銀曜日のおとぎばなし 3








 伯爵邸の中庭は、相当な広さがあり、また手入れも行き届いていた。
 少し傾きかけた午後の陽射しに、美しい花々が輝くように咲き乱れており、大気は甘く清々しい香りに満ちている。
「伯爵のおっしゃった通り、美しい庭ですね」
「ありがとうございます」
 ゆっくりとした足取りで花の小路を歩みながら、楊ゼンは優しい瞳を呂望に向けた。
「ここを全部、あなたが手入れされているのですか?」
「いいえ、わしは庭師の邪魔をしているだけです。世話らしいことは何も……」
「そんなことはないでしょう。たとえば、その白い薔薇は我が家にもありますが、かなり難しい品種らしく、なかなか綺麗に咲かないと庭師が嘆いていたのを聞いたことがあります。それがこんなに綺麗に咲いているのは、あなたの丹精があってのことではないのですか?」
「庭師の腕がいいのです」
 はじらうように、こころもちうつむきながら呂望は答える。
 そんな少女の様子を見つめて、楊ゼンは微笑した。
「あちらの薄紅の花は見かけない品種ですが……」
「ああ、あれはうちの庭師が新しく掛け合わせて作ったのです」
「道理で……。いい色合いですね」
 その言葉に、呂望はぱっと表情を明るくする。
「楊ゼン様に褒められたと聞けば、庭師が喜びます。お気に入られたのなら、どうぞお持ちになって……」
 そう言いかけて。
 ふと、ドレスの裾を引っ張られるような感覚に呂望は言葉をとぎれさせ、足元を見た。
「あ、こら!」
 そこにいたのは、一匹のウサギだった。
 ドレスの裾に前足をかけ、ふんふんと匂いをかいでいる。
「駄目ではないか、こっちに来ては……」
「あなたのウサギですか?」
「あ、はい。いつもは屋敷の東の森にいるのですけど、時々こうして出てきてしまうのです」
 言いながら呂望は腰をかがめ、ウサギを抱き上げた。
「駄目であろう、先日も芽が出てきたばかりのバジルをかじってしまって怒られたのに……。料理長に、丸焼きにするぞと脅されたのを忘れたのか?」
 だが、少女の言葉をまるで聞いていないウサギは、心地好さそうに目を細めて優しい腕の中でくつろいでしまう。
 その様子に、楊ゼンは小さく笑った。
「どうやらそのウサギは、あなたに会いたくて森を出てきてしまったようですね」
「そんな……。これ、寝てどうするのだ」
 楊ゼンの言葉に軽く頬を染めながらも、困ったように呂望は腕の中のウサギに呼びかける。
 と、楊ゼンが腕を伸ばして、長い指先でウサギの頭をそっと撫でた。
「──本当にあなたは何一つ、変わっていらっしゃらないのですね。初めてお会いした時のまま……」
「え……?」
 ひどく優しい響きの声に。
 呂望は青年を見上げる。
「忘れてしまわれましたか? 5年前、いえ、もう6年近く前になりますが……」
「───覚えて……いらっしゃったのですか?」
 大きくみはった鮮やかな緑の瞳が、かすかに揺れる。
 その瞳を見つめて。
「一日たりとも忘れたことはありませんよ、姫君」
 楊ゼンは、花が開くように微笑した。




 庭園のやや奥の方の木陰には、瀟洒なテーブルセットがしつらえてある。
 そこで、呂望は侍女が運んで来てくれたティーセットでお茶の用意をし、そっと楊ゼンの前にカップを勧めた。
「お口に合わないかもしれませんが……」
「いえ、とても美味しいですよ」
 向けられる甘い微笑に戸惑うように呂望は瞳を伏せ、自分のカップを手にとる。
 ───心臓の鼓動がうるさくて、息苦しいほどだった。
 まったく期待していなかったわけではない。
 けれど、忘れたことなどないという言葉が、胸の裡で甘く反響して、心臓を騒がせるのである。
 この切ないような苦しさをどうすればいいのか分からず、呂望は先程からずっと自分の鼓動を持て余していた。
「──姫君…」
「あ、はい」
 不意に呼ばれて、慌てて呂望は顔を上げる。
 と、楊ゼンが妙に困惑したような面持ちで、こちらを見つめていた。
「先程、王天君が言っていたことなのですが……」
「?」
 そういえば、何やら二人はずっと言い争いをしていたような、と呂望は小首を傾げて、応接室での光景を思い返す。
 つい物思いにふけってしまって、まともには聞いていなかったが、結構不穏当な言葉が飛び交っていたような気がする。
 が、それがどうしたのかとまばたきをする呂望の先で、楊ゼンは言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。
「その……彼の言葉は、事実を語ったものではありませんから。誓って言いますが、僕はそんな不品行なことはしたことはありません」
 ひどく生真面目な楊ゼンの瞳に、呂望はますます首をかしげた。
「本当に僕は……」
「あの、楊ゼン様」
 更に続けようとした楊ゼンを、そっと呂望はさえぎる。
「あの、折角おっしゃって下さっているのに申し訳ないのですが、実は……わしは、ほとんどお二人の話を聞いてなかったのです。その……少々驚いてしまったものですから、つい物思いにふけってしまっていて……」
 すまなさそうに告げたその言葉に、楊ゼンは軽く瞳を見開き、それからゆっくりと微笑した。
「──そうだったのですか」
「申し訳ありません」
「いえ、いいんですよ。むしろ、聞かずにいて下さって助かりました。事実に即さない言葉のせいで、あなたに誤解されたくはありませんでしたから」
 安堵したように言う楊ゼンに、呂望はまた小首をかしげる。
「──不躾なことをお聞きしますけど……、楊ゼン様は王天君とは……?」
 遠慮がちな問いかけに、ああ、と楊ゼンはうなずいた。
「王立学院の同期生です。……まぁ、今更隠しても無意味でしょうから率直に申し上げると、何と言うか、彼とは反りが合わないんですよ。特に何が原因ということもないのですが、お互い、初対面の時から印象が悪いようで……」
 言葉を選びつつ、楊ゼンは答える。
「嫌いというわけではないんです。彼の発想や言動には一目置いているんですが、性格や物の考え方があまりにも違うので、つい……。
 先程もあなたの目の前で、みっともない場面をお見せしてしまって申し訳ありませんでした。僕と彼の仲がどうあれ、彼はあなたにとっては大切な再従兄なのですから……。嫌な思いをなさったでしょう?」
「いえ、本当にまともに聞いてませんでしたから……」
 それに、と呂望は思う。
 確かに仲が悪いようではあるが、心底嫌っている、という感じはどちらにもなかった。
 楊ゼンの方はまだよく知らないので何とも言えないが、少なくとも王天君の方は、一挙一投足に反発してしまいたくなる相手であっても、楊ゼンを嫌ったり憎んだりしている様子はない。本当に嫌っている相手には、視線さえ向けようとしないのが、彼の性格なのである。
 おそらく楊ゼンが言う通り、互いに一目おいてはいるものの、あちこち違いすぎるために、つい反発してしまうというのが正しいのだろう。
 だから、確かに二人の言い争いに驚き、戸惑いはしたが、それは呂望にとって深刻なものではなかった。
「それに、王天君も譲らないところがありますから……。詳しいことは分かりませんけれど、きっと、あれがお二人のコミュニケーションの方法ということなのでしょう」
「そう言っていただけると助かります」
 呂望の言葉に微苦笑し、楊ゼンは白磁のティーカップを優雅な手つきで口元に運んだ。
 その様子を見つめて、呂望はテーブルの影でそっと細い手を握りしめる。
「あの……」
「はい」
 心臓が痛いほどに脈打って、息が苦しい。
 少しでも気を抜いたら、身体が震えているのを悟られてしまいそうだった。
 ───それでも。
 どうしてもひとつだけ、彼に問いたいことがある。
 だから全身の勇気を振り絞って、呂望は口を開いた。
「あの……どうして、楊ゼン様はわしを……?」
 ───こんなことを尋ねるのは、はしたないのかもしれない。
 けれど、あまりにも不釣合いだから。
 元始伯爵家は由緒ある家柄ではあるが、それでも通天公爵家とは格式が違う。実際、これまでに噂に上った彼の縁談相手は、王家と縁続きの公爵家がほとんどだったのだ。
 大貴族の嫡男であり、その美貌と知勇で王国内に名を知らぬ者のない彼なら、どこの令嬢でも妻に望めるはずなのである。
 そんな彼が、何故、自分を選んだのか。
 ───正直なところ、呂望は怖かったのだ。
 幼い頃、あのような形で出会っているからこそ、尚更に。
「──何故かと問われると、お答えするのは難しいのですが……」
 緊張を隠し切れない面持ちで見つめる呂望に、楊ゼンは瞳を甘やかに微笑ませる。
「初めてお会いした時……、あなたは僕が射た鹿を、その癒しの力で命を救われたでしょう?」
 その言葉を聞いた瞬間。

 どきん、と心臓が跳ねた。

 だが、楊ゼンは、激しく脈打ち始める呂望の胸のうちなど気付かぬげに言葉を続ける。
「その光景を見ていて、僕はあなたを素晴らしい方だと思ったのですよ」
「────」
「奇跡さえ起こす癒しの力を、天から与えられたあなたは世界にまたとない……」
 そこまで聞いて。

 呂望は立ち上がった。

「姫君?」
 怪訝そうにまなざしを向けた楊ゼンは、少女の表情を見て驚きに目をみはった。
 あどけなさの残る繊細な容貌が、血の気を失って青ざめている。
 唇が何かを言いたげに震えたが、結局言葉にならないまま、大きな美しい緑の瞳に涙がにじんで零れ落ちる。
「──姫…」
「申し訳ありません、少し気分が……。失礼致します」
 細い声で、かろうじてそれだけを告げ、呂望はその場から駆け去った。
「姫君!?」
 突然のことに、楊ゼンは咄嗟に後を追うこともできず、庭園の奥に水色のドレスが消えるのを呆然と見送ってしまう。
「何が……」
 自分の言葉の何が、少女の気に障ったのかと呆然と己の言動を反芻しかけた時。


「馬鹿な野郎だな」

 皮肉げな声が響いた。


「──盗み聞きとはいい趣味だな」
「馬鹿言え。オレはこれをあいつに渡しに来ただけだ。そしたらたまたま、貴様が馬鹿なことを言ってやがるのが、聞きたくもねぇのに耳に入ったんだよ」
 紙で包んだ小さなものを、手のひらの上でもてあそびながら王天君は答える。
 そんな相手を、楊ゼンはけわしい表情で見つめる。
「馬鹿なこととはどういう意味だ? ことによっては聞き捨てならないぞ」
「馬ー鹿」
「王天君!」
「だってそうだろ? そうでなきゃ、なんであいつが泣きながら逃げてくんだ?」
「────」
 そして、王天君はつまらなさそうに手のひらの紙包みを軽く放り上げ、受け止めることを繰り返す。
「てめぇがあいつの力を見たことがあるって言うから、ヤバイと思って聞いてりゃ案の定だもんな。馬鹿馬鹿しくて、笑う気にもならねぇぜ」
「───…」
「気取ってもったいぶった言い方してやがるから、あいつを泣かせる羽目になるんだ」
 どういう意味だ、とは楊ゼンは問わなかった。
 ただ、けわしい表情を変えずに王天君を見つめる。
 と、落ちてきた紙包みをパシ、と受け止めた王天君が、楊ゼンにまなざしを向けた。
「いいか、楊ゼン。貴様があいつにプロポーズするのは、貴様の勝手だ。──だがな」
 漆黒の瞳が鋭い……剣呑といってもいい光を帯びる。
「これ以上あいつを傷つけてみろ。後悔する気にもなれねぇほどの目に遭わせてやるからな」
 だが、楊ゼンの方も視線を逸らさなかった。
 一瞬の沈黙が訪れ、そうして王天君は、ふいと視線を逸らして少女の消えた庭園の奥へと向けて歩き出す。
「王天君」
 その背中を、よく透る声が呼び止めた。
「何故、おまえはそこまで彼女にこだわる?」
「───言っただろ?」
 足は止めたものの、振り返らないまま王天君は言葉を返す。
「オレは、あいつのお守り役なんだよ」
 それだけを告げて、再び王天君は歩き出し、小道を曲がってすぐにその背中は見えなくなる。
 そしてしばらくの間、楊ゼンは何かを思うようにその場にとどまっていた。





             *           *





「きゃあっ!!」
 前も見ずに走っていたのがまずかったのだろう、ふいに木の根に足を取られて呂望はまともに転んだ。
「痛……!」
 起き上がろうと身動きした途端、身体のあちこちに痛みが走る。
 軽くすりむいた手のひらや地面にぶつけた膝も痛かったが、それ以上に右の足首がずきずきとひどく痛む。
 どうやら、根っこに足をとられた拍子にくじいてしまったらしい。
「痛い……」
 立ち上がることができず、その場に座り込んだまま呂望は唇を噛みしめた。
「馬鹿みたい……」
 楊ゼンの前から逃げ出して、挙句、転んで足をくじいて。
 嗤おうとしてうまくいかず、涙が零れ落ちてゆく。
 ───本当に馬鹿みたいだった。
 これまでに受けた数多の縁談は、どれもこれも己の持つ癒しの力が目当てだった。
 それらはすべて、孫娘を溺愛する祖父によって断られ、具体的な話は呂望の耳には届かなかったが、だからといって傷つかなかったわけではない。
 貴族の家柄に生まれた以上、自由な恋愛は許されないことくらい、分かっている。
 貴族の結婚に大切なのは、調和なのだ。家柄が釣り合わねば眉をひそめられるし、また、家柄が釣り合っていても、あまりに有力過ぎる家同士の結びつきはやはり、平穏を乱しかねないものとして忌避される。
 富と権力を備えた特権階級であるからこそ、単純に惹かれあい、結ばれることはかえって難しいのである。
 けれど、そうと分かっていても、大人になりかけの少女にとっては、恋も結婚もひそやかな憧れの対象だった。
 なのに、これまでに誰一人として、呂望の人格や品性を認めた上での求婚はしてくれなかった。求められたのは、いつでも呂望ではなく『癒しの魔法力』だったのだ。
 その現実は、いつか愛し愛される人と幸せな結婚をしたい、という少女の憧れを切り裂くには十分であり、それが呂望には悲しかったから、今回、祖父が初めて乗り気になった縁談に──楊ゼンに、ほのかな期待を抱いたのだ。
 ───もしかしたら、この青年は癒しの力でなく、あくまでも自分という人間を見ていてくれるのではないか、と。
 けれど。
 楊ゼンが一番に口にしたのも、やはり癒しの力についてだった。
 もっとも、あの祖父が乗り気になったくらいなのだから、もしかしたら、多少は一人の少女としても見てくれているのかもしれない。
 だが、彼も結局は、呂望自身ではなく、その力の方を褒めたたえた。
「……もしかしたらと思うなんて……わしも馬鹿だのう」
 そう呟く呂望の瞳から、涙がぽろぽろと零れ落ちる。
 くじいた足も痛いが、それ以上に胸が痛くて涙が止まらない。
 ───彼にだけは、癒しの力のことを言われたくなかったのだ。
 昔、幼い自分に、獲物の牝鹿を譲ってくれた人だったから。
 動物を傷つけないようにすることを誓うと言ってくれた人だったから、信じたかったのに。
「やはり求められているのは、わしではなくて癒しの力なのだ……」
 この力があるからこそ、楊ゼンも自分の存在に気付いてくれたのかもしれない。
 けれど。
 こんな思いをするのなら。
 いっそのこと、出会わない方が……彼の目に留まらない方が良かった。
 ───癒しの力はあらゆる人に望まれるけれど、誰も自分のことは愛してはくれない。
 稀有な癒しの魔法力を持っているがために、誰一人として呂望自身のことにまでは目が届かない。
 力がなければ、呂望には何の価値も認められないのだ。
「こんな力、要らない……!」
「馬ー鹿」
 泣きながら呟いた時、背後から聞き慣れた声がかけられて。
 驚いて振り返れば、そこには再従兄が立っていた。
「おら」
 歩み寄ってきた王天君が、呂望の膝の上に何かを落とす。
 水色のドレスの上に落ちた小さな紙包みに、呂望は小首をかしげた。
「何?」
「ブローチだよ、おまえが市場で欲しがったヤツだ」
「ああ……」
 そういえばそうだった、と呂望は数時間前のことをぼんやり思い出す。
 これの値段交渉をしている王天君の傍を離れ、転んで泣いていた少年の怪我を治してやったのが原因で、悪い男たちにかどわかされそうになったのだ。
 そして、危ういところを助けてくれたのが───。
「───…」
 脳裏に浮かんだ彼の面影に、心臓をつかまれたように胸が痛んで、呂望は唇を噛む。
「ったく、泥だらけになりやがって……。そのドレスを見たら侍女が泣くぞ」
 言いながら、王天君は呂望の傍らにしゃがんだ。
「あのな、呂望」
 泣き濡れたままの少女の美しい緑の瞳をのぞきこむようにして、王天君は言葉を紡ぐ。
「もし癒しの力がなかったら、おまえはウサギも鹿も助けてやれなかったんだぞ。あいつらだけじゃない、今日おまえが傷を治してやったっていうガキも、以前、突然倒れたところを助けてやった姫公爵夫人も、昔のオレもだ。
 その力がなかったら、おまえはそいつらが苦しんでるのを、何もできずに見てることしかできなかったんだぜ?」
「────」
「いいんだよ。おまえはおまえのまんまで。おまえが癒しの力を使えるっていう意味に気付かねぇ連中の目が節穴なんだ。そんな奴らのせいで、おまえが傷ついて泣く必要なんざ、どこにもねぇよ」
「でも……」
「大丈夫だ」
 大きな瞳に涙をにじませる少女の頭を、王天君は一見乱暴そうな、だが優しい手つきで撫でた。
「ちゃんとおまえの良さを分かってくれる奴はいる。そういうヤツにしか、ジジィはおまえを嫁がせねぇよ。だから、もう泣くな」
「───うん…」
 再従兄の優しい言葉に、呂望は小さくしゃくりあげながらもうなずく。
 けれど、涙は簡単には止まらず、もうしばらくの間、呂望は髪を撫でる再従兄の優しい手を感じながら、泣き続けた。




「……のう、王天君」
「ん?」
 足をくじいてしまったせいで結局立ち上がれず、王天君の背に負われて屋敷へ戻る途中。
 ためらいがちに呂望は口を開いた。
「その……」
「楊ゼンなら、もう帰っただろうよ」
「───そうか…」
「馬鹿」
 沈んだ声で答えた少女に、王天君は少し呆れたような声で応じる。
「今回のことはあいつの方が悪いんだ。おまえが気にする必要なんざねぇよ。──それより、どうするんだ?」
「どうするって……」
「プロポーズ。断るか?」
「────」
「ジジィは乗り気だが、おまえが本気で嫌だと言えば無理強いはしねぇぜ。どうする?」
 重ねて問われても、呂望は即答できない。
 自分の癒しの力しか見てくれていないと知って、傷ついたのは確かだ。
 だが。
 彼に拒絶の言葉を告げることを想像すると、それ以上に胸が苦しくなる。
 ───優しい、綺麗な色の瞳。
 あの優しい微笑も、耳に心地好く響く低い声も、自分自身ではなく癒しの力に向けられたものだとは分かってしまったけれど。
 でも、プロポーズを断ってしまったら、きっと二度とそれらを目にすることはない。
 それどころか、言葉を交わす機会さえも。
 そして、いつか彼が他の令嬢を妻に迎えるのを見なければならなくなるのだ。
「────」
 その光景を想像しかけた呂望の胸を、ナイフでえぐられるような痛みが突き抜ける。
 ───どうしたら、いい?
 零れ落ちそうになる涙をこらえて、呂望は唇を噛みしめる。
 返事をしない少女の葛藤を察したのか、
「まぁ、急ぐ必要はねぇけどな。おまえは最初から、少し考えさせてくれと言ってんだし」
 王天君は、どこかやわらかさのある声でそう言った。
「オレは、あんな大馬鹿野郎は振っちまえばいいと思うけどな。おまえのことなんだから、おまえの好きにすればいいさ」
「うむ……」
 うなずいて、呂望は再従兄の背中から、夕暮れが近づいた庭園を見つめる。
 楊ゼンが褒めてくれた薔薇は、今を盛りとばかりに妍を競って咲き誇っており、辺りに満ちた甘い香りに眩暈さえしそうだった。
 ───愛しています。私の妻になって下さい。
 真摯な声で告げられた、求婚の言葉。
 それを受け止めたいのか、断りたいのか。
 すぐには答えの出てこない問いかけに、呂望は諦めて目を閉じた───。






to be continued...










というわけで、銀曜日第2回。予定通りに話を進めたはずなのに、何故だかまるっきり2話分の長さになってしまいました。
それで今回もまた、少女漫画の王道をつっぱしっております。まるで『り●ん』か『な●よし』みたい・・・と書いている最中何度も思いました(死)
しかし、楊ゼンがへっぽこ・・・。もっとしっかりしないと、可愛い姫君はGETできないぞ!! 次こそはカッコよく決められるのでしょうか?
あ、そういえば書き忘れてましたが、師叔の瞳が緑なのは今回だけです。基本的に私は、アニメカラーの緑より原作カラーの藍色が好きなので。それを敢えて緑にしたのは、そちらの方が癒しっぽい感じだったからです(^^ゞ

さてさて、原作から百万光年の彼方、キャラを捏造しまくりの「銀曜日のおとぎばなし」は次回で完結予定です。
微妙な三角関係はどうなるのか、楊ゼンはお姫様をGETできるのか。
結論は今しばらくの間、お待ち下さいね〜(*^_^*)





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