Spring Moon 4








 ずっと繋がれたままの手が気恥ずかしくて、さりげなくほどこうとすると、途端に握る力が強くなり、やんわりと引きとめられる。
 既に宵の口も過ぎたモノレールの車両内はガラガラで、誰かに見咎められる可能性はほとんどない。けれど、それとこれとは別、と太公望は隣りに座る青年を軽く睨んだが、彼は気にする様子もなく甘やかに微笑した。
 それどころか。
「!」
 手を捕らえたまま、彼の指がすうっと太公望の手の甲を撫でる。
 ただそれだけのことに、ぞくりと震えが背筋を駆け抜けた。
 慌てて今度こそ本当に手を取り返そうとしても、やはり力は緩まず、まなざしをきつくしても指先の悪戯はやまない。
 かすめるかかすめないかの際どさで、手の甲を形のいい指先に繰り返し撫でられて。
「楊ゼン…っ!」
 小さな声で咎めるように名を呼んだ声も、かすかに震えてしまう。
 と、楊ゼンがくす…と微笑った。
「何だかいいですよね」
「何が…っ」
「これだけで感じてしまうなんて、すごく可愛いですよ」
「!!」
 途端に羞恥と憤りで真っ赤になった太公望は、空いている方の手で楊ゼンの肩から流れる長い髪を力任せに引っ張る。
「馬鹿っ!」
 瞳が潤んでしまうほど怒りながらも、周囲を気にして小声で罵声を投げつける年上の恋人の可愛らしさに、楊ゼンは容赦なく髪を引っ張られる痛みに眉をしかめつつ、苦笑した。
「あんまり可愛い顔しないでくれませんか。理性が利かなくなります」
「ダアホっ!!」
 小さく叫んだ唇を、かすめるようなキスですばやく奪う。
「楊ゼンっ、ここをどこだと…!!」
「安全確認は怠ってませんよ」
「嘘つけ!! ではなんで、あんなにも目撃者がいるのだ!?」
「ああ、あの方たちにはね」
「何だ」
「──まぁ、言ってみればサービスかな。心配性でお節介焼きな方々への」
 その返答に。
 太公望は涙目になったまま、年下の恋人に容赦ない平手打ちを食わせようとして。
 振り下ろした左手を、すばやくつかまれる。
「離せ…っ!!」
「嫌です。あなたが何と言おうと、僕はあなたを離したりはしませんよ」
 甘く低い声と共に、楊ゼンは太公望の腰を強く抱き寄せて口接けた。





「──っ、楊…」
 マンションのエントランスを抜け、二人きりのエレベーターの中で深い口接けを交わして。
 もつれあうように部屋の鍵を開けて、中に入る。
 靴を脱ぐのももどかしく、楊ゼンは何度も繰り返されるキスに力を失いかけている華奢な躰を抱き上げた。
「…シャワー、くらい……」
「後で」
 濡れた唇にまた口接け、甘い舌を深く絡め取る。
 そして、たどりついた寝室のベッドに太公望を下ろし、楊ゼンは着ていた薄手のジャケットを脱ぎ捨てた。
 自分もベッドに上がり、浅く息をついている太公望の前髪をそっと撫でるようにかきあげてやる。
 ゆっくりと開いた深い色の瞳は、既に甘く潤み始めていて。
 誘われるように、目元にキスを落とし、唇を重ねる。
 何度キスをしても足りなくて、甘い唇を貪るように隅々まで舌を這わせ、濡れた舌や唇を甘く噛みながら、シャツ越しにもう熱くなりはじめている肌を撫でる。
「──っん…!」
 過敏な胸元を引っかくように軽く爪を立てると、華奢な躰がのけぞった。
 何度も爪弾いてやるだけで、切なげな吐息が零れ落ち、薄い布越しでもはっきりと分かるほど、小さな尖りが反応しているのに含み笑いながら、楊ゼンは細い首筋に口接けた。
 薄い肌はさらさらとやわらかく、軽く吸い上げるだけで簡単に薄紅の痕が残る。それを楽しむように、なまめかしい所有印を楊ゼンは白い肌に幾つも刻んでゆく。
「ぁ…や……」
「嫌じゃないでしょう?」
 シャツのボタンを外すと、綺麗に浮いた細い鎖骨が現れる。ごく軽く歯を立てると、びくりと太公望は躰を震わせた。
「我慢、しなくてもいいですよ」
 切なげに眉をひそめて顔を背ける想い人に甘くささやきかけながら、楊ゼンはシャツのボタンをはずしてゆく。
 布地の間から見え隠れする白い肌がひどく扇情的で、誘われるままに何度も口接けては所有の証しを刻印する。と、そのたびに、かすかな甘い吐息を零して震える太公望が愛しくて、楊ゼンはふと愛撫の手を止め、彼を見下ろした。
 カーテンを下ろすのを忘れたままの窓から差し込んでくる月光に照らされた華奢な躰は、まるで無垢な少女のような清純さでありながら、見え隠れするほのかな艶が楊ゼンを強く誘う。
 思わず見惚れた時、その視線を感じたのか、太公望が瞳を開けた。
「……ぁ…」
 己の躰を見つめる恋人の視線に、上気した頬に羞恥の色が浮かぶ。
「……見るな……」
 戸惑い、視線を逸らしながら、肌を隠そうと動いた両手を楊ゼンは捕えた。
「隠さないで……」
 両手首をやんわりとベッドに縫い止め、羞恥に泣き出しそうな色を浮かべている瞳を見つめて、甘く微笑する。
「すごく綺麗ですよ。だから、隠さないで下さい」
「た…わけ……」
「本当です」
 反論をさえぎるように薄く色付いた唇に口接け、舌を絡めれば、それでも太公望は素直に応えてくる。未だにぎこちなさの消えない、その拙さが愛しくて楊ゼンは華奢な躰を強く抱きしめた。
 シャツ越しに細い背筋をゆっくりと撫で、その刺激に震えて逃げようとする躰を胸元に口接けることで制止する。
「……っ…やぁ……!」
 何度も優しく背筋に指を這わせながら、硬くしこり始めた小さな尖りを執拗に舌で転がし、吸い立てる。
「もっと感じて下さい……師叔……」
 ひどく感じやすい胸元への愛撫を止めないまま、背筋を嬲っていた手をゆっくりと下ろしてゆき、手早くズボンのボタンを外して脱がせてしまう。
 そして、シャツの裡へと滑り込ませた指先で、細腰の窪みを繰り返し嬲る。と、触れるか触れないかの産毛を撫でるようなその刺激に、太公望は大きく躰をのけぞらせ、甘い嬌声を上げた。
 そして、更に楊ゼンは空いている手で、もう片方の胸の尖りをいじる。
 ほのかに甘く色付いたそれを爪弾くように刺激し、指の腹で転がして、硬くしこったところを摘み上げ、指先でくりくりとしごく。
「ひぁ…っ……やめ……っ」
 同時に、もう片方の胸の尖りをも甘く噛まれ、先端を舌先でつつかれて、太公望の悲鳴に泣き声が混じった。
「あ……や…っ、よ…ぅ…ぜ……!」
「まだですよ」
 楊ゼンの長い指が、背筋から腰にかけての性感帯を執拗に這い回る。
 まるで羽で撫でるような微妙なタッチで、腰の窪みを何度もかすめられて、太公望はその総毛立つような感覚に耐え切れず、びくびくと華奢な躰を跳ねさせた。
「ねぇ、師叔」
 刺激され続け、ぴりぴりするほど感じやすくなっている小さな尖りを舌先で転がしながら、楊ゼンは甘くささやく。
「最初はこのまま、達って下さい」
「……え……ぁ…んっ」
「これだけ感じやすいんですから、簡単に達けるはずですよ」
 もう片方を爪を立てるように軽く何度もひっかかれて、細い首筋が綺麗な線を描いてのけぞる。
「ぁ……やぁ…っ!」
 胸元と、背筋と。
 過敏な箇所を同時に嬲られて、逃れようとするかのように楊ゼンの肩に爪を立てながら、太公望は途切れ途切れの悲鳴を上げた。
「師叔……」
 過剰な感覚におののく敏感な躰を、あやすようにやわらかな愛撫で狂わせつつ、ゆっくりと追い詰めてゆく。
「ひ…ぁ……もぅ……やだぁ…っ」
「我慢しないで……。こうされるのは気持ちいいでしょう?」
 すすり泣きながら哀願する声を無視して、楊ゼンはなおも執拗にやわらかな肌を嬲る。
 そして、びくりと震えて大きくのけぞった胸元の、紅い小さな尖りを軽く噛んだ途端。
「っ、や…、───っ!!」
 声にならない声を上げて華奢な躰がぴんと張り詰め、やがて、がくりと脱力するようにシーツに沈み込んだ。
「……ぁ…、」
 強引に昇りつめさせられて、しゃくりあげるように喘ぐ、太公望の涙がにじんだ目元に楊ゼンは優しい口接けを落とす。
「師叔」
 もう何度も夜を重ねたのに、いまだにどこか物慣れない様子で乱れる恋人がひどく愛しく思えて。
 楊ゼンはキスを繰り返して、甘い唇を優しく奪った。
「───…」
 何度目かの深いキスの後、切なげな吐息をもらして太公望が目を開ける。
 その涙で潤んだ深い色の瞳に、無体を責めるように睨み上げられて、楊ゼンは微苦笑した。
「辛かったですか?」
「────」
 問い掛けると、無言のまま更に責める色が濃くなる。
 だが、それは上半身への愛撫だけで昇りつめてしまったことへの羞恥も多分に混じっていることを楊ゼンは承知していたから、宥めるように太公望のやわらかな前髪をそっとかき上げた。
「すみません。あなたがあんまり可愛いから、少し意地悪したくなったんです」
「たわけ……っ」
 ようやく聞くことができた声は、甘くかすれていて。
 更にいとおしさをかき立てる。
「ごめんなさい。もっと気持ちよくしてあげますから、許してくれませんか?」
「ダアホっ!!」
 咄嗟に上がりかけた左手をすかさず捕えて、細い手首にちゅ…、とキスを落とす。
「気持ちいいことは嫌いじゃないでしょう?」
「嫌いだっ!!」
「嘘ばっかり」
 楊ゼンの声に、くすくす笑いが混じる。
「今度は、あなた一人で達かせるような真似はしませんから」
 暴れる華奢な躰を巧みに押さえ込み、頬や首筋にやわらかな口接けをいくつも降らせながら。
「一緒に気持ちよくなりましょう?」
 甘く楊ゼンはささやいた。




 耐え切れない、と太公望は悲鳴を上げるように思う。
 もうずいぶん長い間、その愛戯を受け続けているのに、楊ゼンは一番過敏な箇所にはほとんど触れようとしなかった。
 そんな決め手のない愛撫はひたすらにやわらかく執拗で、今も、濡れた舌で躰の一番奥をしつこいほどに嬲られ続けて、羞恥と快楽に躰が震えるのを止めることができない。
「も…嫌…っ……楊ゼンっ…!」
 固く閉じていたそこを解きほぐすようにやわらかな舌が何度もつつき、時折、中へと侵入してくる──その感覚がたまらなくて、太公望はすすり泣きながら哀願するように恋人の名を呼んだ。
 長い間焦らされ続けて、躰の芯でくすぶっている熱がひどく苦しいのに、それをどう訴えればいいのか分からなくて。
 甘過ぎる苦悶に翻弄されるまま、ただシーツに爪を立てることしかできない。
「…ひっ…ぁ……やぁっ!」
 不意に、舌よりもずっと硬く確かな質感を持ったもの──指を挿し入れられて、背筋を快感が突き抜ける。
「……嫌、じゃないでしょう?」
 長い指が淫らな音を立てながら、ごく浅い部分をかき回す。
「すごく喜んでますよ、あなたのここ……」
「ぁ、ん……ッ…」
「前には全然触ってないのに、ね」
 巧みに指を使われて、躰の奥を苛む疼きが更にひどくなる。
 それをどうすればいいのか分からず躰をよじった太公望の、そらされた胸元の小さな尖りを楊ゼンの歯が軽く噛んだ。
「…っ、やあぁっ!」
 込み上げた目の眩むような快感に、脳裏を白く灼かれる。
 そのまま最後の階段を駆け上ろうとしたその刹那。
「───ぁっ!!」
 楊ゼンが指を抜いた。
「や…嫌ぁ……っ」
 快楽の頂点まであとほんのわずかというところで、突然すべての刺激を奪い去られ、太公望は、解放のきっかけを見失い、狂乱する熱を持て余して悲鳴をあげる。
 どうして、と詰るように泣き濡れた瞳で、自分に覆い被さっている男を見上げれば、そのまなざしを、楊ゼンは目を逸らすことなく受け止めた。
「──どうして欲しいですか?」
 甘やかな色の瞳が、狂おしいほどの熱を秘めて太公望を見つめる。
「僕にどうして欲しいですか、師叔」
 咄嗟にはその言葉の意味を理解できなかった太公望に、楊ゼンは繰り返して問いかけた。
「楊…ゼン……?」
 長い指が、ゆっくりと太公望の汗に濡れた前髪を梳き上げる。
 そのままの静かな動きで、楊ゼンの手が首筋から肩、胸元から肉付きの薄い腹部へと這い降りてゆく。
「あ…っ…」
 やはり中心は避けて、しどけなく開かれたままのほっそりとした脚を撫で、その奥へとたどりつく。
 長い間、執拗な愛戯にさらされていたそこはもう蜜にまみれ、しとどに濡れていて、表面をかすめる指先が、くちゅ…と淫靡な水音を立てた。
「…ぁ…や……!」
 ひくりとそこが楊ゼンの指に反応するのを、太公望は自覚する。
 入り口付近をくすぐるような曖昧な刺激が、かえって最奥の切ない疼きをどうしようもないほどに膨れ上がらせてゆき──。
 その感覚に耐え切れず、快楽を求める本能のままに、誘いかけるように細い腰が揺れる。
「い…や……楊ゼンっ!」
 とめどもなく湧き上がる激しい疼きにたまりかねて名を呼ぶと。
「嫌なら止めましょうか?」
 低い声が、甘くささやきかけた。
 そして、その言葉のとおり、表面を嬲っていた指がすいと遠のく。
「ぁ…やっ…!」
 かすかな刺激さえも奪われて、焦れた腰が更に淫らな動きを見せる。
 蕩けきった躰は渇えたように強い刺激を──逞しい熱を欲しがっていて。
「楊…ゼン…っ」
 どうすればこの甘過ぎる苦痛から逃れられるのか分からず、太公望は喘ぎながらすすり泣いた。
「──どうして欲しいんです?」
 薄紅く染まった耳元に、またもや低い声がささやかれて。
 太公望は泣き濡れた瞳を開ける。
 重たげに濡れた睫毛を震わせながらまばたきした拍子に零れ落ちてゆく涙を、楊ゼンの唇がそっとぬぐった。
「言って下さい、師叔。僕にどうして欲しいですか?」
「────」
 重ねて問われて、太公望の瞳に羞恥と戸惑いの色が滲む。
 途方に暮れたような頼りなげな表情に、楊ゼンがふと微苦笑を零した。
「一言で、いいんです」
 年上ではあっても、こういうことにはまったく不慣れな恋人に、言い聞かせるように楊ゼンは言葉を紡ぐ。
「僕を欲しがって下さい。そうすれば、僕はあなたが求めているものをすべてあげられる」
「───…」
 乱れた呼吸に浅く胸を喘がせながら、戸惑い迷うように太公望がまばたきを繰り返す。
 その濡れて紅くなった目元に、楊ゼンは口接けを落とした。
「師叔……」
 ささやくように呼ぶその声さえも、身の裡の熱を煽って。
 込み上げる熱い疼きと切なさに耐えかねて、太公望は目を伏せる。
「師叔」
 ささやく声が、ゆっくりと下へ降りてゆき、首筋に、鎖骨に、そして胸元に口接けられて、躰中が切なくおののきながら甘く蕩けてゆく。
「…ひぁ…っ」
「どうして欲しいですか」
 濡れた舌が紅く染まった尖りをつつき、優しく転がすその刺激に、どうしようもなく甘く、鋭い感覚が背筋を突き抜けて、太公望は思わず楊ゼンの肩に爪を立てた。
「よぅ…ぜん……っ!!」
 けれど、限界を知り尽くした相手の加減した愛撫は決して解放はもたらさず、奔流のような欲望だけが、出口を求めて躰の中を荒れ狂う。
 尽きることなく込み上げてくる熱い疼きに、どうにかなってしまいそうで。
「……もぉ…嫌ぁ…っ…!!」
 こらえきれず、泣き濡れた声で悲鳴を上げた太公望に、楊ゼンはようやく意地の悪い愛撫を止めた。
「師叔……」
 わずかに身を起こし、見下ろす楊ゼンのまなざしの先で、しゃくりあげる太公望の薄く色付いた唇がためらうように震える。
「────」
 情欲を色濃く映した瞳で恋人を見上げて、けれど、身の裡の欲望を言葉にすることはどうしてもできなくて。
 濡れた瞳が泣き出しそうな色を帯びる。
 けれど。
「一言でいいんですよ?」
 僕を誘って下さい、と響きのいい低い声が根気よく誘いかける。
 その言葉に、小さく熱い吐息を零して。
「師……」
 太公望は、思い切ったように両手を伸ばして楊ゼンの肩から流れ落ちた長い髪を引き寄せ、口接けた。
 唇を重ね、おずおずとためらいがちに舌を伸ばして楊ゼンの唇をつつき、開かれた隙間から中へと滑り込ませる。
 ひどく拙い動きながらも、彼が教えてくれたやり方で舌を絡め取り、やわらかく愛撫する。
 予期せぬ太公望の行動に一瞬、驚いて目をみはった楊ゼンも、微苦笑して目を閉じ、ぎこちないが懸命に施される舌戯に応えた。
「──っ…ん…」
 あっという間に煽るはずが逆に煽られる形になって、太公望の喉からくぐもった喘ぎが零れる。
 角度を変えながら、何度も何度も繰り返し上顎を優しく撫でさすられ、舌や下唇をごく軽く甘噛みされて、限界まで追い詰められた躰がびくびくと跳ねる。
 そして、執拗なキスに脳裏が白く痺れたようになった頃、ようやく楊ゼンは太公望を解放した。
「──ぎりぎり合格ということにしてあげますよ」
 笑みを含んだ声が、目を閉じたまま切なげに喘ぐ太公望の耳にささやきかける。
「でも、夜はまだこれからですからね」
 その言葉と共に。
「───え…?」
 優しい動きで躰を抱き起こされて。
 戸惑いの表情で目を開けた太公望に、楊ゼンは艶やかな微笑を向けた。
 ベッドの上で向き合い、しゃくりあげるように細い肩を震わせる太公望の泣き濡れた瞳にまなざしを合わせる。
 その深い色は、ひどく切なげに揺れていて。
 まだ何かを求められるのかと不安げな表情になった恋人に、
「今夜は、あなたが僕を欲しがって下さい」
 楊ゼンはこの上なく甘く優しい声でささやいた。





「肩に手をかけて……そう…」
 焦れきった躰は、もう何一つ抗うことができなかった。
 ともすれば崩れ落ちそうになる躰を楊ゼンの腕に支えられつつ、導かれるままに太公望は腰を浮かせ、楊ゼンの腰をまたいで膝立ちの体勢になる。
 初めての体位にひどく戸惑い、羞恥に泣き出しそうな瞳で太公望が目の前の楊ゼンの瞳を見つめると、彼は甘やかな微笑を滲ませた。
「大丈夫ですから」
 そして、宥めるように唇に触れるだけのキスをする。
「力を抜いて……ゆっくり……」
 腰を下ろすように、と促されて、楊ゼンの肩に掴まった太公望の手にきゅっと力が入る。
 けれど、熱く込み上げる疼きがこれ以上の逡巡を許さず、固く目を閉じて、太公望はその言葉に従った。
「──ぁっ…」
 熱いものが最奥に触れて、華奢な躰がびくりとすくむ。
 本能的な怖れと、紙一重に存在する快楽への期待に戸惑い、太公望は閉じたはずの瞼を開いて、楊ゼンを見つめる。
 が、楊ゼンはまなざしを受け止めるだけで、何も答えようとはしなくて。
「楊ゼン……」
 途方に暮れて名を呼ぶと、返事の代わりに腰を支えていたはずの指が、つと背筋をなぞるように動いた。
「…っ……!」
 不意の刺激に太公望の躰が大きくのけぞり、がくりと膝が崩れそうになる。
「我慢しないで」
 甘い微笑を含んだままの声で、唇を噛みしめる太公望に楊ゼンがささやく。
「我…慢して…るわけでは……!」
「我慢でしょう?」
「…ぁ…やっ」
 今度は、逆に細い腰からやわらかな双丘の狭間へと指が滑り降りる。
「嫌ぁっ!」
 形の整った指先が、無防備に開かれた箇処に浅くもぐりこみ、しとどに濡れたそこを軽く刺激する。
 その感覚に耐え切れず、太公望は楊ゼンの首筋に額をすりつけるように顔を伏せた。
「ね、師叔。何とかしないと、いつまででもこのままですよ」
「馬…鹿……っ」
 罵倒する声さえも、頼りなく震えて。
 肩にすがった手が、抗議するように細い爪を立てる。
「師叔」
 ゆっくりとした浅い指の動きで秘処を犯しながら、楊ゼンはささやきかけた。
「僕が欲しくないんですか……?」
 焦れきったそこはひくひくとおののきながら楊ゼンの指に絡みつき、蜜をあふれさせて更なる快楽をねだる。
 すすり泣くような声を上げる太公望の背筋が、どうしようもないほどに震えていて。
「…ぁ…もぅ……分か……たから…っ!」
 悲鳴をあげるように太公望は愛撫の制止を請うた。
「も…ぅ…やめ…っ……」
 その言葉に。
 楊ゼンは微笑未満の表情を浮かべて愛戯を止め、ゆっくりと指を抜いた。
 そして、すがりつくように肩口に顔を伏せたままの太公望に、顔を上げるようそっとうながす。
「───…」
 やわらかく髪を撫でられて、少々ためらうようなわずかな間をおいてから、大きく肩を震わせながら、ゆるゆると太公望は顔を上げる。
 上気して泣き濡れたその切なげな顔を、楊ゼンはこれ以上ないほどに深い愛おしさをにじませた瞳で見つめた。
「──怖がることなんて、何もないんです。欲しいものを欲しいと……そう言うのは間違ったことじゃない」
 ささやかれた低い言葉に、まばたきした太公望の大きな瞳から涙が零れ落ちる。
 その涙を楊ゼンは唇で受け止めて。
 そして優しい羽のようなキスをいくつも降らせた後、ゆっくりと唇を重ねた。
 薄く開かれた隙間から舌を滑り込ませ、やわらかく口腔を愛撫すると、ためらいがちな舌が、おずおずと熱を求めてくる。
 楊ゼンは焦らすことなく求めに応え、互いに深く舌を絡め、求め求められる口接けの甘さに、二人はともに我を忘れて夢中になる。
 何度も角度を変えながら存分に触れ合い、とろけきったところでようやくキスを終えて。
 唇を離し、ぼんやりと霞みがかったような太公望の深い色をした瞳を、楊ゼンは至近距離から見つめた。
「師叔……」
 そして、促すように深い想いのにじんだ声で呼ぶと。
 太公望は切なげに瞳を揺らしてから、小さくうなずいた。




「…あ…んッ……」
 ゆっくりと、しかも己の意思によって躰を拓かれてゆく感覚に、太公望の唇から甘く細い嬌声が零れる。
 楊ゼンの手が腰を支えていなければ、即座に崩れ落ちると確信できるほどに全身が激しくおののいていて。
「ひぁ…っ!」
 狭い箇処がずるりと一番太い部分を呑み込み、その衝撃に華奢な背筋が震える。
「まだ先が入っただけですよ。ゆっくり息を吐いて……」
「ぁ……だ…めっ…」
 しゃくりあげるように乱れた呼吸を紡ぎながら、切れ切れに太公望は限界を訴える。
 楊ゼンのものを含んだ部分から湧き上がる疼くような深い快感に、体重を支えている膝が、がくがくと震えている。
 ほんのかすかにでも動いたら危うい均衡が崩れてしまいそうで、最奥の切ない疼きに苛まれながらも、太公望はこれ以上身動きすることができなかった。
 だが、肩口に顔を伏せるようにして細くすすり泣いている太公望の背筋を、楊ゼンは容赦のない優しい指の動きで撫でる。
「やっ…ぁ……楊ゼン、やめ…っ!」
 ごく感じやすい細腰の窪みをやわらかく刺激されて、太公望の躰がびくりとのけぞる。
 その動きで目の前に晒される形になった、胸元の小さな尖りに楊ゼンは口接け、甘く歯を立てる。
「ひっ…!」
 背筋を突き抜けた鋭い快感に躰が跳ね、そのはずみで膝がシーツの上を滑って。
「──やああぁっ!!」
 一瞬支えを失った躰は重力に引かれるまま、抗う術もなく猛々しい熱塊に最奥まで一息に貫かれた。
「いゃ…いやぁ……っ…!」
 その許容限界を超えた衝撃に、虚ろに焦点を失った瞳から涙をぽろぽろと零しながら、太公望は喘ぐようにかすれた悲鳴をあげる。
「師叔……」
 やわらかな箇所に深々と楔を穿たれて、かわいそうなほどに激しくおののく躰を抱きしめ、楊ゼンは宥めるような口接けを繰り返す。
「………よ…ぅ……」
 と、ほどなくわずかに正気づいたのか、太公望の瞳がゆらりと揺れて楊ゼンを捉えた。
「──楊…ゼン…っ……」
 挿入の衝撃が強すぎて解放できなかった熱をいまだ持て余したまま、最奥までを求めていた熱いものに満たされて。
 腰がとろけそうな快感が、深く熔け合った箇所から湧き上がってくる。
 その激しい疼きを自分ではどうすることもできず、太公望は細い声で名前を呼びながら恋人にすがりついて、泣きじゃくった。
「師叔、泣かないで……」
 そんな太公望に、いとおしさと微苦笑が入り混じった表情で、楊ゼンは乱れたやわらかな髪に頬を寄せる。
「このままじゃ辛いでしょう? ちゃんと最後までしてあげますから……」
 限界まで拓かれたやわらかな粘膜は、痙攣するようにひくひくと蠢きながら己を穿つ逞しい熱に絡みつく。
 その繊細な動きを甘く感じながら、楊ゼンはゆっくりと腰を揺らした。
「やぁ…ッ…」
 途端に、太公望の嬌声が甘くはじける。
 激しく抽挿するのではなく、ひたすらにやわらかく粘膜を交わらせるような動きに、たとえようもない快感がとめどもなく湧き上がってくる。
「…ひぁ…ん……よぅぜ…っ…」
 いつしか太公望は楊ゼンの動きに合わせて腰を揺らし始め、楊ゼンが動きを止めても、そのまま快楽を求めて躰を揺らめかせ続ける。
 更に、それだけでは足りないというかのように、切なげにすすり泣きながら楊ゼンの肩に爪を立てた。
 その小さな痛みを甘く感じながら、楊ゼンは太公望の細い首筋に口接ける。
 そして、片手で華奢な腰を抱きながら、もう片方の手で、紅く色づいて誘う胸元の小さな尖りを爪弾くように優しく引っかいた。
「あ…ッ……!」
 過敏な箇所を刺激されて、やわらかな内襞がびくりと楊ゼンのものを締めつける。
 快楽におののく躰を逃さないよう腰に回した腕で引きとめながら、楊ゼンは更に舌と指を使って太公望の薄い胸を嬲った。
「いや…っ……楊ゼン…っ!!」
 躰の奥深くまで楊ゼンの熱を含まされたまま、やわらかな愛撫を受けて、快感がそのまま繋がり合った箇所へと伝わってゆく。
 だが、限界まで追い詰められ、焦れきった躰には、その神経が蕩けそうな深い快楽はむしろ甘過ぎる拷問で、躰を苛む切なさに耐え切れずに太公望は甘い声をあげてすすり泣いた。
「……も…ぅ…やだぁ…っ…」
 哀願するような細い声に、敏感な尖りをやわらかく歯で擦り立てていた楊ゼンは小さく含み笑う。
「──まだ何もしてませんよ。あなただって、ちっとも満足してないでしょう?」
「───…」
 ささやかれた言葉の意味を朧気ながらも把握して、弱々しくかぶりを振った太公望に、楊ゼンは微笑しながら華奢な腰を支え直し、
「嘘は駄目ですよ」
「───ひぁっ!!」
 ひくひくと慄え続けている熱い粘膜を、ゆるく突き上げた。
「っ…やぁっ、……あぁんっ!!」
 最奥を突かれ、やわらかな内襞を擦り立てられる快感に全身を灼かれて、太公望の口から悲鳴じみた嬌声がほとばしる。
 眩暈がするほどの深い愉悦に泣きじゃくりながらも、淫らに蕩けきった躰は己を貫く律動に合わせて揺れ始めて。
「もっと動いて……。いいですよ、すごく」
 熱を帯びた低い声も、もう耳に届かないまま、太公望はひたすらに快楽だけを追い求め始める。
 ほどなく楊ゼンが動きを止めても、蕩けきった粘膜は歓喜するようにとめどもなく蜜をあふれさせ、ぐちゅ…じゅぷ…と淫猥な音を立てながら逞しい熱を根元まできつく咥え込み、更に奥へと誘い続けた。
 やがて。
「ぁ…や……もぅ…っ…駄目っ…!」
 息も絶え絶えに喘ぎながら太公望が感極まった悲鳴をあげる。
 淡い桜色に染まった華奢な躰をがくがくと震わせ、楊ゼンの胸にすがりつくように顔をすりよせてきて。
「──どうしました?」
 甘い声で楊ゼンが問いかけても、肩を震わせて細くすすり泣きながら、弱々しくかぶりを振るばかりで。
「……感じ過ぎて、もう動けない?」
 微笑を含んだ問いに、少し逡巡した後、太公望は顔を伏せたまま、しゃくりあげるように小さくうなずいた。
 恥じらいながらも快楽の疼きに苛まれてすすり泣く恋人を愛おしげな瞳で見つめ、楊ゼンはそっと頬に手を添えて顔を上げさせる。
「───師叔…」
 桜色に上気した目元に甘い艶をにじませ、躰を苛む疼きに耐えかねているのか、時折、泣き濡れた深い色の瞳を切なげに揺らしながら瞼を伏せ、そしてまたすがるように楊ゼンを見上げることを繰り返して。
 繰り返されるキスに薄紅く染まった唇も、艶やかに濡れて甘く楊ゼンに誘いかける。
「太公望師叔……」
 どこもかしこもこの上なく扇情的な色香を漂わせているのに、十代後半にしか見えない外見のせいか、何故か聖性とでも呼びたいような清純さがこの期に及んでも消えていなくて。
 その清澄な艶やかさにしばし見惚れながら、楊ゼンはひどく大切なものに口接けるように太公望の額や瞼、やわらかな頬に羽のように優しいキスを幾つも降らせた。
「───楊ゼン…」
 それから、甘い声で名を呼んだ唇を己の唇でそっと塞ぐ。
 触れるだけのついばむようなキスを繰り返し、薄く開かれた唇の隙間から軽く舌先だけを触れ合わせ、角度を変えながら少しずつキスを深めてゆく。
 やわらかく歯列をなぞり、過敏な上顎を優しく撫でて深く舌を絡ませ、時折誘い出しては甘く歯を立てて刺激する。
 肩にすがっていた太公望の手が背中に回るのを感じながら、楊ゼンは折れそうに細い華奢な躰を抱きしめて、ゆっくりとベッドの上に押し倒した。
「──っ…ん…!」
 従順に応えていた太公望の舌が、やがて力を失ったようになすがままになり、猛々しい熱塊を受け入れているやわらかな粘膜が切なげにおののくのを感じながら、なおも甘い口腔をむさぼる。
 そして、思う存分やわらかな唇を味わった後、ようやく楊ゼンは恋人を解放した。
「……は…ぁ…」
 乱れきった呼吸に浅く喘ぎながら、太公望はゆっくりと瞳を開けて楊ゼンを見上げる。
 その瞳に、すがりついて泣き出したいような色がにじんでいるのを見とめて、楊ゼンは、汗に濡れて額に張り付いたやわらかな前髪を優しくかきあげてやる。
「……すみません、師叔」
 太公望を見つめる楊ゼンの瞳にも、狂おしいほどに切ない色が浮かんでいて。
「もうこれ以上、意地悪はしませんから……何も考えないで、僕だけを感じて下さい……」
 まばたきする太公望の深い色の瞳が、切なげに揺れる。
「愛してます」
 低く、真摯な声で想いを紡いで。
 太公望の華奢な首筋に、そっと口接けを落とす。
 そして、その感覚に太公望が小さく息を詰めたのを合図に。
「───ああっ!!」
 楊ゼンはゆっくりと動き始めた。
 熱く蕩けた粘膜をやわらかくかき回し、己の存在を灼きつけるように最奥まで深く律動を刻む。
「ひぁ…っ……あっ…ぁ…んっ…」
 そこから生まれる甘過ぎる愉悦に、太公望は細い嬌声を上げながらすすり泣いた。
 長い間焦らされ続けた柔襞は、ようやく与えられた快感に狂喜するように蠢き、更に奥へと楊ゼンの欲望を誘って。
 逞しい律動に合わせて、じゅぷ…くちゅ…と淫猥な水音を立てながら、とろとろと蜜をあふれさせる。
「いゃぁ…っ……ぁ…よぅ…ぜん…っ」
 受け止めきれない快楽に、太公望の細い首が綺麗な線を描いてのけぞり、立てていた膝が甘く震えながら崩折れて、華奢な脚がシーツの上を滑る。
「師叔…っ」
 熱く絡みつく柔襞に誘われるまま、楊ゼンはその細い左脚を肩に担ぎ上げ、結合をより深くする。
「──っ、やめて…っ…!」
 片脚を高く持ち上げられた不安定な体勢で、狭い箇所を最奥まで逞しい楔で貫かれ、激しく躰を揺さぶられて、太公望はひきつった悲鳴を噴きこぼす。
 すがる縁(よすが)を求めて細い爪を立て、きつく握りしめたシーツが波打って白く淡く陰影を作った。
「ひぁ…駄目っ……もぅ…駄目ぇ…っ」
 時には浅く、時には深く、強弱をつけて責め立てる熱塊にいいように翻弄されて、太公望は身も世もなく泣きじゃくる。
 理性も思考もとうの昔に白く灼き尽くされて、そこにあるのは、ただ注がれ続ける快楽にあえぎ、解放を求める肉体と。
「よぉ…ぜ…ん……っ!」
 恋人の優しくも激しい抱擁を求める心だけで。
「師叔……!」
 楊ゼンもまた、そんな恋人の乱れた姿に、保っていたはずの理性が朧気に霞んでゆくのを感じて、唇を噛みしめる。
 熱い柔襞はよがり泣くようにおののきながら、これ以上ないやわらかさできりきりと楊ゼンのものに絡みつき、甘く締めつけてくる。
 律動に合わせて折れそうに細い腰も淫らに揺れ動き、どれほど与えられても足りないと言いたげに更なる快楽の深みへと誘いかけてきて。
 情欲の昂まりに我を忘れそうになる。
 否、思考はぎりぎりのところで自省しようと努めていても、もう肉体の方がコントロールを拒否して快楽を──愛しい相手の甘いすすり泣きや熱い秘肉をひたすらに求め始めていた。
「ぁ…や……も…ぅ…死んじゃう…っ!」
 やわらかな肉襞に秘められた快楽の原点を執拗に擦り上げられて、太公望は息も絶え絶えに悲鳴をあげる。
 切なげにすすり泣く声は甘くかすれ、呼吸さえままならないほど乱れ切っていて。
 楊ゼンの欲望を受け入れた箇所から引きずり出される、気が狂うほどの快楽にただ泣きじゃくることしかできない。
「……死んじゃう…っ…」
 楊ゼンと初めて肌を合わせたクリスマスイブの夜以来、十分に時間をかけて快楽の受け止め方を教えられ、行為に慣らされてきてはいたが、それでも今夜の快楽は、いまだ経験の浅い太公望には過剰にすぎた。
「ひぁっ……っ…ぁんっ!」
 楊ゼンの方も限界が近付いてきたのか、律動が激しさを帯び、過敏な箇所を強く突き上げられて、太公望は背筋を大きくのけぞらせる。
 快楽に翻弄されるまま、華奢な躰も淫らに揺れ動いて頂点へ至る階段を駆け上ってゆく。
「…ぃ…や……だめっ…!!」
 逞しい熱塊に、とろとろに熔けた秘処を淫らがましい水音を立てながら激しく責め立てられて。
 躰の奥深く刻み込まれる、苦痛と紙一重の激しい快感に咽び泣きながら、その先に待ち受ける更なる快楽の予兆に、おびえてうわずった悲鳴を太公望はあげた。
「…いゃ……よぉ…ぜんっ、いやぁっ!!」
 だが、容赦することなく楊ゼンは華奢な躰を追い詰め、追い上げて、ひくひくと狂乱するように痙攣し、慄えている柔襞に熱い楔を深々と突き立てる。
「───ひぁ…っ、やあああああぁっっ!!」
 最奥までを激しく突き上げられて。
 込み上げた、全身の血が沸騰するような、躰中の神経が灼き尽くされるようなすさまじいまでの絶頂感に、太公望は高い悲鳴をあげてのけぞった。
 快楽の極みに痙攣を起こしておののく躰と、痛いほどに咥え込んだものを食いしめてくる柔襞に、楊ゼンも抑えていた昂ぶりを解き放って。
「……っあ…ゃ……!」
 熱い大量の精を最奥に叩きつけられ、虚ろに焦点を失った瞳を見開いた太公望は、がくがくと全身を震わせる。
 そして、再び脳裏までつき抜けた、長く尾を引く喜悦に、すべての感覚を手放した。


「師叔?」
 すうっと魂が抜けるように目を閉じて、ベッドに脱力した躰を沈み込ませた太公望に、楊ゼンは焦りのにじんだ声で呼びかける。
 が、すぐに意識を失っただけだと知って、小さく息をついた。
 それから、己の額の汗を軽く右手の甲でぬぐい、躰を起こして。
 とろけきった柔襞が離れるのを嫌がるかのようにきつく絡みついてくるのを、優しく宥めるように揺らしながら、ゆっくりと己を引き抜く。
 そして。
「──すみません…」
 意識を失った太公望の顔を見つめ、そっと唇に触れるだけのキスをした。





 湯を絞ったタオルで、汗に濡れた太公望の身体を綺麗にぬぐい、自分はシャワーを浴びる間も、彼は意識を取り戻さなかった。
 激しい行為に失神したまま、腕の中でこんこんと眠り続ける太公望を見つめて、楊ゼンは小さく溜息をつく。
「──ずるいですよね……こんなやり方は……」
 そっと前髪をかき上げてやると、癖のない髪はさらさらと指先から逃げてゆく。
「でも……言葉で問い詰めても、あなたは答えてくれない……、まだ答えられないでしょう?」
 ゆっくりと太公望のやわらかな艶をはじく黒髪を撫でながら、楊ゼンは低く言葉を紡いだ。
「僕を選んでくれと言っても……」
 自分に寄せてくれる想いを疑ったことはない。
 やわらかな笑顔も、小さな我儘も、ひかえめな甘えのサインも。
 何だかんだ言いながら、最後にはこちらの我儘を許してくれる優しさも。
 本当に大切に想っていてくれるのだと、泣きたくなるような幸せと共に確信している。
 けれど。
 まだ、本当に欲しい言葉をくれたことはないから。
 彼の中に、その言葉はまだ用意されていないことを知っているから。
「──分かってるんです、ちゃんと……」
 小さく唇を噛んだ楊ゼンの視線の先で、カーテンの隙間から零れ落ちた月の光が、あらわになった太公望の額を白く照らし出す。
「でも僕は、今すぐにでも選んでほしい……あなたに僕を欲しがってもらいたいんです。我儘だということは分かってます。けれど、それでも……」


 ───数時間前、朧月に輝く桜を寄り添って見上げながら、来年の花もまた一緒に見ることは約束してくれた。
 でも、その来年の花が、一体どの土地に咲くものなのか──同じ崑崙市の桜なのか、それともボストンの桜なのか。あるいは、まったく違う土地の桜なのか。
 訊きたくても訊けなかったから。
 どうしても……熱に浮かされた一時の言葉であってもいいから、今すぐ自分を求める言葉が聞きたくて。
 快楽で追い詰める意地の悪い抱き方をした。
 そんなことには何も意味がないとは、分かっていたけれど。
 それでも、どんなに太公望が泣いても途中で止めてやれなかった。
 たとえ涙と引き換えにしてでも、言葉が──彼の心が欲しかったから。


「太公望師叔……」
 静かに眠り続ける太公望を見つめ、祈るように楊ゼンは目を閉じる。
「僕はあなたと共に生きるためなら、どんなことでもできます。僕には、あなただけなんです。──だから……」
 夜の静寂(しじま)に低い声が切なく響く。
「僕を、選んで下さい」
 祈る言葉は月影以外に聞く者もなく。
 花が散るように、静かに春の夜は過ぎていった───。








              *            *








「〜〜〜〜〜〜っ」
 恨みがましい、というよりも相当に怒り狂った瞳で睨みつけられて、楊ゼンは困りきった苦笑を口元ににじませる。
 当然といえば当然なのだが、昼前に目覚めた太公望は、ベッドの上に起き上がるのがやっと、歩くことなど到底無理という状態だった。
 とりあえず、大きな枕を背もたれのクッション代わりにして起き上がりはしたものの、いまだに一言も口を利いてくれない。
「すみませんでした」
 こうなったら謝り倒すしかないだろうと判断した楊ゼンは、すでに10回ほど繰り返した謝罪の言葉を、また口にする。
「昨夜は僕が無茶をし過ぎました。……どうしたら許してもらえますか?」
「─────」
 そっぽを向かれないだけマシかもしれないが、しかし怒った瞳でひたすらに睨みつけられるのも結構こたえるものがあり、どうしたものかと楊ゼンは内心で首をひねった。
 と、
「向こう10日間、SEX禁止」
 ふいに不機嫌な声が、きっぱりはっきり寝室に響き渡って。
 楊ゼンは突然降りた予想外の裁定にまばたきをする。
「10日間、ですか」
「10日間」
「……1週間じゃ駄目ですか?」
「10日間」
「……でも10日って結構長いですよ?」
「10日間」
 たとえ1秒たりともまけてやるものか、と強い意志を声ににじませる太公望に、思わず小さな溜息をつくと。
「1ヶ月に延長して欲しいのか?」
 不機嫌な声が告げるのに、慌てて楊ゼンは首を横に振った。
 たとえ本番を禁止されたところで、驚くほど感度のいい太公望をその気にさせる方法はいくらでもある。それにくらべれば、禁欲期間が延長される方が、よほど面倒で問題だった。
「いえ、いいです。我慢しますよ、それで」
「ふん」
 殊勝げにうなずく楊ゼンに何を感じたのか、太公望はつんとそっぽを向く。
 が、そんな彼がひどく可愛らしく思えて、楊ゼンは何となく微笑したくなった。
「──ねぇ、師叔」
 甘やかな声で呼びかけると、太公望は胡乱げな表情で、それでもまなざしを楊ゼンの方に向ける。
 その瞳を見つめて、楊ゼンは極上の微笑と共に口を開いた。
「SEXが禁止ということは、髪に触れるのはOKですか?」
「………まぁな」
 溜息をつくような渋い表情で、太公望はうなずく。
 それを見届けて、楊ゼンは右手を伸ばし、さらさらと流れるやわらかな黒髪をそっと梳くように撫でて。
 ゆっくりと指を滑らせながら、太公望の深い色をした大きな瞳をのぞきこむ。
「キスも、SEXのうちには入りませんよね?」
「─────」
 駄目だとは言わないものの、じと目で睨み上げる年上の恋人に微笑して、楊ゼンはそっと顔を寄せる。
 と。
「首から上限定」
 憮然とした声が、楊ゼンをさえぎった。
「……そんなに警戒されるのも心外なんですが」
「そういう台詞は、これまでの自分の行動を振り返ってから言え。どうせ、なしくずしに本番に持ち込んでしまえばこっちのものとでも思っておるのだろう」
「───…」
 温かみのない言葉に、図星をさされた楊ゼンは内心で舌打ちする。
 が、唇へのキスだけでも太公望をその気にするのは難しいことではないと思い直して、うなずいた。
「分かりました。髪に触るのはOK、キスは首から上だけ。それで我慢すれば許してくれるんですね?」
「───10日間、無事に過ぎたらな」
「……少しは僕のこと、信用する気になれませんか?」
「無理」
 あっさりと無情な台詞を返しながらも、ようやく機嫌が直ってきたのか、太公望は悪戯っぽい小さな微笑を浮かべる。
 それを見つめて、楊ゼンもまた甘やかに微笑んだ。
「──じゃあ、とりあえず昨夜のお詫びのしるしです」
 その言葉と共に、瞳を覗きこむと。
 意図を察したのか、太公望は少しだけ考えるように瞳を動かした後。
「首から上、だけだからな」
 ゆっくりと楊ゼンの方に細い手を伸ばす。
「分かってます」
 楊ゼンも、うなずきながら華奢な腰に腕を回して抱き寄せて。
 そして、二人はゆっくりと唇を重ねた。















ようやく完結しました。
LoveTroubleシリーズの春の章のはずが、気がついたら梅雨も明けて夏本番。本当に嫌になるほど長い時間がかかってしまいました。
こんなヤマなしオチなし意味なしの作品なのに、長々とつき合わせてしまった読者の方々に心からお詫び申し上げます。

さて、最終話のUPに恐ろしく時間がかかったのは、(日記にも書きましたが)5月上旬あたりでラブシーズンが終わってしまったためです。
ぜ〜んぜんエロを書く気が起きないのを無理やりに「エロ〜エロ〜」と自己暗示をかけつつパソの前に座っていたら、まったくというほど制御ができなくて・・・気がついたらこんなのになってました。とにかく「初めての体位」というシチュエーションが悪かったらしく、いつまでたっても本番に辿り着かないわ終わらないわ・・・。本当に執筆中、この作品はもしかしたら永遠に終わらないんじゃないかと何度も泣きたくなりました(-_-)

で。この作品は、いってみればシリーズの番外編であり、極力ラブコメOnlyで構成しようと思っていたのですが、どうも私はラブコメが苦手で・・・。ついつい、シリアスな部分も取り混ぜ、おまけに最後には引きまで作ってしまいました。
同人誌の方を御覧になっておらず、今後も見る予定のない方には、とことん不親切な作品となってしまってお詫びの言葉もありません。そういう方には、こういう話も書いているんだよ、という程度に見ておいていただけたらなぁと思います。

とりあえず、この作品はこれで完結です。どうしようもないバカップルのラブストーリーでしたが、感想文句などありましたら、お聞かせ願えると幸いですvv
それでは、ここまでお付き合い下さって、本当にありがとうございました。m(_ _)m





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