冬物語 〜8. シリウス〜











珍しい家族団欒の一時。
ポケットに忍ばせていた携帯電話が着信を知らせたのに気付き、一言断ってその場を離れる。
開始ボタンを押せば、聞こえてきたのは予想通りの優しい声。






『先輩?』
「ああ。どうした?」
『どうしたって・・・・それはないでしょう?』

低い笑い混じりの声で、薄情を咎められる。

『声が聞きたかっただけに決まってますよ。今、どうしているかと思って』
「相変わらずだよ。今もボードゲームに付き合わされておった」
『ボードゲーム?』
「人生ゲーム平成版スペシャル、だ」
『それはまた・・・・』
「今年も徹マンになるかと思って覚悟しておったのだがな。どうもこの家のマイブームは人生ゲームらしい」
『じゃあ、今年の年越しは眠れそうなんですか?』
「どうだか。皆、ゲームに本気になるタイプだからのう。それに人生ゲームの後、麻雀にならぬという保証はないし」

小さく笑いながら、階段の傍にある窓の向こうを見やる。
昼間は曇っていた空も今は晴れて、冬の星が都会の夜光にも負けず、淡く煌めいている。

「そちらはどうなのだ?」
『せっかく日本に帰ってきたんだから鍋が食べたいと言って、鴨鍋をやったのは良いんですけどね。合わせたワインを飲みすぎて、父は今、ひっくり帰ってますよ』
「おぬしは酒に強いのにな」
『母はけろっとしてますから。そっちに体質が似たんでしょう』

冷暖房のない廊下はリビングと異なって、少し冷える。
だが、その寒さが今夜に限っては、不思議に心地好かった。

『予定通り、2日に戻れそうですけど、先輩はどうですか?』
「わしも予定通りだと思うよ。2日の・・・昼飯に付き合ってから、かのう」
『じゃあ、夜は一緒に食事できますよね。どこかに食べに行きますか?』
「んー、家で作っても構わんが? 冷蔵庫の生鮮食品は全部空にしてしまったから、どうせ買い物には行かねばならんのだし」
『そうですね。食べに行っても、どうせどこも混んでますしね。家にしましょうか』
「うむ」

うなずくと、小さな忍び笑いが携帯電話の向こうから聞こえてきた。

「何だ?」
『いえ・・・・何となく、不思議だな、という気がして』
「何が?」
『あなたとこうして話していることとか、色々全部・・・・かな』
「ふぅん?」
『巡り合わせとか、運とか、言葉にしてしまうと陳腐なんですけど』

低い、心地好い声を聞きながら目を閉じる。
彼の言いたいことは、十分に伝わってもいたし、分かってもいた。

『来年で、満4年になるんですね。あなたと知り合って』
「早いな」
『あっという間でしたよ』

しみじみと、静かな実感を込めた声が答える。

『あと・・・・2時間で今年も終わるんですね』
「そうだな。また一年、か」
『ええ。──先輩』
「ん?」
『愛してますよ』
「・・・・うん」

知っている、と頷いて。
窓越しに見上げた夜空に、冬の星が静かに煌めいていて。

『それじゃ、明日また、電話できたらしますから』
「分かった」
『おやすみなさい』
「おやすみ」

静かに電話を切って、一つ息をつく。
と、ちょうどその時、リビングのドアが開いて従妹が出てきた。

「あら、電話終わったの?」
「たった今な」
「そう。今からコーヒー入れるから、それを飲んだら第3戦開始よ」
「またやるのか」
「当たり前よ。兄さんに一人勝ちはさせないわ」
「一人勝ちといっても、さっきは、おぬしとは僅差だったではないか」
「それでもダメ。とにかく、5本勝負だから。最後まで付き合うのよ」
「分かった分かった」

妹同然の従妹の言葉に苦笑して、リビングへと戻る。
勝負事の好きな家族だ。人生ゲームが終わったら、おそらく今度は楊ゼンに言った通り、麻雀大会になることだろう。
こうなったら全戦全勝してやるか、と心の中で呟きながら、明るい話し声の零れてくるリビングのドアを開けた。
















叔父さんの家での一家団欒。
二人の従兄妹は、太公望を兄弟扱いしてます。(太公望自身は一人っ子)

なんか、すごく普通の大晦日の風景ですね〜。



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