冬物語 〜5. ストーブ〜











「何だ、これは」

2日ぶりに、アルバイトに出勤した太公望の第一声は、それだった。

「ああ、それ。いいだろう?」

対するオーナーの返答は、至極明るいもので。

「雪が降って、急に寒くなってきたからさ。何か見た目にもあったかい物が欲しいなーと思って、探してきたんだ」
「・・・・・・・・」

太公望は、無言で目の前の床に置かれたものを見つめる。

ずんぐりとした鉄製の図体に、中で赤々と燃える火。
どうやって見ても、それは昔懐かしいダルマストーブだった。
小学校の頃、確か教室の暖房はこんなやつだった、と太公望は幼い頃の記憶を遡る。
そういえば、1年生の時の担任だった定年間近の女の先生が、国語の教科書を朗読している最中、ストーブに近付きすぎてスカートを焦がしたことがあった、とか、雪合戦でびしょびしょになった手袋を皆で乾かしたな、とか。
しかし。

「・・・・・ここはビルの地下だぞ?」
「そうだけど?」
「客を一酸化炭素中毒で殺すつもりか!?」
「あ、それなら大丈夫。エアコンも併用してるし、換気は抜群だから」
「しかし・・・・」

確かにバー・窖ANAGURAの換気は、都会のど真ん中にある築ン十年のボロビルとは思えないほどに、いい。
しかし、それで本当に大丈夫なのか。消防法に引っかかりはしないのか。
太公望の頭の中で、法律の条文がぐるぐると回り出す。

「大丈夫だって。私だってちゃんと安全性を考えて、ほら、センサーもつけたし。酸素が一定濃度以下に下がると、警告音とランプで知らせてくれる優れものなんだよ」

笑顔で太乙が指差すものを見れば、カウンター横の壁に三日前まではなかった小さなセンサーが取り付けられていた。

「・・・・また妙なものを・・・・」
「お役立ちの実用品だよ。ここでしばらく使って性能を確かめたら、実際に商品化しようと思ってるんだから」
「たわけ。自分の店を実験室代わりにするでないわ」
「いいじゃないか、爆発するような危険なものじゃないんだし」
「センサーが上手く働かなくて、一酸化中毒死が出たらどうする気だ」
「そんなわけあるはずないじゃないか。私の作品だよ?」
「おぬしの作品だからこそ、だ」

言葉の応酬をしながらも、まぁこれくらいなら目こぼししても良いか、と太公望は内心で考える。
性格と言動に問題があれど、太乙の発明に対する腕は天才的なものである。実際に取り付けて使用する段階まできた試作品ならば、誤作動などということは、まず有り得ない。
ただ、窖ANAGURAは客商売である以上、あまり奇妙なものを客の目に付く所に置かせるわけにもいかないため、時々こうしてオーナーを牽制する必要があるのだ。

「まぁ、安全性が確保できているというのなら、良いかもしれんがな」
「だから、大丈夫だって。まったく心配性だな〜」
「おぬしが、のんき過ぎるのだ」

そう言い、太公望は改めてダルマストーブを見つめる。
現在の暖房の主流は、エアコンやファンヒーターに取って代わられているとはいえ、家電店に行けば、まだダルマストーブも販売されている。
だが、目の前のこれは、絶対に新品ではなかった。

古ぼけ、よく擦れる部分の塗装は剥げて、鈍い鋼色に光る地金が見えている。
覗き窓の耐熱ガラスも、煤けてくすんでおり、相当に年季が入っているようだった。

「しかし、どこでこんなものを拾ってきたのだ?」
「あ、古道具屋に行って、見つけてきたんだよ。久しぶりに行ったけど、面白かったよ。色々変なものがあってさ」
「・・・・だろうな」
「火鉢もいいなぁと思ったんだけどね。さすがにあんなものを店の真ん中に置いても、あまり意味がないと思ってさ。あれはやっぱり皆で囲んで座れないとねー」
「・・・・・・・・」
「随分と古いストーブだけど、ちゃんと私がリストアしたから大丈夫だよ。昔の道具だから、作りそのものは単純で頑丈だし、まだ当分は使える。日常で使っていれば、錆びにくいしね」

にこにことしながらの太乙の言葉に、太公望も唇の端に小さく笑みを刻む。
古ぼけたストーブは赤々と燃えて、見た目にもひどく温かい。
火力を考えれば、現在のファンヒーターの方が余程効率が良いに決まっているし、安全性でも遥かにそちらの方が上だ。
だが、それだけではないものが、目の前のダルマストーブにはあった。

「それで考えたんだけどさ、せっかくだから、その上にやかんを載せてお湯を沸かして、コーヒーを入れるのはどうかな。お客さんも喜ぶと思わないかい?」
「・・・・・・悪いとは思わんが、正月にはつまみの餅やスルメを焼くとか言わぬよな?」
「え、やるよ?」
「・・・・・・・・おぬし、ここは一体、何屋だ?」
「酒場」
「コーヒーはまだしも、焼き餅やスルメがオールディーズに合うのか?」
「合うと思えば何でも合うよ。大丈夫だって」

屈託なく太乙は答える。
その笑顔を見て、太公望はまぁいいか、と諦めた。
この店は太乙の道楽なのだし、洋風の酒場には不似合いな趣向を面白がる客も少なからずいるだろう。
儲けなければならない必要もなし、来てくれる客を相手にしていればいいのだ。

「それでさ、ホットラムバターなんかも、そのストーブで作ったらお客さんも楽しいと思わないかい? きっと誰かが最初に作った時は、暖炉とかで作ったんだろうしさ」
「はいはい。所詮、雇われバーテンだからな、オーナー命令には従いましょう」

ダルマストーブでホットカクテルを作るのはまだしも、バーテンの制服で餅やスルメを引っくり返すのはどうだろうと思いながらも、太公望は応じる。

「そうだ、楊ゼンは今夜は来るのかい?」
「ああ。閉店前には来ると言っておった」
「そうか。じゃあ、今日は新作カクテルじゃなくてコーヒーを入れてあげることにしよう」

喜々として言う太乙に、苦笑まじりの溜息をついて。
太公望は、ずっと着たままだった上着を脱いだ。

「そろそろ急がぬと、開店時間になるぞ」
「ああ、そうだね。今夜も頼むよ、太公望」
「うむ」

時計の針の位置を確かめ、さほど慌てる様子もなく太乙が応じる。
そして、ダルマストーブの灯油が燃えるかすかな匂いの中、今夜も物好きな客たちを迎えるべく、二人は動き始めた。
















冬物語第4弾。
久しぶりに太乙さん登場。

昔のストーブって良いですよね〜。
よちよち歩きの頃には天板に触って手を火傷したこともあるんですけど、おでん作ったりスルメ焼いたり・・・・美味しかったな〜。



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