SWEET PAIN 1








「失礼します」
 そう告げて、保健室のドアを開けた途端。
 目に入ったのは、長くしなやかな髪。


「おや、呂望ではないか。こんな遅くまで御苦労じゃのう」
「あ、はい、竜吉先生」
 見慣れない──というより、あからさまに部外者、しかもOBらしいと分かるくつろいだ様子の私服の二人連れにちらりと目を配りながら、呂望は美しい慈愛に満ちた笑みを浮かべる保険医に歩み寄った。
「一般開放日の保健室利用なのですが……」
 数枚の書類を手に細々としたことを告げかけた時。
「君、生徒会の子?」
 横合いから張りのある明るい声がかけられた。
「……そうですけど」
 そちらの方に顔を振り向ければ、保険医のお客らしい二人連れの片方が、妙に好奇心に満ちた顔でこちらを見ている。
 見た目は──悪くはない。男っぽい鋭さを持った顔立ちで、でも人を惹きつけるような愛嬌がにじみだしている、まぁ二枚目、悪くても二枚目半の青年だった。
「やっぱり。今、大変だろ? 学校祭まで、あと20日ないもんな」
「姫発、いきなり話しかけるから彼女が驚いてるよ」
 苦笑しながら、連れをたしなめたのは。
 こちらは、目をみはるほどに秀麗な顔立ちをした青年だった。
「君、驚かせてごめんね。僕らは生徒会のOBなんだ」
 にこりと微笑みかけられて。
 わずかに戸惑いながら、呂望は傍らの保険医へとまなざしを移す。
 と、彼女は笑みを浮かべてうなずいた。
「そなたより3年上の先輩に当たる連中だよ。そっちが生徒会長だった姫発、こっちが副会長の楊ゼンじゃ」
 端的な説明を受けて、この二人が、と思いながら呂望は青年たちに視線を戻した。

 3代前の生徒会が主催した学校祭は、もとより規模が大きいことで有名なこの学園においても過去最大のものだったということで、校史に残っている。
 とりわけ、カリスマだった当時の生徒会長と、その補佐を努めた恐ろしく有能な副会長の名は、近年の生徒会関係者で知らないものはいないほどであり、呂望も、生徒会の役職を引き継いだ時に、かつて彼らが現役だった頃に使い走りを務めていたという前任者から、しつこいほど彼らの事跡については聞かされていた。

「そーいうわけだ。よろしくな、ぷりんちゃん」
「だから、初対面の相手にその物言いはやめろって言ってるだろう? 彼の言うことは気にしなくていいからね。女の子には声をかけるのが礼儀だと思ってる奴だから」
「あ、てめえ、自分ばっかりいい奴ぶりやがって」
 二人のやりとりは、笑いながらのこともあって、まるで漫才のように聞こえる。
 が、呂望は、噂通りであるようなないような二人の会話に意表をつかれたまま、大きな目をまばたかせた。
 そこへ、
「これ二人とも、いい加減にせぬか。呂望は仕事で保健室にきたのだぞ。おぬしたちの接待のためではない」
 美しい保険医の横槍が入って、呂望はほっとした面持ちで彼女の方へと向き直る。
「──で、一般開放日の保健室利用のことであったな」
「あ、はい。万が一のことがあると困りますから・・・・・・」
 手にしていた書類を渡し、呂望は細々としたことを説明する。
 その間、青年たちは各々丸椅子にくつろいだまま、小声で言葉を交わしつつ保険医と後輩のやりとりを見ていた。

 それから、五分ほど後。
 呂望が保険医との打ち合わせを粗方終わらせた時、保健室のドアが軽くノックされた。

「失礼します」
 断りながら、ドアを開けたのは呂望と同じくらいに小柄な少女だった。
「呂望、そろそろ生徒会室を閉めるから──」
 そう言いかけて。
 室内の客人の姿に、はたと言葉を止める。
「よ、邑姜」
 その次の瞬間。

「どうしてあなたがこんな所にいるの!?」
 高い悲鳴のような叫び声が上がった。

「どうして、ってお言葉だなぁ。わざわざ逢いに来てやったのに」
 保健室の2人の客人のうち、かつての生徒会長の方がにやにやと人の悪い笑みを浮かべながら、応じる。
「近頃忙しいからって、電話もまともにくれねーじゃん。でも、俺も一応、経験者だし? この時期に忙しいのは仕方ねぇから、じゃ、こっちから行くかなってさ」
「だからって、こんなとこまで来ないでちょうだい!」
「こんなとこって、俺、OBだぜ?」
「そういう問題じゃないでしょ!?」

「邑姜……?」
 際限ない口論を繰り広げる2人に、呂望は目をまばたかせる。
 親友でもあり、生徒会の役員仲間でもある少女は冷静沈着な性格が持ち味で、これまでこんな風に声を張り上げる場面など見たことがない。
 しかも、この青年とは顔見知り──否、それどころか彼の方は、邑姜に会うためにわざわざ母校を訪れたらしいのである。
 ということは、つまり。

「あ、」
 親友に名を呼ばれて、邑姜の方は我に返ったらしく、はっと口元に手をやる。
 その色白の頬が淡い薄紅に染まるのを、呂望は驚きを込めた瞳で見つめた。
「あ…あ、そうだったわね。私、あなたを呼びに来たんだわ。とにかく、生徒会室から荷物を取ってこないと。もうすぐ6時よ」
「うむ……」
 まだかすかにうろたえた様子のまま、早口に告げる邑姜に、呂望はうなずく。
「さ、行きましょ、呂望」
 うながされて足を踏み出しかけ、ふと気付いて後ろを振り返る。
 美しい保険医は、優雅に椅子に腰を下ろしたまま、いかにも面白げな風情で微笑んでいて。
 その表情に、呂望は内心、あーぁと溜息をついた。
 はかなげで清楚な外見にもかかわらず、彼女は実は大のゴシップ好きで、学内スキャンダルの総元締めとさえ呼ばれている存在なのである。
 本人曰く、昔から身体が弱くて、入院している時の数少ない楽しみが見舞い客の世間話や根も葉もない噂話、看護婦たちの教えてくれる院内ゴシップだったのだ、ということだが、あまり褒められた趣味ではない。
 ただ、彼女はあくまでも噂話を聞くのが好きなだけで、知った情報をむやみに漏らしたりはしないのがせめてもの救いだが、しかし、今後、邑姜は安らかな気分で保健室のドアを開けることはできないだろう。
「竜吉先生、あとのことはその要項に書いてありますから、当日はよろしくお願いします」
「うむ、承知した」
 保険医がにっこりとうなずくのを確認して、呂望はぺこりと頭を下げ、ドアのところで待っている邑姜の元へと足早に歩み寄る。
「おーい、邑姜。俺は?」
 情けなさそうな、しかし面白がっているのでもあろう声で、青年が呼びかける。
 が、邑姜はつんと無視した。
「邑姜」
「いいのよ」
 背後を気にしてささやいた呂望にも、きっぱりとそう答えて。
「失礼しました」
 2人の少女は、保健室を後にした。




 4階にある生徒会室まで、長い階段を昇りながら、呂望はちらりと隣りをうかがう。
 よほど機嫌を損ねているのか、それとも単なる照れ隠しなのか、階段を踏みしめるようにして昇ってゆく邑姜の足取りは、普段よりもかなり力強い。というか、荒っぽい。
 不機嫌そうに口元をきゅっと引き締め、眉間にもかすかに皺が寄っているが、しかし目元にはうっすらと赤みがさしている。
 その表情を確認して、呂望は思い切って口を開いた。
「のう、邑姜。おぬし、前に付き合ってる人がいるようなことを言っておったが……」
 こういう時、遠回しな婉曲表現にすると、かえって邑姜は機嫌を損ねる。
 だから、あえて逃げようのない言葉で問いかけたのだが。
「────」
 邑姜は、返事もせずに黙々と、トータルで150段ある階段を昇ってゆく。
(聞くまでもない、か)
 こっそりと溜息をついて、呂望もそれに従った。
 触らぬ神に祟りなし、である。
 普段の邑姜は、利発で優しい少女だが、一旦本気で怒らせると、かなり怖い。
 彼女が自分から話してくれるまで、何も言わない方が賢明だと呂望は判断した。

 ようやく階段を昇りきって、本館の4階奥にある生徒会室に辿り着く。
 既に他の役員や委員たちは帰ったのか、それともそれぞれの持ち場でまだ仕事をしているのか、ドアは施錠されていた。
 それを開けながら、
「本当にあの人は……!」
 溜息まじりの憤慨した声で、ようやく邑姜が口を開いた。
「……来ないでくれと言ってあったのか?」
 中に入りながら、控えめに呂望は問いかける。
「まさか! 学校祭当日ならともかく、準備期間中に来るなんて思うわけないでしょう」
「そりゃそうだのう」
 でも、と呂望は思う。
 高校の学校祭を経験するのはこれが3度目だが、本番より準備中の方が楽しいといえば楽しいのだ。
 教室だけでは作業場が足りず、渡り廊下とか中庭とか、下手したら玄関の張り出した屋根の上でまでダンボールや木材を広げていたり、グラウンドで体育祭の応援合戦のパフォーマンスの練習をしたりしている様子は、見回りをしていても面白いと思う。
「本当に常識外れなんだから……!」
「でも、いい人なのではないのか?」
 現生徒会長の邑姜が、今、一番忙しい状態にあることをちゃんと分かっていて、怒りもせずにわざわざ学校まで来てくれたのである。
 しかも、
「来週に入ったら、わしらがこんな風に定時に帰るのは無理になるし……。ちゃんと、まだ少し余裕のある時に来てくれたではないか」
「──それはそうだけど……」
 呂望の指摘に、一応は邑姜も分かっているのか、語尾を弱める。
「会いたくなかったわけではないのだろう?」
「それは……」
 返答に窮したように小さく眉をしかめた親友に、鞄を手にした呂望は笑いかける。
「きっと先輩たちは下で待っておるぞ。早く行こう?」




「おー、遅いぞ」
 呂望の言った通り、2人のOBは正面玄関のところで後輩たちを待っていた。
「待っててくれなんて、一言も言ってないわ」
 だが、相変わらず機嫌を損ねたようにつんと言い返す邑姜に、呂望は革靴に履き替えながら微苦笑をこぼす。
 怒っているように見えても、目元に赤味がさしている状態では照れ隠しということが一目瞭然である。
 なんやかんや言っても嬉しいんだな、と親友の様子を微笑ましく思った。
「ハイハイ、分かったから何か食いに行こうぜ。俺、腹減った」
「腹減った、じゃないでしょう。勝手に来て、勝手なことばかり……」
「ハイハイ」
 噛み付くように抗議する少女をいなしながら、姫発はひょいと彼女の鞄を取り上げる。
「とにかく行こうぜ。食いながらなら、文句はいくらでも聞いてやるからさ」
 そして、邑姜をうながしながら肩越しに振り返って、呂望に笑顔を向けた。
「君も一緒に来なよ。変な遠慮しなくていいからさ」
「いえ、わしは──…」
「本当に遠慮しないで。君がいないと、僕が馬鹿みたいだしね」
 もう1人の青年にも言われて、呂望はそちらに顔を向ける。
 2人のやりとりを面白そうに眺めていた彼は、今は呂望に優しい笑みを向けていた。
 確かに言われてみれば、この喧嘩するほど仲がいいという格言を体現しているようなカップルと3人でお茶を飲む、というのはかなり間抜けな光景かもしれない。
 そして、カップルの方をちらりと見てみれば、邑姜が複雑そうな、途方に暮れたような顔で呂望を見つめていて。
 そのまなざしが、帰らないでくれと訴えているようで、しばし悩んだ後、呂望は仕方がないか、と腹をくくった。
「じゃあ……御迷惑でなければ」
 そう言うと、邑姜の顔がぱっと明るくなる。
 おそらく彼女は、恋人に対してここまで罵詈雑言を投げつけた手前、あっさりと2人きりになる自信がないのだろう。
 とはいえ、青年の余裕のある態度を見る限り、邑姜の心配は杞憂な気もするのだが、どうも恋人を相手にすると、彼女は妙に意地っ張りになってしまうようだから、それを心配しているのだろうと呂望は見当をつけた。
「よし、じゃあ行こうぜ」
 言って、姫発は邑姜と共に歩き出す。
 それに付いて、呂望ともう1人のOBも歩き出した。




「呂望さん、だったっけ」
「あ、はい」
 隣りを歩く青年に話しかけられて、呂望は顔を上げる。
 楊ゼンという名のOBは小柄な呂望よりも頭二つ分近く背が高く、目線を合わせようとすると、呂望はかなり顔を上へ向けることになった。
「良かったら、君の鞄、貸してくれるかな?」
「え?」
「ほら、姫発が彼女の鞄を持っていて、僕が手ぶらだと、僕が気の利かない男みたいに見えるだろう?」
「あ……」
 くいと親指で前を歩く2人を指差されて、呂望は大きな瞳をまばたかせる。
「それは……そうですね」
 彼の言うことはもっともだったが、しかし初対面の相手に自分の荷物を持たせるというのは気が引けて、一瞬、呂望は迷う。
 だが、確かに男性に恥をかかせるのは悪いかもしれない、と自分の鞄を差し出した。
「大した物は入ってませんから、軽いんですけど」
 そう断りながら手渡すと、青年はありがとうと微笑む。
「本当に軽いね」
「教科書なんかは、全部ロッカーの中ですから」
「ああ、僕もそうだったよ。あんなもの、毎日持ち歩けないよね」
 本当は、ロッカーに教科書類を置いてゆくのは禁止されている。が、誰一人として守っているものはない。
 呂望たちの学校は、有名進学校のくせに妙にのんきな校風で、日常の課題は少ないし、たとえ宿題が出されたとしても皆、朝の始業前や休み時間に大慌てで片付けているような有様だった。
 教師もまたそれを心得ているのか、「君たちは一夜漬けが得意だから」と溜息をつきつつも笑っている。
 校則もゆるく、学校祭や球技大会などの行事に力を入れている学校方針の下、生徒たちが皆、高校生活を満喫している、今時珍しい高校だといえた。

「君は副会長なんだって?」
「はい」
 保険医から聞いたのかと思いつつ、呂望はうなずく。
「面白いだろう? 地味なポジションだけど、やりがいがあって」
「はい。会長が邑姜ですから、多分、先輩の時よりは仕事が少ないとは思いますけど」
「だろうね。姫発は本当に手がかかったから。執行部会議を始める時は、まずあいつを探しに行くところからやらないといけなかったんだよ」
「何となく想像できます」
「でも、姫発にはカリスマ性があったからね。別に何をしたというわけでもないのに、同級生からも先輩からも後輩からも人気があって……。普段はロクに生徒会室にいなくても、何か行事がある時に、壇上に立ってくれるだけで生徒会長としては充分だった」
 本人に言うとつけ上がるから内緒だよ、と笑いながら楊ゼンは話す。
「彼の手綱を握りつつ執行部を仕切って、校則改正とか学校祭の予算拡大とかで先生たちとやりあうのは面白かったな」
「まるで、生徒会の陰の黒幕ですね」
「うん、自分でもそう思ってたよ」
 くすくすと笑いつつ、駅前までの道を思い出話を聞きながら歩く。
 いい人だな、と呂望は思った。




「学校祭の要項に、『床や壁等、校舎や器物にペンキを塗ったり、ステッカーを張ったりしない』って項目あるだろ? あれ、書いとかないと本当にやる奴がいるんだよ。注意しても、「要項に書いてないじゃないか」って言い返してきやがるんだ」
「昔、僕らがまだ1年だった頃に、本当にやったクラスがあってね。教室前の廊下に絵を描いてしまって……。次の年から、その項目が加わったんだ」
 駅前のドーナッツ屋で、4人は茶飲み話に花を咲かせる。
 空腹だと訴えていた姫発は、海老グラタンなどの腹の足しになりそうなドーナッツを3個、邑姜と呂望は甘いドーナッツを1個ずつ、そして甘いものは苦手らしい楊ゼンはコーヒーだけのオーダーで、少女たちの分は先輩2人がそれぞれ払った。
 邑姜はともかくとしても、呂望は自分で払うと言い張ったのだが、楊ゼンが聞く耳を持ってくれなかったのだ。しかも、財布の入った鞄は彼が持ったままで、抵抗の術がなかったのである。
 しかし、それはそれとして、今は学校際にまつわる様々な逸話で四人掛けのテーブルは盛り上がっていた。

「そういえば、この前、用務員の小母さんに昔、準備のために校内にこっそり居残ろうとした生徒を発見して、グラウンドを追い掛け回してた太乙先生がアキレス腱を切っちゃった、って話を聞いたんですけど……」
「ああ、そりゃ本当」
「もう5年前の話だけどね。大騒ぎだったな」
「そうそう。運動不足のくせに張り切るからさ〜。救急車を呼ぶ羽目になって、俺たち生徒会までとばっちりで怒られたんだ。おまえたちが生徒を煽るからだって」
「別に煽ったんじゃなくて、たまたま、あの年の生徒はノリが良かっただけなのにな」
「だよなー」
「実際、学校祭は大成功だったし」
「あれ以上のものは多分、もう誰にもやれないよな。高校なら、あの規模が限度だろ、予算的にも」
「多分ね。本当によくやったなぁと、自分のことながら今でも思うよ」
 先輩たちの話を、感心しながら後輩たちは聞く。
 ついでに、具体的な学校祭の運営方法──トラブルが起こりやすい事柄や、一般開放日の来場者のさばき方、また夏休み終了直後から大騒ぎが続き、迷惑をかけているだろうご近所への対応などについて、質問を重ねる。
 それらに先輩たちは丁寧に応じ、またたく間に楽しい時間は過ぎていった。




「すっかり遅くなったけれど、時間は大丈夫?」
「はい。近頃、学校祭の準備でいつもこんな時間ですから」
 地下鉄の駅へと階段を下りながら、呂望は楊ゼンに応じる。
 午後6時で学校は施錠され、いかなる理由があろうと生徒は追い出されるのだが、それまでに仕事が終わらない時、執行部役員はいつも、このドーナッツ屋で討議の第二ラウンドを繰り広げるのである。
 これは、生徒会執行部の昔からの伝統で、姫発や楊ゼンもまた、かつてはこの店の常連だったのだ。
「まぁ、泣いても笑っても当日まであと少しだからね。頑張って」
「はい」
 うなずき、そして呂望は前を歩く姫発と邑姜の2人に視線を向けた。
 ドーナッツ屋で話をしている間に彼女の不機嫌はどこかへ行ってしまったらしく、今は楽しげに言葉を交わしている。
 ある意味、馬鹿馬鹿しい状況ではあったが、それでも微笑ましい気分で呂望は2人を見つめた。

 と、その時。

 邑姜の顔をのぞき込むようにして、何かを言った姫発に。
 彼を見上げた邑姜がふわりと微笑む。

 その甘やかな笑顔に、呂望は思わず息を飲んだ。

 更に。
 呂望の視線に気付いたのか、姫発がこちらをちらりと振り返って。
 少し照れたように、だが、とても優しい瞳で笑った。


「どうしたの?」
 隣りから声をかけられて、呂望は我に返る。
 が、まだ半ば呆然とした感覚は抜けきっておらず、前方の2人にまなざしを向けたまま呟く。
「あんな風に笑う邑姜、初めて見た……」
「ああ……」
 楊ゼンもまた、見ていたのかうなずいた様子だった。
「なんか……すごい……」
 呂望の知っている邑姜は、いつも冷静で、彼女が無邪気に微笑むのは、それこそ呂望と2人だけの時など、本当に気を許している相手といる時だけに限られる。
 だが、親友であるはずの呂望でさえ、あんな風に甘く、可愛らしい表情は見たことがなかった。
 そして。
 姫発の瞳。
 あんなに優しい男性の瞳も、これまで見たことは一度もない。


 一目見ただけで分かる。

 2人が今、恋をしていて、どんなに互いを大切に想っているか。


「僕も、あんな姫発は初めて見たよ」
「え……」
 見上げた呂望に、楊ゼンは微笑を向ける。
「姫発があんな優しい瞳をできるなんて、知らなかった」
「そう、なんですか」
「うん」
 うなずいて、楊ゼンは前方を歩く2人を見やった。
「すごくいい感じだね、あの2人は」
「わしもそう思います」
 素直に応じた呂望に、楊ゼンは穏やかな瞳を向ける。


 その優しい色合いが。
 呂望の心に強く印象に残った。






to be continued...










いうわけで、久しぶりの女の子師叔です^^
この話は、10000HITを踏まれた藍羅様のリクエストによるものですが、詳しいリク内容は最後まで秘密。とりあえずは、2組の恋模様(片方はまだ始まってもいませんが)をお楽しみ下さい。
なお、姫発と楊ゼンは現在、大学3年生(多分、K應あたり)、邑姜と呂望は高校3年生、セーラー服の美少女コンビですvv
でも、やっぱり学園物は楽しいですね!! 学校祭や生徒会についてはほとんど実体験を元に書いているので、なんというか、設定に関して何も考える必要がないのが気楽。書き始めたら、完成まで本当にあっという間でした。

さて、今回は発×邑がメインでしたが、次からは本命の楊×太がクローズアップされますので、どうぞ御期待下さいね〜^^





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