可愛いひと

「ったく、てめー、よりによってあんな奴のとこに行くんじゃねーよ」
 ぶつぶつと言いながら部屋に戻る獄寺と、そのTシャツの胸の辺りにしっかりしがみついてぶら下がっている猫の姿を、綱吉は横目で眺めながらこっそりと微笑む。
 言葉にして言ったら間違いなく獄寺が大騒ぎするだろうが、その一人と一匹の組み合わせは何とも可愛い眺めだった。
 顔に引っかき傷を付けたまま、猫を胸に引っ付けている獄寺も。
 すさまじい勢いで獄寺を引っかいておきながら、今はしっかり彼の胸にしがみついている瓜も。
 さっき、雲雀に連れられて戻ってきた猫が獄寺を引っかいた時には、まだ懐かれていないのかと思ったのだが、こうして見ると、それは綱吉の早合点だったような気がしてくる。
 先ほどの引っかきは、猫なりの獄寺に対する甘えだったのではないのだろうか。それこそ、迷子になった小さい子が、お母さんに再会した時、「どこに行ってたの!」と泣いて怒るような感じの。
 そう思うと、更に目の前にある光景の可愛さが増すようで、綱吉は懸命に笑いを噛み殺しながら、二人部屋のドアを開けた。
 途端、瓜と名付けられた猫は、ぴょんと床に飛び降り、そのままの勢いで走っていって獄寺のベッドに飛び乗る。そして、ベッドのど真ん中で座り込み、くつろいだ風に毛づくろいを始めた。
 これまでに何度か、こんな風景を見ていたから綱吉にも分かる。つまり、瓜はこのまま、ここで眠るつもりなのだ。寝床での毛づくろいはそのための儀式、人間で言うと歯磨きに当たるものであるらしい。
 そんな猫の習慣は獄寺も分かっているようで、溜息をついて髪をかき上げながらベッドに近寄った。
「てめーなぁ。夜中に俺たちを叩き起こした挙句、自分だけさっさと寝るつもりか? 自分勝手もいい加減にしろよ」
 そんな風に文句を言いながらも、獄寺は瓜をベッドから放り出したりはしない。せっせと毛づくろいのために動く小さな頭を指先で軽くつつくだけだ。
 なんかいいなあ、と思いながら綱吉は獄寺に話しかける。
「ねえ獄寺君。いつの間にその子の名前付けたの? 昨日までは、まだ名前付いてなかったよね?」
 この耳で、「おい、猫」と呼ぶ獄寺の声を聞いていたのだから間違いない。
 だが、獄寺も自分と同様、今日は修行の総仕上げをしていたはずである。それぞれの修行に使用しているトレーニングルームが違うこともあり、一体いつの間に彼が猫の名前を考えたのか、綱吉は全く気付かなかった。
「ああ、それは先日、十代目に名前つけるように言われた時から、ずっと考えていたんスけどね。なんか今日の昼間、一息入れてた時に、ふっと浮かんだんです」
「ふぅん」
「色々考えてたんスけどねー。カッコいい名前とか、強そうな名前とか。けど、こんな奴ですし、今のところ役にも立たねーし……。じゃあ普通の名前にするかって思ったんスけど、でも、タマとかトラって顔してねーなって。で、瓜です」
「そ、そう。でも……なんで瓜なの?」
 それこそ、綱吉が一番聞きたかったことだった。
 普通、猫に瓜とはあまりつけない。というよりも、どんな動物であっても瓜と名付けることは少ないだろう。せいぜいがイノシシくらいだろうが、イノシシを飼っている人は日本全国探してもそんなに多くはないはずである。
 どうせなら瓜は瓜でもメロンとかの方が、小動物の名前としてまだ有り得る気がする。
(あー、でも小学校の同級生で、ハムスターに「もずく」ってつけてる子いたなぁ)
 そんな風に思いながら獄寺を見ると、彼は全く悪びれていなかった。
「いや、猫って丸くなるじゃないっスか。だから、丸いものの連想で。ボールってわけにはいきませんし、リンゴとかオレンジっていうほど可愛くねーですし、スイカっていうほどでかくねーですし。だから瓜です」
「……日本語で瓜? メロンとかじゃなくて?」
「メロンっていう顔でもねーですよ。こいつには瓜が似合いです」
「……なんだか獄寺君の言うの聞いてたら、この子には瓜しかないって気がしてきたよ」
「でしょう!?」
 洗脳されつつある気分で綱吉が言うと、獄寺はやたらと嬉しそうに大きくうなずく。
 その表情を見たら、まあいいや、という気分に綱吉はなった。
 そもそも瓜は獄寺のものである。獄寺が名前をつけて、瓜がそれを嫌がっていないのなら全てオッケーなはずなのだ。自分がとやかく口出しすることではない。
 そして猫の名前から気分がそれると、綱吉は今度は獄寺の頬に新しく増えた傷の方が気になった。
「獄寺君、顔、消毒しなくていい? 少し血が出てるよ。もう止まってるみたいだけど」
 自分の頬を指差しながら言うと、獄寺は、忘れていた、という顔で彼自身の頬に手を当てる。
「道理でひりひりすると……。でも消毒はいいっスよ。この程度なら水で洗っときゃ十分です」
「そう?」
「はい。これまでの引っかき傷も全部、もう消えてますしね。これもすぐに消えます」
「なら、いいけど」
 言いながら、綱吉は獄寺のベッドの真ん中で丸くなった瓜を眺める。
 そういえば数日前にもこんな風に並んで猫を眺めながら話をしたな、と思い出し、明日という日を控えた今夜も、こんな他愛のない時間を持てたことが少し嬉しい、と思い。
 そして、綱吉は迷子になった瓜を届けてくれた雲雀のことを考えた。
 普段の雲雀ならこんな小動物など放っておきそうなものなのに、わざわざ連れてきてくれたのは、彼なりに瓜が獄寺の匣兵器だということを推定して、明日のために配慮してくれたのだろうか。
 それとも実は、雲雀も獄寺と同じように、小動物に弱いのだろうか。
 そう考えた途端、思わず綱吉は小さく噴き出して。
「十代目?」
「あ、ごめん。雲雀さんのことを考えてたら、ついさ……」
「雲雀?」
 怪訝そうに眉を寄せる獄寺に、綱吉は笑った理由を説明した。
「だからさ、どうして雲雀さんがわざわざ瓜を連れてきてくれたのかなって、今考えてたんだよ。多分、獄寺君の匣兵器だからって届けてくれたんだろうけど、もしかしたら、雲雀さん、動物が好きなのかもって思ったらさ」
「雲雀が、ですかぁ?」
「うん。だってヒバードが懐いてるし、匣兵器もハリネズミだし。実は、小さい生き物が好きなのかも」
 言いながらも、笑いが込み上げてきて綱吉はまたもや噴き出してしまう。
 顔をしかめていた獄寺も、綱吉につられたのか、くっと笑い出して。
「十代目がおっしゃるから、俺も想像しちまいましたよ。頭にヒバード載せて、ハリネズミと瓜を抱いてる雲雀……!」
「ね? 全然似合わないのに、妙にはまるのがおかしいだろ」
「こんなこと話してるのが知られたら、俺たち絶対、雲雀に殺されますよ」
 そう言いはしても、笑いは深まるばかりで一向に収まらない。二人して腹を抱えて、しばらくの間、笑い転げる。
「あーもう駄目。おなか痛い。笑いすぎて涙出てきちゃった」
「俺もっス」
 目元を拭いながら、ようやく呼吸を整えて、綱吉は背筋を伸ばす。
 獄寺も同じように落ち着きを取り戻し、二人は笑みを見交わした。
「そろそろ寝なきゃね。せっかく早く寝たのに、これじゃ意味なくなっちゃう」
「そうっスね。すみません、こいつのせいで目を覚まさせてしまって……」
「いいよ。俺、寝る前は色々考えて緊張してたんだけど、今、思いっきり笑ったら何だかすっきりしたし。これで明日も、ちゃんと戦えると思うよ」
「そういえば……俺も緊張がどっかいっちまったような気がします」
「ね? 瓜と雲雀さんのおかげだよ」
 笑って言い、綱吉は手を伸ばして丸くなっている瓜の頭をそっと撫でる。
 ふわふわの毛皮に包まれた小さな頭はやわらかな感触で、温かかった。
「それじゃ、寝ようよ」
「はい」
 獄寺がうなずくの受けて、綱吉は二段ベッド上段の自分の寝床へと上がる。
「電気消していいよ」
「はい」
 布団にもぐりこみながら下に向かって声をかけると、返事はあったものすぐに照明は消えず、代わりに獄寺の声が聞こえた。
「十代目、明日は何があっても勝って、全員で元の世界に帰りましょうね」
 その声に悲壮感は微塵もなく、ただひたすらに強い意志と決意だけが響いて。
「うん。絶対に皆で帰るよ。そう決めたんだ」
「はい」
 綱吉も、同じように決して大きくはない、けれど強い声で答える。
「じゃあ、電気消します」
「うん。おやすみ、獄寺君」
「おやすみなさい、十代目」
 スイッチを消す小さな音と共に照明が消え、フットライトだけの淡い薄闇が室内に満ちる。
 そして、程なく訪れる明日のことを思いながら、綱吉はゆっくりと眠りに落ちていった。

End.

雲雀さんの地下豪邸を、私は『わくわく珍獣ランド』と呼んでいます。
絶対かわいいもの大好きだよ、あの人……。

蛇足ですが、ハムスターに「もずく」と名付けたのは妹です。
そして私はその昔、白い子ウサギに「まんじゅう」と名付けようとして家族に反対されました。
ちょうど両手に乗るサイズで、引き出物用まんじゅうにそっくりだったんですけどねぇ(-_-)

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