LOVE IS WAR 2 02

「っ…、あ、…っん……」
 大きな手のひらがやわらかなフランネル生地越しに、ゆるゆると肩から二の腕を撫でる。先程から一体何分、そんな愛撫を続けられているだろう。
 時折、ここばかりは素肌が晒された首筋をも指先でするりと撫でられて、その感覚に臨也は小さく体を震わせながら、かすかに潤んだ瞳で静雄を睨み上げた。
「だ、から……っ、脱がせてって……」
 言っているのに、という言葉は、両腕を緩く包み込むようにしながら撫で上げられる感触に甘く途切れる。
 たかが二の腕、たかがパジャマの上からの愛撫だ。なのに、悪戯な魔法でもかけられたかのように臨也の肌は震え、そして、もどかしさに体の奥が疼く。
 疼きは、今はまだ大したレベルのものでもなかったが、もうしばらくこの愛撫を続けられたら本格的に焦れ始めてしまう。優しく愛してくれとねだったが、さすがにこればっかりというのはひどい、と懸命に目を開いて再度睨み上げると、視線の先で静雄は、どこか意地悪く口元に笑みを刻んだ。
「優しくしてやってんだろ」
「限度があるっての……!」
 一旦性の快楽に目覚めてしまったら、格別に淫乱な性質でなくとも、全身どこでも触れられれば感じるようになるのが普通だ。危険を察知するために、全身の皮膚には感覚神経が行き渡っている。ゆえに強い刺激には苦痛を、それに満たない刺激にはくすぐったさを感じ──くすぐったさは快楽に通じる。
 ましてや、臨也は皮膚がやや薄い性質で、その分、刺激には敏感だった。
 その肌を、心の一番奥底まで明け渡すことを許した恋人に触れられたら、たとえ服の上からでも、びりびりと鳥肌が立つほどに感じてしまう。
 静雄の手によって開発され、いわば調教され切ってしまった体は、臨也自身が時折閉口するほどに恋人の愛撫に従順だった。
「でも、こうされると気持ちいいんだろ? すげぇエロい顔してるぜ」
「だから、もどかしいんだってば……っ」
 手元にナイフがあったら突き立ててやりたい衝動に駆られながら、臨也は涙目で訴える。
 ベッドの上で虐められるのは好きだし、望むところでもあるが、このペースでは直接胸元をいじってもらえる頃には、悶絶してそれだけで達してしまいかねない。
 胸への愛撫だけで達してしまうのは、ひどく恥ずかしい上に、体の奥が疼いて疼いてどうしようもなくなるため、できれば避けたい展開なのだ。
 だが、しかし。
「そのもどかしいのが気持ちいいんだろ。さっきから触ってもねぇのに、すげぇ乳首勃ってるぜ」
「……っ…!」
 ゆるゆると首筋からうなじを硬い指先で撫でながら、そう指摘されて、臨也は全身がかっと熱くなるのを感じる。
 わざわざ自分の目で確かめなくとも、先程から胸元が張り詰め、疼いているのは自覚している。言葉で嬲られるのもいつものことだったが、それでも気恥ずかしさには中々慣れない。
「シズちゃん、オヤジくさい…っ…」
「ンなこと言うと、このまま延々焦らして泣かせるぞ」
「俺が何言ったって、焦らして泣かせる気満々のくせに!」
「手前がそうしてくれって言ったんだろうが」
 ほんの十分前の台詞を忘れたのかよ、と咎めるように鎖骨を甘噛みされるが、臨也にしてみれば、十分も前のことだと詰りたかった。
 直接触ってくれとパジャマのボタンを外したのに、あれから十分間も延々、布地の上から柔肌をあやされているのである。ここは怒ってもいい場面のはずだった。
「ヤだっ、もう脱ぐ……っ」
 自分で脱ぐ、と敢えて残していた四番目のボタンにも震える指をかける。すると、静雄はそれを咎めない代わりに、するすると臨也の細い手首を指の腹で撫でた。
「っ、ふ…、邪魔、しないで…っ…」
 手首から指の付け根へと甲を、ゆっくりゆっくりと指先でなぞられる。手は感覚神経が多いだけに、たったそれだけの刺激でも、ぞくぞくとした快感が腰の辺りまで響いてたまらない。
「ぁう…んっ、や…だってば……っ!」
 振り払おうとしても、静雄の指はしつこく纏わりついてくる。
 半ば涙目になりながら、臨也はむしり取るようにしてボタンを外し、もがいて起き上がりながらパジャマの上を脱ぎ捨てた。
 そうしてやっと自由になったところで、しつこい静雄の手をぺしりと叩く。強く叩いても自分の手が痛いだけだから、あくまでも嫌だという意思表示程度のものだったが、静雄は止まってくれた。
「もう……。なんでシズちゃんは、そんなに俺に触るの好きなの」
「好きな奴に触りたくない男がいるかよ」
「でも、手とか足を延々触られるのって結構辛いんだよ」
 互いにベッドの上に座り込んだ形で詰るように見上げれば、静雄はうーんと考えるような素振りをして、臨也の腰から背中をするりと撫で上げる。
「──っあ…っ!」
「だったらよ、背中は……?」
 びくびくと体を震わせてのけぞったことで眼前に晒された臨也の鎖骨を、すかさず甘噛みしながら静雄は問いかけた。
「せ、なかも…っ、一緒……っ」
 咄嗟にその肩にすがるような形で爪を立てながら、臨也はゆるゆると円を描くように背中を撫で続ける静雄の手の動きに身をよじらせる。
 だが、そんな儚い抵抗はものともせずに、硬い指先はそうっとそうっと肌の上を滑り、肩甲骨の形を確かめ、脊椎の数を数えるようにゆっくりと滑り降り、また上がってくる。
「っ……あっ、そ、こ…嫌…っ…!」
 腰の窪みをくすぐるように触れられる度、臨也は短くも甘い悲鳴を上げて、静雄の肩口に額を擦り付けた。
 そうする間も腰の最も細い部分を撫でていた指先は止まらず、不意にするりと双丘の谷間を滑り降りてゆく。が、蜜口には触れずにその寸前で止まり、また上へと這い登ってくる。そんなことを何度も繰り返されて、臨也は呼吸さえままならない惑乱に落とし込まれた。
 まだ肝心な所には何も触れられていない。なのに、緩やかな愛撫に全身の感覚は急速に目覚め、柔肌は途方もなく敏感にされてゆく。
 全身の産毛がざわざわとざわめき立つような感覚に、臨也はたまらず小さくすすり泣くような声を上げた。
「シ…ズ、ちゃ…っ……、そんな…され、たら…おかしく、なる……っ」
「おかしくなれよ。感じてるお前の顔、すげぇエロくて可愛いんだからよ」
「か、わいくっ…、なくて……いい…っ…」
「俺は、お前の可愛いとこも好きだけどな」
 耳元に吹き込まれる静雄の声は熱く、ひどく甘い。
 同時に双丘の丸みから太腿へ、そして今度は大腿から脇腹までへと熱い手のひらで優しく撫でられて、どうしようもなく腰が震えた。
「っあ……も、う、触って……っ」
「ん? 触ってんだろ、ずっと」
「そ…うじゃ、なくて……!」
 どこでこんな真似を覚えたのか、静雄の手は触れるか触れないかの淡い力で撫でるばかりで、それ以上の刺激は中々くれない。
 臨也は震える手で静雄の大きな手を掴み、自分の胸元にそっと触れさせた。
 女性ならここでやわらかな乳房を手のひらに押し付けるだろうが、男の身ではそんな挑発はできない。もどかしさを感じながらも、臨也はできる限り甘い声で囁いた。
「ここ、触って……?」
「どんな風に」
「どんな、って……」
 臨也は戸惑って静雄の目を見つめる。と、こちらを見下ろす鳶色の瞳は何もかもわきまえた色をしていた。何もかも分かった上で、彼は臨也を虐めているのだ。
 ずるい、と臨也は眉をしかめる。
 すると、ふっと笑んだ静雄が顔を寄せて、その眉間のしわにキスを落とした。
「拗ねんなよ」
「……シズちゃんのせいじゃん……」
「かもな。でも、俺はお前を気持ち良くしてやりたいだけだぜ?」
 言えば全部その通りにしてやるよ、と静雄は悪魔のような甘い囁きを耳元に吹きかけながら、臨也の薄い耳朶を唇でやわらかく食(は)み、耳の下の敏感な肌に唇を這わせる。
「ひどい……っ」
「どこがだよ」
「全部だよっ……!」
 甘く親切な言葉で人々をたぶらかすのは臨也の専売特許のはずなのに、ベッドの上ではこうして時々立場が逆転してしまう。
 勿論、臨也自身もそれを望んで受け入れている部分はあるのだが、自分から虐めてくれとねだった結果であったとしても体内の疼きが切なくて、静雄の責めを楽しめるだけの余裕は早くも失せつつあった。
「別にひどくねぇだろ。ひどいってのは、こうして……」
 一時止まっていた静雄の手が再びゆるゆると臨也の背中で動き始める。ゆっくりと大きな円を描くように指先が動き、腰の窪みをやわやわとくすぐるように撫で回す。
「ひっ、あ……っ…ああっ…、やぁ…っ!」
「ずーっと背中だの脚だのを撫で回し続ける奴のことを言うんじゃねぇの? 俺はお前がどうして欲しいか言えば、そうしてやるって言ってるだろ」
 そう言いながらも静雄の手のひらは腰の丸みを通り過ぎ、大腿からふくらはぎ、くるぶしへと滑り下りていって足の甲をゆるゆると撫でる。手の甲と同様に感覚神経の集まった敏感なそこを優しく愛撫されて、臨也は静雄の肩口に額を擦り付けるようにしながら引き攣った喘ぎを零した。
「っ…あ…、や、…もぉ、や…っ」
「じゃあ言えよ。どうして欲しい?」
 問いかける間も静雄の手の動きは止まらない。こつんと骨が尖ったくるぶしの周辺をくるくると指先がくすぐり、そしてまたゆっくりと細い脚を上へ上へと愛撫の手が這い上ってくる。
 淡い肌の触れ合いから生まれるびりびりと全身に電流がはじけるような快感に、臨也はすすり泣くような声を上げながら、懸命に要求を訴えた。
「…あ…っ、む、ね…触って…っ、それ、から…っここ、も…っ」
 首筋から両腕、背中から足までに触れられただけなのに、臨也の中心は既に硬く張り詰め、濡れて涙を零し始めている。
 胸にせよ中心にせよ自分で触るのは簡単だったが、静雄にどうにかして欲しくて臨也は背筋をやや反らし気味に伸ばして、愛撫を待ち受けているそこを恋人に見せつけた。
「い…っぱい触って……うんと、気持ち良く…して…っ……」
 懸命に告げたのに、静雄はどこか満足し切っていない薄い笑みを浮かべて、臨也の鼻先に一つキスを落とす。
 そしてまた悪魔のように囁いた。
「触って欲しいのは分かったけどよ、どういう風に触って欲しいんだ?」
 首筋にあちらこちら触れるだけの軽い口接けを落としながら、さっきからそう聞いているだろうと言われて、臨也は更に進退きわまる。
 どういう風に、と言われても肉体的な責めを言葉で表現するのはひどく難しい。臨也はポルノ作家ではないし、そういう文章を進んで読んだこともない。日常的な語彙なら並外れて豊富に有していても、いま自分がして欲しいことをこの場で伝えるのは至難の技だった。
「臨也?」
 言葉を選びかねて沈黙していると催促するように名前を呼ばれる。同時にするりと内股を撫でられて、その際どい部分へのやわらかな刺激に臨也は最後の自制心を崩壊させた。
「ゆ、指で…撫でたり、つまんだり…して……それから…っ、いっぱい、舐めて……っ」
 本気で泣きそうになりながら、静雄がいつもしてくれることを懸命に言葉に変える。
「ここ、も…手でいっぱい、上とか下とか触って…ぐちゅぐちゅにして……それから、シズちゃんの…口と舌で、いやらしい、こと、いっぱいして…っ……」
 卑猥さや具体性が足りないと言われてしまえばそれまでだが、これが臨也の精一杯だった。これ以上詳細に描写しろと言われたら、自制心どころか本当に自我が崩壊してしまうだろう。
 己も相手もなくなるほど我を忘れてするSEXのとてつもない気持ち良さを知っているとはいえ、前戯段階の今はここが限界である。
 だが、更に焦らされ虐められたら、きっとその段階まで至ってしまうだろうということもまた、臨也には分かっていた。静雄には既にそのレベルまでのことを──全てを許している。
 そうなることを恐れるような期待するような気持ちで静雄の表情をうかがっていると、静雄は、よくできましたと言わんばかりに笑んで、ちゅ…と音を立てて臨也の唇にキスをした。
「シ…ズちゃ……」
「すげぇ可愛い。臨也」
 その言葉に、臨也はほっと安堵する。
 無理をせずとも、この調子で愛されていれば今夜は自然に忘我の極地まで連れて行ってもらえる。それを今の段階で強要されなかったことで、無意識のうちに一時張り詰めていた警戒心や恐れが解け、代わりに胸の奥が甘く疼いた。
「シズちゃん……」
 名前を呼び、両腕を差し伸べてすがりつけば優しく抱き締められる。
 静雄はあくまでも愛撫の一環として臨也を責めるが、本当に臨也の心を苛むような真似はしない。ただ、臨也が自制心を剥ぎ取られれば剥ぎ取られるほど、心のままに乱れて深い快楽を得ることができると知っているから、好んでそういう責めを繰り広げるだけだ。
 だから、臨也はそれを受け止め、求められるままに返せばいい。それが肉体でも愛し返すということだった。
「──ん…ふ…っ、あ……」
 互いに舌を絡め合う濃厚なキスを繰り返し、胸に溢れ上がる愛おしさを貪る。
 そして何度目かに角度を変えた時、臨也の背を抱いていた静雄の手がするりと滑り、脇腹を撫でた。
 しなやかにひきしまった腹部を温かな手のひらが優しく撫でる。そして、じわじわと上ってくるやわらかな愛撫に臨也は耐え切れず、重なり合っていた唇を引き剥がした。
「あ、っは……っ、あ…んっ……」
 静雄は喘ぐ臨也の唇は追わず、代わりに顎や首筋に幾つもの軽いキスを散らし、頸動脈の真上を甘噛みする。急所に強靭な歯をやんわりと押し当てられて、臨也はたまらずに身体を震わせて甘い声を上げた。
「や…あ…っ、噛んじゃ、いや……っ」
「痕は残してねぇよ」
 耳元で低く囁かれて、そういう問題ではないと臨也は子供のように首を横に振る。
 ただでさえ人間離れした膂力を持つ相手に人体の急所を晒しているのだ。静雄の一噛みで臨也はたやすく絶命する。そんな真似は彼は絶対にしないと分かっていても、ぞくぞくと背筋を這い上がる凶獣を目前にしたような恐れにも似た快感は、この上なく臨也の快楽中枢を痺れさせた。
 そんな臨也の反応を理解しているのかどうか、腹から這い上がった静雄の指先が左胸の下に辿り着く。
「すげぇ心臓速い。どくどくいってる」
 今度は心臓の真上を強靭な指先に押さえられて、臨也の神経は更に蕩けた。
「シ、ズちゃんも、だろ……っ」
 睫毛が濡れて重くなった目を懸命に開き、間近にある恋人の目を見つめる。そうしながら臨也は、先程から知らず触れていた静雄の頸動脈を意図的に指先で探り、その脈動を確かめた。
「いつもより、速い……」
「そりゃ当然だろ」
 すげぇ興奮してんだから、と言われ、また唇を重ねられる。貪るようなその口接けに応えながら、臨也は懸命に指先を動かして静雄のパジャマのボタンを外した。
 普段は器用な指も、今は三歳児よりもたどたどしくしか動かない。それでもどうにか四つのボタン全てを外し、その肩から布地を引き下ろす。そして、やっとあらわになった肌を手のひらで撫でた。
「──おい、あんまり煽ると後できついのはお前だぞ」
 発熱したように熱いなめらかな肌の感触を手全体で味わっていると、不意にキスを終えた静雄が低く告げる。
 その甘く獰猛な響きに、臨也の身体の奥がどうしようもなく震えた。
「いい、よ。どうしてもヤバいんだったら……、俺が、口でしてあげる」
 三週間の空白は、静雄の欲望にも強烈な飢餓感を抱かせているのだろう。それでも静雄には、こうしてやわらかな愛撫で、三週間の空白のある臨也の肉体に十分な歓びを引き出すだけの忍耐がある。
 だが、SEXは二人でするものだ。静雄一人に内なる飢餓感と戦わせるつもりは臨也にはなかった。
「三週間、シズちゃんの身体にキスできなかったから、俺も口寂しいんだよ……」
 冷戦中、唇を合わせる軽いキスはしていたが、それ以上の触れ合いは皆無だった。臨也が無言のうちにそれを拒んでいたし、静雄も強要しなかったからだ。
 けれど、本当はずっと欲しかった。この痩身でありながらも逞しい身体に触れ、口接けて愛したくてたまらなかったのだ。
「ね、シズちゃん……」
 ここまで煽られた身体はじくじくと疼いている。だが、静雄の手の動きが止まったことで、今しばらくは堪えられそうだと判断した臨也は、静雄の唇に自分の唇を押し当て、やわらかく吸った。
「──そうだな。久しぶりだからお前の中で達きたかったけど、それじゃお前がきついよな」
「平気、って言いたいけどね……、うん、多分ちょっと辛くなると思うから……」
 普段から静雄の情欲を受け止めるのは、臨也にとってはギリギリの行為である。
 静雄は決して無理強いはしないし、臨也も肉体的にはタフな方だ。だが、二人の間には歴然とした体力と筋力の差があり、静雄が本気で貪ったら、臨也など簡単に壊れてしまう。
 だから、静雄はいつも臨也に合わせてくれているし、丁寧な愛撫で臨也の快感を引き出すことによって、臨也の身体を静雄の欲求にある程度は耐えられるよう導き、彼自身もきちんと充足感を得ている。
 それでも、時折こんな風に盛り上がってしまうとセーブが難しくなるのだ。限界を超えた臨也が失神してしまったことはこれまで何度もあるし、翌日、筋肉痛と疲労で動けなくなってしまうことも稀にある。
 臨也はそれを咎めたことはないが、だからといって身体が辛くないわけではない。避けられるものなら避けたいというのが本音だった。
「うんと気持ち良くしてあげるから、一回イって……?」
 そう甘く囁きかけながら、うなじをゆっくりと指先で撫で、首筋に唇を這わせる。そして、鎖骨から肩に繋がるラインをくすぐるように丁寧に撫でた。
「達くまでシズちゃんは俺に触らないでね。俺も結構ギリギリだから……」
 自分よりは逞しいものの筋肉ダルマというわけではない引き締まった腕のどこにあんな力があるのか、探るように撫でながら告げると、静雄の手が上がり、さらりと髪を撫でられる。
 そして、
「一緒にするか?」
 告げられた言葉に臨也は一つまばたきした後、小さく首を横に振った。
「……ヤだ」
「なんで」
「だって俺も、シズちゃんをうんと気持ちよくしたいから。触りっこしながら達くタイミングを合わせようとしたら、俺、気が狂っちゃうよ」
「……それはそれで、俺は結構楽しいんだけどな」
「もうヤだ止めてって、わんわん泣きじゃくってよがり狂う俺がシズちゃんは大好きだもんねー」
 くすくすと笑いながら、臨也は静雄の肩に歯を立てる。頑丈な彼の肌には、歯形をくっきりと残す勢いで噛みつくくらいがちょうどいい。
「別にお前が先に達ったっていいだろ」
「そうしたら、達く前後は俺、シズちゃんのをしゃぶるどころじゃなくなっちゃうし。それからまた挿れるためにシズちゃんに延々虐められたら、本当に狂い死にしちゃう」
「じゃあ……」
「却下」
「まだ何にも言ってねぇだろ」
「言わなくったって分かるよ。後ろを弄られたら、俺はもうシズちゃんのしゃぶる余裕なくなるから駄目。却下」
「………」
「それに、まだこれから胸を触ってもらって、コレを触ってもらって、それから後ろだろ。いきなり手順すっ飛ばさないでよ。俺も楽しんでるんだから」
 そう言えば、それもそうか、と静雄は納得したようだった。
「はい、分かったんならマグロになって。ね?」
 軽いキスを一つ落として、それからゆっくりと静雄の肌に手を触れる。
 先程までの静雄の手順をなぞるわけではなかったが、指の長い手にキスをして腕の筋肉の形をたどるように、そっと指先を滑らせた。
 そして肩まで戻ったところで、今度は鎖骨の形をなぞり、丈夫な骨を肌の上からかりりと軽く齧る。すると、静雄が小さく息を詰めたから、気を良くして再度歯を立てた。
「ここ、気持ちいいんだ?」
「……くすぐってぇ感じの方が強いけどな」
 吐息交じりに静雄は応じて、臨也の髪から首筋をやわらかく撫でる。協定違反ではあったが、静雄の手が背中までは降りて行かなかったから咎めるのは止めて、臨也は静雄への愛撫に集中した。
「っ……、そこもくすぐってぇよ……」
 敢えて脇の方から筋肉の流れに沿って胸筋を撫で上げると、静雄が小さく眉をしかめる。
「じゃあ、もう少し強くするね……?」
 くすぐったいということは快感の一歩手前だ。ならばと、少しだけ指先を立てるようにして力を込め、同じ個所を繰り返しなぞり、ゆるく円を描くように逞しく盛り上がった胸全体を撫でる。
 それから、ごつごつと幾つもの隆起を見せる腹筋を一つ一つ、丁寧に指先と唇で愛した。
「……ふ、っ…臨、也……っ」
「気持ち良くなってきた?」
「……ああ」
「じゃあ、下脱がせるから少し腰浮かせて?」
 頼めば、すぐに静雄は応じてくれる。パジャマのズボンと下着を脱がせ、あらわになった下半身を臨也は疼くような欲望と共に見つめた。
「もう大きくなってる……」
 臨也に愛撫をしている間に静雄自身も煽られていたのだろう。ほぼ完全に立ち上がっているそれを目で愛でながら、臨也は敢えてそこには触れずに下生えをやわらかく指先で梳く。そして、愛撫を続けながら伸び上がるように静雄にキスをした。
「…っ…ん……、シズちゃん……」
 臨也が仕掛けたキスに静雄も情熱的に応じてくるのは、興奮が高まってきているからだろう。
「もっと気持ち良くしてあげるね……」
 そう囁いて静雄の下唇に軽く歯を立て、臨也は身体の位置をずらす。そして、手のひらを静雄の太腿へと滑らせ、逞しい筋肉を撫でながら内腿に口接けた。
 いくら静雄でも、身体の内側にある皮膚は幾らか柔い。そこにリップ音を立てながらキスを繰り返し、時折じっくりと歯を立てる。やわやわと歯に力を込めれば、静雄が低く呻いた。
「ここ? ここ噛まれるの好き?」
 甘く囁きながら敏感になってきているらしい肌を撫で、愛情込めて歯を立てる。そうしながら、ふと悪戯心に駆られて丸く膨らんだ陰嚢を指先で優しくつつくと、その思いがけない刺激に静雄はびくりと腰を揺らした。
「っ、おいっ、臨也……!」
「ふふっ、だってさ、なんか可愛く見えて」
 成人した男の性器に愛らしさなど、かけらもあるはずもない。が、その形がどうしようもなく愛おしく、可愛がってやりたい衝動に駆られて、臨也は完全に張り詰めた静雄の熱の先端に音を立てて軽くキスをした。
「クッソ……」
「もうしゃぶって欲しくなってきちゃった?」
「当たり前だろ。さっきからその口に突っ込みたくて仕方ねぇよ……」
「ふふ、でもまだ駄目。もう少し我慢して……」
 焦らせば焦らすほど快感が高まるのは、何も臨也だけの話ではない。身体を重ねるようになった最初の頃はその辺を分かっていなかった臨也だが、静雄に愛されるうちに学習したのだ。
 フェラチオといっても即咥えたところで、快感はそれほどのものでもない。だが、その前に散々に焦らされると、同じ射精でも天と地ほどにも違う深いオーガズムを味わうことができるのである。
 それが分からなかった頃は、少しでも早く射精に導くことが上手さだと思い込んでいたが、今は違う。余裕を持って静雄を焦らし、その反応を愛でることができるようになっていた。
 そそり立った熱塊を、ごくやわらかな動きでさわさわと撫で、わざと音を立てながら幾つものキスを落とす。時折悪戯に唇で食めば、その度に静雄は低い呻きを零した。
「ああ、濡れてきた……。気持ちいいんだね、シズちゃん」
 愛するうちに静雄の熱は更に昂ぶりを増し、先端に透明な雫が滲み始める。愛おしさを込めて臨也はその雫を舌先で舐め取った。
「……っ、臨也……」
「うん、もう少し……」
 我慢してね、と甘く囁き、裏筋の窪みをそっと舌先でくすぐる。窪みをなぞってゆっくりと舌先を上下させれば、たまりかねたように静雄の腰が震えた。
 そろそろ頃合いだろうと反応を計りながら、臨也は指先でもゆっくりと上から下まで往復させるように形をなぞる。同時に舌を伸ばしてねっとりと舐め上げ、雁首周辺の複雑な窪みと怒張に丁寧に舌先を這わせた。
 そうして散々に焦らし、静雄が快感をこらえる険しい表情できつく目を閉じているのを確かめてから、臨也はゆっくりと先端に唇を寄せる。
「すごい、びしょびしょ……」
 濡れたそこを舌全体でやんわりと舐め、それから唇を開いてゆっくりと表面を滑らせながら先端を口に含んだ。
 それだけでも口の中がかなりいっぱいになる大きさの雁全体を含んだまま、ゆるゆると舌を動かす。そして十分に愛撫してから、それを更に口腔の奥へと導いた。
「い、ざや…っ……う……ぁっ」
 焦らすことは止めず、唇でじっくりと圧をかけながら逞しい幹を含んでゆく。同時に指先で輪を作って、下から上へと唇にぶつかるところまで撫で上げると、静雄の腰が緩く突き上げるような動きで揺れた。
 その動きに逆らわず、だが、快感を長引かせるために力を少しだけ緩めて臨也は舌を這わせ、指先で下生えや蟻の戸渡りを撫で、手のひらで袋を温めるように転がす。
 そして、口の中に溢れる先走りが苦みを帯びてきたところで、一旦口を離し、手指での愛撫に切り替えて自分の呼吸を整えながら静雄の様子をうかがった。
「ものすごく気持ちよさそう、シズちゃん」
「っ……、いいに、決まってんだろ……」
 指先で上から雁をつまむようにしてくりくりと撫で回すと、静雄は耐えかねるように目を細め、眉をしかめる。
「お前、上達し過ぎだ」
「そう? じゃあ、もっと味わせてあげる」
 嬉しいな、と笑って臨也は静雄の熱の根元を持ち、細かいバイブレーションを与えるように揺らす。と、静雄の熱は少しだけ勢いを納めたように見えた。
「……おい、そのテク、どこで覚えた」
「あ、これ? ネットで拾ったんだよ」
 少しでも快感を長引かせるには、いきり立ったものの熱を引かせることも必要になる。それには何故だか、このバイブレーションが効くのだと、どこぞのブログだか掲示板だかに書いてあったのだ。
「……それ、ソープなんかでよく使うテクだぞ」
「へー。それはそれは。よく御存じで」
 悪びれもせずに解説する静雄に、さすがに少しだけむっとして臨也は、静雄の熱を手のひらに収め、きゅきゅっと捻るような動きで愛撫する。
 途端に、静雄は喘ぐような呻き声を上げた。
「これもねー、切り札的なテクだよねー。普通、男は自分でやる時も上下運動しかしないからさぁ。捻りを加えられると弱いんだよねー」
「わ、かった! 俺が悪かったから、ちょっと、やめろ……っ」
「ヤだ」
 静雄が時折、水商売や風俗の女に襲われていたのは既に過去の話である。静雄が愛撫のテクニックに長けているのもそのせいだと臨也は知っていたし、臨也との恋に落ちてからは一切、他の相手には触れていないことも知っている。
 だが、それでも知らない女の影をチラつかされたら腹が立つのだ。
 付き合い始めの頃は、そんな嫉妬を見せることはできなかったが、指輪を交換してそれなりの時間が経過した今は、多少の嫉妬をしたところで静雄が怒らないことはもう分かっている。
 だから、臨也は遠慮なく静雄を愛撫で責め立てた。
「ホントにさ、一体何人の女と経験したわけ? 答えなんか聞きたくないけど。その相手全員、八つ裂きにしたくなるから!」
「だ…から…っ、悪かった、つってんだろ……っ…」
「別にいいけどねー。今は俺だけだって知ってるし。でもムカつく」
 ふん、と鼻を鳴らして、臨也は愛撫の勢いを少しだけ緩め、伸び上がるようにして静雄の唇に口接ける。
 たっぷりと舌を絡めて長い長いキスをした後、唇を離して至近距離から静雄を見つめた。
「過去のことはいいよ、シズちゃん。俺だって褒められたもんじゃないし。でも、昔のことをチラつかせるのは止めて」
 真面目にそう告げれば、静雄もまた、快楽に耐える色をあからさまに浮かべてはいたものの、真面目にうなずいた。
「ああ。俺が悪かった。許してくれ」
「──うん」
 ありきたりの、だが心のこもった謝罪に臨也はうなずく。
 そしてもう一度、今度はゆっくりと口接けた。
「好きだよ、シズちゃん。本当に好きだから、俺に嫉妬させないで……」
「ああ。もう言わねえ」
「うん」
 約束してね、と囁き、臨也は止まってしまっていた手を再び動かして、静雄のものを優しく撫でる。
 そして、身体の位置を元に戻し、それをそっと優しく口に含んだ。
 ゆっくりと丁寧に舌を這わせ、指の動きも合わせてやわらかく責め立てる。そうするうちに一層熱が昂って膨れ上がるのを感じ取って、少しずつ動きを早めてゆく。
「ね、シズちゃん、もう我慢しなくていいからね……?」
 アクセントをつけるために横咥えにして唇で全体を食み、それから再び喉奥まで呑み込んで更に愛撫を深める。
 これが一年半ほど前であれば、臨也は静雄が過去に経験した誰よりも深い快楽を与えたくて、むきになっていただろう。だが、うんとうんと気持ち良くなって、と念じながら愛撫する臨也の脳裏からは、既に先程の会話は綺麗に蒸発していた。
 とにかく好きでどうしようもなくて、全てが愛しい。
 その想いだけで一心不乱に静雄のものを愛する。
「あ…クソッ、臨也……っ、もう……!」
 やがて切羽詰まってかすれた声と共に、乱れた黒髪に手を添えられて、臨也は全体を強く吸い上げると同時に、輪の形にした手指で根元に捻るような愛撫を加えた。
 そのツボを心得た鮮やかな手管に耐え切れず、静雄は小さく声を上げて熱を迸らせる。
 喉奥に吐き出されたそれを臨也は動きを止めて受け止め、全て飲み干した。
 それから唇で全体を拭うように吸い上げながら静雄のものを離し、しとどに濡れた口元を指先で拭う。
 そして、脱力してベッドに転がる静雄を見やった。
「シーズちゃん。気持ち良かった?」
「……気持ちいいなんてレベルじゃねぇよ……」
「ふふ」
 精魂尽き果てたような静雄の返事が嬉しくて、臨也は静雄の上にぴったりと身体を伏せる。すると、耳を寄せた胸元で静雄の心臓がどくどくと脈打っているのが聞こえ、それがまた嬉しくて口元が緩んだ。
「お前、テク付け過ぎだ」
「シズちゃんに言われたくないですー」
 普段、焦らしに焦らされて泣かされているのだ。たまにはこれくらいいいだろうと、研究の成果に臨也はほくそ笑む。
 と、静雄の腕が背に回ったと思った途端、くるりと身体を回転させられて、臨也はベッドの上に仰向けに組み伏せられていた。
「すげぇ良かったから、今度は俺が今の倍くらい感じさせてやるよ。今以上の天国に連れて行ってやる」
 至近距離で目を合わされ、盛りの付いた野獣の笑みと共にそう宣言されて、不覚にも臨也の心臓はとくとくと期待にときめき始める。
 だが、期待を口にする寸での所で、それが本末転倒であることに気付いた。
「あのさ、シズちゃん。俺、君ががっつくのを防ぐためにフェラしたんじゃなかったっけ?」
「あー、そういやそうだったな」
「そうだよ! 煽るためにしたんじゃないよ!」
「だったら、もっとつまんねぇフェラしろよ。あんなん、煽られて当然だろ」
「……そんなんじゃ意味ないじゃん……」
 何が悲しくて、わざと下手な真似をしなければならないのか。嫌いな相手とするのではない、最愛の相手に施すのだから、愛撫が最上のものになるのは当然のことだろう。
 なのに無茶を言う静雄が恨めしくて睨めば、静雄はふっと相好を崩して臨也の鼻先にキスを落とした。
「あのな、別にお前にガンガン突っ込んで無茶しようってわけじゃねぇよ。俺もお前をうんと気持ち良くしてやりたいだけだ」
「……それでも感じさせられ過ぎると、結構辛いんだよ?」
 甘い仕草と声と笑みに、それだけでもう許す気になってしまいながら、一応口先では物言いを付けてみる。
 すると静雄は、直ぐに言い方を変えた。
「だったら、お前が失神しない程度にはセーブするって約束してやる」
「まあ、それくらいなら……いいよ」
 静雄は一度約束したことは必ず守る性格だ。だから、約束の内容よりも約束してくれたことそのものが嬉しくて、臨也は小さく微笑み、静雄の頭を引き寄せてキスをする。
 キスはすぐに深くなり、力強い腕にうんと優しく背中を抱き寄せられる。
 そのことがただ幸せで、臨也はためらうことなくその腕に自分の全てを預けた。

to be continued...



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