#055:砂礫王国








夜更け、いつものように扉を開くと。
彼は窓際で、闇に沈んだ風景を見るともなしに見つめていた。






小さな燭台の明かりだけを残した部屋の中、昼間とは全く異なる表情をした人の手元で、白く長い羽が、くるり、くるりと不規則に軸を中心にして回る。

「先日の拾い物ですか」
「ああ」

静かに問われて、太公望は答える。

「何となく、捨てそびれてな。何が気になるというわけでもないのだが・・・・」

そういう間にも、物思いに合わせるように細い指の先で、まるでプラスチックのようにも見える空疎な白い軸が転がされる。
わずかに先端に向かってしなった羽根は、回転させられるたびにひらひらと風車(かざぐるま)のような軌跡を描く。
その戯れているような動きを見ながら、楊ゼンはゆっくりと手を伸ばし、太公望の髪に触れた。

長い指の隙間から、淡い明かりにも艶をはじく髪がさらさらと梳きこぼれて。
太公望が顔を上げると、当たり前のことのようによどみなく、唇が重なった。

角度を変えて何度も触れ合いながら、太公望はふと、一旦は閉じた瞳を開く。
と、至近距離で視線が合って。

「──どうした?」
「・・・・・・」

楊ゼンはかすかに微笑んで、太公望の背に腕を回し、さりげない強さで抱きしめる。

「僕だって、人恋しくなる時はありますよ」

その返答に、太公望は一つ、まばたきして。

「────」
「師叔?」

無言のまま、楊ゼンの胸を軽く押して離れさせた。
そして半歩、窓に近付き。



腕を伸ばして、白い羽根から手を離した。



闇の中にひらりと白い残像を残して、またたくまにそれは二人の視界から消える。

「──どうしてですか」
「今夜、部屋を訪ねたのがわしだったなら、おぬしも捨てたであろう?」

問いかけに問いかけで返されて、今度は楊ゼンがまばたきをする。

「・・・・・夜が、明けるまでの間くらいは・・・・・」

そして、最後まで言わせずにもう一度、太公望を抱きしめた。

「ええ」

先ほどとは異なる、あからさまな強さで細い背を抱き、楊ゼンは耳に囁きこむ。

「他に何も要らない。今はあなたさえ居れば」

羽根一枚の重さでさえ、邪魔にしかならない夜の静寂(しじま)で二人は、自分たちが生み出した熱にひっそりと溺れた。








もどかしさに、夜の闇と熱の中で惑うようだった。
砂漠で飢え渇ききった旅人のように、存在を求めてやまない心に突き動かされるまま、強く抱きしめれば、同じように抱きしめ返されて。
胸の奥が、かすかに痛む。

空漠な世界は無限の広がりを見せ、どこにも辿りつけない。
この胸に巣食っているのが、愛しさなのか、憎しみなのか、あるいはそのどちらでもないのか。
それさえも分からず、言葉に出して永遠を誓うこともできない。

ただ、離れがたいと・・・・・喪うまいと、腕の中の存在を抱きしめる。
絶対など存在ないと分かっているのに、求めずにはいられない。
そんな自分たちが、どうしようもなく滑稽で。

快楽の狭間に──心が軋む。








事が終わった後の温もりは、気だるく、物悲しい。
自分も相手もなく融け合う錯覚が終わってしまったことを全身で感じながら、せめてもの名残を求めて手を伸ばし、肌に、髪に触れ合う。

──いつまで、こんな時間が続くのか、と怖くなる瞬間がある。

戦いは永遠には続かない。
いずれ世界は修羅から解放され、束の間の安息を得るだろう。
その時、自分は相手はどうするのか。想像しても何も思いつきはしない
ただ、見てはならない深淵を覗いてしまった時のように、言い知れぬ感覚に襲われるだけだ。
今更、修羅を忘れて生きる術など分かるはずもない。
血みどろの戦いの果て、その終焉と共にこの身も消えてしまうのではないかという気さえする。
たとえ途上で斃れることがなかったとしても、それこそ砂でできた楼閣のように虚しく風にさらわれて、自分という存在は崩れ、消えるのではないかと。

「──おぬしは、もし・・・・」

沈黙を破って太公望が言いかけた言葉を、楊ゼンの指が止めた。
太公望の唇に人差し指を軽く押し当て、楊ゼンが静かに微笑む。

「答えられないことを聞くのはルール違反ですよ」

そしてそのまま、楊ゼンはいつもの夜と同じ、淡く笑みを含んだ声で続けた。

「でも、何がどうなったとしても、できる限り長く、あなたと居られたらいいとは思ってます」
「────」

修羅に灼けた瞳に、穏やかに笑い合う世界の風景など見えない。
見えるはずがない。
けれど。

「・・・・・わしも、同じだよ」

唇に楊ゼンの指の温もりを感じたまま、太公望はひそやかに告げる。

「おぬしと、居られたら。それでいい」
「ええ」

答えなどないと・・・・答えることはできないと言いながらも、告げる言葉に。
───何よりも強く、心が灼ける。




愛していると、何度も囁きながら深い口接けを繰り返す。
夜明けまでは、まだ遠かった。









何度書いても、この2人に関しては同じようなカラーになってしまいます。
前に進む気も後ろに戻る気もない人たちを書き続けるのは、ある意味マンネリへの挑戦かもしれません(-_-;)

でも最近、このシリーズへのラブコールが多いので嬉しくて、ついつい書いてしまったり。
寂しいのは多分、皆一緒なんですよね・・・・。


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