STARDUST CITY 05

「臨也」
 名前を呼び、宥めるように何度も優しいキスが落とされる。
 それを受け止めながら、臨也は静雄の指が最奥に触れてくるのを感じた。
 キスと同じで性急さには程遠い、優しい動きで表面を撫でる。
 当然、痛みはなく、ただでさえ感覚を高められて肌がひりつくような体に、何とも言えない微妙な感覚がじわじわと広がってゆく。
 それが返って羞恥心を煽られるようで、臨也は居たたまれなさにシーツを掴み、握り締める。
 乱暴かつ性急にされたら、混乱や痛みが先に走って、恥ずかしいどころではなくなるだろう。だが、優しくされてしまったら逃げ場が無い。
 そんな風に思う間に、ゆるゆると動いていた指が、そっと押し入ってくる。ぬるついたローションに十分過ぎるほど濡れた指先は、いっそ他愛の無いほど長い指の中程まで最奥に滑り込んできて、臨也は、もう目を開けていられずにぎゅっと目を閉じた。
 だが、そうすれば感覚は更に鋭敏になるのが当たり前で、濡れた音がくっきりと聞こえるのは勿論のこと、静雄の指の形さえ感じ取れてしまいそうな気がして──おそらくそれは錯覚ではなく、羞恥に泣きたくなる。
 自分で望んだことではあるけれど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
 全てをさらけ出し、受け入れる形を作っていることも、触れられていることも、見られていることも。
 一言で片付けるのなら、好きな人に愛されていること全てが恥ずかしい。
 どんな乙女思考だと自分でも呆れずにいられないが、それが本音だった。
「痛くないか……?」
「平気……」
 気遣う声に、かろうじて反す。大きな声を出したら体の奥に響いてしまいそうな気がして、自然、呼吸すら浅く細くなる。
 だが、違和感はあっても痛みは本当になかった。多分、ローションのせいだろうな、と臨也は意識を逸らすように考える。
 女性でも濡れていなければ、皮膚や粘膜が引き攣れて痛む。それと同じ事で、十分な潤いがあれば、摩擦による痛みは生じないのだろう。
 妙に納得しつつ、でも、押し広げられる痛みは、おそらく話が別だよな、と思った時。
「──っ…!」
 不意に前の熱にも触れられて、突き抜けた快感に思わず背筋がのけぞる。
 もともと限界近くまで高められていた熱は、指一本を挿入されたくらいでは簡単には萎えない。つまりは過敏さもそのまま維持されているのであり、この状況でそれを触れられるというのは、もはや拷問に近かった。
「っあ…っ…やだ…っ、なに……っ!?」
 反射的に抗議の声を上げたものの、静雄の方は邪気もなく、気持ち良くないんじゃお前が可哀相だろ、などと口にする。
「多少は感じてくれねぇと、俺も入れようがねぇしな」
「〜〜〜っ」
 事も無げに言われて、臨也は再度シーツをきつく握り締める。
 今していることが挿入の前準備だということは、勿論、分かっている。だが、その事実を正面から突きつけられると、どうしていいか分からない。
 静雄を欲しいとは思うものの、そのために自分がどうしたらいいのか、そして、自分がどうなってしまうのか、見当もつかないのだ。この一月余り、もだもだと一人寝していた間に一応のシミュレーションはしてあったものの、そんなものは現実には物の役にも立たない。
 世間のカップルは、一体どうやってこれを乗り越えているのだろうと、臨也はいっそ泣きたいような気持ちで思う。
 多分、こんなに困惑するのは、一番最初だけなのだろう。次からはある程度、要領も分かるだろうから、ここまではきっと戸惑わずに済む。
 だが、その、一番最初、をどうやって乗り切ればいいのか。
 混乱する間にも、静雄の手指はゆっくりと動き続けて。
「あ…っ、やだ…っ…! 両方、触るのは……無し、だって…っ!」
 後ろの違和感に前の快感が加わると、苦しいのか気持ちいいのか全く訳が分からなくなる。
 相反する感覚が攪拌され、混沌とした中で、少しずつ凌駕してくる色合いは。
「…っ、あ…シ、ズちゃん……っ、ねえ…っ…」
「なんだよ?」
「そ、れ…やめて……っ、マジで…っ…!」
 じわじわと湧き上がり、全身に広がってゆくそれは、紛れもない、快感、だった。
 同時に触れられることで、異物感が快感にすり替わる。その全くの未知の感覚に臨也は戸惑い、悲鳴を上げるが、静雄はむしろ感心した風に呟きを零した。
「やっぱり前も触ってやると、感じるんだな。なんか感触変わったぜ」
「───っ…!!」
 正直なのは静雄の美点だろうが、こういう時には全く必要ない。
 実況なんかするな!!、と喚きたかったが、それさえも過敏な箇所を苛む甘い感覚に飲み込まれて声にならず、臨也はただ、涙の滲む目をぎゅっと閉じて耐える。
 だが、そうしていられたのも束の間で、ゆっくりと動き続けていた静雄の指がある一点に触れた途端、臨也は更なる混乱の極みに突き落とされた。
「ひぁ…っ!!」
 そこに触れられた途端、目の裏に白い稲妻が走ったような衝撃が突き抜けて。
 たまらず、臨也は高い悲鳴を上げる。
 だが、その声は静雄を調子付かせただけのようだった。
「ああ、ここか」
 声に嬉しそうな響きが混じり、指先で繰り返しその一点を刺激されて、臨也は耐え切れずに細くすすり泣きながら、切れ切れに喘いだ。
「や、だ……やだ…ぁ…っ、それ、おかしく、なる……っ!」
 その感じてたまらない箇所を刺激されながら、中心をもゆっくりと指先で撫で回される。
 滾々と豊かに湧き出る泉のような快楽に神経が焼き切れそうな気さえするのに、更に静雄の指が熱の先端をくるりと丸く撫で、臨也は甘く引き攣った悲鳴を上げた。
「や…ぁっ……! シズ…ちゃん…っ!」
 急所を優しく苛められて、びくびくと腰が震える。
 それをどう見たのか、静雄が、臨也、と名前を呼んだ。
「もう少し、我慢してろよ?」
「や……!」
 無理、と訴える間もなく、指を受け入れさせられている最奥が更に押し開かれる。指が増やされたのだと理解するには、数秒が必要だった。
「──ふ、ぁ…ああ……っ…」
 すぐには指を動かさないまま、前への愛撫を続けられて、新たな圧迫感と異物感は、たちまちのうちにじんじんと痺れるような熱い感覚にすり替わる。
 むしろ、強くなった圧迫感が気持ちよくて、動かない指が当たっている箇所が疼くような感じすらする。本当におかしくなりそうだった。
 決定打には程遠い、ゆるい感覚しか与えられない中心と、裏腹に感じやすい箇所ばかり触れられる内部の対比に、思考はとうに真っ白に灼きついている。
 何も考えられないまま臨也はすすり泣き、体の中で荒れ狂っている熱をどうにかして欲しくて、腰を揺らめかし、静雄の手に熱を擦り付けようとしたが、それはあっさりとかわされて更に泣く羽目になった。
「も、や…ぁ…っ、お願い…っ…、シ、ズちゃ……っ!」
「もう少し、な」
 身も世もなくすすり泣く臨也に、静雄もまた、煽られているのだろう。
 明らかに欲情した、かすれを含んだ低い声で臨也を宥めながら、更に指を増やす。
 前への愛撫のせいで、痛みは感じる端から快感へとすり替わってゆくものの、狭い箇所を更に開かれる感触に、臨也は細く喘いだ。
 決して痛いわけではない。だが、ギリギリのところで苦痛と紙一重の快感を注がれ続ける苦しさに、ぼろぼろと涙が零れる。
「──シズちゃ…ん……っ、シズちゃん……っ…!」
 この切ないほどに疼く感覚をもたらしているのは静雄であり、他の誰もどうすることはできない。
「…っ…あ、…も…ぉっ、た…すけて……っ」
 快楽に霞む目を無理矢理に開いて、許して、と懸命に懇願する。
 だが、静雄は宥めるようなキスをするばかりで、一向に解放してはくれない。
 もうどうすることもできず、臨也はシーツにすがり付くようにリネンの布地を握り締めたまま、甘過ぎる拷問にすすり泣く。
 そんな指先の神経まで甘く融け崩れるような時間が、どれ程続いたのか。
 不意に全神経を苛んでいた感覚が遠のき、臨也はぐったりとシーツに弛緩した肢体を預けたまま、ぼんやりと涙に濡れた目を開いた。
「…シ…ズちゃ……?」
「そのまま力抜いてろよ」
 唇に触れるだけのキスを落とされ、そう囁かれて、臨也は心の中で首をかしげる。
 力を抜いていろと言われても、そもそも力を入れようにも入れられない。そのやり方さえ全身の筋肉が忘れてしまっているような気さえする。
 どうすればいいの、と甘ったるくぼやけた思考で思った時。
 ぐ、と最奥に強い圧迫感が掛かった。
「ふ、あ……!?」
 焼けた鉄の塊のように熱く、硬いものが、先程まで指で散々に弄られていた箇所に押し込まれてくる。
「…ひ……ぁ…あ…、あ……!」
 感覚が麻痺してしまっているのか、痛みらしい痛みは殆ど無かったが、その圧迫感と熱さと重みに惑乱して身体がすくみ、強張る。
 その本能的な拒絶は、熱の先端を半ばまで埋め込んでいた静雄にも、それなりの苦痛を与えたのだろう。
「──臨也、臨也、俺を見ろ」
 焦りを滲ませた静雄の声に呼ばれ、頬を撫でられて、焦点を失ったまま見開かれていた臨也の瞳が、ゆるゆると光を取り戻す。
「…シ…ズちゃ…ん……」
「そうだ。深呼吸しろ、臨也。できるだろ?」
 真っ直ぐに見つめる鳶色の瞳と優しい声に促され、臨也はまだ混乱したままながらも、言われた通りに浅くなっていた呼吸を深めた。
 震え、喘いでしまう呼吸器を宥めつつ、ニ度、三度と深呼吸すると、じわりと体の緊張が解ける。すると、静雄もほっとしたように小さく息をついた。
「それでいい。辛いだろうけど、少しだけ我慢しててくれ」
 懇願するように言われて、やっと少しずつ状況が理解できてきた臨也は、こくりとうなずく。
「お、れは…大丈夫、だから……」
 かすれた吐息だけのような声でそう告げると、静雄の目の色が深くなる。そして唇を重ねられ、貪るような口接けを、臨也は成されるがままに夢中で受け止めた。
「臨也」
 長いキスを終え、深みのある声で臨也を呼びながら、静雄は再び腰に力を込める。
 彼の膂力をもってすれば一息に引き裂くこともできるだろうに、極限まで加減してじわじわと侵食してくるその熱と重みを、臨也は目を閉じて受け止めた。
 圧迫感からくる苦しさと、未知の感覚に対する怯えのために、きつく閉じた目尻から涙が滲んでは零れ落ちてゆく。
 だが、決して止めて欲しいとは思わなかった。
 ───シズちゃん。
 切れ切れに喘ぎながら、心の中で懸命に大好きな恋人の名前を呼ぶ。
 ───好き。大好き。
 その心の中の声が聞こえているかのように、静雄も繰り返し、臨也、と名前を呼ぶ。
 やがて、最も嵩のある先端が狭い入り口に呑み込まれ、そのまま勢いで続く太胴がずるりと半ばまで滑り込んだ。
「──ひぁ…っ!」
 その衝撃は、指で散々に慣らされた身体よりも、むしろ精神的に強く響いて、入っちゃった、と臨也は体を小さく震わせながら、うわ言のように呟く。
 そんな臨也の顔のあちこちに小さなキスを落としながら、もう少しな、と静雄は囁いた。
「好きだ、臨也」
 熱を帯びた言葉と共に、再び熱と重みが最奥を侵食し始める。
 一番狭い所を通り過ぎてしまったせいだろう。その先は大した抵抗もできないまま、臨也の身体は静雄の侵略を許して、やがて全てが熱い粘膜の中に呑み込まれた。
「──全部、入ったぜ」
 分かるか、と低く問われて、臨也は震えながら微かにうなずく。
 身体の最も深い部分で感じる熱と圧迫感にめまいがして、気が遠くなるようだった。
 自分の中に静雄がいる。
 恋焦がれて、渇望して、けれど諦めるしかなかった、誰よりも何よりも大切な人と。
 今、誰にも成しえなかった深さで、結ばれている。
「───っ…」
 そこまでが限界だった。
 臨也は自分の胸の中で、何かがぷつりと切れる音を聞く。
 それは、これまで必死に想いを封じ込めいていた糸が切れる音、だった。
 駄目だ、と思うことさえ、もうできなかった。
「シ…ズちゃ……」
 名前を呼んだ声は声にならず、静雄を見上げた目からぼろぼろと涙が零れ落ちる。
「え、おい…っ」
 突然泣き出した臨也に驚いたのだろう。慌てたように、静雄が身を退こうとする。
 だが、臨也は首を横に振って、違う、とそれを引き止めた。
「ち…がう……、痛い、とかじゃ…ない、から……」
「──けど、それじゃあ、」
 どうして、と戸惑った目を向ける静雄に、臨也はシーツを握り締めていた手を解き、そろそろと腕を上げて静雄の頬に指先を触れる。
 そして震える指で、精悍な頬のラインを辿った。

「俺は……ずっと、シズちゃんは、いつか、俺の前から、いなくなるんだと……思ってた」

 込み上げる嗚咽に震える声で、切れ切れにそう告げると、静雄の目が見開かれる。
 その鳶色の澄んだ色を見つめたまま、涙を隠すことも拭うことも忘れて臨也は続けた。

「いつか……シズちゃんは、シズちゃんにお似合いの、優しい誰かを見つけて、俺の前から居なくなるって……、いつか必ず、俺のことなんか、どうでも良くなって、忘れるんだって……!」

 ───それは、臨也の中にずっと巣食っていた恐怖だった。
 所詮、自分は憎しみと嫌悪でしか静雄と繋がってはいられない。
 静雄がそのことに倦み、臨也を避けるようになったら……臨也を追い回すことがなくなったら、二人の関係は自動的に切れる。それはもう、自明の理だった。
 そして、それが心底怖かったから、臨也は静雄が決して自分を忘れないよう、嫌い続けるように、悪意に満ちたちょっかいを出し続けた。
 本当に、世界中でたった一人、だった。
 他の誰に対しても、静雄に対するような悪意をもって対したことはない。
 自分の言動によって相手が奈落に落ちる様を愛でる行為は、端から見れば悪意そのものでしかなくとも、臨也自身にとっては好奇心の成したことであり、決して純粋な悪意は、そこには存在し得なかった。
 そんな臨也が心底、傷付けたいと……その魂に自分の存在を刻み込みたいと願ったのは、平和島静雄ただ一人だった。
 けれど、それすらも一時の幻に過ぎないと分かっていた。
 静雄は、いつまでも自分の悪意に付き合いはしない。
 いずれ平穏な生活を求めて、池袋から姿を消すだろう。
 そのうち、臨也ではない、心優しく素直な誰かを見つけて、その人間を心の底から愛するだろう。
 そしてその時、折原臨也の存在は、静雄の心の中から永久に消え失せる。
 幸せを掴んだ静雄は、もう二度と、憎み合い、嫌い合うばかりだった関係も、その相手のことも思い出さない。
 この池袋の街には、臨也がたった一人、取り残される。
 その未来予想図は、臨也の中でこの九年間、現実に等しい確実さをもって存在していた。
 それはそのまま、その未来予想図に怯え続けた年月でもあったのだ。
 一日でも長く、別離を遠ざけたくて。
 一秒でも長く、静雄の関心を自分に留めておきたくて。
 数数え切れない悪事を繰り返してきた。
 嫌われれば嫌われるほど、静雄が自分に対して怒りを見せれば見せるほど、腹を立てると同時に安堵もした。
 ああ、まだ彼は自分を嫌いなのだと。
 愛されないことに絶望する一方で、まだ捨てられてはいないのだと胸を撫で下ろした。

 本当に、愛してもらえるなどとは夢にすら、見たことはなかったのだ。
 そんなことを夢想するほど、愚かでも狂ってもいなかった。
 なのに。

「シズちゃん……」
 絶望しながら恋焦がれ続けた相手が、今、誰よりも自分の近くにいる。
 憎しみでも嫌悪でもなく、優しさと愛情だけが滲む瞳で、自分を見つめている。
 それは、決して有り得ない奇跡だった。
 苦しいほどに愛しくて、切なくてたまらない。
 心が千切れてしまいそうだとさえ思う。
 もういっそ、このまま息絶えてしまっても良かった。
 これ以上の幸せなど、きっと有り得ない。
 それなら、このまま大好きな人の腕の中で死んでしまいたかった。
「シズちゃん、好き……大好き……」
 ぼろぼろと泣きながら、涙で霞む目を懸命に見開き、震える愛の言葉を紡ぎ出す。
 呆然と臨也の言葉を聞いていた静雄は、その告白に眉をしかめ、くそっ、と小さく毒付く。
 そして、ぐいと腰を動かした。
「───っあ…!?」
「あのなぁ、俺だってお前を嫌い続けるのは、とっくの昔に飽き飽きしてたんだよ!」
 怒ったように告げられる言葉は荒々しい。
 だが、身体の動きはあくまでも優しかった。慣れない臨也の体を気遣うように、浅く退いた所で、臨也の感じやすい場所を丹念に逞しい熱で擦り上げる。
「素直になれなんて言っても無駄なのは、分かってんだよ。けど、もう少しヒントを寄越してれば、俺だってもっと早く、お前の本音に気付いてやれたんだよ……!」
 同時に張り詰めたままの前にも手で触れられて、臨也はたまらずに高い悲鳴を上げた。
「好きだ。お前が好きだ。何度だって言ってやるし、これまでの分も傍にて、大事にしてやるから、そんな風に泣くんじゃねえよ……っ…」
 存在を馴染ませ、刻み込むように、やわらかな粘膜に繰り返し熱が擦り付けられる。
 指とは比べ物にならない圧倒的な質量に蹂躙されて、苦しいはずなのに、微妙な強弱をつけた前への刺激のせいで、全てが甘過ぎる感覚に変わる。
「ふ…っあ……っ、そ…んな、風に、しちゃ駄目……っ…!」
 前に対する快感であれば、自分の感じ方も対処の仕方も分かる。だが、体の奥深くから生まれてくる快感はどうすればいいのか。
 受け止めることも受け流すこともできず、ただ翻弄されて、臨也は切れ切れに甘くかすれた悲鳴を上げ、すすり泣く。
「シ…ズちゃん……っ、シズちゃ…っ……!」
「臨也…っ…」
 縋るものがそれしかないかのように繰り返し呼ぶ声に、静雄も応じて唇を重ねた。
 ゆるゆると腰の動きは止めないまま、深く舌を絡ませ、臨也を貪る。
 やわらかく舌先を甘噛みされ、ひどく敏感になった口腔を隅々まで探られ、弄られる快感に、臨也は酸素不足も相まって意識が飛びそうになる。
 唇が離れ、半ば朦朧とした状態で静雄を見上げると、欲を顕わにした静雄が愛しさと苦しさがないまぜになった小さな笑みを口元に刻み、臨也の涙に濡れた目元を、優しい指先で拭った。
「──シ…ズ…ちゃん……」
「ああ」
 すすり泣くような声で細く呼ぶと、静雄はうなずき、頬や細く尖った顎にキスを落とす。
「痛くねぇか……?」
 先程まで浅い部分で動いていた熱は、今は奥深くまで侵入して脈動している。その感触に臨也は震えながらうなずいた。
「大、丈夫……」
 逞しいものに圧迫されている苦しさは、今も勿論ある。だが、それを感じていられる歓びの方が遥かに上回った。
「シズちゃん、は……痛くない……? キツ過ぎない……?」
 受け入れることについては何の経験もなかった身体は、怯えてすくむように異物を締め上げている。感じているひどい圧迫感は、そのせいでもあるのだと霞んだ思考でも朧気に分かっていたから、静雄にも苦痛を与えてしまっているのではないかと不安を覚えて問いかける。
 だが、静雄は小さく笑ってそれを否定した。
「入り口はキツイけどな。中の方はそうでもねぇよ。熱くてすげぇ気持ちいい」
「ほんと……?」
「こんなことで嘘ついてどうするよ。それに、俺が嘘が下手なのは知ってんだろ」
 微苦笑と共に触れるだけのキスを唇に落とされて、それなら良かった、と臨也は安堵する。
 女性のふくよかさは微塵もない身体だ。だが、それでも大好きな人に歓びを与えられるのなら、そんな幸せなことはない。
 そして、静雄の言葉を裏付けるように、猛々しいほどに漲った逞しい熱が、感じやすい箇所を再び緩く突き上げる。
 途端に、瞼の裏に星が散るような快感が指先まで突き抜けて、臨也は細い悲鳴を上げた。
「──っ、あ…! そ、こ……やだぁ…っ…」
「ここな」
「ふぁ…っ! や…っ、やだ…って…ば……!」
 分かったとばかりに数度繰り返し突かれて、臨也は、止めてと言ってるのになんで、とたまらずすすり泣く。
 だが、静雄は敏感な柔襞を蹂躙する動きを止めなかった。
「お前も少し慣れてきたみたいだな。さっきよりいい……吸い付いてくるみてぇで、すげえ気持ちいい」
 情欲にかすれた低い声で囁かれて、嫌々と首を振る。
 静雄が動く度に、身体の奥に快楽の欠片が積み上げられてゆくようだった。
 一つ一つ小さな扉が開かれてゆくかのように、先程までは何も感じなかった箇所が疼くように反応し始める。
 そうして積み上げられた快楽の欠片が、いつか限界を超えて崩れ落ちてしまったら。
 一体自分がどうなってしまうのか想像も出来ないまま、臨也は注がれ続ける快楽という名の甘露に怯えながら溺れてゆく。
「シ…ズちゃ…ぁ、ん…っ、ひ、あ…ぁ……っ!」
 濡れた音を立てながら深いストロークで熱を打ち込まれ、爪先まで砂糖細工と化して甘く融け崩れてしまいそうな感覚に、シーツを引き裂かんばかりに爪を立てる。と、それに気付いたのだろう。静雄の温かな手が臨也の手を包み込んだ。
 そして、やんわりと手首を掴まれ、静雄の首筋に縋り付くように誘導される。
「どうせなら、俺に掴まってろよ」
 熱を帯びた低い声でそんな風に囁かれても、快感にぼやけた思考では半分も意味を捉え切れない。
 ただ導かれるままに臨也は静雄の肩に爪を立て、広い背に縋り付いた。
「…っ、あ、……ぁ…シズ、ちゃん……っ」
 好き、と熱に浮かされたように何度も呟く度、臨也、と名前を呼ばれ、耳元や首筋、鎖骨に肩に、幾つものキスが落とされる。
 それがただ幸せで、気持ちよくて。
「も…、駄目…っ……お、かしく…なる……っ…!」
 すすり泣きながら、切れ切れに臨也は訴えた。
 ゆるゆると浅い所で遊ばせては、感じ過ぎる箇所をしつこいくらいに突き、擦り上げ、そしてまた、やわらかく全体を揺らしては小刻みな振動で揺さぶってくる。
 臨也が苦痛を感じるほどの奥には決して押し入らず、ただ快感だけを探り当て、注いでくるような静雄の動きに翻弄されて、繋がった箇所から蕩けてしまいそうだった。
「おかしく、なっちまえばいいだろ……っ」
 嫋々と泣きよがっているような臨也の身体に、静雄もまた、強い快感を得ているのだろう。限界が近付いてきているのか、臨也に答える声は低くかすれ、呼吸も乱れている。
 だが、それを感じ取る余裕など、臨也にはもう微塵も残されてはいなかった。
「あ…、ぁ……もぉ、ホ…ントに、だめ……っあ…ぁ……!」
 また過敏な箇所を硬い先端に抉られて、息も止まるような快感に悲鳴を上げる。
 そしてそのまま臨也は、泣きながら上ずった声で言葉を紡いだ。
「も…う…、殺して…っ……!」
 震える唇から迸り出たそれは、快楽に浮かされたうわ言なのか、それとも本心だったのか。
 自覚も無いまま臨也は、ほろほろと涙を零し、静雄の肩にすがりつく。
「殺して、シズちゃん……っ!」
 気が狂いそうなほどに気持ちよくて。
 幸せで。
 いっそ、この瞬間に世界が終わってしまえばいい、と心の底から思う。
 それが無理なら、せめて。
「も…ぅ、俺、このまま、死にたい……っ!」
 大好きな人の腕の中で、この快楽の中で息絶えることができたなら。
 きっとそれ以上の幸福などないから。
 だから、いっそ殺して、と。
 涙と快楽に霞む目を無理矢理に開いて、鳶色の瞳を捜す。
「馬鹿野郎……っ」
 だが、静雄は何とも言えない、もの苦しさと愛しさが入り混じった光を瞳に滲ませて臨也を見つめていて。
 その表情のまま、貪るように臨也に口接けた。
「手前が居なくなったら、俺は一人になっちまうだろうが……!」
 吐息も言葉も喰らい尽くすようなキスの後、低くそう呟いて深く腰を律動させる。
 慣れない身体を十分に気遣った、その上での容赦のない動きに臨也はたまらず高い悲鳴を上げる。
 だが、静雄はもう動きを緩めず、速いピッチで過敏な箇所を擦り立てられ、同時にとろとろに濡れそぼって震えていた前にも、やや荒い手指の動きで愛撫を加えられて、臨也はそのまま成す術もなく高みへと引き摺り上げられて。
「や、あ、あああああ……っ!!」
 その瞬間、何もかもが真っ白に灼け付き、全細胞が爆発するような衝撃に魂ごと押し流されて、砕け散った。
 たまらず全身を激しく痙攣させた臨也に、静雄もまた低い呻きを零して熱を迸らせる。
 そして、ゆっくりと二人の体は弛緩してゆき、荒い呼吸ばかりが響く中、静雄の手にそっと、汗で額に張り付いた前髪を掻き揚げられて、臨也はぼんやりと意識を浮上させた。
「臨也……」
 低くて深みのある大好きな声に名前を呼ばれて、気だるくまばたきし、やわらかなキスを受け止める。
 シズちゃん、と声にならない声で呟いて。
 神経が麻痺してしまったような腕をゆるゆると持ち上げ、汗に濡れたその広い背中をぎゅっと抱き締めた。

to be contineud...

次回、最終回です。

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