Wild Heven








「腹が減った」

 本当なら雰囲気よく、ぬくぬくとベッドの中で過ごせているはずの真夜中。
 腕の中で突然、恋人がそう言いだすのはいつものことだった。

「またですか」
「またとは何だ、またとは」
「だっていつものことじゃないですか。この時間になると、おなかが空いたって言い出すのは」
「腹が減るようなことを、おぬしがさせるからだろうが」

 自分の責任ではない、と平然と言い放つ相手に呆れ半分で、楊ゼンは抱きしめていた腕を解く。
 一度言い出したら聞く耳を持つような恋人ではない。
 そのことを十分過ぎるほどに承知していたから、惚れた弱みも半分ほど手伝って、大人しくベッドから降り立ち、2人分の服を拾い上げて一方を恋人に渡した。




          *        *




「コンビニが近くにあるっていうのも良し悪しですよね」
「何故だ? 便利ではないか」
「だって、近くになければ、せっかくのピロートークを途中で打ち切って、コンビニに夜食買いに行こうなんて言わないでしょう?」
「そりゃ言わんわな」
「ほら」
「だが、空腹を抱えて寝るよりはマシだろうが」
「それはそうですけど・・・・。それならそれで、かえって冷蔵庫に食料を常備しておきませんか?」
「そういうこともあるかもな」

 何を言っても柳に吹く風で歩いてゆく太公望に、楊ゼンは溜息をつく。
 どうせ何を言ったところで、この恋人に勝てるわけがないのだ。
 そもそもが3歳も年上で、おまけに大学創立以来の秀才とかいう評判を馳せまくっているような高嶺の花を、首尾よく口説き落としたのが3ヶ月前。
 これまでそれなりに恋愛経験は積んできたつもりでいたのに、何故かこの恋人にだけはまったく頭が上がらないまま、時間だけが過ぎていっている。

 太公望のマンションから最寄のコンビニまでは徒歩2分。
 のんびりと喋りながら歩いても、あっという間だ。
 駅から近いこともあって、そろそろ日付が変わりそうな時間でも、店内には複数の客がいるのがガラスのウィンドウ越しに見える。

「さーて、何を買おうかのう」

 楊ゼンが押し開けた自動ドアではないドアから足を踏み入れて、いかにも浮き浮きと太公望は店内に視線を走らせる。
 そしてまず、真っ先に歩み寄っていったのは、チョコレート系の新製品の陳列棚だった。

「この時期は良いのう。次から次に新製品が出る♪」

 並べられている製品の大半は既にお試し済みらしく、あれはイマイチだった、これは美味かった、と呟きながら商品を手に取り、そのうちのいくつかを太公望は、ためらいもなく背後に立つ楊ゼンの手に押し付ける。
 それから、次に目指すのはドリンクコーナー、ひいてはアルコール類の棚。

「桃は香料が強すぎてイマイチだし・・・・やっぱり定番の杏露酒とライチと梅と・・・・」
「ちょっと、どれだけ飲む気ですか!?」
「ん? おぬしも飲むのか?」
「僕は要りませんよ」
「つまらん男だのう。酒くらい付き合え」
「そういう問題じゃないでしょう!!」
「じゃあどういう問題だ?」

 あっさりといなしながら、更にチューハイの缶を幾つも楊ゼンの腕に押し込む。

「あとは、やっぱり塩辛いものも欲しいかのう。ポテチかスルメか・・・・」
「いい加減にして下さいよ」

 呟きつつ商品棚の間を泳ぐ太公望に、とうとう楊ゼンが呆れのにじんだ声をかけた。

「こんな時間に一体どれだけ飲み食いするつもりです? 夜中のドカ食いは肥満のもとだって知らないわけじゃないでしょう?」
「構わん。どうせなら、もう少し体重が欲しいしな」
「僕は嫌ですよ! せっかく抱き心地がいいのに・・・・!」
「んなことを大声で叫ぶな、馬鹿者!!」

 ばふ、と顔面にポテトチップス(塩味)の袋をぶつけられて、思わず閉じた目を開くと、フンとばかりに肩をすくめる太公望の姿が視界に映って。

「おぬしの心情など知ったことか」

 これで本当に恋人かと疑いたくなるような冷たい言葉と共に、太公望は先に立ってレジに歩き出す。
 そして何一つ手を出さないまま、楊ゼンが会計を済ませ、商品を詰めたビニール袋を店員から受け取るのを見守った。








「ねぇ師叔」
「ん?」
「僕って一体、あなたの何なんです?」

 たまりかねて楊ゼンがそう尋ねたのは、コンビニからの帰り道。
 店を出て、細い道を一本渡れば、太公望が部屋を借りているマンションはすぐそこだ。
 楊ゼンのマンションも近所ではあったが、太公望の部屋に比べれるとほんの少しだけ、コンビニからも駅からも遠いため、2人がこうして一緒の時間を過ごすのは大抵、太公望の部屋だった。

「何とは?」
「言葉通りの意味ですよ」
「何か不満か?」
「不満ってわけじゃないですけど・・・・でも、なんというか」

 ピロートークもそこそこに事後の甘い余韻を打ち切られ、真夜中のコンビニに付き合わされて、金を払うのも荷物を持つのも自分の役目。
 一体何なのだろうと、自分の立場に疑問を馳せるのも当然だと楊ゼン自身は思う。
 だが、恋人の見解はどうも違ったらしい。

「いいではないか、別に」
「どこがいいんです」

 マンションのエントランスで、エレベーターが降りてくるのを待ちながら、太公望は悪びれもせずに言葉を続ける。

「おぬし一人に買い物に行かせるわけでなし、他の人間を呼び出してパシリにするわけでなし。こうして一緒に買い物に行ってやっているのに、何の文句がある?」
「でもですねえ」
「なら、夜中に他の友人でも呼び出して、おぬしを放り出して一緒にコンビニに行けばいいのか?」
「とんでもない!」
「だろうが」

 あっさりと言い切る太公望に、ちょっと待って下さいよ、と思わず楊ゼンは情けない声を上げる。
 はっきりいって太公望の理屈は理屈になっていない。
 だが、反論したからといって聞く相手ではないし、第一。

「いいではないか。楽しいのだから」

 ようやく来たエレベーターに乗り込んで、くるりと振り返った太公望が、楊ゼンの腕に手をかけて軽く爪先立ちになる。
 一瞬で近付き、離れていった温もりに。

 ───思わず心臓が跳ねる。

「嫌いだったら一緒にコンビニなんぞ行かぬし、荷物を持たせるような真似も、部屋に入れるような真似もせぬ。なのに、おぬしは何か不満があるのか?」

 にっこりと笑う笑顔が。
 どうしようもなく綺麗で。

「・・・・・タチが悪すぎますよ」
「それが好きだと最初に言ったのは、おぬしだろう?」

 小さくチャイムの音を立てて止まったエレベーターから、太公望はさっさと降りた。
 後に続きながら、楊ゼンは溜息をつく。

「いいですけどね。僕以外の誰とも、一緒にコンビニには行かないというのなら、それはそれで」
「そうそう。人間、諦めが肝心だよ」
「ええ、そうですね」

 そして、太公望が鍵を開けたドアからマンションの玄関に入り。
 ドアが閉まるかどうかの素早さで、片手を伸ばして恋人の細い腰を抱き寄せ、口接ける。

「飲み食いするのは勝手ですけど、今夜はもう寝かせてあげませんから」
「はぁ? 何を馬鹿なことを・・・・」
「人間、諦めが肝心なんでしょう?」

 言われたばかりの言葉をそっくり返しつつ、それ以上の反論を塞ぐようにもう一度深く口接けて。
 長く濃厚なキスに、耐え切れずに膝の力を失った華奢な体を、ためらうこともなく腕に抱き上げる。
 そのまま軽いキスを落としながら寝室に運び、ベッドの上に下ろして。
 低くささやいた。

「コンビニなんか、行く気も起こらないようにしてあげますから」

 その言葉に、太公望はきょとんと目を見開き、ついでくすくすと笑い出す。

「やっぱりマヌケで阿呆だのう、おぬしは」

 そして、手を延ばして楊ゼンの肩を自分の方に引き寄せた。

「夜中のコンビニなんて、一人で行っても面白くも何ともないぞ」

 そんなことも知らないのかと笑う恋人は、やはりどうしようもなく綺麗で。
 どうしても頭の上がらない悔しさに、楊ゼンは奪うように薄い唇に口接ける。
 それでも触れ合う熱は、ひたすらに甘く。


 買ってきたばかりの甘い酒もチョコレート菓子の存在も一時忘れて。
 再びゆっくりと、濃厚な夜の気配は流れ始めた。






end.










リニューアルにあたり、コンビニ企画より移動。
一応、タイトルもちゃんとつけてみました。
タイトルは勿論、TM NETWORK(正確にはTMN時代)のヒットシングルから。





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