流れ星が消えぬ間(ま)に

 スライド式の片引き戸を、いつもよりも荒っぽさのない仕草で開けたのは、そろそろ同室の綱吉もトレーニングルームから戻ってくる頃だと分かっていたからだった。
 案の定、
「あ、獄寺君おかえりー」
 椅子に浅く腰掛け、背もたれに体を預けるという少しくだけた格好で、ペットボトルのスポーツ飲料を手にしていた綱吉が、そのままの姿勢で獄寺を振り返り、ゆるく微笑みかけてくる。
 彼もまた今、戻ってきたばかりなのだろう。明らかにくたびれきっていると分かる、その仕草や笑みに、獄寺はずきりと胸が痛むのを感じた。
 綱吉がこうまでも彼自身を追い込まなければならないのは、今も十年後も自分が不甲斐ないからだ。そう思うと、自分に対するどうしようもない怒りと憎しみが湧いてくる。
 だが、それを押し隠して獄寺は、小さく笑って見せた。
「ただいま戻りました」
「うん――」
 しかし、勘の良い彼をごまかすことはできなかったらしい。
 獄寺の顔を見ながら綱吉は小さく首をかしげ、まっすぐなまなざしを向けてくる。
「何か……あった?」
 優しい深い色の瞳には曇りも何もなく、気遣う思いだけが素直に浮かんでいる。
 そのことにまた胸が痛むと同時に、いたわってもらえることへの嬉しさを感じながら、獄寺は無理に自分の内心を隠すことをやめて、苦笑した。
「やっぱり十代目は鋭いっスね」
 自分がひどく微妙な表情をしているだろうということは分かっている。
 だが、隠したりごまかしたりすることで、大切な人を更なる心配の波に追いやることは耐えられない。
 だから、完全にではないが、正直に言った。
「今、山本のヤローに、今朝のことの……礼っつーか何つーか……、そういうことを言ってきたんです」
「え?」
 綱吉の目と口が、驚きに丸くなる。
 ああ、やっぱりそういうヤツだと思われていたのだと、獄寺はもう一度苦笑しながら、綱吉に歩み寄った。
 実用一点張りの宿舎は、二段ベッドとライティングデスクが二つ、そしてロッカーのような素っ気ないクローゼットがある以外には何もなく、がらんとした印象の四角い部屋だった。だから、腰を下ろす場所もベッドかデスクの椅子しかない。
 ここにソファーでもあれば、十代目にもっと体を楽にしてもらえるのに、と思いながら獄寺は話をするのに不自然ではない程度の距離まで近づいて立ち止まる。
 と、獄寺は立ったまま、自分の行動を報告するつもりだったのだが、綱吉はいつものように小さく首をかしげるようにして、座ったら?、と言った。
 おそらく、自分が座っていて相手が立っているというのは不公平だと、彼らしい思考で思ったのだろう。
 それに、綱吉は上から見下ろされるような角度で話しかけられるのは好きではないらしい、と感じたことが、以前にも獄寺にはあった。
 多分それは、彼が長い間、その真価を知らない者たちから理不尽ないじめを受けていたということが大きく影響しているのだろうと、獄寺は踏んでいる。
 小物が相手を威圧しようとする時は、必ず近い距離で上方から威圧する。そして、自分よりも体格の良い相手を脅し、いじめることは子供の世界では少ない。
 そして、その理不尽を身に浴びてきた綱吉が、威圧されるような錯覚を覚える角度での会話を嫌うのは、むしろ当然のことだった。
「じゃあ、失礼します」
 軽く断ってから、獄寺は自分が使っているライティングデスクの椅子へと腰を下ろす。
 そして改めて目線を合わせると、綱吉は、少しばかりの好奇心を浮かべた瞳で獄寺を見つめていた。
「十代目にも御心配をおかけして、本当にすみませんでした」
「あ、うん。それは別にいいんだけど」
「全然良くありませんよ」
 こればかりは本気で獄寺は反論する。
 綱吉の負担を少しでも軽くするのが勤めであるはずなのに、自分が心配をかけていては本末転倒もいいところである。
 なのに、獄寺自身は自分のことで手一杯になってしまい、他人の指摘や行動によって、初めてそうと気づくことがあまりにも多い。
 そういう現実を最近、立て続けに思い知らされたことで、獄寺は心底謙虚に自分を省みる気分になっていた。
「本当に申し訳なかったと思ってます。こんな時なのに、俺は自分の個人的な事情にばかりこだわっていて……」
「で、でもそれは仕方ないだろ? 俺だって正直、自分のことで手一杯だし……」
「いいえ。十代目は皆のことを考えて下さってます。それに引き換え、俺は……」
 言いながら、改めて悔しさがじわりとわいてくる。
 だが、それに囚(とら)われるまいと、獄寺は思いを振り払うように小さく頭を振った。
 そして、気を取り直して綱吉の目を見つめ直す。
「十代目、これまで俺、自分のことを全然お話してなかったっスよね」
「……うん」
 話の水を向けると、綱吉は戸惑うような申し訳ないような表情で小さくうなずく。
 その優しい仕草は、獄寺の心の中にやわらかなものを呼び覚ますと同時に、こういう人だから、薄汚れた自分の過去と家族にまつわる話は聞かせたくなかったのだ、と改めて思わせた。
 けれど、もう潮時なのだろう。少なくとも、綱吉や山本は、もう何かを知ってしまっている。
 情報の出所はリボーンしか考えられなかったが、本来、リボーンは他人の事情をべらべらと話すような人間ではない。つまり、これは彼なりの、いつまでもぐずぐずと過去に囚われている獄寺に対する尻の蹴飛ばし方なのだろうと、推測はついた。
「リボーンさんから、どこまで聞かれましたか?」
 詰問しているように聞こえないよう気をつけながら、穏やかに問いかけると、綱吉はそれでも少し困ったように眉をハの字にした。
「えっと……君のお母さんと、お父さんのことは……」
 口ごもりつつ言いながら、綱吉は痛いほどに必死な顔で、獄寺を見る。
「あの、ごめんね。俺、こういうことは他の人から聞くべきじゃないって分かってたんだけど、何かどうしても気になって……」
「いいんですよ、十代目」
 心の底から獄寺は言った。
 綱吉は本当に優しい。優しいだけでなく、まっとうな家庭で育った子供ならではの道義を自然に身につけている。
 嘘をついてはいけない。人を傷つけてはいけない。他人の事情を詮索してはいけない。弱いもの、傷ついたものを守らなければならない。
 そういう感覚が彼の母親の奈々や父親の家光を通して、真っ直ぐに彼に注がれているのだ。
 自分が持たないものであるからこそ、そんな綱吉の自然な無垢さが、獄寺にはひどく尊いものに思われる。
 今もまた、綱吉の瞳に浮かぶ澄んだ光が、たとえようもなく眩しく感じられて、獄寺は微笑むように目を細めた。
「もっと早く、俺から話さなきゃいけないことだったんです。俺がぐずぐずしてたから、十代目にも御心配をおかけしちまって、本当に申し訳ないです」
「そんな、謝らないでよ、獄寺君。だって……簡単に話せることじゃないと思うし……」
「そうっスね」
 だから、こんなにも時間がかかってしまった、と素直に認めて、獄寺は苦笑する。
 ――薄暗くて血の臭いに満ちた、自分の過去。そして家族。
 忌まわしいそれらを口にすることは、綱吉に対して穢(けが)れたものを差し出すのと同義のような気がして、これまでどうしても語ることができなかった。
 そして同時に、そんな過去と家族を持つ自分自身をも、綱吉に穢れた存在だと思われ、疎(うと)まれるのが怖かった。
 けれど、今になってようやく、それは間違いだったのだと思える。
 自分が忌まわしい生い立ちを語れば、綱吉は人間として当たり前の同情心で戸惑い、あるいは悲しんでくれるかもしれない。
 だが、自分の話ごときで綱吉が穢れるわけではないし、生い立ちを理由に他人を疎むような彼でもない。
 そして自分も、いつまでも全てを家族のせいにするほど子供ではいられない。
 もう家族の影に囚われるのではなく、自分で自分自身を鍛え、成長させなければならない時期にきているのだと、今朝の綱吉や山本の笑顔と共に差し出された優しさに触れて、ようやく気付いたのだ。
 過去や家族のことは話さなくてもいい、話すべきことではないと勝手に断じていた自分が、どれほど身勝手で傲慢だったのか、今になってやっと分かる。
 そして、これまでの自分に対する灼け付くような悔いや恥ずかしさと共に、そういうことに気付かせてくれた綱吉に痛いほどの感謝を覚えながら、獄寺はゆっくりと話し始めた。
「親父とお袋のことを聞いたんなら、後は大して何もありません。姉貴は……姉貴の母親、つまりは俺の義理の母親が、俺のことを疎んでたんで……旦那の浮気でできたガキですから、気に食わなくて当然なんスけど、だから姉貴も、最初のうちは赤ん坊の俺に対して、どうしていいのか分からなかったらしいんですけどね。
 何しろ親は、子供の世話より、着飾って出歩いたりパーティーを開いたりする方が好きな人間だったんで、自然に子供同士で連帯したっつーか……。俺が物心ついた頃には、結構普通に一緒に遊んでました」
 最初から苦手だったわけではないのだと、獄寺は苦く笑う。
「ただ姉貴が菓子作りを始めてから、どうにもならなくなっちまって……。今なら、姉貴が俺を苦しめようとしていたわけじゃねーってことも分かるんスけど。俺が城を出たときも、姉貴だけは行くなって何度も言いましたし……。俺……分かってたんです。本当は、ずっと前から。姉貴にとっても、俺が唯一の家族だってことは……」
 見栄っ張りな派手好きで、子供など高級なバッグやアクセサリーくらいにしか思っていなかった親たち。
 自分がいなくなった後、あの豪奢だけれど冷たい城の中で、彼女が一人きり、どう暮らしているのか、本当はいつも気になっていた。
 そして城を出てから数年後、父親が破産し、ファミリーも解散したと聞いたときも、ざまあみろと思う一方で、彼女のことだけは気にかかった。
 それから間もなく、毒蠍の異名で鳴らすようになった彼女の噂を聞いて、あの料理の腕ではまともな結婚など無理だろうと納得しつつも、彼女もまた平凡な幸せを掴めないでいることを、少しだけ哀れに思った。
「獄寺君……」
 そっと控えめに名を呼ばれる。
「はい?」
 目を上げると、綱吉は優しさだけではない、深い、不思議な色合いの瞳で獄寺を見つめていた。
 その吸い込まれそうな、全てを包み込んでくれるような深い輝きに、獄寺は魅せられ、目を離せなくなる。
「獄寺君は、ビアンキのこと……嫌いじゃないんだね?」
「――はい」
 一瞬の間を置いて、それでも獄寺は素直にうなずいた。
 途端、綱吉はふわりと花がほころぶようにやわらかく笑む。
「そっか」
「十代目……?」
 その笑顔の意味が分からず、獄寺は問いかけるように銘を呼ぶ。
 と、綱吉は、気持ちを説明しようとするときの彼の癖で、すこし目線をさまよわせて言葉を捜すようにしながら、ゆっくりと言った。
「俺さ、何にも知らなかったから……獄寺君がビアンキのこと苦手なのは分かってたけど、お姉さんなんだし、本当のとこはどうなのかな、ってちょっと思ってたんだ。だから、今、君がビアンキのこと嫌いじゃないって分かって、なんか嬉しいっていうか……」
「十代目」
「あ、ごめんね、君とビアンキだけの事なのに、俺、勝手に……。ただ、俺、一人っ子だからさ。お兄さんとかお姉さんとか、弟や妹でもいいんだけど、いたらなって思うことが小さい頃からよくあって……」
 慌てて気恥ずかしげに言う綱吉の表情の奥に、もし兄弟がいれば、きっと寂しくなかったのに、という一人だった頃の彼の思いが透けて見えて、獄寺は言うべき言葉が咄嗟に見つからなかった。
「そう、っスね」
 適当にその場を言いつくろうのは得意ではない。
 だから、自分の心の中から伝えるべき言葉を捜すしかなく、獄寺は不器用にそれらを取り出して、ぽつぽつと並べる。
「俺も……城にいた時は、多分、寂しくなかった、と思います。姉貴のことは苦手で、逃げ回ってはいましたけど……」
 毎日つまらなくて、くだらないとは思っていたけれど、手作りの菓子を片手に自分を追い掛け回すビアンキがいたから、孤独を感じている暇はなかった。それは確かだと思う。
「でも、城を出てからは……」
 それ以上は言葉にできず、詰まらせる。
 と、喉をふさいだものをそっと取りのけるように、綱吉の優しい声が届いた。
「どんなに獄寺君が強くったって、一人ぼっちは……嫌だよね」
 それはカウンセラーがよくやるような、意図的な指摘ではなかった。
 同じ一人きりの悲しさを知る人が口にした、深い深い共感の響き。
 そこに込められた切なさや哀しさ、そして過去と今の双方を肯定する優しさと強さに、獄寺は一瞬、泣きたくなるほどの心の震えを覚えた。
「……はい……」
 だから、潤んでしまいそうになる目元を見られないようにうつむき、静かに答える。
 そのまま数秒かけて心を落ち着けてから、ゆっくりともう一度目を上げると、綱吉は優しい表情で自分を見ていて、目が合うと、そこに優しい笑みを刻んだ。
「ありがとう、獄寺君。話してくれて」
「いいえ……。俺の方こそ、こんなにも時間がかかってすみませんでした。そして、聞いて下さってありがとうございます」
「御礼を言ってもらうようなことじゃないよ」
「いえ、申し上げなきゃいけないことです」
 心の底から獄寺は言った。
 一年ちょっと前、出会ったのが綱吉でなかったら、きっと自分は救われないままだっただろう。
 出会ったあの日から、綱吉はいつも、自分を良い方へ、明るい方へと導いてくれる。
 そのことを誰よりも綱吉自身に感謝したかった。
「俺、今更ですけど、十代目と出会えて本当に良かったです。十代目とお会いしてからは、俺、本当に毎日が楽しいですし、幸せですし……!」
 懸命に言いつのる獄寺を、綱吉はきょとんと見つめる。また、唐突に何かを言い始めた、と思ったのかもしれない。
 だが、それでも獄寺が言いたかったことは伝わったらしい。
 くすっと小さな笑いをこぼして、綱吉は言った。
「うん。俺も君や山本がいるから、もう寂しくないよ。まぁ、今は毎日楽しい、とは言えないけどさ」
「あ、はい! すみません、大変な時なのに……!」
「いいってば。獄寺君の言いたかったこと、分かるし。……でも、またあんな毎日に早く戻りたいね」
「──はい」
 かすかに苦しいような笑みを見せた綱吉に、獄寺は真摯にうなずく。
「絶対に入江のヤローをぶっつぶして、十年前に帰りましょう」
「……うん」
 力を込めて言った言葉を受け止めるように綱吉は獄寺の目を見つめ、それから少しだけ表情を和らげて、こくりとうなずいた。
 それから、ふっと時計を見上げて針の位置を確かめる。
「夕飯まで、まだちょっと時間あるね」
「あと二十分もないですけど……。十代目、ベッドで休まれますか? 時間になったら俺、起こしますよ」
 獄寺自身も疲労困憊していたが、綱吉もそれは同じだろう。
 こうして話す気力があるだけ、いつもに比べたらまだマシな状態ではあるが、それでも何となく猫背になっていて、椅子に座り込んだまま動くのが億劫そうに見える。
「ううん。今寝たら、きっと朝まで爆睡しちゃうから。ねえ、獄寺君」
「はい?」
「あのさ、このままここで話しててもいいんだけど、どうせなら食堂の手伝いに行かない? 俺、立って動いてないと、あと二十分も座ってたら多分、このまま寝ちゃう気がする」
「手伝い、っスか」
「うん。俺も料理なんて殆どできないけど、お皿並べるとか、ランボの面倒見るとかくらいはできるし」
「はあ……」
「あ、嫌ならいいよ。君と話してるのも楽しいし、最近、ゆっくり話す暇なかったし」
「あ、いえ。嫌なんてとんでもありません! 行きましょう、十代目」
「……ホントにいいの?」
「はい! もちろんっス!」
 勢いよく獄寺が立ち上がると、半信半疑といった様子で綱吉も立ち上がる。
 そして、どこかのろのろとした動きで、手にしていたペットボトルのスポーツ飲料を一口飲むと、蓋をしてライティングデスクの上に置いた。
「じゃ、行こっか」
「はい」
 うなずいて歩き出しながら、獄寺は自分よりも華奢で小柄な綱吉の後姿をそっと見つめる。
 精神面ばかりでなく、戦闘面での強さにおいても綱吉は獄寺の数倍上をゆくが、それはつまり、解剖学的に言えば、筋力量に劣る肉体を綱吉が限界まで酷使して、フルパワーを引き出しているということでもある。
 綱吉の強さはまばゆいほどで、美しい炎をまとって戦う姿は輝かしい。だが、その様を見るのと、ボスである彼がそうせざるを得ないところまで追い込まれている現状とは、全くの別問題だった。
 ――十年後の自分は、彼を守りきれなかった。
 どういう状況にあったのか、敵がどれほど悪辣な手段を使ったのか、そんなことは関係ない。
 心に――魂に刻み込んでおくべきことは、自分は一度、この世界でただ一人の大切な人を失った、それだけだ。
 今も十年後も、自分はまったくもって力が足りない。
 それが、この未来へと飛ばされて知った、現実だった。
(けど、俺は絶対に諦めねえ)
 肉体的な強さだけではない。精神的な強さもなければ、強大な敵には到底勝てない。
 だが、それが必要なのであれば、必ずこの身に得てみせる。
 そして、綱吉が仲間たちを守り、十年前に返したいと願うのならば。
(俺が十代目を守って、十年前の世界にお返ししてみせる)
 今度こそ失敗してはならなかった。
 二度目はない。十年後の自分の轍(てつ)は、絶対に踏まない。
 固い決意を噛み締めて、獄寺はぐっと拳を握りこむ。
 それからさりげなく足を速め、綱吉に追いついた。
「あ、ありがと。獄寺君」
 綱吉が出入り口の取っ手に手を伸ばすよりも一瞬早く、片引き戸を開けると、綱吉はいつもの調子で礼を言う。
 彼が今、自分たちが置かれた窮状にどれほど苦悩しているか、獄寺がこうして一緒に過ごすのはわずかな時間ではあるが、それでも薄々伝わってくる。
 だが、この状況下でも変わらない彼らしさが、獄寺としては心に染みるほどに嬉しかった。
「いいえ。それより今日の晩飯、なんでしょうね」
「んー。何でもいいけどな。正直、これだけくたびれてると味なんてよく分かんないし。作ってくれてる京子ちゃんやハルには悪いけど、おなかが一杯になればいいって言うか……」
「そう言われると……むしろこの数日は、腹が一杯になる前に力尽きてるような気もしますね」
「だろ? 本当はもっと味わって食べなきゃって思うんだけど」
「まぁ、今は仕方ないっスよ」
「うん」
 うなずきながら、綱吉は一つ大きなあくびをする。
「ヤバいなー……。急に眠くなってきた……」
「え!? だ、ダメですよ、十代目。せめて何かおなかに入れてからじゃないと……」
「んー。努力はしてみるけど……」
 言いつつ、綱吉は少し子供っぽい仕草で目元をこする。かろうじて歩き続けているものの、本当に眠そうだった。
「どうしてもっていうんなら、俺、アホ女に言っておにぎりでも作らせますよ。それならすぐ食べられるでしょうし。塩シャケのおにぎり、お好きですよね!?」
「……んー。ツナマヨと……鳥そぼろも好き……」
「どっちも最高に美味いっスよね! あ、十代目、もうすぐ食堂ですから頑張って下さい!!」
「………んー…」
 綱吉の返事がだんだん間遠になり、ふらりと小さな体が揺れる。咄嗟に獄寺は、その軽い体を支えた。
「駄目ですって、十代目!」
「んー……大丈夫……起きてる……。でも、早く御飯……」
「ほら、もう食堂の入り口ですから! あ、山本! てめーも手伝え!!」
 ちょうど反対側の通路からやってきた山本を見止めて、獄寺は声を上げる。
 すると、ん?と興味をそそられた顔をした山本が、足早に近づいてきた。
「どーした? ツナ、具合悪いのか?」
「…んーん……死にそうに眠い、だけ……」
「あはは、そっか。でも飯食わねーと、体もたねーぜ」
「ん……分かってる……」
 言いながらも、綱吉の頭がこくりと舟をこぐ。
 どう見ても、もう限界らしかった。
 仕方ない、と獄寺は自分より一回り背の高い相手を、睨むように見上げる。
「山本、てめーは十代目をお席までお連れしろ。俺はアホ女と笹川に言って、簡単に食えるものを用意させる」
「おー、分かった」
「十代目、あとちょっとですから我慢して下さいね!」
「……んー……」
 こくりとうなずいたのか、舟をこいだのか。
 ともかくも綱吉の頭が動くのを確認して、あとは山本に任せ、獄寺は急ぎ大食堂の中に駆け込む。
 そしてその後、巻き起こったささやかで罪のない騒ぎは、彼らの記憶の中にまた一つ、過酷な日々の中での小さな思い出を残すことになったのだった。

End.

ここ最近の獄寺の急成長の理由を考えると、やっぱり原因は十代目しか思いつきませんでした。
未来編で、やっと獄寺は、『本当に十代目の役に立つこと』を意識し始めたのかのかな、という気がします。
ここまでは本当に、独りよがりで暴走してましたからね〜。
十代目のために、という気持ちは本当でも、結果が十代目のためになっていなかったということに気付くのに随分かかりましたけど、もう大丈夫なのかな、と思えます。
このまま一気に成長するほど器用なキャラじゃないですが、芽は出ましたからね。
この調子で頑張れ〜o(^_^)o

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