Dusk Memory 1








「ほい、楊ゼン。これが先月分の試算表と伝票な」
「ありがとう、韋護君。いつも悪いね」
「いいってことよ。俺も稼がせてもらってるしな」
 どかりとソファーに座った客人に、楊ゼンはコーヒーを手渡す。
 そして、自分は韋護が渡してくれた書類の中からディスクを取り上げて、早速端末に読み込ませ始めた。
 外光が画面に反射しないよう、デスクの右方向にある窓はブラインドを下ろしたままだったが、代わりに天井の照明が、その端正な横顔をやわらかく照らし出す。
「定期連絡の時にも言ったけど、とりあえず売上は順調。この間、話が来たKR企画との取引はどうする?」
 ソファーの背もたれ越しに話し掛ける韋護に、キーボードを操作しながら楊ゼンは首をかしげた。
「条件がね……。今の取引相手とほとんど変わらないから、乗り換えるメリットが見当たらない」
「じゃあ、もう少し交渉してみるか?」
「無駄足じゃないかな」
 スクロールに合わせて画面に流れる数字を鋭いまなざしで見つめたまま、淡々と楊ゼンは言葉を紡いだ。
「どうも、こっちを学生ベンチャーだと思ってなめてる節があるしね。今以上の条件は出してこないだろうから、断っていいと思う」
「確かにな。俺も向こうの受付で三十分以上待たされたし。おっしゃ、俺の方から断りのメール出しとくよ」
 大きくうなずいてから、韋護は一口コーヒーを飲んで、小さく笑った。
「何だい?」
 耳聡く楊ゼンはそれを聞きつける。
 一度に複数のことをこなせなければ、巨大コングロマリット複合企業の後継者などやっていられるものではない。目と耳と口と手にそれぞれ別の仕事をさせるのは、楊ゼンにとって別に難しいことではなかった。
「いや、KR企画も馬鹿だと思ってなー。うちのボスは金鰲グループの次期総帥様だってのに、たかが学生がやってるベンチャー企業だからってさ。もったいねーな」
 その言葉に、楊ゼンは苦笑する。
「だから、僕の名前は出してないんだろう。素性がバレちゃ面白くないからね」

 楊ゼンは、崑崙大学に入学した翌年に、学生相手のコンピューター小売りのベンチャー企業を起こしていた。
 製造元から直接買い付けることで、国内で最も安い価格での販売を可能とし、初年度から売上は急速に伸びた。今は、ハードだけではなく周辺機器やソフトにも手を広げ、年間売り上げは数千万円にものぼる。
 それらの一切に楊ゼン自身は名を出さず、対外的には韋護を代表として通していた。

 韋護は、崑崙大学法学部に在籍しており、学費と生活費を自分で稼いでいる苦学生である。
 楊ゼンと知り合う以前は、毎年半期を休学して学費稼ぎのアルバイトに当てていたのだが、金銭に細かい代わりに経理に明るく、一旦契約したことは必ず遂行するという性格を見込んで、自分の代理人を探していた楊ゼンが声をかけたのだ。
 そうして韋護は大学を休学する必要がなくなり、代わりに四六時中、キャンパス内で昼寝をしているようになった。
 しかし、彼の経営や取引に関する嗅覚は、動物的と言ってもいいほど確かであり、楊ゼンは彼を全面的に信頼して、ほとんどの裁量を一任している。

「でもよ、これからどうすんだ? とりあえず、あんたは今年卒業するんだろ?」
「うん。だから、できたら今後は君にすべてを引き継いでもらいたいんだけど……」
「そりゃ構わないが、俺も順調にいけば一年後には卒業だぜ?」
「その後は、また誰かに。せっかく起こしたんだから、このまま潰したくないんだ。金鰲グループの傘下にして引取るって手段もあるけど、それじゃ面白くないから」
「この先ずっと、学生ベンチャーのままってか」
「そう。起業に興味のある学生が、ここを踏み台にしてノウハウを覚えて卒業していってくれればいい。僕はもう手を引くけど、資金は残してゆくつもりだし」
「それも面白いわな」
 うなずいて、韋護は手にしていたマグカップをローテーブルに戻した。
「けど寂しくなるな、あんたがいなくなると。俺、マジでこの仕事紹介してくれたこと、感謝してんだぜ。やっぱ、どかた土方だの何だのを半年やるのってきついからさ」
「それはどうも」
 大きく伸びをしながらの言葉に、楊ゼンも微苦笑する。
「USAじゃさすがに遠いからな。思い立ったらすぐ会いに行くって距離じゃねーし」
「でも、たかだか十時間だからね。寝て起きたら着いてるよ」
「時間より金だって。俺が問題にしてんのは」
「今は格安チケットがたくさん出てるよ」
「どーせ、あんたはエコノミークラスなんて乗ったことねーんだろ」
 ひがみっぽく、だが笑いながらの揶揄に、楊ゼンは苦笑する。
 こういう言い方をしても、実のところ、彼は楊ゼンの肩書きや外見などどうでもいいと思っているのである。だからこそ、楊ゼンも韋護には己を飾ることなく、自然体で言いたいことが言えた。
「でもよ、楊ゼン。あんたも寂しいんじゃねーの? かれこれ崑崙に四年も住んでたわけだし」
 ソファーの背もたれに腕をかけ、背後の楊ゼンを振り返りながら韋護が問いかける。
「あのちっこい先生もいるんだしさ」
「──まぁね」
 友人の言葉に、楊ゼンは曖昧にうなずく。
「でも、もともと二年前に帰るはずだったんだしね……」
 手元のディスクを入れ替えながらの今ひとつ歯切れの悪い相槌に、韋護は、無造作に伸びた前髪の隙間から覗く瞳に何か思うような光を浮かべる。
 韋護が知る限り、楊ゼンは曖昧な表現を使いたがらない人間だった。
 それは、性格的なものでもあり、また将来、人の上に立つ人物として教育されてきたこともあるだろう。
 いずれにせよ、いつもと変わらない表情をしていても、今の楊ゼンは彼らしくない印象を醸し出していることに気付き、
「なぁ、楊ゼン」
 韋護は少し改まった口調で、友人の名を呼んだ。
「これからどうするかとか、決めてんのか? 先生とのこと」
 何でもないようで、気遣いのにじんだ声に、楊ゼンはマウスを操作する手を止める。
「──さぁ」
 しかし、出てきたのは、やはりひどく曖昧な言葉だった。
 端正な顔からは微笑未満の表情さえも消えて、諦観したような冷めた色の瞳に、どこかかすかに苛立ったような光がにじむ。
「さあって……」
「その件に関しては話したことがないから」
 無造作な返答に、韋護は目を丸くする。
 そして、わずかに眉を寄せて、しばし考えるような表情になった後、改めて口を開いた。
「──立ち入ったことだと分かってて訊くんだが……、うまくいってねーのか、先生と」
「さあ」
「おい、楊ゼン」
「分からないんだよ、本当に」
 溜息まじりに答えて、楊ゼンは椅子を引いた。
 そうして画面をスクリーンセーバーに切り替えて立ち上がる。
「──うまくいってないわけじゃないと思うよ」
 ゆっくりとソファーを回り込み、韋護の斜向かいになる位置に楊ゼンは腰を下ろした。
「ただ、あの人はさき将来のことを話すのが好きじゃないんだ。……だからね、近頃ちょっと」
「気分がウツになってるってか」
「……有体(ありてい)に言えば、そういうことかな。あの人も勘の鋭い人だから、僕が何を考えているのかは気付いてるみたいなんだけど……」
「でも先生は何も言わない、あんたも口に出せないと。堂々めぐりの悪循環だな」
 気鬱そうな表情を見せる楊ゼンに、韋護は溜息をつく。
 そして、こんな彼を見るのは久しぶりだな、と心の中で一人ごちた。

 太公望と知り合う以前、楊ゼンはいつも憂鬱そうだった。
 容姿にも頭脳にも家柄にも、これ以上は望めないほどに恵まれているくせに、微笑みの下に無関心を隠し、そのくせ、何かを探しているような、渇えているような目をしていたことを韋護は覚えている。
 時折キャンパス内ですれ違うその目があまりにも印象的だったから、学部が違うのにもかかわらず、韋護は彼のことを記憶したのだ。
 それからまもなく楊ゼンから声をかけられて、彼の仕事を手伝うようにはなったが、その付き合い方といえば実にビジネスライクで散文的な素っ気ないものだった。
 けれど、二年半と少し前に、楊ゼンは経済学部講師の太公望と知り合って。
 以来、瞳の渇えたような色はむしろ濃くなったが、泰然とした態度の裏に隠されていた無関心や憂鬱は綺麗に消え、代わりに二十歳の青年らしい表情が出てきた。
 韋護と彼の関係が、単なる仕事上のパートナーから親友と呼べるレベルになったのも、それからのことである。
 楊ゼンがプライベートなことや本音を口に出すようになり、社交辞令でない笑顔を見せるようになるのを、韋護は何とも言いがたい、微笑ましい気分で受け止めていたのだ。

「──なぁ、楊ゼン」
 首筋をかきながら言葉を選び、韋護は口を開く。
「余計なお節介だと承知して言うんだが、一度きっちり話し合った方がいいと思うぜ。あんたが卒業しちまったら、単に太平洋のあっちとこっちの遠距離恋愛になるわけじゃねーだろ。こう言っちゃなんだが、あんたの家は普通じゃねーんだから」
「────」
「俺は、あのちっこい先生のことはよく知らねぇ。時々、昼寝のポイントで出くわすだけだからな。けど、あんたが本気で話をしようとしたら、逃げるような人じゃねーんじゃないのかい?」
「普段はね……」
 友人の言葉に、楊ゼンはまなざしを伏せたまま溜息をつく。
「でも駄目なんだ、こういうことは。徹底的に逃げられるだけ逃げようとするんだよ。告白する時だって、ぎりぎりまで追い詰めて、ようやく返事をもらったんだから。去年のクリスマスに僕が強気に出なければ、今でもあの人は聞こえない振りして逃げ回ってたと思う」
「何で……」
 さすがに韋護も眉をしかめて楊ゼンを見つめる。
「僕にも本当のところは良く分からない」
 だが、楊ゼンはゆるくかぶりを振った。
「僕の立場を気遣っているのもあるんだろうけど……。それよりも、どちらかというとトラウマの影響が大きい気がするよ」
「トラウマ?」
「──あまり詳しいことは話してもらってないけど、あの人は家族を事故で亡くしてるから」
「ああ、そりゃ聞いたことがあるぜ。それで、前総長の養子になったんだろ」
 一般には知られていない事実をどこで聞き込んできたのか、韋護はうなずく。
 それに微苦笑未満の微妙な表情を浮かべて、楊ゼンは続けた。
「あの人と家族は、夏休みに別々に旅行に出かけて、後で合流するはずだったらしいんだ。けれど、電話したらすぐ駅に迎えに行くからと言った家族は、出発当日に事故に遭って……」
「約束だけが残っちまったってわけか」
 やたらと勘の鋭い韋護は、楊ゼンに最後までは言わせず重い溜息をつく。
「確かにそりゃ、先のことを約束するのが怖くなるかもな。果たされることのない約束ってのは、虚ろな穴みたいなもんで、どうやって埋めたらいいか本人にも分かんねーんだ」
「……経験があるみたいだね」
「そりゃ、俺はあんたより四年分、長生きしてっからな」
 にっと笑った韋護に、楊ゼンもほろ苦い微笑を浮かべる。

 実のところ、韋護も、これまでに一度も家族の話はしたことがないのだ。
 家庭の匂いがまったくしない彼は、おそらく身寄りがないのか、家族とは縁が切れてしまっているのだろうと楊ゼンは推測している。
 ───太公望は、絵に描いたような幸せな家族だったのに、一瞬でそれを失った。
 楊ゼンは、両親に愛されてはいたが、母親の命と引き換えの誕生だったことが心に消えない影を落とした。
 そして、韋護は屈託がないようでありながら、家族の事を一切口にしない。
 両親が揃っていて、家族みんなが本当に仲良く信頼し合い、平和に笑っている家庭など、世界中に一体どれくらいあるというのだろうと楊ゼンは思う。
 たとえ家族がいても、向ける笑顔の下に、絶望や憎しみの刃を隠していることなど珍しくもないのだ。
 それを考えれば、望まれて生まれたという実感がある分、自分はまだ幸せなのだと思うし、この先、共に歩いていきたいと──家族になってほしいと思える人もいる。
 ……だが、自分が誰かを愛しいと思えることが、今は鋭い刃で胸をつつかれるようで。

「でも、先生の気持ちも分かるけどよ、そのままじゃ駄目だろ? あんたは本気で将来を考えてるのに、自分は逃げるってんじゃ、ちっと卑怯すぎる」
「韋護君……」
 ずばりと切り込まれて、楊ゼンは眉をしかめる。
 常々自分でも感じていることではあるが、他人からそれを指摘されるのは辛かった。
 そんな楊ゼンに弁解するように、韋護は片手を上げる。
「大事な人を悪く言われたくねー気持ちは分かるさ。でも、ここでなあなあにしちゃまずいだろ。今、曖昧なまんま太平洋のあっちとこっちに別れちまったら、もう先生を捕まえるのは難しいんじゃねーのか?」
「───…」
 わずかに眉をひそめたまま、楊ゼンは口をつぐむ。
 それを見つめながら、韋護は気遣うような声を出した。
「あんたがそんな風に悩むってことは、先生の心理は相当深刻なんだと思うよ。それが分かるから、傷付けたくなくて何も言えねーんだろ? けど、本当に一緒にいたいなら、ここで覚悟決めなきゃな。
 一生一緒にいるってことは、つまり、先生のトラウマも一生支えてやらなきゃいけねーってことだぜ。第一段階でつまづいててどうするよ」
 普段飄々としている友人の真剣な声に、楊ゼンはうなずく。
「それは分かってるつもりだよ。第一、それ以前に僕自身が背負っているものが厄介だしね。僕と一緒にいることを選べば、否応なしにあの人もゴシップやバッシングに晒される。やっかみ半分の誹謗中傷だって半端じゃないだろうな」
「でも、それが分かってても先生に選んでほしいんだろ、あんたは」
 韋護の声は、苦笑するようだった。
「どんなに自分が苦労するか、どんなに先生に苦労させるか分かってても、ここで別れて終わりになるよりは、一緒に辛い思いをする方がずっといいんだろ?」
「……時々嫌になるね、君と話してると」
「素直に、頼りになるって言えや」
 その言葉に、楊ゼンは笑いを噛み殺す表情になる。
「──実際、君の言う通りなんだけどね」
「おう、やっぱり頼りにしてるってか」
「そうじゃなくて」
「……こういう時は、お世辞でもそうだよって言うべきだろー?」
「君と僕とじゃ目的語が違うんだよ。僕が言ってるのは、その前の台詞」
 大きな図体でいじけた振りをする韋護を、楊ゼンはあっさりと突き放した。
「所詮、愛情もエゴの一種なんだと、このところしみじみ思っていてね。あの人が僕に嫌いになったのならともかくも、そうでない限りは絶対に手を離したくない。あの人がどんなに迷っていたところで、こっちの気持ちはとうに決まってる。拒否の言葉なんか聞きたくないし、聞く気もないんだよ、僕は」
「それは誰でもそうじゃねーのか?」
「……少なくとも、あの人は違うよ。本音はどうであれ、僕が別れてほしいと言ったら最後、何も言わずにうなずいて本当にいなくなってしまう」
 おかげで、あんなに嘘ばかりつく人なのに、意地の悪いことを言って本音を試すような真似ができなくて困る、と前髪をかきあげながら楊ゼンはぼやく。
 そんな彼に、韋護は面白そうにまばたきした。
「苦労してんなぁ、あんたも」
「してるよ。本気で人を好きになるのが、こんなに大変だとは思わなかった」
 肩をすくめる楊ゼンに、韋護は声を立てて笑う。
「けど、先生がそんなに臆病だってのは意外だな。肝が据わってて、いつも冷静そうに見えるのに」
「僕も付き合い始めてから知ったよ。まぁ、僕の告白から逃げ回っている頃から、どうも脆いところがあるような気はしてたから、それほど意外でもなかったけどね」
「なるほどなー。でも、先生が強くなるまで待つってのも難しそうだしな」
「まったく時間がないわけじゃないけどね。向こうに帰る前に口説き落としておかないと、一生、一緒には暮らせないような気がするんだ」
「確かにな。これだけ話を聞いちまうと、俺も否定できねーよ。ここで逃したら最後、一生逃げ回りそうだ」
 実力行使を許せるほどプライドの低い人じゃないだろうし、と苦笑する韋護に、楊ゼンは肩をすくめる。
「実力行使でどうにかなる人なら、最初から同棲して、とっくに婚姻届に判を押させてるよ」
「そりゃそうだ」
「……ま、ここで君相手に愚痴ってても仕方ないしね」
 踏ん切りをつけるように一つ溜息をついた楊ゼンに、韋護は前髪に隠れた瞳を光らせた。
「その気になったのか?」
「もうすぐ十二月だからね。これ以上は決着を引き伸ばせないだろう?」
 十二月の上旬に修士論文を出してしまったら、三月の卒業までのカウントダウンはあっという間だ。
 確かに、ぐずぐずしている暇などもうなかった。
「いい加減、覚悟を決めないと。第一、あの人がどんなに嫌だといっても、僕には別れる気なんかないんだ。いざとなったら太平洋のあっちとこっちになっても、毎週通い詰めて口説くよ」
「そうそう。強気な方があんたらしいぜ」
 ようやく笑みを見せた楊ゼンに、韋護も笑顔になる。
 そして、楊ゼンは思いを振り切るように一つ息をついた。
「悪かったね、愚痴なんか聞かせて」
「いや、普段のろけばっかり聞かされてるからな。かえって新鮮で面白かったぜ」
「言ってくれるね」
 苦笑して、
「もう一杯コーヒー…、というより、少し早いけど何か食べにいくかい? 奢るよ」
 時計の針を確認し、提案する。と、韋護はぱっと反応した。
 楊ゼンの代理人として十分な報酬を得ており、金銭にはもうさほど不自由していないはずなのに、染み付いた習慣は変わりようがないらしい。
「行く行く。けど、先生はいいのか?」
「あの人は今、スイスに出張中。辺り一面が雪に埋もれてるとかで、八つ当たりみたいな電話が昨夜もかかってきたよ」
「なんだ、俺は先生の代わりかい」
「誰かと食事するのに慣れちゃうと、一人は味気なくてね。付き合ってくれるだろう?」
 言いながら楊ゼンは立ち上がり、上着を取りに行ったついでに留守番電話を操作する。
 お決まりの、只今留守にしております…という伝言に付け加えて、
「師叔、せっかくかけて下さったのに申し訳ないんですが、今、食事に出てます。帰ったら電話しますから、待っていて下さいね」
 そんな伝言を吹き込む。
 普段とはまったく違う、甘やかな響きの声を聞いていた韋護が、呆れたように苦笑した。
「電話かけてくるのは先生だけじゃねーだろ?」
「いいんだよ、別に」
 気にする風もなく、楊ゼンは笑顔を見せて上着に袖を通す。
「本当はあの人も怒るんだけどね。それが可愛いものだから、やめられないんだ」
「あんたって……」
 一瞬、唖然となった後、韋護はくく…と笑った。
「やっぱ面白ぇな、あんたって」
 そして、マンションの玄関へと出て行きながら続ける。
「これは俺の勘だけどさ。逃げ回ってても、本心のところじゃ多分、先生もあんたと一緒にいたがってんじゃねーのかな」
「──どうしてそう思うんだい?」
「だって、あんたがそういう風に甘えまくってんのを許してるんだろ? よっぽど大事に思ってなきゃ、あんたみたいなお坊ちゃまのお守りは無理だって」
「……まぁ確かに、甘えさせてもらってるとは思うけどね」
 靴を履きつつ、楊ゼンは少々憮然となるが、韋護は気にせずに言葉を継いだ。
「それに、あんたも先生のこと大事にしてるしな。家族を亡くしてずっと一人だったっていうのなら、多分、あんたがそうやって一生懸命になってるのは、先生も嬉しいんじゃねーかな。戸惑うことも多いだろうけどさ」
「……なら、いいけどね」
「あのなぁ、たまには年上のいうことを素直に聞けよ」
「考えておくよ」
 笑い合いながら部屋を出て、エレベーターで一階まで降りる。
 エントランスから一歩外に出ると、辺りはもう暗かった。
 冬が近づいた黄昏の空気は、冷たく張り詰めている。
 早くも一等星がまたたき始めている空に細い月が懸かっているのを見上げて、街頭に照らされたアスファルトを二人の青年は歩き出した。






to be continued...










すっかり存在を忘れていた、LoveTroubleシリーズ秋の章。
私は基本的に、本が完売してから最低半年は経過しないとサイトにはupしないのですが、確かこの作品が完売したのは確か真冬で、時期外れは嫌だな〜と掲載を見送り、結局そのままになってました。

もとからこのシリーズには散々苦労させられて、この秋の章も信じられないくらいの修羅場の中で仕上げたものだったので、いっそ存在を永久に忘れてしまおうかと思ったんですが、友人に怒られて断念。突貫工事をしてみました。

しかし、改めて読み返しても、お世辞にも褒められた文章じゃないですね。会話に頼ってストーリーを進めている辺り、余裕がないのが丸見え。
面白いくらいの変換ミスに関しては、目に付いたものだけ直したんですけど、文章はもう手を入れる気力も起きませんでした。マジ最悪・・・・・(-_-;)

本の表紙はそれなりに綺麗だったんですけどね。
モコのパープリッシュ(グレイがかったやわらかな薄紫〕に、深い赤紫の野葡萄トーン+金茶色の文字の2色刷りで。(つまりは、このページの文字色と罫線色の組み合わせ・・・)





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