#009:かみなり







ソファーで片足を抱え、頬杖をついて外を見ていた人が不意に立ち上がった。
何をするのかと見守っていると、目の前を通り過ぎてリビングを横切ってゆく。
そのまま出て行くのかと思いきや、ドアの手前で立ち止まった彼は何気ない仕草で、壁に手を伸ばして。


照明のスイッチを切った。


「──何するんです?」

カーテンを開け放したままの窓の向こうから街の明かりが入ってくるため、真の暗闇には程遠い、だが活字を追うには到底足りない薄闇の中で、楊ゼンはこちらへ戻ってくる人に困惑に満ちた問いかけをぶつける。

「何って、こうした方が稲妻がよく見えるだろう?」

確かに、昼過ぎから降り出した雨は宵闇が増すにつれて勢いを強め、先程からは春雷が遠く鳴り響いている。
そして、その遠い雷鼓に彼が耳を傾けていたことも知っていた。
けれど。

「僕は本を読んでいたんですけど」
「それがどうした?」
「明後日が締切のレポートの資料なんですけど」
「明日の朝が締切というわけではないのだろう? それにわしがスイッチを切らずとも、そのうち落雷で停電するかもしれぬではないか」
「自然災害と人為的な災害とでは、まったく意味合いが違います」

言いながらも、楊ゼンは諦めて栞を挟み、分厚い専門書を閉じる。
そして、自分も立ち上がって窓際に居る相手のところに行った。

その間にも二度、プラズマが暗い空を走る。
それから数秒遅れて届く、低い轟きとの時間差を数え、雷雲は2キロくらい離れているかと頭の中で計算をした。

窓際に立つと、窓を打つ雨粒の音、そして夜の灯りに妖しくきらめきながらガラスを伝い落ちてゆく雫が五感に飛び込んでくる。

二度、三度、淡黄とも淡青ともつかない輝きを帯びた光の筋が、夜空を一瞬に鋭く切り裂き、彩る。

「あなたって雷、好きですよね」
「うむ。好きだぞ」
「それだけじゃないですよね。大雨も大風も大雪も。激しければ激しいほど、あなたは嬉しそうに見える」

言うと、彼は小さく笑った。

「自分でも物騒だとは思うのだがのう。なにか、わくわくするのだよ」
「実際、そんな顔をしてますよ」
「だろうな。人間の手には負えない自然のエネルギーを感じると、血が騒ぐ。野生動物だった頃の本能かのう?」

サッシに寄りかかるようにして、軽く腕を組み、外を見ている彼の瞳に閃光が走っては消える。
と、不意にその瞳がこちらを見上げた。

その瞳が、どこか悪戯っぽく──誘いかけているような気がして。

「師叔?」

半分、確かめる意図もあって名前を呼べば。
するりと細い腕が肩に伸びてくる。

そのまま、躊躇うことなく──下手に躊躇ったりすれば後で何を言われるか分からない──腰に腕を回して引き寄せ、キスを交わす。
感触だけを確かめるように、数度角度を変えて唇を重ね、少しだけ離れて相手の瞳を伺う。
と、野生の本能が騒いでいるらしい彼は、また小さく悪戯に笑った。

「──ここで?」
「稲光のサイドライトというのも風流だと思わぬか?」
「ええ。いいですね」

こちらも笑って答えて。
今度は打って変わった情熱的な激しさで、唇を重ねる。
深く舌をからめ合い、何度も過敏な上顎の裏を舌先でかすめるように愛撫して、やわらかな下唇に甘く歯を立てて。
全てを奪い尽くすように、細い躰を抱きしめる。

雷がいつしか遠ざかり、雨も上がっていることに二人が気付いたのは、随分と時間が過ぎてからのことだった。










今回は、昨年秋に書いたコンビニ企画の二人のつもり。
少々ネタがありきたりなのが、気に入らないといえば気に入らないんですけど。
きっと太公望の部屋に楊ゼンが居座っているんでしょう。いっそのこと、楊ゼンは自分の部屋は引き払ってそうです。

それにしても私の書く現代パラレル楊太って、押しかけ(&ヘタレ)亭主ネタばかりですね。
でも、かかあ天下で幸せそうです。


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