、遥かに毅(つよ)く、力に満ちている。

「・・・・師叔」
「ん?」

滾々と湧き出て流れてゆく清水のような言葉を遮るように、低く名を呼ぶ。
と、太公望は顔を上げた。
その瞳は、もう畏怖を覚えるほどではなくとも、人間のものとは思えないほどに深く澄んでいて。

「この人物を取り巻く人間関係・・・・特に家族のことは分かりますか」
「うむ」

家族構成くらいなら、と太公望はうなずいて広げたカードを取りまとめ、もう一度切り直す。
その少しうつむいた顔は、やはり静かに張り詰めていて、楊ゼンは彼から目を逸らすことができない。
幼い頃から徹底的に鍛えられた神経は、一時の感情に溺れたりすることはない。だから、今も楊ゼンは自分と相手の状況を冷静に観察している。
だが、その一方で。
人間という生き物にはこんな表情もできるのか・・・、と自分がこれまでに見知った人間のどの表情とも異なる、あまりにも透きとおった清冽さに、驚愕にも似た感嘆が湧き起こる。



──あまりにも澄んで。
──あまりにも稀有な、彼という存在は。



「父親は既に他界しておるな。強くて大きな畏怖の存在は、既に過去のものだ。母親の影は・・・薄い。既に亡くなっておるか、存命でも接点は殆どないだろう」

凛と静かな声が、不意に楊ゼンの思考を遮った。
は、と我にかえって、楊ゼンは自分が問いかけた内容を思い出す。

「兄弟姉妹は・・・・これも縁が薄い。居ることは居るようだが・・・・同じ屋根の下では育っておらぬか、それに近い状況だろう。近い血縁は複数いるが、個性が捕らえられるほどに目立つのは女が一人。おそらく姉だろうが、華やかな美貌の女だ。あ・・・と、それから若い男・・・・随分と縁遠い場所に居るが、濃い血縁には違いないから、これは弟かのう。ワンドのナイト・・・・おぬしと似たタイプだな」

先程とは違う形に並べた手札を全て開き終えて、太公望は顔を上げる。

「こんな写真一枚では、読み取れるのはこれくらいだが・・・・参考になったかのう」
「──ええ」

問われて、楊ゼンは半ば反射的にうなずいた。

「ありがとうございました。わざわざ手を煩わせてすみません」
「いや、これくらいのことならいつでも構わぬよ」

他に能があるわけでなし、と笑みながら、太公望は手札を片付ける。
その表情は、もう見慣れたものに戻っており、淡い透明感だけは薄く彼を包んでいるものの、異様な畏怖を感じさせるような深さは消えうせていて。
楊ゼンは置いてあった写真を手にとると、ソファーから立ち上がった。

「師叔、夕飯の支度までまだ間がありますから、部屋に居てもいいですか?」
「うむ。好きにして良いよ」
「はい。何かあったら呼んで下さい」
「分かった」

うなずきながら、脇に追いやってあった本を再び膝の上に引き上げる太公望に背を向けて、楊ゼンは居間を抜け、自分の部屋へと足を踏み入れる。
そして、ドアを後ろ手に閉めて。

「信じ・・・・られない・・・・」

ドアに寄りかかるように、その場に立ち尽くした。

「何故・・・こんな写真一枚で・・・・」

呟き、先程の写真を見つめる。
その手は、有りうべからざることだが、かすかに震えていた。

──太公望の告げた言葉は、すべて正鵠を得ていた。

中には楊ゼンが知らなかったことも幾つかあるから、真贋は完全には判定できない。
だが、楊ゼンの知識の範囲内では、太公望の言葉の全てが正しかった。

こんな写真一枚で。
あんな78枚のカードで。
太公望は、おそらく彼自身が望めば、世界の全てを知ることができる。



───それはつまり、世界を支配することも可能だということ。



「・・・・命を狙われるわけだ・・・・」

自分とて、彼と契約を結んでいる立場でなければ、あまりにも危険すぎると抹殺を試みたかもしれない。
たとえ、彼が他人を支配することにも、情報を金にすることにも、それどころか他人の裏事情を知ることにさえ興味がないと分かっていても。
それでも、誰かが自分のことを問いかけたら、答えることができる存在がいると知ることは恐怖だ。

「太公望・・・師叔」

聖でもあり魔でもあり。
魔でもなく聖でもない。

ただひたすらに透明な、天から与えられた唯一無二の何かを持つ者。

その存在を初めて恐ろしいと思い、・・・・そして。

「────」

楊ゼンは手の中の写真を見つめる。



夕暮れが近づいて薄暗さを増した部屋の窓を、とうとう降り出した大粒の雨が乱暴に叩き始める。
嵐の予感をはらんでいるような激しい雨音の中、楊ゼンは身じろぎひとつせず、薄闇が辺りを覆うまでそこに立ち尽くしていた。










久しぶりのマヨイガ。
ずっと続きを書きたかったんですけど、他の作品にスケジュールを押しまくられてました。
しかし、毎度のこととはいえ半年以上も放ったらかしにするとは・・・・時々、自分がキライになります(-_-;)

あ、写真家兼情報屋の李寳はオリキャラです。
イメージ的には、峰倉かずやさんが描くような、むさくるしくて怪しい中年一歩手前のオッサンの感じかな。
再登場の予定は今のところないですが、書いてて楽しかったです(^_^)


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