ある晴れた日に 06

「臨也」
 熱の籠もった声で名前を呼ばれる度に、胸の奥がじんと痺れる。
 それだけでも甘く湧き起こる感情にどうにかなりそうなのに、声以上に優しい指が、ゆっくりと肌の上を滑り、一方で身体の奥深くをやわらかく探り、狭い器官を解すように蠢く。
「…っあ…、シ、ズちゃん……っ」
 ゆるゆるとした指の動きは苦しいどころか焦れったいばかりで、臨也は縋るように静雄の名を呼んだ。
 もどかしさに小さくもがいた踵がシーツの上を滑り、乾いた衣擦れの音を立てる。
「んっ…、ね……、ま、だ…?」
 まだ駄目なの、と震える声で問いかければ、ああ、と短い答えが返った。
「なんで……っ」
 すげなく拒否されて、思わずなじる。
 だが、本当に分からないのだ。
 先程から臨也の最奥は、決定打のないやわらかな愛撫にひどく焦れていて、複数挿入された静雄の長く骨ばった指をきゅうきゅうと締め付けている。
 柔襞がひくつきながら異物を奥へ引き込もうと蠢き、舐めしゃぶるように絡み付いているのが臨也自身にすら知覚できるのに、当の静雄が感じ取っていないはずがない。
 なのに、指ではない彼の熱をまだ与えてくれない理由が、どうしても分からなかった。
 このままでは、もどかしさと訳の分からなさに泣きじゃくってしまいかねないと愉悦にぼやけ始めた思考で思った時。
「俺だって全部欲しいんだよ」
 臨也の混乱を読み取ったらしい静雄が、低く囁いた。
 それが先程臨也が言った、全部欲しいという言葉に対になる言葉だと気付くには、今の状態では数秒の時間が必要だった。
「お前の反応や表情を全部見てぇんだ。前はまともに見ちゃいなかったからよ」
 言いながら、深く挿し入れられた指先が感じやすい箇所を狙って、柔襞をゆるゆると擦り立てる。
 その刺激にたまらず臨也は、小さな声を上げて背筋をのけぞらせた。
「お前が居なくなった後、思い出そうとしても、断片的にしか覚えてなくてよ……なんかすげぇショックだった。数えたら多分、百回以上やってたのに、俺はお前のこと、何にも見てなかったんだってな」
 ひどく真摯にそう告げられて。
 与えられる愛撫よりも、その言葉に臨也の胸の奥が切なく疼く。
 ───同じだった。
 繰り返し身体を重ねる本当の意味も分からないまま抱き合っていたあの頃。
 静雄の手指の温かさも、情欲を帯びた荒々しい息遣いも、その重みも熱も、臨也は遠く離れてからも思い出そうと思えば思い出せた。
 だが、それは覚えようとして覚えたものではない。持ち主の意志を無視して、静雄の優しさを欲しがった身体が必死に記憶していたものだ。
 だから、その時の静雄の表情はと言えば、記憶は朧気だった。静雄と同じように臨也もまた、断片的な一瞬の表情や目の色しか覚えていない。
 静雄が臨也を正面から見ないようにしていたように、臨也もまた抱かれている間、極力彼を見ないようにしていたからだ。
 自分の心から目を逸らしていた結果が、その惨憺たる思い出の欠落だった。
「だから、今度は全部きちんと見てぇんだよ」
「…ひ、っん……!」
 その言葉と同時に、過敏な箇所を指の腹でぐっと押さえられて、目の裏に白い火花が散るような感覚に、びくりと全身が跳ねる。
 そして、知らぬ間に眦から零れ落ちた涙を、静雄の熱い舌先がぺろりと舐め取った。
「すげぇエロい顔してんのな。自分で分かってっか?」
「──っ、そ、んなの、分かるわけ……っ」
「その顔も。すげぇ可愛い。……ぞくぞくする」
 分かるわけがない、と涙目で睨み上げながら言いかけた言葉尻を押さえられ、更に爆弾を落とされて臨也は絶句したまま静雄を見上げる。
 すると、じっと臨也を見下ろしていた静雄が、楽しくてたまらないとでもいうようにくっと笑った。
 そして頭を下げて、こつんと臨也と額をくっつける。
「こんな風にもやれるんだな、俺等」
 その声は深い喜びに溢れていて。
 ぎゅっと臨也の胸が詰まる。
 何かを言おうとしても言葉にならず、ぐっと唇を引き結べば、代わりのように目から涙が零れて。
「泣くなっての」
 ほろほろと零れ続ける涙を、苦笑しながら静雄の唇が一つ一つ吸い取る。
「シ、ズちゃんが、泣かせてんだろ…っ」
「だから、なんで泣くんだよ」
 聞かれて、臨也は言葉に詰まる。
 間近から覗き込んでくる静雄の表情は、全く何も分からないという風ではなかった。間違いなく分かって言っているのだ、この男は。
 なのに、それでいて目の色はひどく優しい。
 その目を見上げながら、あの頃は、と臨也は考える。
 きっとあの頃は、静雄もこんな目をして自分を抱いていたわけではないだろう。情欲の滲んだ目は何度か見た覚えがあるが、こんな目は再会するまで記憶にない。
 そして、自分もきっと初めて見せる表情で、彼を見つめている。
「シズちゃんが、馬鹿だから」
「……あ?」
 だから俺が泣いてる理由、と臨也は眉をしかめた静雄にそっと手を伸ばす。
 両手の指先で包み込むように静雄の頬に触れれば、自分のものとは異なる肌の温もりが切なく、愛おしかった。
「そんで、俺も……馬鹿だから」
 互いに欲しいものを欲しいと気付けなかった。百回以上SEXを繰り返しても、その行為の意味を理解できなかった。
 本当に馬鹿馬鹿しいほど遠回りをして、やっと答えを見つけた時には既に何もかも遅くて。
 でも、奇跡のような再会を果たすことができたから。
 そっと両手ごと引き寄せて、静雄の薄い唇に口接ける。
「もう、入れてよ……」
 今なら欲しいものを欲しいと言える。
 その言葉を受け止めてもらえると、信じることができる。
「ヤってる時の俺の顔なんて、これからも幾らでも見れるだろ」
 指だけではもう足りない、我慢できないのだと訴えれば、静雄は目をまばたかせ、それもそうか、とうなずいた。
 そして、ずるりと指が引き抜かれる感触に臨也は反射的に目を閉じ、身体を震わせる。
「──っ…」
 両膝に手をかけられ、更に大きく脚を開かされたが、感じるものは既に羞恥よりも安堵や期待の方が大きい。
 さらけ出された蜜口に熱を押し当てられて、疼く柔襞がひくつくのを感じる。
 だが、なかなか押し入ってこない静雄に焦れて目を開ければ、彼は二人の結合部をじっと見下ろしていて。
「な…にしてんの……っ」
「あー」
 そんな風に全てをしげしげと見つめられていることに羞恥に駆られつつ咎めれば、静雄は大して悪びれる風もなく、臨也の顔をちらりと見た。
「なんかすげぇと思ってよ。ここも、ここも……すげぇひくひくしてて」
「…っ、そんな、風に、触るな…っ……!」
 とろとろに濡れた蜜口と熱とを指先で優しくなぞられて、堪えきれずにのけぞりながら、馬鹿っ、と臨也は叫ぶ。
 しかし、静雄は意に介する様子もなかった。
「今更だけどよ……、お前のこと、メチャクチャ気持ちよくしてやりてぇ」
 ぽつりと呟くようにそう言われて、どういう意味かと見上げれば、静雄はひどく真面目な顔をしていて。
「お前の体がこんな風になってんのは、言ってみりゃ俺のためだろ。だったら、その分大事にしてやりてぇし、もっと気持ちよくしてやりてぇよ。そう思うのは変か?」
 そんなことを真面目に言われて、全身がかあっと熱くなる。
 馬鹿だの天然だのと頭の中を罵声が飛び交うが、何一つとして言葉になって出てこない。
「…だ、ったら……っ」
 これ以上余計なことを言われたら爆発して死ぬ、と本気で思いながら、臨也は恥ずかしいのか嬉しいのか悔しいのか全く分からない涙で潤んだ目で静雄を睨んだ。
「早く、入れてよ……!」
 そうなじれば、静雄は意表を突かれたかのようにきょとんとして、それから、ふっと笑んだ。
「──ああ」
 応じる言葉と共に上体が傾けられて、唇が重ねられる。
 深いキスにひとしきり応えたところで、最奥にぐっと重みがかけられた。
「…っ、ん…あ……、あ、あっ…入って…く、る……っ」
 待ち侘びていた熱さと重み。たまらないほどの質感に、ゆっくりと身体の奥深い部分が押し開かれてゆく。
 たっぷりと注ぎ込まれたローションに濡れてぬめる柔襞が狂喜しながら静雄の肉体を迎え入れ、絡み付いてゆくのすら分かって、臨也は高くすすり泣くような嬌声を噴き零した。
「シ、ズちゃ……、シズちゃん…っ…!」
「臨也」
 縋るように名を呼べば、名を呼び返される。それだけのことにすら身体の深い部分が疼き、彼の熱を締め上げる。
「──っクソ…、本当にすげぇな、手前の体は……」
 きつく眉をしかめ、そんなことを呟きながらも静雄は慣らすような動きで小刻みに抜き差ししつつ、一層奥へと熱を沈める。
 やがてその動きも止まり、臨也の細く喘ぐような吐息と静雄の荒くなった吐息が交じり合った。
「……全部入ったの、分かるか?」
「ん……、いっぱいになって…奥まで、きてる…っ……」
 優しい手つきで汗に濡れた前髪をかき上げられながら問われて、臨也は脳髄まで痺れるような感覚に目を開けることもできないまま、こくこくと従順にうなずく。
 身の内に、静雄の熱を受け入れている。
 ただそれだけのことなのに、馬鹿みたいに満たされて、圧迫感がひどく苦しいのに、その苦しさが馬鹿みたいに嬉しい。
「気持ち、いい……、シズちゃん……」
 今感じているものをほんの少しでも伝えたくて、臨也は懸命に瞼をこじ開ける。貧血でも起こしたかのように視界がちかちかしたが、それでもその向こうに、こちらをじっと見つめている静雄の熱を帯びた瞳が見えて。
「すごく、気持ちいいよ……」
 嬉しいだとか、幸せだとか。
 上手く口には出せないそんな想いの全てをを、その言葉一つに込める。
 それが伝わったのかどうか。
 じっと見つめていた静雄の鳶色の瞳に浮かんでいた光が深みを増し、優しい指先がこめかみから頬をゆるゆると撫でた。
 そして、ゆっくりと唇についばむようなキスが落とされ、それが少しずつ長く、深くなってゆく。
 やわらかく舌を絡めて吸い合い、互いの歯列を舌先でなぞり、口腔を優しく愛撫し合う。ゆったりとしたキスは長く続き、唇が離れる頃には、臨也の思考は、ふわふわとした快感に完全にとろけてしまっていた。
「……俺もすげぇ気持ちいい」
 体の相性とかの問題じゃねぇよな、と呟くような静雄の声も意味を聞き取れていたかどうか。
 ただ、意味は完全に捉えきれなくとも、とても幸せで嬉しい音として聞いた臨也は、気持ちのままに素直にふんわりと微笑んだ。
 すると、静雄もまた笑う。
「ああ、その顔、いいな。すげぇ可愛い、……臨也」
 臨也、と何度も名を呼ばれ、顔中にキスを落とされる。そしてそのまま静雄の唇は首筋を辿り、頚動脈の上を軽く噛んだ。
 その獲物を押さえ込んだ獣のような状態のままで、静雄はゆるりと腰を動かす。
 途端に、濡れた粘膜同士が擦れ合う快感が二人の体の間で弾けて、臨也は甘い声を上げて体を震わせた。
「ふ、っ…あ……あぁ、あ、っん、ひぅ…っ!」
 ゆっくりゆっくりと一つ一つの反応を確かめるかのように静雄の動きは慎重で優しく、臨也の感覚もまた一気に惑乱に落とし込まれるのではなく、やわらかな雪のように白く光る快感がひとひらひとひら身体の奥深くに降り積もってゆく。
「そこ…っ、気持ち、いい……っ」
「ここか?」
「ああっ、やぁ…っ…」
 繊細な粘膜をやわらかく揺らすような抜き差しが只でさえ気持ちいいのに、いいと訴えた箇所を雁首でくにくにと敢えて優しく刺激されて、更にたまらなくなる。
「や、ひっ、ぁん…っ、もっと、欲し…っ…、もっと欲しい、よ…っ」
「ん……」
 これまでに経験したどのSEXとも違う、じりじりと全神経を遠火で炙られるような快感に、たまらず腰を揺らめかせれば静雄は律動は緩やかなままに、臨也の胸元で固く立ち上がっている尖りに軽く歯を立てた。
「ひぅ、ん……っ!」
 ふわふわと弄ぶように敏感な尖りを甘噛みされ、舌先で舐め転がされて、静雄の熱を受け入れている粘膜がきゅうと疼いてしなる。
 その無意識の甘やかな報復に、静雄もまた小さく呻いた。
「っ、クソ…っ、善すぎるんだっての……」
 癖になっちまうだろうが、と呟きながら深く熱を突き入れたままで、ゆっくりと腰を揺らめかす。そのやわらかく捏ねるような動きの合間に時折、小刻みに揺さぶるような振動を織り交ぜられて、そこから生まれる快感に臨也はどうすることもできず、ただすすり泣くしかなく。
「ひ…っあ、ああ…っ、や、もぅ、駄目…っ、気持ち、いい…っ…気持ちいい、から…っ、ふぁ…っん、それっ、しちゃ、駄目……っ!」
「いいのに駄目なのかよ」
 くっと含み笑われても反論することもできず、臨也はよがり泣きながら必死にうなずいた。
「駄目…っ、あ、ひ…っ、あぁっ、も…っ、おかしく、なるから……駄目…っ」
「いいんじゃねぇの? 俺は、おかしくなっちまったお前が見てみてぇよ」
 全部見たいって言っただろ、と耳元に熱い吐息と共に囁き込まれ、薄い耳朶を軽く噛まれる。
 それだけの刺激にも、臨也はぶるりと全身を震わせた。
「シ、ズ…ちゃん……っ」
「ああ」
 触れ合っている箇所全てから疼くように湧き上がる快感に慄きながら名を呼べば、至近距離から応えが返る。
 滲んだ涙に霞む目を懸命に見開けば、すぐ目の前に自分を見つめる静雄の瞳があった。
「シズちゃん」
 鳶色の瞳は情欲に満ちたひどく獰猛な色をしているのに、浮かんでいる表情はこの上なく優しい。
 包み込むようなそのまなざしを目の当たりにして、何故か不意に目の奥が熱くなり、ほろほろと涙が零れる。
「臨也?」
 驚いたように目をみはって動きを止め、頬を撫でてくる仕草すらも優しくて、胸の奥が切なく痛んで。
「……もう、離れたく、ない……」
 堪えきれずに零れ落ちた言葉は。
 掛け値なしの本音だった。
「ずっと、ずっと……こうしていたいよ、シズちゃん……」
 こうして深く一つに溶け合ったまま、永遠に繋がっていられたら。
 もう他に望むことなどない。
 もう二度と離れなくて済むのなら。
 そんな幸せなことはない。
 そんな叶わぬと分かっている願いに、胸の奥が灼ける。
 切なくて、苦しくて、けれど、今こうして繋がっていられることが幸せで。
「臨也」
 ぼろぼろと泣き出した臨也の両手を、静雄の手がそっと掴む。
 そして首筋に縋り付けるように誘導し、自分もまた臨也の細い身体をぎゅっと抱き締めた。
「俺もだ、臨也」
 首筋に縋り付いて嗚咽を零す臨也を抱き締めながら、静雄もまた低く答える。
「でも、もう離してやらねぇって言っただろ。お前だって、どこにも行かねえって言ったじゃねぇか。だったら、もう大丈夫だろ。そんな泣くんじゃねぇよ」
「──うん…」
 少し困ったような声に、うん、とうなずきながらも一旦、堰を切った涙は簡単には止まらない。
 静雄の首筋に頬をすり寄せながら、臨也は抱き付く腕にいっそう力を込める。
「……俺、シズちゃんのことばっかり、考えてた。池袋を出てから、毎日毎日……」
 そう呟けば、大きな溜息が零されて。
「そんなのは俺もだっつーの」
「──シズちゃん、も?」
 思わず驚きと共に問い返せば、先程とは逆に両の二の腕を軽く掴まれて首筋から引き離され、ベッドの上にゆるやかに押さえ込まれた。
「言っただろうが。この三年間、お前のことしか考えてなかったってな」
 真っ直ぐなまなざしと共に言われて、そういえば、と臨也は快楽にぼやけた頭で先刻の会話を思い出す。
 ずっと探していたと静雄は言った。街に出る度に、臨也の姿を求めていたと。
 それは想像すると、とても寂しくて哀しい、だが、狂おしいほどにいとおしい光景だった。
「シズちゃん……」
 全身を甘く蕩けさせる快感と、魂にまで染み透る切なさに飽和状態になりながら静雄を見上げれば、彼の鳶色の瞳は、強く真っ直ぐな光を宿して臨也を見つめていて。
「離さねえし、離れねえ。……これからは、」
 ずっと一緒だ、と。
 低く言い聞かせるように告げられて、その言葉の重みにまた涙が零れる。
「泣くな」
 そういう言葉も臨也の顔撫でる手も、困惑と優しさばかりが溢れていて、咎める響きはどこにもない。
 たまらず臨也は、もう一度、静雄に縋り付いた。
 広くて温かい、汗ばんだ肩と背中。
 少しだけ荒くなった息遣い。
 いつもより速くなっている鼓動。
「シズちゃん」
「ああ」
 ここに──自分の腕の中に居るのは、平和島静雄だった。
 世界で唯一人、ただ愛でるだけではなく自分だけのものにしたいと願った存在。
 そんな存在が今ここに居て、同じように自分を求めていてくれる。
 それは間違いなく奇跡だった。
 どうしようもなく幸せで、いっそのこと、息絶えるなら今がいい、とすら臨也は思う。
 今なら一点の曇りもなく、喜びと幸せだけを抱いて逝ける。
 そんな幻想を思い浮かべかけたが、しかし、静雄の方はあいにくと、そんな中二病めいた感慨は覚えなかったらしい。
「ったく、泣き過ぎだっての」
 俺を萎えさせたいのかよ、と少しばかり呆れたような声で言いながら、臨也を緩く抱き締めて顔のあちこちにキスを落とし、そしてまた首筋をやわらかく食みながら、ゆるりと腰を動かした。
「──っ、ん…!」
 やや浅くなっていた繋がりをずんと深く突き込まれて、完全な不意打ちに臨也は思わず背筋をのけぞらせる。
「今はもう何も考えんな。俺だけ感じてろ」
 そんな横暴な睦言と、ゆるゆると動き続ける逞しい熱の感触に、身体も魂も甘くおののきながら蕩けてゆくようで。
「っ、あ…シズ、ちゃん……っ」
 めまいにも似た快感に溺れながら、臨也もまた静雄の動きに合わせて、ゆっくりと腰を揺らめかせた。
「臨也……」
 リズムを重ね合わせるようにして優しいばかりの律動を続ける静雄は、シーツに突いた片手で自重を支えながら、空いている方の手で臨也の髪を撫で、耳の形を辿り、首筋から肩へのラインを確かめるように指を滑らせる。
 その間もまなざしは、じっと臨也の顔に注がれていて。
 そんな静雄の両肩に縋るように両腕を回したまま、気恥ずかしさに臨也はかすかに身をよじる。
「そ、んな……、っあ…、見ないで、よ……」
 蕩けそうな快感を味わっている今の自分は、ひどくだらしがない顔をしているだろう。おまけに、今夜は何度も泣いていて、今も、理由の半ばは快感からだが、目元が濡れている感触がする。
 それがひどく恥ずかしくて、叶うことならば顔を伏せてしまいたいが、正面から向かい合って深く身体を溶け合わせている最中では、目線を外すのが精一杯の抵抗だ。
 自分の両腕で顔を隠してしまえばいいのだろうが、静雄の身体から手を離したくないのだから、どうしようもない。
「全部、見たいっつっただろ」
「……っ、悪、趣味…っ…」
 低く熱の籠もった声で至近距離から囁かれて、ずくりと身体の奥まで震える。無意識に静雄の熱を締め付けてしまい、その甘い刺激に思わず細腰を震わせて呻くと、静雄が含み笑うのが感じられた。
「悪趣味じゃねぇよ。……すげぇエロいし、可愛いしよ……それに、」
「──え…」
 敢えて耳元に口を寄せ、囁かれた言葉に、思わず臨也はぽかんと目をみはる。
 すると、再び目を合わせた静雄が楽しげにくくっと笑った。
「何だよ、その顔」
「え、あ、だ…、だって……っ」
 思考が追いつかずに、らしくもなくうろたえながら臨也は反論の言葉を探す。
「だって、シズちゃんがおかしいだろ! 俺のこと……っ」
 懸命になじる台詞を探すが、その単語をどうしても音声で再生できずに、臨也は言葉に詰まる。
 だが、静雄は面白げな笑みを更に深めるばかりで。
「何だよ、言われ慣れてんじゃねえのか。綺麗だなんてよ」
「──っ…!!」
 かぁっとこれまでの比でなく全身が熱くなる。
 今日何度か聞かされた『可愛い』も、とんでもない暴言ではあるが、これほどまでの破壊力はなかった。それはおそらく、いい歳した男に対する褒め言葉としては、可愛いという表現は、からかいの要素を多分に含んでいるように聞こえるからだろう。
 だが、綺麗、という言葉は違う。
 静雄の言う通り、臨也はそれこそ子供の頃から顔立ちを褒められ続けていたから、綺麗という形容詞は、もはや褒め言葉とも感じない常套句に成り果てている。
 なのに、静雄が口にしたその言葉は、生まれて初めて聞いた褒め言葉のような衝撃を臨也にもたらした。
 これまで散々にノミ蟲呼ばわりされてきた身としては、あまりにも刺激が強すぎて、反論する言葉を見つけることも忘れ、ひたすらに静雄を見上げていると、静雄は小さく笑ったまま、臨也の頬を優しく撫でた。
「すげぇ真っ赤だな。大丈夫か?」
「──大、丈夫じゃ、ない…っ…」
「へえ」
 呻くように応じれば、静雄の目が楽しげに細められる。
 嫌な予感がする、と臨也が眉をしかめるのと、耳元で再び囁かれるのは殆ど同時だった。
「だったら、そのまま溺れちまえよ。もっと溺れて、おかしくなって、ぐちゃぐちゃのどろどろになっちまったお前が見てえ」
 そんなになっても、お前はきっと綺麗なんだろうな、と。
 情欲を含んでかすれた声で告げられ、間髪入れずに逞しい熱にぐりっと最奥を抉られて。
 ───狂う…っ!
 とてつもない愉悦の予感に、臨也は思考が白く弾け飛ぶのを感じた。
「シ、ズちゃ……!!」
 駄目だと制止するよりも早く、静雄が律動を再開する。それはもう、先程までのどこまでも二人が溶け合うような、ひたすらに優しい動きではなかった。
 決して乱暴でも無闇に激しくもないが、的確に臨也の弱い箇所を突き、リズミカルに揺さぶってくる。
 考えてみれば、長い長い前戯を経て体を繋いでからも、静雄は緩やかな動きばかりを繰り返していたのである。そろそろ彼自身の忍耐も限界に近付いてはいるのだろう。
 一つになっているだけで心地良いとはいえ、即射精に至らないぬるい動きは、誰にとっても蛇の生殺しであることは否めない。
「あ、ぅ…あぁっ、ひ、あ、あ…っ、ん……!」
 そして、それは臨也についても言えることであり、ここまでも十分気持ち良かったとはいえ、今の静雄がもたらしている動きは、快楽の質が全く違っていた。
 先程までが底知れない海の底に沈んでゆくような、たゆたうような快感だとすれば、今感じているものは、力強い気流と共にどこまでも高みに引きずり上げられていく感覚に似ている。
 翼のない身には、そこは高過ぎ、或いは眩し過ぎて、助けを、縋りつくものを求めずにはいられない。
「シズ、ちゃん…っ、あぁ…っ、ん、シ…ズ、ちゃっ……ひっ、ん…っ…」
 重みを伴った逞しい熱に突かれる度、退かれる度に、どうにもならない愉悦が繋がっている箇所から全身へと、寄せては返す波濤のように広がってゆく。
 連続して身体の奥で小さな爆発が起き続けているような錯覚に陥り、たまらず臨也は縋り付いた静雄の背中にきつく爪を立てた。
 それで何が紛らわせるわけでもない。だが、そうしなければ身体がばらばらになってしまいそうだった。
「っ、あ…あぅ…っ、シズ、ちゃん…っ、も、駄目…っ…!」
 無意識に静雄の腰に両脚を絡めてしまっていることも自覚できないまま、臨也は必死に訴える。
「も…、おかしく…っ、なっちゃ…ぅ…、っ、ふ…ぁっ…、こ、われ…る……っ!」
 感じやすい箇所を突き上げられれば脳裏で真っ白な光が弾け、抜ける寸前まで退かれれば、虚ろになった最奥が気が狂いそうな程に疼く。
 そして、その二つの感覚を繋ぐのは、熟れ切ってざわめく柔襞を力強く擦られるたまらないほどの快感である。
 これでどうにかならない方が嘘だった。
「もう…、駄目…っ…あ、ひ…ぁっ、だ…めぇ……っ」
 普通のSEXならもうとっくに果てているのに、おそらく快楽が過ぎるのだろう。どこまでも引きずり上げられる感覚から降りることができず、臨也は、甘く引きつったすすり泣きを零し続ける。
 或いは、それは俗に言うイキっぱなしの状態に陥っているのかもしれなかった。
 吐精のないまま後孔で絶頂と殆ど変わりない快感を得ているのだから、状況としてはぴたりと当てはまる。
 だが、今はそんなことを思い付く余裕すらないままに、臨也は果てのない快感を受け止めるしかない。
「シ…ズちゃん…っ…、も…ぅ、駄目…っ、も、死ぬ…、っ、死んじゃう…っ…!」
「っ…、死なねぇ、っつーの……」
 もう限界だと訴えているのに、静雄は、彼もまた息を切らしながら獰猛に答え、ぐり…っと臨也の弱い箇所を容赦なく抉る。
「それに、死んだって…抱いててやるよ。もう、離してなんか、やらねえ……!」
「──ひああぁ…っ、あ、ああっ、ふ、あ……!」
 止まるどころか、更に律動を激しく深められて、臨也は焦点を失って泣き濡れた目をみはり、甘い悲鳴を噴き零す。
 全身が快楽に引きつって背筋がのけぞり、その弾みに昂ぶってしとどに濡れそぼりながら震えていた中心が、静雄の綺麗に腹筋が浮き出た腹部に擦り付けられ、臨也は脳味噌が沸騰して弾け飛ぶような快感に襲われた。
「あ、あああぁ……っ、ひ、あ…あぁ…っ!」
 溜まりに溜まっていた熱を吐き出したのだという自覚を持つことすらできなかった。
 そのまま律動の速度を緩めることなく、絶頂痙攣を起こしている内襞を擦り立てる静雄の容赦のない動きに、臨也は本物の快感の無間地獄に陥る。
「ひ、あ…っ、あ、ああっ、ん、っあ…あ…!」
 もう嫌だとも駄目だとも考えられないまま、与えられる感覚を享受し、甘く泣きじゃくった。
「やっぱ、すげぇな……お前の身体。メチャクチャ吸い付いてきやがる……っ」
 それに、と静雄の手が、汗と涙に濡れた臨也の頬をそっと撫でる。
「こんな、どろどろのぐちゃぐちゃになってても……、やっぱり可愛いしよ、……すげぇ綺麗だ」
 俺も相当いかれてんな、という苦笑を含んだ静雄の睦言も、臨也にはもう届かなかった。
 ただ、重ねられた熱い唇に無我夢中で応える。
 溺れかけた人が酸素を求めるかのように首筋に縋り付き、深く舌を絡めて吸い立てて。
「シズ、ちゃ……っ…」
 酸欠寸前で唇を解放され、霞む目を懸命に開いて、快楽に蕩けた思考の中で唯一つ残っていた名前を呼べば。
 おう、と静雄は答えて微笑んだ。
「一緒に達こうぜ。……臨也」
 その言葉と共に、再び勃ち上がっていた中心に指を絡められて、臨也はびくりと全身を震わせる。
「シ、ズちゃ…んっ…、あ、ひぁ…っ、あ、あ…ん…っ」
 どろどろになっていたそこを案外に器用な長い指が的確に撫で回し、ちょうど良い強さで扱き上げる。
 先端の小さな孔を堅い指先で引っ掛けるようにしながらくりくりと刺激されて、そこから生まれる愉悦に、臨也はたまらずに首をのけぞらせてすすり泣いた。
 そうして無防備に晒された首筋に静雄が顔を埋め、獲物を貪る獣のように頚動脈の上に歯を立てる。
「っ、ああ…っ!」
 ぐっと痛みよりも快感の勝る強さで急所を噛まれて、臨也は甘い悲鳴を上げながら静雄の頭をかき抱いた。
 ほぼ同時に最奥を深く突き上げられ、静雄の手により一際強く熱も扱き上げられて。
「──っあああぁ…、ひ…、ぁ…ああああぁ…っ!!」
 臨也は、全身がばらばらに弾け飛ぶような爆発的な快感に灼き尽くされる。
 そして、本来ならば触感など殆どない柔襞に激しい迸りが叩き付けられるのを確かに感じながら、そのまま真っ白な闇に墜ちていった。

to be concluded...

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