冬物語 〜3. 初雪〜











今年一番の寒気団が日本海上空にあると言っていた天気予報の通り、雪がちらつき始めたのは午後を少し過ぎた頃だった。

「結構降ってるな・・・・」

駅のホームから空模様を見つめ、楊ゼンは一つ息をつく。
偶然、気象条件が重なったのか、今年初めてだというのに、随分と勢いよく雪は視界を白く染めている。
そもそもが雪が積もることの少ない地方であるため、早くも電車はダイヤを乱しており、発車案内板の表示も混乱気味だ。

「傘、持って出て正解だったな」

実を言うと、長い傘を持って歩くのは邪魔なため、朝から雨が降っているとか、降るのが余程確実でない限り、楊ゼンは傘を持って家を出ることはない。
ちょっとの雨なら、濡れたところでどうということはないし、万が一、予想が外れて土砂降りになった時には、帰宅時間がはっきりしていれば同居人が駅まで迎えに来てくれることもあるし、駅前のショッピングモールでビニール傘を買うこともできる。
だが、今朝は一緒に暮らしている恋人が、持っていけ、と朝、家を出る時に勧めたのだ。
そして、何故か彼の天気予想は当たる事を楊ゼンは知っていたから、逆らうことなく素直に傘を手にして。
結果が現状だ。

「これだけ雪が降ってると、先輩も迎えに来るのは嫌だろうし・・・・」

まるでネコのように極端な寒がりの恋人を思い浮かべ、楊ゼンは小さく口元に微笑を滲ませる。
こんな天気になって、今頃その人はどうしているのか。
おそらく居間のエアコンとファンヒーターをダブルでつけて、窓の外の雪など知らぬ顔でぬくぬくとしているのに違いない、と想像するだけでも、胸が温かくなるような愛しさが満ちてくる。

付き合い始めて、もう随分になるのに、それでもまだ、初めて好きだと思った頃のように恋人に胸をときめかせられることを少し不思議に思いながらも、楊ゼンは発車案内板を見上げる。
ダイヤは乱れているが、まだ電車は止まっていない。
あと数分も待てば、電車はやってきそうだった。








雪が降り出す前から気温は下がりつつあったが、それでもアスファルトに落ちる雪は、一瞬の空白の後に溶けてゆく。
うっすらと雪の積もり始めた街路樹の植え込みを見ながら、雪が解けてできた水溜まりに足を踏み入れないよう、少し気をつけながら楊ゼンは歩いた。
楊ゼン自身は、熱いのも寒いのも嫌いな恋人とは違って、夏も冬もさほど苦にはならない。
だから、足取りも別に急ぐでなく、ごく普通だった。

車道を通り過ぎてゆく車はノーマルタイヤのままなのか、どこかこわごわとゆっくり進んでゆく。それだけでなく、道路そのものが渋滞の一歩手前で、こんな天候の時には車を使わないのが正解だな、と思う。
楊ゼンも車を持ってはいるが、乗るのは遠出をする時か、大型の買い物をする時だけで、普段はもっぱら電車とバスで用が足りていた。
とはいえ、こんな雪に弱い地方では、雪が降ったら外出しないのが一番賢いに違いない。
家の中にこもっていれば、渋滞もダイヤの乱れも関係ないのだ。

「そういえば、先輩は今夜のバイトはどうするんだろうな」

去年も一昨年も、その前も、雪が降った時には微塵の躊躇いもなくバイトを休んでいたけれど、と過ぎ去った日々のの記憶を思い返す。
だが、この雪の中をアルバイト先まで、晴れていても三十分かかる道程を歩くのは確かに辛いだろう。
やっぱり今年も雪が降ったら休みかな、と思いながら、いつもなら駅から十五分ほどの道程を、少しだけ余分にかかって家へと辿り着いた。

「只今戻りました」

そう声をかけ、玄関を上がったが返事はない。
廊下から見える、リビングの装飾ガラスがはまったドアからは明かりが零れているから、居るはずだけど、と思いながら、そのドアを開ける。

「──先輩?」

すると。
リビングの大き目のソファーで、気持ちよく太公望は眠っていた。
気に入りのクッションを枕に、昼寝用に常備してあるミニ毛布にくるまって、完全に熟睡しているのか楊ゼンが歩み寄っても目を覚まさない。

「・・・・なんというか・・・・」

寒がりのこの人のことだから、雪には素知らぬ顔をしているだろうとは思っていた。
だが、初雪に気付きさえせずに、ぬくぬくと眠っているとは。
いかにも太公望らしい気がして、楊ゼンは苦笑する。
そして、物音を立てないように気をつけながら、着ていたロングコートを脱いで壁のハンガーにかけ、ダイニングキッチンへと足を向けた。

あの様子では、しばらくの間は太公望は目を覚まさないだろう。
それなら、とコーヒーを一人分入れて、楊ゼンはリビングへと戻る。
そして、鞄の中から、今日買ったばかりの本を取り出して、ソファーの傍らにあるクッションへと腰を下ろした。

きっと、太公望は目覚めたら、ぼんやりした瞳でまず自分を見て、いつ帰ったのかと聞くに違いない。
それから窓の外の雪景色に気付いて、思い切り嫌そうな顔をするだろう。
そうしたら、そのうちに止むからと宥めて、またコーヒーを入れて太公望の機嫌が直ったら、二人で夕飯の用意をすればいい。

雨でも雪でも、自分たちはいつでもここにいる。
変わらない日常に小さく微笑んで、楊ゼンは手にした本のページに目を落とした。
















冬物語第3弾。
前の2本が、あまり萌えシーンがなかったので、今回は甘くなるように頑張ってみました。
にもかかわらず、なんだか太公望は寝こけてるし・・・・。

所詮は熟年新婚カップルの二人なので、雪が降ろうが風が吹こうが、彼らはこんなものだと思って下さい(-_-;)



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