恋する五秒前








「太公望師叔」
「なんだ?」
「あなたが好きです」
「…………ふぅん。それで?」






        *           *






 今日も西岐の空は良く晴れていた。
 初夏の陽射しは明るくて、思わず弁当を持って遠出したくなるような心地好さだが、あいにく西岐城の住人たちにそんな暇はなかった。
 よりによって、あの殷に反旗を翻したのである。
 武王を名乗ったばかりの故西伯侯の遺児・姫発は生来の放蕩者で、なんだかんだと言い訳しつつサボっているのだが、他の者たちはそうともいかない。
 武王の実弟で宰相を勤める周公旦を始めとして、誰もが目の回るほどに忙しい日々を送っている。
 その中でも、周公旦と並んで執務に追われているのが、崑崙の道士にして周の軍師たる太公望だった。
 遠征の準備と一言で言っても、やらなければならないことは山のようにある。
 肝心要の兵士の訓練に、武器食料の確保、その輸送計画、輸送ルートと交通網の整備、また遠征中の西岐の防備……。
 それら全てを太公望が考案し、人々に指示を与えているのだから、その仕事量は膨大という言葉では済まされない。
 結果、それこそ陽がある間は勿論、深夜に及ぶまで残業して太公望はせっせと執務をこなしている。
 が、封神計画の実行者に任命されるまでは、『明日やれることは絶対に今日やらない』をモットーに日々居眠りに励んでいた彼である。
 真面目に執務卓に向かっていても、つい愚痴が零れてしまうのだった。




「なんでこんな天気がいいのにわしだけ……」
 書類に文字を綴る手を止めて、太公望はいかにも情けない声で呟く。
 だが、
「あなただけじゃありません。皆です」
 即座に、涼しい──冷ややかと言ってもいいほどの無感動な声が応じた。
 しかし、それくらいでは太公望もめげない。
「どうしてこんなに書類が山盛り……」
「大規模な遠征準備ともなれば、当たり前の量です。それに、周公旦はあなた以上の書類を毎日裁いていますよ」
 素っ気ない言葉に、声を張り上げて言い返す。
「そんなことはない! 絶っっ対に!わしの方が多いぞ!!」
 が、楊ゼンの方もそんなことでは動じなかった。
 筆を振り回す太公望の方にはちらりとも視線を向けず、書類をしたためながら言葉を返す。
「でも、あなたの分は僕がこうやってお手伝いしているでしょう?」
「それでもわしの方が多い!!」
「はいはい、じゃあそういうことでいいですよ」
 補佐役の青年のいかにも気のない返答に、不機嫌な沈黙が執務室内を横切る。
「…………ムカつくのう、おぬし」
「何言ってるんです、今更」
「〜〜〜〜自分で言っておれば世話ないわ」
「そうですよ。だからあなたは、さっさと仕事して下さい」
「どうして、だから、なんじゃ」
 ぶつぶつと呟きながらも、太公望は諦めたのか再び筆を握り直す。
 そして、またしばらくの間、書類に筆を走らせるさやかな音だけが、陽光の差し込む明るい室内に響く。
 が、その静寂も、やはり長くは続かなかった。




「だ──っっ!! なんでやってもやっても仕事が終わらんのだ!? 昨日も一昨日もその前も一週間前も一ヶ月前も、こうして真面目に仕事しとったのに!!」
 またもや筆を放り出しての叫びに、
「遠征が始まれば、紙相手の仕事はなくなりますよ」
 楊ゼンも先程と同様、顔も上げないまま答える。
「仕事そのものはなくならんだろうが!!」
「じゃあ、全ての仕事が早く終わるように頑張って下さい」
「十分に頑張っとるではないか!!」
「はいはい」
 毎度の愚痴だから、楊ゼンも、もうまともに相手にしようとはしない。
 しかし、太公望の方も、いつになくしつこかった。
 おそらく、今日の空があまりにも青く、陽気が良すぎたからだろう。
「──サボりたい」
「何言ってるんです」
「だって、こんなに天気が良いのだぞ! 格好の昼寝日和ではないか! こんな日に室内に居たらカビが生えてしまうわ。おぬしだって嫌だろう? 自分の背中にふさふさとカビが生えてきたら」
「そんな暇、どこにあるんですか」
「なくても! 今日はもうサボるったらサボる!!」
 大声で宣言して、太公望はくるりと椅子に後ろ向きに腰掛ける。
 それでようやく、楊ゼンも筆を止めて書類から顔を上げた。
「──それほどまでにおっしゃるなら、見逃して差し上げてもいいんですけど……」
「何……!」
 ぱっと喜色を浮かべて振り返った太公望は、しかし次の瞬間、補佐役の青年の表情を見て眉をしかめた。
「────」
 否応なしに人目を惹く、その秀麗な顔には、なんとも言いがたい笑みが浮かんでいて。
 そのまま楊ゼンはゆっくりと立ち上がり、大卓の向かい側に座る太公望のところまで回りこんできた。
 そして、この上なく甘やかな光を浮かべた瞳で、思いっきり胡乱そうな顔をした太公望を見下ろし、ささやく。
「キス一つで、いかがです?」
「……………………」
「サボりの見逃し料と一日分の仕事の肩代わり料としては、格安だと思いませんか」
 低い、響きのいい声と共に、顎を長い指に捕らえられて。
 太公望は更に眉をしかめた。
「────仕事する」
 ぶすくれた顔でぼそりと告げ、そして再びくるりと向きを変えて書類に向き直る。
「気前が悪いですね。相変わらず」
 そんな太公望に、楊ゼンは溜息をついた。
「別にいいじゃないですか。キスの一つや二つ。減るものじゃなし、それ以上のことをしてくれとは言ってないでしょう?」
「それ以上ってなんじゃ! それ以上って!!」
「やだなぁ、師叔。こんな昼間から言わせる気ですか?」
「ダアホっっ!!」
 不埒な言葉に、とうとうぶち切れた太公望が、ハリセン代わりの打神鞭で楊ゼンを殴る。が、楊ゼンはひょいとそれを避けた。
「危ないですね、もう」
「避けるな!!」
「避けますよ。当たり前でしょう」
「〜〜〜〜〜〜」
 ああ言えばこう言う楊ゼンに、太公望は打神鞭を握りしめたまま、毛をぽんぽんに逆立てた子猫のような風情でうなる。
 が、無駄だと悟ったのか、
「〜〜〜いいから、さっさと自分の席に戻れ!!」
 ヒステリー気味に叫んだ。
「サボりたいと言ったのはあなたの方ですよ」
 勝手な人だなぁとぼやきつつも、楊ゼンはあっさりと言われた通りに席へ戻る。
 執務室の大卓の上には書簡が山積みで、今日も残業にまで持ち込まなければ、到底全てを片付けられそうにもない。
 そして、太公望はぶすくれた顔のまま、楊ゼンは変わらず涼しい表情で、それぞれの書類を取り上げ、再び筆を走らせ始める。
 ───これが、西岐城の日常風景なのだった。











「………とっぷり日が暮れてしまったではないか。絶好の昼寝日和だったのに……」
「……こういう時刻は普通、真夜中って言うんですよ、師叔」
 書類を巻き取り、きちんと積み上げながら、楊ゼンは呆れ半分苦笑半分の声で応じる。
「日が暮れてしまえば一緒だ。夜寝るのは昼寝とは言わん」
「そりゃそうでしょう」
 訳の分からない理屈をこねる太公望を適当にあしらいながら、楊ゼンは執務卓の上を綺麗に片付け終えた。
「さて、では僕たちも寝(やす)みましょうか」
「────」
 ぶすくれたまま立ち上がろうとしない太公望に、楊ゼンは微苦笑する。
「そんなに昼寝がしたかったのなら、素直にキスして下されば良かったんですよ」
「できるか、そんなもん」
 即座に言い返されて、楊ゼンは笑った。
「そんなもんって……。僕、そんなに魅力ないですか?」
「────」
「こんなにあなたのこと愛してるのに」
「………おぬしが言っても、冗談にしか聞こえんわ」
「あ、それはひどいですよ、師叔。僕は本気です」
「へらへら笑いながら言うことか、それが」
「じゃあ、真面目に言えばいいんですか?」
「そういう問題では……」
 太公望が言い終えるよりも早く。
 楊ゼンは足を踏み出して、すばやく二人の間合いを詰めた。
 そして。

「好きです、太公望師叔」

 熱を秘めた瞳と、真摯な甘い声でささやかれた告白に。
 太公望は一瞬、驚いたように大きな瞳を更に大きくする。
 が、三秒を数える間に、胡散臭そうに細められた。
「………ふぅん」
 そんな彼に、楊ゼンはこらえきれず笑い出す。
「どうして信じて下さらないんでしょうね、あなたは」
「千回聞いたって信じられるか、そんなもの」
「ひどいなぁ、もう。僕は本気で言っているのに」
「ふん」
 鼻を鳴らして太公望は立ち上がり、楊ゼンの脇をすり抜けて扉に向かった。すかさず楊ゼンも後を追う。
「部屋までお送りしますよ」
「いらん。どうせお休みのキスだの何だのほざくつもりだろう」
 回廊を歩きながら、太公望はちらりと肩越しに真っ白けなまなざしを送る。
 だが、楊ゼンは悪びれずに微笑んだ。
「そりゃあね。やっぱり一日の終わりは、愛する人とのキスで締めくくられるべきでしょう」
「わしはおぬしなんぞ好いとらん」
「そう、それが分からないんですよね」
 太公望の言葉に、楊ゼンはふと声を真面目な調子に改める。
「師叔、僕のどこにご不満があるんです? 天才道士の誉れ高く、容姿も頭脳も実力も文句の付け所なし。その上、こんなに尽くしているのに」
 いかにも不思議そうな問いかけに、
「それでも大きくポイントがマイナスになるくらい、性格と素行が悪かろうが」
 にべもなく太公望は言い捨てた。
 しかし、やはり楊ゼンはそれくらいではくじけない。
「性格については、まぁ弁解しませんが、素行は今は悪くないですよ。全てあなたと出会う以前のことです」
「ふぅん」
「あ、本気にしてませんね、師叔」
「当然。女たらしの常套句だろうが」
「ひどいなぁ、本当に」
 他愛のない、と表してもいいのかどうかは定かでないが、言い合いを続けるうちに、結局二人はそのまま太公望の寝室の前まで辿り着いてしまう。
 ぴたりと自室の前で足を止め、扉に手をかけたまま、太公望は楊ゼンを振り返った。
「ではな、今日も一日ご苦労だった」
 にっこり花のように笑って。
 そう言いながら、すかさず扉を開けて室内に逃げ込もうとした太公望の肩を、楊ゼンはすばやく手を伸ばして捕まえる。
「お休みのキスがまだですよ、師叔」
「たわけ! 離せっ!!」
 見かけよりもずっと力強い腕に肩を引き寄せられて、太公望はもがきながら叫ぶ。
「そんな大声を出したら、皆が驚いて起きてきますよ。──それよりも、一度くらい試してみようという気になりませんか? きっと気持ちいいですよ?」
「そんなわけあるか、馬鹿者!」
 声はひそめたものの、じたばたと暴れ続ける太公望に、楊ゼンは諦めたように溜息をついて手を離す。
 が、だからといってこのまま解放しようという気がないのは、いつの間にか互いの位置を入れ替え、自分が扉にもたれるようにして──つまりは扉をふさいで──立っていることからも明白だったから、太公望はしっぽをぽんぽんに膨らませた子猫さながらの風情で、楊ゼンを見上げる。
 回廊の灯火に照らし出され、煌めいている大きな瞳を見つめて、楊ゼンは笑った。
「なんだか、そんな風に期待のこもった目で見られると、何かしなけりゃいけないような気になりますね」
「なっ…! たわけたことを言っとらずに、そこをどけ!! わしはもう眠いのだ!!」
「だから、僕も御一緒させて下されば、素晴らしい甘い夢を見せて差し上げると……」
「たわけーっっ!!」
 耐え切れずに太公望は楊ゼンを張り倒そうとする。が、振り上げた左手は、あっさりと彼の手に取り押さえられた。
「乱暴ですねぇ。それになんだか怒りっぽいし……。カルシウム不足ですか?」
 ぬけぬけと言う楊ゼンに、太公望は完全にぶち切れる。
「おぬしが怒らせとるんだっ! いいから手を離せ!!」
「嫌ですよ」
「楊ゼン!!」
 きつい声で名前を呼んだ太公望に、楊ゼンは小さく噴き出した。
「なんてね。嘘です」
 その言葉と共に、あっさりと太公望を解放する。
「あなたを困らせるような真似はしませんよ。愛してるんですから」
「………充分すぎるほどに困らせとるだろうが」
 取り戻した左手首を右手で抱くようにしながら、太公望は不機嫌な表情で言い返す。
 が、そんな彼に楊ゼンは首を傾げた。
「あれ、困ってましたか?」
「──!」
 再びキッと大きな瞳で睨み上げる太公望を見て、楊ゼンはまたもや失笑した。
「──あなたと居ると全然飽きませんねぇ」
 いかにも楽しげなその言葉に、太公望は思いっきり不機嫌な顔になる。
「〜〜〜本っ当にタチが悪いな、おぬしは」
「すみません。でも、本当に僕はあなたのこと好きですよ。何より一緒に居ると楽しいですから」
「そりゃからかい甲斐があって面白かろうよ」
「それだけでもないんですけどね」
 またもやぶすくれた太公望に、楊ゼンは苦笑する。
「まぁいいや。──ねぇ師叔」
「…………何だ」
 不機嫌そうに、だがそれでも律儀に振り返った太公望の頬に。

 楊ゼンはすかさず口接けた。

「──楊ゼンっ!!」
「おやすみなさい、師叔」
 太公望が振り上げた拳を難なく擦り抜けて、楊ゼンは笑いながら回廊を立ち去ってゆく。
「──ダアホっ!!」
 その後ろ姿を追いかけて、深夜の西岐城にはた迷惑な罵声が響き渡った。






        *           *






 ばたん!と力任せに大きな音を立てながら、木製の重いドアを後ろ手に閉めて。
 そして。
 右頬に、触れる。
 ───まだ残る、やわらかな温もりの感触。
「だあほ……っ」
 そのままずるずると、太公望は床に沈みこんだ。
 ごくごく軽い、頬へのキス。
 たった、それだけのことで。
 鼓動が鎮まらない。
「──だあほ…!」
 右頬を抑えたまま、太公望は繰り返す。
「なんで、あんな奴のこと……!」

 最悪に嫌いなタイプと、最悪の出会いをしたはずだったのに。
 なのに、気づいた時には、もう手遅れだった。
 あんなのが、傍に居ると安心するなんて。
 あんなのが、傍に居ると落ち着かないだなんて。
 自分が情けなさ過ぎる。

 ───艶やかに流れる長い髪とか。
 ───紫をはらんだ青い瞳とか。
 ───隙のない、けれど典雅な身のこなしとか。
 どこもかしこもつい目を奪われてしまうような綺麗さだけど、その分、流した浮名も数知れずの遊び人。
 噂話に疎かった自分でさえ知っている、婀娜(あだ)な恋物語の数々。
 そんな男を。
 この自分が、好きだなんて。
 あんなののどこがいいんだか、と呆れて見ていた相手に恋をするなんて。
「………情けない……」
 到底、口に出せるわけがない。
 晩生だの恋愛音痴だの言われる度に、わしの理想は高いのだと言い返してきたのに。
「なのに、あんな奴……」
 確かに、顔も頭もいい。
 性格だって、本当は言うほど悪くないと知っている。
 過去の素行の悪さと手の早さに目をつぶれば、あとは文句の付け所などない相手だ。
 しかし。
 あんな遊び人に落とされたのかと人々に思われるのは、絶対に御免だった。
 恋をしているなんて知られた途端、仙界で長生きしすぎて退屈しきっている面々は、大騒ぎして噂を振りまくに決まっている。
 そんな生き恥をさらすのは死んでも嫌だ。
 ───それに、と太公望は呟く。
「どうせ、あやつも揶揄っておるだけなのだろうし」
 好きだ好きだと、馬鹿の一つ覚えのようにしつこく言うけれど、その割には彼の言葉には真剣みが感じられない。
 どの言葉も、到底本気だとは思えないくらい軽くて。
 信じようがない。

 だから、余計に悔しい。

 自分ばかりが好きで、振り回されて。
 それを悟られないように必死で、ポーカーフェースを作って。
 そんな自分が馬鹿みたいで。
 ───だから。
 絶対に好きだなんて言わない。
 たとえ、天地が逆さまになったとしても、絶対に。
 口が裂けても、告白なんかしない。

 ───でも。

 ふと、思いが胸をかすめる。

 ───だけど、もし。






         *           *





 回廊の角を曲がり、少し歩んだところで楊ゼンは歩みを止める。
 そして、大きく溜息をついた。
「──何やってるんだ、僕は……」
 そのまま、回廊の太い柱にもたれかかり、口元に手を当てる。
 ───唇に残る、やわらかな温もり。
 すべやかな肌の、感触。
「たかが頬へのキス一つで……」
 こんなにも鼓動が激しくなるなんて。
 信じられない。
 とても、自分だとは思えない。
 これまでさんざん遊んで、浮名を流してきたくせに。
 たかが軽いキスで、頭に血が上るなんて。
 こんな調子では、もし唇にキスしたり、華奢な躰を抱きしめてその肌に触れたりしたら、それこそ心臓が破裂して死にかねないではないか。
「………情けない……」
 溜息をついて、ごんと柱に頭をぶつける。

 さんざん遊んではきたけれど、恋をしたのは初めてだから。
 こんな風に真剣に誰かを想ったのは初めてだから、どうしたら鼓動が鎮まるのか分からないのだ。
 ───深い色の綺麗な瞳とか。
 ───時折見せる、激しい感情とか。
 ───温かな優しい手とか。
 彼のすべてが、心に鮮やかに焼き付いていて。
 彼の何気ない一言や笑顔が、たとえようもなくかけがえのないものに思えて、愛しくてたまらなくて。
 あの深い色の瞳に見つめられたりしたら、正気を保てるかどうかさえ自信がない。
 だから、もし万が一、想いが通じたりしたら、自分はきっと世界で一番愚かなみっともない男に成り下がってしまう。
 これまでさんざん軽蔑し、嘲笑してきた連中と同じように。
 溺れてしまう。
 そんなのは嫌なのだ。
 みっともない自分を見せて軽蔑されたり笑われたりするくらいなら、多少いけすかない奴だと思われていても、不実な男だと思われていても、完璧な補佐役でいる方がいい。
 ───だから。
 彼は知らないままでいいのだ。

 一日に何度でも、好きだと口に出さずにはいられないなんて。

 キスさえまともにできなくても、彼の一番近くに居たいだなんて。
 知られてしまったら、とても傍にはいられないから。
 遊び人でいい加減な男のタチの悪い冗談だと、そう思っていて欲しい。
 軽い言葉で繰り返される告白には、羽一枚ほどの重みもないのだと。
 本気ではないのだと。
 そう信じていて欲しい。

 一度手にしてしまったら、きっと一瞬たりとも手放せなくなるから。
 彼を腕の中に閉じ込めて、自分以外の者にちらりとでもその綺麗な瞳を向けることさえ、許せなくなるから。
 このままでいい。
 みっともない自分など、決して見せたくはないから。


 ───でも。

 ふと、思いが胸をかすめる。

 ───だけど、もし。











 ────本気で好きだと言ったら、どうなるんだろう?











end.










サイト開設当初に卯月宮殿様に謙譲したものを、リニューアルにあたって再録しました。
ラブコメを書こうと一生懸命に努力しているのが行間から読み取れて、何ともかんとも……。

本当は三部作で、続きもあるんですけどね。今となっては、まぁ書くことはないかなーと。
どうせこの先はお約束の展開ですから、皆様でご自由に妄想して下さいましm(_ _)m





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