光、未だ消えず

「十代目、御無事ですか!?」

 彼の第一声が、それであることは予想していたような気がした。
 透明な物置のような箱から開放された途端、獄寺が血相を変えて駆け寄ってくる。
「お怪我を……! それに服だって、どうなさったんですか!? それから、あのツナギ野郎は何ですか!?」
 君だってボロボロじゃないか、とは言っても無駄だということは、もう随分前に理解していたことだったから、とりあえず嵐のような怒濤の質問攻めに、ええと、と綱吉は言葉を捜した。
「怪我は大したことはないよ、そんなに痛くないし」
「どこがですか!? そのお背中は……!」
 綱吉自身もよほど痛そうな顔で、獄寺がわなわなと手を震わせる。
 まずい、と綱吉は内心焦った。この場で獄寺が暴走したら、一体どんなことになるか知れたものではない。
 この背中に派手なバッテン傷をつけた張本人である幻騎士がいれば、獄寺は迷うことなく攻撃を仕掛けていただろうが、その幻騎士がいない以上、次に攻撃の──八つ当たりの対象となるのは、間違いなく入江正一とスパナである。
 スパナは勿論、どうやら敵ではないと判明した入江であっても、自分の怪我のせいでそんな理不尽な目に遭わせるわけにはいかない。
 慌てて、大したことはないと綱吉は手を振って見せた。
「これ、見た目は派手だけど全然大したことないってば! もう血も殆ど止まってるし!」
 実際、斬られた時の衝撃はすごかったものの、案外に浅手だったのか、単にアドレナリンがそれを上回っているのか、痛みはもうそんなに感じないし、血が新たにしたたり落ちる気配もない。
 とはいえ満身創痍であるには違いなく、正直なことを言えば体中があちこち軋んでいる。
 ボンゴレのアジトを真夜中過ぎに出てから、まだほんの3、4時間しか経っていないはずなのに、その間に経験した戦闘は凄絶なものだった。
 だが、それは綱吉だけでなく、獄寺や他の守護者たちも同様であることは、彼らの様子がありありと語っている。
 獄寺自身のものなのか、返り血なのか──おそらくは彼自身のものだろう。獄寺は接近戦をしない──、獄寺の上着やシャツの至る所に赤黒い染みを見つけてしまっては、綱吉は自分の被害を声高に告げる気にはなれなかった。
 しかし、綱吉の傷を目の当たりにした獄寺が、「大したことない」という程度の言葉で止まるわけがなく。
「誰がやったんですか、一体誰が……!」
 怒りが沸点を飛び越したのか、やや青ざめた顔の中で瞳だけが異様に鋭い銀色にぎらついているのを見て取った綱吉は、うろたえながらも一歩、獄寺との距離を詰めた。
「ちょ、ちょっと落ち着こうよ、獄寺君。本当に俺は大丈夫だから。確かに怪我もしてるけど、こうして立って話してるだろ? 大丈夫だよ、本当に」
「……それで、誰が十代目にお怪我をさせたんですか?」
 綱吉の言葉をまるで無視して、低くうなるような獰猛な声で、獄寺が重ねて問いかける。
 よほど腹に据えかねているらしい。が、綱吉にしてみれば、それは今この場で話すようなことだとは思えなかった。
「だから……、それを言うんなら、獄寺君だって傷だらけじゃんか。今は状況が状況だし、後で話すよ」
 困り果てたように眉をハの字にしながら言うと、綱吉の困り顔に弱いらしい獄寺は、「ですが……」と口の中で呟きながらも、綱吉の表情が移ったかのように徐々に眉をハの字にして黙り込む。
 そんな表情をしたからには、もうスパナや入江には飛びかかってゆかないだろうと、綱吉はほんの少しだけ気を緩め、自分のボロボロになった作業ツナギを見下ろした。
「服は……ええと」
 これについては説明が長くなる。
 綱吉は、少し離れたところで一同の様子を眺めているスパナをちらりと見やってから、獄寺へと視線を戻した。
「これも後で説明するよ……あの人のことも含めないと、説明できないから」
「──まさか、あの野郎が何かしやがったんですか!? この場に居るってことは、ミルフィオーレの奴なんでしょう!?」
「いや、スパナがミルフィオーレかって言えば、そうなんだけど……とにかく聞いてって!」
 綱吉が言いかける端から、獄寺の銀翠色の瞳が再び激昂した時の鋭い銀色に変わる。
 この場合、獄寺の気分の変わりやすさを忘れていた綱吉がうかつだったのだろう。今すぐにでもスパナの元に駆け寄って殴りかねない形相に、綱吉は思わず獄寺の左手を掴んだ。
 と、獄寺が小さな呻きをあげて、顔をしかめる。
 何が、と思った次の瞬間に、原因に気付いて綱吉が自分の手元を見ると、掴んだ獄寺の左手の甲はかなりひどい打ち身と擦り傷を負っているようで、赤黒く腫れ、乾きかけた血が薄くこびりついているのが目に飛び込んできた。
「獄寺君、怪我を……!」
「だ、大丈夫っすよ、これくらい。骨は折れてませんし……」
「何、馬鹿なこと言ってるんだよ! 君こそ手当てしなきゃ!」
 綱吉は獄寺の左手を掴まえたまま、周囲を見回して、入江正一が出してくれた救急セットを見つけ、獄寺を引きずるようにしてそこへと向かう。
「俺は大丈夫っス。それより十代目のお怪我の方が……」
「俺のは大したことないよ。確かに背中の傷は見た目は派手かもだけど、浅いし、他も擦り傷と打ち身、それくらい。あとは、Xバーナーの撃ち過ぎで疲れてるだけ」
 いささかつんけんした口調で言いながら、綱吉は獄寺の左手を強く引いて床に座らせ、自分もまた座り込む。
 そして、左手で獄寺の手を掴みなおしてから、右手で救急セットの蓋を開けた。
「じゅ、十代目、本当に俺は平気っスから……!」
「駄目。こんなひどい怪我しておいて、何言ってるんだよ。利き手を怪我した人が、どうやってガーゼを張ったり包帯を巻いたりするわけ?」
「それをおっしゃるなら、十代目もですよ! 背中の傷を御自分で手当するのは無理でしょう!?」
「後で誰かにやってもらうからいいんだよ。今は君の方が先」
「だから、なんで俺の方が先なんスか……!?」
「君の方が怪我が腫れてて、痛そうだから」
 言いながら綱吉は、往生際の悪い獄寺を牽制するために左手を掴んで離さないまま救急セットの中を覗き込み、右手だけで消毒薬と、傷口を保護するためのスプレー薬を探す。
 救急箱の中身は充実してぎっしりと詰まっていたが、きちんと症状や目的別に整理されており、ボンゴレのアジトでも使っていたものと同じ種類の薬はすぐに見つかった。
「……また後で皆にも説明するけど。とりあえず、スパナは敵じゃないよ」
 消毒薬の跳ね上げ式のキャップを開けながら、それだけは分かってもらわないと、と告げると、短い沈黙をはさんで、ぼそりとした声が返った。
「スパナ、っつーんですか、あの野郎」
「うん。あの時に君たちと別れた後、俺は下層の水路で、スパナの操るモスカと戦ったんだ」
「!!」
「いいから、黙って聞いてって!」
 反射的に立ち上がりかけた獄寺の傷口に、消毒薬を染みこませたガーゼを強く押し付けることで、綱吉はその動きを止める。
 意図通りに、獄寺は呻いて体をこわばらせた。
「……じゅ、十代目、それ、キツイっス……」
「獄寺君が人の言うことを聞かないからだろ」
「……はい、スミマセン」
 綱吉にきつい目で睨まれて、獄寺はしゅんとなる。
 だが、その様子に少しばかり申し訳ない気分を覚えながらも、綱吉の内にある苛々は薄れはすれども消えはしなかった。
 それは多分、ともう一度優しく獄寺の傷口をガーゼでぬぐいながら、綱吉は自分の心を分析する。
 綱吉の負傷を大げさに騒ぐ獄寺本人が、自分の見ていない場所で相当な無茶をしたからだった。
 もとより自分と違って接近戦を得意としない彼が、こんな傷を負うということは、手ごわい敵に一歩も引かずに戦ったという証明のようなものだ。
 それが、いつものように『十代目のため』であることが分かるからこそ、尚更腹立たしい。
 彼の勝手で喧嘩をしたのなら単に叱るだけで済むが、自分の望みのため、あるいは仲間たちのために戦ったとなると、無茶をしたと叱ることもできない。
 そのことがひどくもどかしく、悔しかった。
「──で、どうなったんですか。あのスパナってヤローと」
「……その時は、どっちが勝ったのかは分からないんだ。相討ちだったかもしれないけど、俺は水路に落ちて、気を失っちゃったから」
「えっ!」
「でも、スパナが助けてくれた。完璧なXバーナーが見たくなったって言って。スパナは戦ってるうちに、俺のXバーナーが不完全だってことに気付いたらしいんだ。で、完璧な左右対称に撃てばいいって、モニターレンズを造ってくれたんだよ」
「レンズ?」
「うん。今もしてるけど……分かる?」
 顔を上げて、天井の照明に透かすように目を獄寺に向ける。
 と、獄寺は真っ直ぐに綱吉の目を覗き込んできた。
「ああ、本当っスね。……違和感はないっスか? 痛みとか……」
「ううん、全然。コンタクトは初めてだったから、最初に入れる時は勇気が要ったけど」
「あー、分かります。俺もそうでしたから」
 綱吉の言葉に、獄寺が表情をほころばせる。
「え? 獄寺君、コンタクトなんてしてたっけ?」
 再会してから、やっと初めての笑顔だと思いながら、綱吉は首をかしげた。
「いえ。俺のも十代目のと一緒っス。SISTEMA.C.A.I.のパーツの一つなんスよ」
 自分の目を指差して言う獄寺に、綱吉は獄寺の瞳を覗き込んで納得する。
 確かに瞳の表面に、薄いレンズが見て取れる。いつになく獄寺の瞳の翠色が濃く見えるのは、どうやら照明の加減ではなく、レンズの色のせいであるらしかった。
「そうなんだ。でも、このモニターってすごいよね。これのお陰で、フルパワーのXバーナーを撃てるようになったんだよ。それにスパナは、本当は殺すように命令をされてた俺を助けてくれたし……本当に恩人なんだ」
 だから、スパナを攻撃しないで欲しいと言外に含めて告げると、獄寺は渋い顔をしたものの、立ち上がろうとはしなかった。
「……その作業服も、奴のっスか」
「あ、うん。服がずぶぬれになったから。スパナのじゃないけどね。スパナは背が高いし……。予備の奴を出してくれたんだ。それでも、俺にはちょっとブカブカなんだけど」
 相当に布地が余っている肩幅や袖、裾などのことを思い出して、綱吉は気恥ずかしそうに笑う。
 獄寺は相変わらず面白く無さそうな顔ではあったが、それでも綱吉の笑みに、こわばっていた気持ちが多少はほぐれたのだろう。
 わずかながらも肩の力が抜けるのが、獄寺の左手を掴んだままだった綱吉にも伝わった。
「……どういう形にせよ、十代目が御無事で良かったっス」
「うん、ありがとう。……でも、獄寺君たちも大変だったんだよね?」
 綱吉は言い、そっと視線を、ストレッチャーに載せられた山本と了平、ラル・ミルチの方に向ける。相当にひどいダメージを負っているのか、彼らが意識を取り戻す気配はまだない。
「……色々ありましたし、分かったこともあります。まだ入江のヤローから聞き出さなきゃならねーことも多いですが」
「うん。……本当に、まだこれから、なんだよね」
 目を伏せるようにして言いながら、綱吉は獄寺の左手に包帯を巻く。
 そしてその端を、短いゴムのついた鉤爪型のストッパーで止めて、はい終わり、と顔を上げた。
「獄寺君」
「何ですか?」
「あんまり無事とは言えないけど……とりあえず全員、この場所で集合できて良かった。大変なのはこれからだって分かってるけど、でも、俺はそれが正直に嬉しい。……ありがとう」
 獄寺が怪我をしているのは、この左手だけではないだろう。おそらくは自分と同等に満身創痍であるに違いない。他の守護者たちも、ラル・ミルチもだ。
 予定とはかなり違った形にはなってしまったが、だが、それでもどうにか一人も欠けることなく、『白い丸い装置』の元に全員が集合することができた。
 それはこの状況下で、とても貴重なことのように思われた。
「十代目……」
 感じやすい獄寺の銀翠色の瞳に、感動と感激の色が浮かび上がる。
 それを見るのが少し気恥ずかしくて、綱吉は、手当ては終わったのだからと獄寺の手から自分の手を離して立ち上がりかける。
 と、その手を獄寺の手が掴んだ。
「十代目」
「な、なに?」
 獄寺が綱吉に直接触れることは、あるようで案外に少ない。スキンシップが好きな山本とは対照的に、獄寺は綱吉に触れることさえ恐れ多いと思っているのか、こんな風に彼が自分の手を掴んできたことは、綱吉の記憶では数えるほどしかなかった。
 だが、内心どぎまぎする綱吉とは裏腹に、獄寺はいつもにも増して真摯なまなざしで綱吉を見上げた。

「絶対に俺たちの世界に帰りましょう。俺たち全員で……!」

 獄寺の言う『俺たち』は、単に獄寺と綱吉2人だけを意味しない。
 山本も了平もラル・ミルチもクロームも雲雀も草薙もランボもイーピンも、ハルも京子もビアンキもリボーンも、この世界で傷ついた全ての人々を指しているのだと、綱吉には分かる。
 そして、獄寺は変わったのだ、と思った。
 ここに突入する少し前から薄々感じていたことだが、彼はもう、綱吉しか見えていない狭い世界には生きていない。
 もっと強くて広い、温かい世界を見ている。
 彼はもう、本当の意味で一人ではないのだ。
 そう思った時、綱吉の心の中に切なくなるほどのぬくもりがじわりと広がった。
「うん、帰ろう。皆で一緒に」
「はい!」
 力強い返事に、綱吉の顔に自然に笑みが浮かび上がる。
 同時に、獄寺たちと再会できた喜びが今更のように湧き上がった。
 彼らは満身創痍でも、五体満足には違いない。少なくとも、全員生きている。
 つまりは、まだ希望は希望のまま、変わらずそこにあるということだった。
 獄寺も笑顔になり、やっと心の底からの笑みを見交わして、二人は立ち上がる。
「とにかく情報交換しないと。山本たちの手当てをしながら話そうよ」
「そうっスね。でも、その前に十代目のお怪我の手当てっスよ。入江とスパナってヤローからも情報を引き出さねーと……」
「うん」
 獄寺の横顔が鋭さを増すのを、綱吉は少しだけ頼もしい思いで見やった。
 どうにも空回りや暴走が多いが、獄寺の頭脳が優秀であることは事実である。事態が複雑であればあるほど、彼の思考も鋭さを増す。それが今はありがたかった。
「じゃ、行こう」
「はい」
 そして二人は、ストレッチャーを中心に集まっている仲間たちの元へと向かう。
 おそらくは束の間だろうこの休息の時間を、ほんのわずかでも無駄にするわけにはいかなかった。

End.

以前、日記にupした落書きSSを加筆修正しました。

やっと本編で、ツナたちの日常がちょっぴり戻ってきましたね。
再会以降の獄寺が、あんまりにも十代目に夢中なのが可愛くてたまりません。
いつでもどこでも、十代目と同じコマに入っているのがえらいです。
とりあえず、今のうちにべったりくっついとけ!、という感じですね。

しばらくは修行ターンでしょうから、十代目+守護者は一緒にいることになると思いますけど、次のチョイスとやらでも、個別戦闘じゃなくて集団戦だといいなと思います。
バラバラだと寂しいし、獄寺が戦う十代目に何百回目かの一目惚れをすることもできませんし。ツナにも獄寺の匣兵器のすさまじさを見てあげて欲しいし。
とにかく獄ツナが一緒にいてくれたらいいんだけどなぁ。

格納庫に戻る >>