STARDUST CITY 04

 何を考えていた、と問われて。
 臨也は初めて、我に返る。
 ───今、俺は何考えてた?
 ここは自分の部屋の自分のベッドで、大好きな人と二人きりで。
 互いに服を脱いで、そして、その大好きな人に触れていた。
 なのに。
 ───何を、考えていた?
 愕然としながら、静雄を見つめる。シズちゃん、と呼びたくともその声すら出てこない。
 静雄がこんな目をするのは、初めてのことだった。
 怒り狂った燃え滾るような瞳は散々に見てきたし、それとは打って変わった、包み込むように優しい瞳も、時には面白がるような瞳も、最近になってから何度も見た。欲を滲ませた男の目すら、今夜、知った。
 けれど、こんな目をした彼を見たことはない。
 否、少しだけ似たような目なら、昔、見たことがある。
 臨也がけしかけた不良たちを叩きのめし、立っている者は自分かいないグラウンドの真ん中で拳を握り締め、辛くて苦しくて腹が立ってたまらない、そんな風情で宙を睨みつける横顔に、似たような光を見つけたことがある。
 その光から色々なものを差し引いて何かを足したら、今、自分を見つめている瞳に少し似るかもしれない。
 そんな色の瞳を、臨也は言葉を失ったまま見つめる。
 ───シズちゃん。
 一体、何を言えばいいのか。
 静雄と居ると、臨也はその口から先に生まれたような性格にも拘(かかわ)らず、度々、こんな気分に陥る。
 だが、今のこれは、その中でも最悪だった。
 いつもなら、静雄が見透かしたようなことを言ったり、予想もしないこと──プリンを持ってきたり、可愛いと言ったり、そういうあれやこれやを突然仕掛けてくるせいで、咄嗟に対処できなくて言葉が出なくなる。が、今のは違う。明らかに臨也のミスだった。
 多分──静雄の考えていることなど分からないが、もし予想が当たっているのなら──、臨也はしてはならないことをしたのだ。
 もし予想が外れていたとしても、少なくとも、静雄にこんな目をさせるようなことを、した。それだけは間違いない。
「シ…ズ、ちゃん」
 謝りたいのか、言い訳したいのか。
 自分でも分からないまま、やっと出てきた声は、かすれてひどく弱々しい。
 これが自分の声か、と臨也はぞっとする。こんな声を出すくらいなら、先程、静雄に脊椎を弄られていた時の羞恥心をどうにも煽られる声の方が遥かにマシだった。
 そして、静雄もそう思ったのかもしれない。小さく溜息をついて、ずっと掴んでいた臨也の両肩から手を離す。
 触れていた箇所から静雄の手の温もりが失われると、急に肌寒く感じられて、嫌だ、と臨也は反射的に強く思った。
 ───この手を、この温もりを失うのは嫌だ。
 また嫌い合い、憎み合い、殺し合うばかりの日々に戻るのは嫌だ。
 嫌悪しか浮かばない、怒り狂った目ばかりを向けられるのは嫌だ。
 一人に戻るのは、絶対に嫌だ。
 彼を失うのだけは、何があっても。
 ───嫌だ。
「シズちゃ……」
「臨也」
 その瞬間の臨也は、どんな表情をしていたのだろう。呼び掛けた声を遮るように、静雄が少し強い声で名を呼び、そしてまた小さく溜息をついて、右手で自分の後ろ髪を掻き上げる。
 その仕草は、呆れたり愛想を尽かしたりしているというよりは、困っているように見えて。
 何だろう、と臨也は少しだけ冷静さを取り戻して、静雄を見つめた。
 じっと注意深く観察してみても、怒っているようには見えない。瞳に浮かんでいた傷付いたような光も、先程に比べれば薄くなっているように思える。
 もしかしたら、と臨也は考える。お人好しの静雄のことだ。臨也が動揺したことで、臨也を責める気分が薄れたのかもしれない。
 しかし、だからといって気分が安らぐわけではく、臨也は黙って、静雄が言葉を紡ぎ出すのを待つ。
 それにはさほどの時間はかからず、静雄は自分の首筋に手を当てたまま、臨也を呼んだ。
 彼にしては珍しく、目線を落としたまま、口を開く。
「あのな、臨也」
「……うん」
「俺だって、お前の過去が気にならねぇわけじゃねーんだよ」
「…………うん」
 単刀直入に切り込まれて、ああやっぱり見透かされていたのか、と臨也はうつむいた。
 先程、臨也は内心を吐露するような言葉は一切、口にしなかった。だが、状況から静雄には分かってしまったのだろう。
 それまで上機嫌で喋りながら触れていた臨也が、突然、表情を変えて、静雄の反応を伺うこともなく一方的に愛撫を深めたのだ。何かおかしいと……静雄以外のことを考えていると気付かれるのは、彼の勘の良さを思えば当然のことだった。
「でも、仕方ねぇだろ。お互い、いい歳なんだしよ。俺もだが、お前だって俺とこんなことになるとは思ってなかっただろ。なのに、昔のことなんか言ったって意味がねえ」
「……うん」
 静雄の言葉に、ただうなずくことしかできない。
 冷静さを取り戻してみれば、先程のことは実に愚かしい衝動だった。
 静雄の一夜限りの、しかも一方的に流されての相手に嫉妬しても仕方がない。
 かくいう臨也自身も、過去には一夜限りの相手が幾人も居たのだ。もし、その女たちのことを今更どうこう言われたら困惑して、キレるしかない。
 少し冷静に考えれば分かることなのに、先程はおかしくなっていた。
 自分も愛されたかった。そんな悔しさや悲しさばかりが堰を切ったように溢れ出して、目の前に好きな人が居るのに──その人に触れているのに、顔も知らない女達のことしか頭の中にはなかったのだ。
 にもかかわらず、そのことを察した静雄が怒るのではなく、傷付いた目をしたことが、臨也にはひどく堪(こた)えた。
 傷付けたくなどなかったのに。
 ただ、感じて気持ち良くなって欲しかっただけなのに、やり方を間違えてしまった。
 それが分かるからこそ顔を上げられない臨也に、静雄がまた小さく溜息をつく。

「今夜はもう、止めとくか」

 そう言われて。
 思わず臨也は顔を上げ、静雄を見上げた。
 静雄は相変わらず、自分の後ろ首筋に片手を当てたまま、真面目な表情で臨也を見つめている。静けさを取り戻した鳶色の瞳は、何を考えているのか全く読めない。
「──なんで」
 問い返した声は、かすかに震えていたかもしれない。それさえも自分では判別がつかないほど、臨也の頭の中は後悔と困惑とでいっぱいだった。
 そんな臨也の表情をどう読んだのか、静雄は物思うように二、三度まばたきする。
 そして、静かに口を開いた。
「お前が俺に集中できねぇんなら、やっても仕方ねぇだろ。俺はお前とはSEXしてぇと思うけど、俺やお前の昔の相手をそこに混ぜるのは御免なんだよ」
「────」
「俺はお前のことだけ考えていたいし、お前にも俺のこと以外、考えて欲しくねえ。──好きな相手とするSEXってのは、そういうもんじゃねぇのかよ」
 その静雄の言葉の中に、押し込められた痛みを聞き取って。
 臨也は頭を殴られたような衝撃を受ける。
 ───これまで。
 愛情のあるSEXなど一度もしたことはなかった。人間全てを愛するのと同じ感覚で、一夜限りの相手をも愛した。臨也はそれを愛だと嘯(うそぶ)いてきたが、本当はそうではないことなど臨也自身が誰よりも知っている。
 そして、静雄もまた、同じように愛情を伴うSEXをしたことはないのだ。女達の欲望の捌け口にされてきただけで、見た目よりも遥かに生真面目な彼は、そんなSEXには苦々しさを感じこそすれ、本当の意味での歓びを得たことなどなかったのに違いない。
 ───夜が明ければ、相手の名前も顔も覚えていられないような一晩限りの交わり。
 そんな意味のない行為を繰り返し、けれど、本当に欲しいものは得られないと思っていた自分たちが、やっと今夜、本当に心の底から欲しいと……愛しいと手を伸ばし合うことができたのに、臨也はそれを自分の手で貶(おとし)めかけたのだ。
 自分が何をしたのか、今度こそはっきりと理解して、臨也は胸の奥から耐え難い痛みが競り上がってくるのを感じる。
 ───シズちゃん。
 ごめん。謝るから。何でもするから。
 だから、お願いだから。


 ───止めるなんて、言わないでよ。


「──やだ…」
「あ?」
「こんな風に途中で止めるのなんて、俺は嫌だ。こんな形で……今夜を終わらせるのは……」
 とてもではないが静雄の顔を正視はできなかった。
 まなざしを伏せ、それでも必死に言葉を紡ぐ。
 自分が何をしたのかは分かっている。けれど、さっきまではあんなに幸せで、楽しかったのだ。それをこんな形で終わらせてしまったら、明日の朝からの自分たちは、きっと、どこかぎこちなくなるだろう。
 気まずさを乗り越えて、もう一度手を伸ばし合うまでに、一体どれ程の時間がかかることか。想像するだけで耐え難かった。
 精一杯の言葉を紡ぎ、それきり落ちた沈黙に、臨也は泣きたいような思いを噛み締めながら耐える。
 そのままどれ程の時間が過ぎたのか。
「臨也」
 静雄が名前を呼んだ。
「俺を見ろ」
 静かに命令されて、思わず臨也の肩が小さく震える。
 自分が今、どんな顔をしているのか全く自信がなかった。
 泣き顔だって散々に見られているのだから今更かもしれないが、今の自分は怯えすら覗かせてしまっているかもしれない。そんな顔を静雄に見せるのは、ひどく恐ろしいことのように思える。
 躊躇し、シーツをぎゅっと握り締める。しかし、うつむいて固まった臨也に、静雄はそれ以上何も言わない。
 ───シズちゃん、待ってる……?
 本来気の短い彼が、急かしも怒鳴りもせずに、じっと待っている。そう気付いて、臨也は気力を振り絞り、そろそろと顔を上げて静雄にまなざしを向ける。
 薄明かりの中で、真っ直ぐにこちらを見つめていた鳶色の瞳と、目が合った。
 そして、伸びてきた右手が臨也の頬に添えられて。
 もう顔を逸らせなくなる。
「好きだ、臨也」
 目を見つめたまま、はっきりと静雄は言った。
「お前が信じるまで、何度だって言ってやる。お前がそれで安心するんなら、もうお前しか抱かねぇと誓ったっていい」


「だからもう、俺のこと以外、考えんな」


 低く、真剣に告げられて。
「……だから、どうして命令形なんだよ」
 じわりと胸の奥から痛みにも似た熱い何かが溢れ出すのを感じながら、臨也は文句を付ける。
 すると、静雄は何を言うのかというように眉をしかめた。
「そりゃあ、手っ取り早いからに決まってんだろ」
「なんで」
「だってお前は、いつもぐだぐだ訳分かんねーこと言っては話を逸らすじゃねぇか。それをいちいち全部聞いて突っ込んでたら、俺は自分が何を言いたかったのか忘れちまう。そうなったら、お前は後で一人になった時に、自業自得の癖に泣くだろ」
「はあ!?」
 なんだそれ!、と臨也は一瞬、状況を忘れて柳眉を逆立てる。
 だが、静雄は動じることなく、臨也の涙がいっぱいに溜まった目を覗き込んだ。
「こんな風に俺の前で泣くのは構わねぇけどな。一人で泣くのは駄目だ。お前が一人で泣いてても、俺は何もしてやれねぇ」
 言いながら、そっと臨也の目元に唇を寄せて、堪(こら)え切れずに零れ落ちた涙を吸い取る。
 そして、静雄は両手で臨也の顔を包み込み、至近距離から臨也を見つめた。
 ひどく優しい瞳が、苦笑するように細められる。
「ホント、泣き虫だよな。お前がこんなに泣く奴だなんて知らなかったぜ」
「お…れだって、好きで泣いてるわけじゃない……っ」
 これまでに静雄絡みで泣いたことがないと言えば、勿論嘘だ。この九年間、苦しくて辛くて、泣きたいと思った夜は何度もあるし、耐え切れずに涙を零したこともある。
 だが、そんなことはせいぜいが年に一度か二度だった。いつでも自業自得だということは分かっていたし、自己憐憫に浸るほど脆い性格でもなかった。
 なのに、調子が狂ったのは、あの霧雨の夜から、静雄の態度が変わってからだ。
「全部、シズちゃんのせいだろ……!」
「馬鹿言え。お前のは自業自得っつーんだ」
 呆れたように言いながらも、静雄はほろほろと零れ続ける臨也の涙を一粒一粒、拭い続ける。
 そして、
「けど、お前が泣くのはお前が馬鹿なせいだって分かってんのに、お前が泣くと何でもしてやりたくなるんだよな。お前みたいなノミ蟲、甘やかしたってロクなことにならねぇってのも分かってんのによ」
 そんな風に微苦笑混じりに言うから、臨也はもう声も出せないまま、ぎゅっと目を閉じて嗚咽を噛み殺す。
 反則だ、と思った。
 この状況で、そんな声でそんな台詞を吐くのは、もはや犯罪に等しい。
 なのに、相変わらず静雄は容赦なかった。
「ったく、これくらいの言葉で泣くなんて、お前、どんだけ俺を好きなんだよ?」
 その声はからかうというよりも、愛おしさの方が強く滲んでいて。
 臨也はたまらなくなる。
「シ…ズちゃん……」
 震える声で名前を呼び、頬を包んでいる両手に自分の手を重ねて、すがりつくようにぎゅっと握る。
「シズちゃん、シズちゃん……っ」
「ああ」
 繰り返し名前を呼び続けると、ここに居る、とでもいうように、目元にキスを落とされた。
 涙を拭い、額に、こめかみに、鼻先に、幾つもの優しいキスが降ってくる。
「もう泣くな、臨也。俺にできることで、他人に迷惑かけねぇことなら、何でもしてやるからよ」
 好きだと言って欲しいなら、幾らでも言うし、抱き締めて欲しいなら抱き締めてやるから。
 もう泣くな、と言われて。
 臨也は、ぶんぶんと首を横に振った。
 泣き止ませたいのなら、もっとくだらないことを言うべきなのに、静雄はちっとも分かっていない。そんな甘く優しい言葉を聞かされたら、ますます涙は止まらなくなるだけなのに。
 声だけはどうにか押し殺し、きつく閉じた目からぼろぼろと涙を零し続けていると、静雄が苦笑する気配がして。
「───ん…っ」
 不意に唇を塞がれた。
 やたらと器用な熱い舌に簡単に唇を割られ、いいように口腔を嬲られる。
 だが、泣くと必然的に鼻の粘膜は詰まるように人間の体はできている。口も鼻も塞がれ、瞬く間に呼吸困難に陥った臨也は、苦しさのあまり、力任せに静雄の胸元を拳でどついた。
「────っ…!!」
 五、六回、全力で殴ると、やっと唇を解放される。
 大きく深呼吸して酸素を取り込み、それから臨也は静雄に向かって怒鳴った。
「何考えてんのシズちゃん! 俺を窒息死させる気!?」
 だが、涙目で怒り狂った臨也に、静雄は楽しげに笑って。
「よし、いつものノミ蟲に戻ったな」
「はあ!?」
「いいじゃねえか。涙、止まっただろ」
「そりゃ止まったかもね! でもそれ以前に呼吸が止まりかけたんだけど!? その辺分かってる!? 絶対、分かってないよね!?」
「いいだろ、別に。現にお前は生きてんだし」
 事も無げにそう言い、静雄は懲りもせずに臨也の唇にバードキスを落とす。そして、少し意地の悪い笑みを浮かべ、臨也の目を覗き込んだ。
「続き、するんだろ?」
「──っ…!」
 確かに泣いてばかりでは埒が明かない。しかし、だからといって、静雄の取った手段は真っ当と言えるものなのか。
 ぐるぐると恨み節で考えながらも、臨也は静雄の主張の正しさを認めざるを得なかった。
 泣いて、それを慰めてもらうために今夜、静雄を寝室に引っ張り込んだわけではないのだ。やるべきことをやらなければ、自分から誘うという羞恥プレイに耐えた甲斐がない。
 とはいえ、散々泣かされた上に窒息死させられかけた恨みは恨みであって。
「シズちゃんなんか大嫌い。早く死ねばいいのに……!」
 そう告げて、臨也は噛み付くようにキスをした。




 仕切り直しの長いキスの後、ゆっくりと目を開いた臨也は、まなざしを静雄の股間に向ける。
 長い間がまずかったのだろう。天に向かって屹立していたはずのそれは、既に半ば萎えている。
 自分も似たようなものではあるのだが、とりあえず、と臨也はそれに向かって手を伸ばした。
「まだやる気なのか?」
「勿論。あ、今度はちゃんとやるから安心していいよ」
「……それ、安心っつーのか?」
 呆れた口調で言いながらも、静雄は臨也のしたいようにさせてくれる。
 本当に甘いなあと思いつつ、臨也はそれをやわらかく両手で包み込むように撫でた。
 全体を数度、優しく撫でて、敏感な箇所を指先で刺激してやると、すぐに元の硬さが戻ってくる。嬉しくなって、臨也はもっと大きくなぁれとばかりに先端に軽く口接けた。
「おい……」
「大丈夫だよ、噛んだりしないから」
 無理するなと言いたいのだろう静雄の言葉を、敢えて曲解し、全体に舌を這わせる。
 触れる度、刺激する度に小さく反応するのが、たまらなく愛おしい。この感覚を堪能しようとしなかったなんて、先程の自分は本当に馬鹿だったと思いながら、熱く脈打つなめらかな皮膚を唇で繰り返しついばみ、軽く吸い上げる。
「い…ざや……」
「なぁに、シズちゃん。そんなに気持ちいい?」
 唇を離し、手のひら全体で包み込むようになめらかに擦りながら悪戯に問いかけると、静雄は複雑な顔で眉をしかめ、諦めたように熱を帯びた溜息をついた。
「いいに決まってんだろ……」
「ふぅん」
 その答えに満足し、臨也はまた口を近づけて、今度は先端をぱくりと咥える。そして、雁だけを口から出し入れするように唇で愛撫してやると、先走りの塩気がまた舌を甘く刺した。
「──っ、ん……ふ…ぁ…、また…大きくなった、よ……?」
 舐め取っても舐め取っても、透明な液はとろとろと溢れ出してくる。唇に感じる脈動も強さを増してきており、静雄の限界が近付きつつあることに、臨也はどうしようもないほど心が浮き立つのを感じた。
 同性であるからツボは押さえているとはいえ、何の経験があるわけでもない拙い愛撫だ。なのに、それに快感を得てくれている。
 こんなことで喜ぶなんて、どうかしていると誰かに言われても構わない。大好きな相手をこうして愛し、歓びを与えられることが、ただ純粋に嬉しい。
「ねえシズちゃん、このままイっていいからね?」
 というよりも、絶対に達かせたい。そう思いながら、深く口に含んでゆっくりと動き始める。
 最初はぎこちなくしか動けなかったが、直ぐにコツは掴めてきて、丹念に裏筋に舌を這わせつつ、全体を軽く吸い上げるようにしながら少しずつ動きを早めてゆく。
「っ…臨也、もう止めろ……っ」
 低くかすれた押し殺すような静雄の声が制止してくるが、聞けるわけがない。動きを一層強め、指も使って全体を扱き上げると、限界を訴えるように熱が触れ上がる。
 それでもまだ静雄は耐えていたが、永久に我慢できるものでもない。ほどなく怒張は一気に爆ぜた。
「──っ、く……!」
 静雄の低い呻きと共に、断続的に吐き出されるそれを臨也は口腔で受け止める。独特の匂いと味が喉を刺したが、覚悟していたせいか、さほどキツイとは感じなかった。
 むしろ愛おしさの方を強く感じながら、噎せそうになるのを強引に飲み込み、ゆっくりと唇を離す。
 そして顔を上げると、静雄と目が合った。
 金の髪はやや乱れ、少しだけ荒い呼吸と、鋭く細められた瞳が、荒々しい男の色気を放っている。
 臨也がぞくりとする間もなく、二の腕を掴まれ、その腕の中に抱き込まれた。
「無茶しやがって……」
 熱を帯びてうっすらと汗ばんだ肌の感触と匂い、甘さの滲んだ低い声に臨也はまばたきし、少しだけ考えてから首筋に頬を摺り寄せる。
「だって言ったじゃん。今度は俺が好き勝手する番だって」
「いつの話だよ」
 舌打ちするように言い、静雄は唇を重ねてくる。いつもよりも強引なキスに臨也は静雄の興奮を感じ取り、また嬉しくなる。
 本当にどうかしていると思うが、感情が止まらない。目の前の相手が欲しくて欲しくてたまらないのだ。
 そして貪るようなキスに溺れていると、不意に背中がスプリングの利いたマットレスと、それを包み込むさらさらのリネンに触れる。押し倒されたのだと気付くのと、唇が離れたのはほぼ同時だった。
「手前の番が終わったんなら、今度は俺の番だよなぁ? 臨也君よぉ」
「そんなの決めた覚え、ないけど? まあどうしても、ってシズちゃんが泣いて土下座して頼むんなら、そうしてあげてもいいよ?」
「はっ、泣いて頼むのは手前の方だ」
 獰猛に笑った静雄は、すぐさま臨也の首筋に噛み付いてくる。が、その噛み方はひどく甘く、痛みの一歩手前のぞくりとした感触が全身に突き抜けた。
 そのまま肩やら二の腕やら鎖骨やら脇腹やらをがぶがぶと噛まれて、臨也はその感触に酔いながら小さく笑う。
「……んっ、シズちゃん、本当に、動物みたいだよ……?」
「うるせぇ」
 手前は黙ってよがってろ、と乱暴に言われ、今度は舌と指が蠢き始める。だが、言葉とは裏腹にその動きはひどく優しい。
 筋肉や骨格を一つ一つ確かめるようにキスされ、指先でなぞられる感触に甘い愉悦が広がる。
 この力加減はどこで覚えたのだろうな、という思いがちらりと脳裏を掠めたが、すぐに気分を切り替えて追い払う。静雄の言った通り、二人が愛し合うのに他人の影ほど不要なものもない。
 その間にも、静雄の温かな手と指が、ゆっくりと肌の上を這い回る。
 ただそれだけのことなのに、こんなにも気持ちいいことを不思議に思いながら、臨也は手を上げて静雄の髪をそっと梳いた。
 すると、お返しのように脇腹を手のひらで包み込むように撫でられ、軽く吸い上げられて、びくびくと体が震えてしまう。
「……っや…、やだ……っ」
「何がだよ。まだ何にもしてねぇだろ」
「してるってば…っ……!」
 確かにまだきわどい箇所には指一本触れられていない。だが、皮膚の薄い腹部をやわらかく撫で、腰骨の尖りを確かめるように指先でこりこりと刺激されたら、それだけで全身に甘い痺れのような快感が突き抜ける。
「分かってやってるだろ、シズちゃん……!」
「さぁな」
 笑みを含んだ声で臨也の抗議を受け流しながら、静雄はわざとらしいほどにゆっくりと臨也の足を太腿から爪先まで撫で下ろす。そして再び、今度は下から上へと撫で上げられ、その途中で神経と血管の集まる膝裏をやさしく擽られて、臨也は甘く引き攣った悲鳴を上げた。
「──やっ、あ……あぁ…っ!!」
 目を開けていることもできず、ぎゅっと閉じた目尻に涙が滲む。
 たかが脚の表面に触れられているだけなのに、怖いくらいに鮮烈な快感だった。
「お前、マジで感じ過ぎ。そんなんでこの先、大丈夫かよ?」
 呆れたように言いながらも、静雄の手は臨也の腰骨の辺りをゆっくりと撫でている。
 快感に総毛立った肌を撫でられるのは甘過ぎる拷問にも等しく、そんなことを言うくらいなら手を離せ!、と臨也はわめきたかったが、注がれ続ける感覚に絶えるのに精一杯で、まともな言葉が紡ぎ出せない。
「ま、不感症とか痛がられるよりはいいけどな。俺も楽しいしよ」
 その間も好き勝手なことを言いながら、静雄はするりと脇腹を撫で上げ、臨也に悲鳴を上げさせながら、臨也の心臓の上へと手を置いた。
「あー、すげえバクバクいってんな」
 そんな感想を口にして、胸の先端の周囲をくるりと舌で舐める。その熱くやわらかな舌の感触と、すぐに冷えてゆく濡れた感触に臨也がぞくりと背筋を震わせると、静雄は低く笑った。
「もうスイッチ、入ってるっぽいな、お前」
「──スイッチ…?」
 何のこと、と臨也は閉じていた目を開き、涙に滲んで霞む視界をまばたきすることで追い払いながら静雄を見る。
 が、静雄が指先で胸の尖りの周囲をゆっくりとなぞるのを見てしまい、直ぐに目を開けたことを後悔した。
 なのに、更に静雄の声と言葉が追い討ちをかけてくる。
「ここは男だろうが女だろうが、スイッチが入んねぇと大して感じねーんだよ。逆に言えば、誰だって触られてるうちに、それなりに感じようになるんだけどな」
「……シズちゃん、それって、さっき言ってたことと矛盾してない?」
 静雄の解説を聞いているうちに急速にムカついてきた臨也は、何とか乱れた吐息を鎮めようと努力しながら、静雄を睨みつけた。
「つまり、シズちゃんはそれを知ってるってことだよね? 一体誰相手に経験したわけ?」
「バーカ。これくらい一般知識だろ。それに俺は、お前を誰とも比べやしねぇよ」
 臨也の文句をあっさりといなして、静雄は顔を伏せ、ちゅ、と音を立てて臨也の胸の尖りをついばむ。
「──っあ…!!」
 その途端、鋭いほどの快感が脳天まで突き抜け、臨也は小さく悲鳴を上げて背筋をのけぞらせた。
「他の奴なんかと比べられるかよ。お前みたいに憎たらしくてムカついて、その上、メチャクチャ可愛い奴なんざ、どこ探したっていやしねぇんだからよ」
 俺がお前をどれだけ好きか分かってんのか。絶対分かってねぇだろ。
 そんな風に言いながら、左右の胸の中心をゆっくりと指先で転がすように撫でられ、爪弾くようにやわらかく弾かれる。
「っ…や…、や、だぁ……っ! ふ…あ……ぁ…!」
 左右をそれぞれに異なったやり方で弄られ、可愛がられて、臨也は体を震わせることもできずに、快感に全身を張り詰めさせて甘い嬌声を切れ切れに上げた。
 せめてもの抵抗を示すように無意識にもがく脚が弱々しくシーツの上を滑り、アイロンの行き届いたリネンが乾いた音を立てる。
 触られれば触られるほど敏感さを増してゆく小さな尖りををひたすらに愛撫され、過ぎる快楽に涙が滲む。
 その甘い愉悦は全身を血流と共に駆け巡り、体の中心へと集まってゆく。高まるばかりの疼きに耐えかねて腰を揺らめかせると、静雄は直ぐにそれに気付いたようだった。
「──ああ、もうキツイのか」
 胸元から手を離し、自分の体の位置を少しずらす。そのことにほっとして、臨也は小さく喘ぎながら、かすれた声でねだった。
「ね……、もう触って……」
 お願い、と告げる声は、驚くほどに甘ったれた響きになる。だが、そのことに嫌悪や羞恥を感じるだけの余裕は、臨也にはもう無かった。
「シズちゃん……」
 きっと何とかしてくれるという期待と願いを込めて、名前を呼ぶ。
 すると静雄は、なんとも複雑そうに眉をしかめて手を伸ばし、臨也の頬をそっと撫でて、涙の跡を指の腹でぬぐった。
「お前、絶対に分かってやってるだろ」
 溜息混じりにそう言われて、どうだろう、と臨也は考える。
 分かって、はいるかもしれない。静雄が自分を好きだというのは、まだ現実感が足りないが、それでも、自分がお願いしたら静雄が反応してくれるだろうくらいのことは思っている。
 だが、計算はしていない。断じてそんな余裕は無い。
 そんなことを声に出さずに思っていると、唇に、ちゅ、とキスを落とされた。
「いいぜ、嵌まってやる。俺が進んでお前の言いなりになるのは、今だけだからな。勘違いすんじゃねぇぞ」
 小さく笑みながら言われて、臨也はどうすればいいのか分からなくなる。
 こんな時に、そんな表情で笑うのは、もう完全に反則だった。
 どうしてそんなにチートなんだよ!、と心の中で抗議する間もなく、もう一度キスをされる。今度はバードキスではなく、深く甘い口接けに臨也は夢中で応えた。
 そして、頭の芯までぐずぐずに蕩けたところで静雄はキスを終え、ゆっくりと手を臨也の胸から腹へと滑らせ、臍をくるりと撫でてから、更に下へと這わせる。
 長い指先に、やわらかく下生えをかき分けるように薄く敏感な皮膚を撫でられて、たまらずに臨也は身をよじりながら細い声を上げた。
「やだ…っ…、も、焦らすのはいい、から……っ」
「あー、別に焦らしてるわけじゃねぇんだけどな」
 すすり泣くような臨也の抗議に静雄は微苦笑し、ゆっくりと指先を滑らせる。
「俺としても、早く楽にしてやりてぇとは思うんだけどよ……」
 だが、静雄の指先は臨也が期待した場所を通り過ぎ、その奥へと辿り着いて。
 ぬるり、と先走りの雫で潤った最奥を触れられて、びくりと臨也は体を震わせた。
「あ……」
 戸惑って彷徨わせたまなざしが、静雄のまなざしと合う。
 快楽と涙で霞んだ視界の向こう、静雄の瞳は、欲を湛えてはいてもひどく優しかった。
「先にこっちを慣らした方が、多分、お前が楽だからよ」
 いいか、と聞かれて。
 臨也はまばたきした後、こくりとうなずいた。
「──ローションは使ってよ……?」
「分かってる」
 臨也の要求に静雄もうなずき、サイドテーブルに手を伸ばす。
 その動きを目で追いながら、臨也は疼きを持て余して小さく熱い息を吐き出した。
 ───本音を言うなら、今すぐ楽にして欲しかった。
 いっそ自分で触ってしまいたいくらいに、切羽詰まってきている。
 だが、静雄の言い分が正しいことも分かるのだ。
 男も女もオーガズムの原理は同じで、括約筋が痙攣し、強く収縮することで起きる。そうして収縮してしまった筋肉が緊張を解くまでにはそれなりの時間を要するため、慣らすにせよ挿入するにせよ、その前の方が幾分、楽にできるはずなのだ。
 その理屈は分かる。
 けれど。
「臨也」
 ぬるついた指先が触れてくる感触に、びくりと体を反応させずにはいられない。
 気持ちの方は了解していても、体にとっては未知の感覚だ。触れられていること自体がどうにも恥ずかしいし、緊張してしまう。
 だが、そんな臨也の心理は静雄も分かっているのだろう。こめかみに一つキスを落として、目線を合わせた。
「嫌だと思ったり、痛かったりしたら言えよ? 無理強いする気はねぇんだから」
「……うん。大丈夫」
 緊張はする。けれど、嫌だと思うくらいなら、最初からこんなことはしない。
 そんな想いを込めて唇に触れるだけのバードキスを返すと、静雄は、仕方のねぇ奴、とでも言いたげに微笑した。

to be contineud...

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