天の滸(ほとり) −第6話−










 伝承に曰く、この世界は、二十七の紋章から出来ているという。
 全てが唯一つの紋章から始まったのだという創世神話が、真実であるのかどうかを確かめるすべはない。
 ただ、はっきりしているのは、この世界には複数の『真の紋章』と呼ばれるものが在り、それを身に宿す者に絶大な力と災厄をもたらすということだ。
 その真の紋章がもたらす最も顕著な変化は、不老。
 真の紋章が宿主を守ろうとするのか、創世の力とされる計り知れぬ力の影響なのか、真の紋章を宿した者は決して老いない。
 それを幸運と取るか不運と取るかは、その者によるだろう。
 いずれにせよ、偶然あるいは必然によって真の紋章を身体のどこかに宿した者は、絶大な力ばかりをその身に抱え込んだまま、いつの日か真の紋章から解放される日まで、永遠に地上をさまよい続けることとなる。


 自分が人間でなくなってしまったことは、とうの昔に分かっていた。
 自我を失くしたわけではないが、自分の人生は、この右手に宿るものに根こそぎ喰われ、奪われてしまったのだ。
 十歳になるかならないかのあの日以来、自分はただの抜け殻でしかなく、目的も当てもなく、ただ地上を彷徨い続けてきた。
 この地上で、行ったことのない場所など数えるほどしかない。砂漠や氷雪地帯、高山など、通常の人間が生きられない場所以外であれば、ほとんどの土地を訪れただろう。
 だが、そこで何があったかと言えば、皆無に等しい。
 わずかな出会いはあったが、それを除いたら本当に何もなかった。
 自分は常に影のように、行く先々の町や村を通りぬけ、そこで行き交った人々から何も奪わない代わりに、後に何も残さなかった。
 あまりにも影のように生き過ぎて、自分の存在を見失いかけたことも何度もある。
 けれど、永過ぎる旅の間、なぜ自分は生きているのか、なぜ自分は歩いているのかと自問し、答えられずに立ち止まった時には必ず、不意に幻のように思い浮かぶ声があった。
 ───生きろ。
 名前も知らない、誰かの声。
 こちらを見つめた、悲痛なまなざし。
 永遠を歩くよすがにするには、あまりにも儚い一瞬の記憶。
 けれど、それがあったから、目の前に広がる永遠に絶望しながらも歩き続けることが出来た。
 それなのに。
(シェイラン)
 右手に宿るものに呪われたかのように薄れることのない記憶の中、悲痛なまなざしで、生きろと繰り返した人。
 遠い未来でいつか必ず会えるから、何があってもその時まで生きろ、と。
 今でもあの声が、耳の奥にこだましている。
 その響きは、彼が真意を語った時の声と寸分違わず同じものだった。静かに、けれど強く、深く染み透って、鼓膜から決して消えない。
 もう一度聞きたくて、焦がれて焦がれて、けれど長すぎる旅の中で疲れ果てて、忘れたふりをした事もあった声。
 身内全てを喪った災禍の中で、現実逃避を望む子供の心が見せた幻だったのだと、自分に言い聞かせもした。あれは夢だったのだと、何度も繰り返した。
 けれど、会えた。
 とうとう会えた。
 彼は本当に、この世界に居たのだ。
(俺はもう、それだけでいい)
 この出会えた記憶が在れば、それだけで永遠を歩くよすがになる。今すぐに離れろと警告を送ってくる良心に、そう言い聞かせて空を見上げる。
 白い雲の浮かぶ空はどこまでも遠く、何も語らない。

*           *

 

「よう坊ちゃん。なかなか似合うじゃんか」
「茶化すなよ、テッド」
 玄関ホールに現れるなり、そう言って笑った友人にシェイランは軽く肩をすくめる。
 案外に物見高いテッドが、今日という日に現れないわけがない。おそらく朝一番にやってくるだろうと予測はついていたから、シェイランは、広い玄関ホールの中央に悠然と構えてテッドの青みがかった茶色い瞳を見返した。
「感想は?」
 右手の袖を軽く広げて見せると、
「んー。ちょっと意外、だな。赤を持ってくるとは思わなかった」
 テッドはいかにも小間物問屋の店員らしく、値踏みするようにわずかに首をかしげながら答える。
 それを聞いて、シェイランは小さく笑った。
「普段着るには派手な色だからね。でも、だからといって似合わないわけじゃないだろ」
「自分で言ってりゃ世話ないな」
 言いながらも、テッドはシェイランの装束をしげしげと眺めることをやめない。
 その視線の先、玄関ホールの中央に常と変わらぬ涼しげな表情でたたずむシェイランが身にまとっているのは、目にも鮮やかな極上の絹布を惜しげもなく使った正装、いわゆる宮廷服だった。
 マクドール家は武官の家柄であり文官ではないため、余計な装飾品や飾り布といった類のものは殆どない。縁を金糸で縫い取りした深みある艶やかな真紅の長衣は、袖のないかちりとした仕立てで、その下に着込んだ白絹の薄物の袖が、肩から手首までゆったりと涼しげに流れている。
 下衣は艶のある朽葉がかった鬱金色で、上衣の真紅と鮮やかなまでに対比をなしており、それでいて明度を押さえた色調のせいか、派手派手しさを感じさせることなくどこまでも格調高い。
 全体的に、十七歳の少年が身につけるには少々難しい色の取り合わせであるのにもかかわらず、深みのある色彩はいずれもシェイランの漆黒の髪と深藍の瞳を引き立てて、あでやかな衣装を身に着けた彼は、天性の麗貌とあいまって人の子ですらないように見えた。
「まぁ、悪くないんじゃねぇか」
 感心しているというより、むしろ滅多にお目にかかることのできない高価な綾絹を値踏みしているような口調と表情ながらも、テッドはこのきらびやかな装束を気に入ったらしい。
 興味津々といった観のある親友の視線を感じながら、シェイランは口元に小さく笑みを刻む。
 女性ではないから、衣裳を褒められたところで特に嬉しいわけではないが、かといって友人がこういう表情をするのは悪い気分でもない。
 また今日の衣裳に限っては、グレミオが半年以上も前から気合を入れて、出入りの仕立て屋と散々討議を重ねたものであるだけに、今も傍に居る世話役の青年のためにも、テッドの反応は嬉しいものだった。
「宮廷に行くのは初めてなんだよな?」
 ようやく衣裳から目線をはずし、テッドはシェイランの顔を見上げる。
 出会ったばかりの頃は殆ど変わらなかった身長は、今ではシェイランの方が拳一つ分ほど高い。
 その差が明らかになった時、テッドは多少悔しがってはみせたものの、その後はからりと気にするそぶりを見せることはなく、彼のそういう部分もまた、シェイランの気に入っているテッドの一面だった。
「十七で初出仕って、早いのか? 遅いのか?」
「遅い方だよ。一般的にはね」
 赤月帝国では一般に男子は十六歳になると妻帯を許され、成人扱いされる。そこから考えると、十七歳という年齢での初出仕は確かに少々遅い方だろう。
 実際、他の大貴族の嫡男は、十代半ばに入る頃から父親に帯同されて宮中に伺候することが慣例となっており、その多くは十六で成人すると同時に何らかの官職を得るのが常だった。
 だが、
「一般的には、ってことは、お前は遅いと思ってないわけだ」
 シェイランの答えの微妙な含みを看破して、にっと口元に笑みを浮かべたテッドに、シェイランも微笑を見せる。
「父上が判断されたことだ」
 シェイランの父テオは、大貴族として宮中にあるよりも、筆頭将軍家の当主としてマクドール家本拠のある帝国北辺の安寧を保つことに重きを置いている、根っからの武人である。
 否、テオのみに限ったことではなく、歴代のマクドール家当主は、悉(ことごと)くそうであったといって良い。
 自家が、赤月帝国が興る以前からアールス地方北部に勢力を保っていた豪族であることを忘れず、今なお、帝国筆頭の武家として帝国の屋台骨を支える立場にあることを誇りとしてきたのが、マクドール家の伝統なのだ。
 ゆえに、マクドール家の長子として生まれ、父親の薫陶を受けて育ったシェイランもまた、宮廷に出仕することに関心を持たず、昨年末に父親が話を切り出すまで、自分の初出仕について一切の問いや催促を口にしたことはなかった。
 とはいえ、宮廷に出仕して正式に皇帝の臣下として認められない限り、帝国軍の一員として軍務に着くことは出来ない。
 華やかな宮廷に興味は無くとも、軍務となればまた話は別であり、シェイラン自身、今日の初出仕を前にして仄かな感情の沸き立ちを感じないといえば嘘になった。
「お前って本当に、将軍には絶対服従なのな」
 そんなシェイランの内心を見透かしているからこそ、『良い子』の返事に満足できなかったのだろう。肩をすくめるようにして、テッドがからかう。
 悪意のないそれに、シェイランは小さな苦笑を返した。
「絶対ということはないよ。父上が正しいと感じるから、従ってる。そうそう僕が素直じゃないことは、君が一番よく知ってるだろ、テッド」
「お前がタヌキだってことはな」
「タヌキはひどいね」
「お前の本質を突いてるだろ」
 テッドはにやりと笑って見せる。
 ───だが実のところ、タヌキ、というなら、今のテッド以上の態度はなかった。
 ここは帝国将軍邸の玄関ホールであり、相手は将軍の嫡子である。対して、テッドは市井の少年に過ぎない。普通なら、こんな口を利いた時点で、手打ちになっていてもおかしくないだろう。
 だが、周囲にいる使用人を含めて誰も彼を咎めず、シェイランの守役のグレミオですら、くすくすと声を殺しつつも小さく笑っている。
 とうのシェイランすらも、親友の毒舌を涼しく笑い流して、右袖の辺りをすいと伸ばした左手で治してみせた。
 そして、改めてテッドに向き直る。
「さて、テッド。世慣れた君の目から見て、今日の僕はどう見える? 育ちの良さそうなお坊ちゃまか、一筋縄ではゆかなそうな大貴族の跡取りか」
 その問いかけにテッドは、面白がるような表情ながらも口元に右手拳を当て、上から下までじっくり眺める。それから一つうなずいて、重々しく口を開いた。
「──その口さえ開かなきゃ、大事大事に育てられた大貴族のお坊ちゃま、だな。あとは表情と物言い次第ってとこだ」
 この日のためにあつらえられた衣装に非の打ち所はなく、シェイランの顔かたちも、誰もが誉めそやす端麗さである。それらの、いわば『シェイラン・エセルディ・マクドール』という存在を入れる器そのものには、何の問題もない。
 ただ、時としてシェイランの深藍の瞳は、鋭利すぎる知性や、潔癖であるがゆえに容赦のない性格をあらわに映し出してしまう。
 それは危険なことだ、とテッドはシェイランの友人となってからのこの一年間、折に触れて指摘してきた。
 なにしろ、とかく人の注目を集めがちな大貴族の子弟が、圭角をあらわにして良いことなど一つもないのである。
 帝国将軍マクドール候の嫡子である以上、他者に迎合する必要もおもねる必要もないが、切れすぎる刃というものは、往々にして宮廷人の警戒心を刺激し、強い猜疑心を招くものだ。
 それは何一つ得にならない、とテッドは、シェイランがその内にある鋭さや潔癖さをあらわすたびに説いた。
 無論、シェイランも鋭すぎると友人に非難されるくらいであるから、持ち前の理解力で自分の挙措が不要な反感を招きかねない、という理屈はすぐに飲み込んだ。
 が、育ちが育ちである。感情を制御する術はテッドに出会う以前に身につけていたものの、知性や潔癖さを隠すという、いわば猫かぶりを習得するまでには、相当に時間がかかった。
 しかし、今ではもうシェイランは、普通にふるまっていれば、内気そうとまではいわないものの、温和で思慮深い気質の少年に十分見える。
 だから、このテッドの評は非難ではなく、シェイランに対する賛辞だった。
「君にそう言ってもらえるのなら、上出来だな」
 それが分かっているから、シェイランも満足げに微笑む。
「僕も父上の恥になるような真似はしたくないからね。せいぜい立ち振る舞いには気をつけるよ」
「お前ならやれるさ、シェイラン」
「ありがとう」
 さらりと言われた信頼の深さを示す言葉に、シェイランの微笑が更に深く、明るくなる。
 と、その和気藹々とした空気が、不意に震えた。
「用意ができたようだな」
 温かみのある低く豊かな声が玄関ホールに響き、空間が割れるかのようにその場の雰囲気がぱっと開ける。
 重厚であり浮ついたところなど微塵もない、それでいて伝統を背負うが故の華やかさをも奥深く潜ませた気配の持ち主──テオドリック・グリエンデス・マクドールは、いつも通りに飾り気のない姿で息子たちの前に現れた。
 無論、飾り気がないとはいえ、それは文字通りに装飾が少ないというだけのことであり、最高級の生地と技術によって仕立てられた礼装は、青褐色に深みのある焦茶色を重ね、長身で筋骨たくましい男盛りの肉体を引き立てている。
 シェイランとはその艶やかな黒髪以外、特に似た所は少ない親子ではあるが、荘重な将軍が華やかに装った息子と並ぶと、互いの色彩と雰囲気が引き立て合い、人の目を引かずにはいられない存在感が光り輝くようだった。
「ほう。……地味にまとまらず、派手になりすぎず、か。いい色目の選択だな、グレミオ。シェイランによく似合っている」
「ありがとうございます、テオ様」
 愛情に裏打ちされた面白がっているようなまなざしで、シェイランの晴れ姿を上から下まで一瞥した後、傍らに控えていた世話役に声をかける。
 敬愛する主君からの率直な褒め言葉に、グレミオは嬉しげに笑み崩れながら、仕上げとして手にしていたマントを恭しくシェイランの肩にまとわせた。
 上衣よりも一段濃く深い紅のドレープが美しく重なるよう細かく折りたたみながら肩の線に沿わせ、右肩で大きなブローチを使って留める。
 そして手を離して一歩下がると、シェイランを……というよりは自分の作品を満足げに見つめた。
「よくお似合いですよ、坊ちゃん。どうぞ堂々として行っていらっしゃいませ」
「ありがとう、グレミオ。行ってくるよ」
 笑顔で答えたシェイランに、テッドも口を挟む。
「俺ももう仕事に行くけど、夕方にはまた来るから、宮廷の感想を聞かせろよ」
「分かってる。ドジを踏まないように祈っててくれよ」
「お前がそんな可愛いタマかよ。そうだな、でも祈っておいてやる。代わりに、今夜のデザートはお前の分も寄越すんだぜ」
「それはまた、ぼったくるね」
「安いもんだろ?」
 茶目っ気を利かせて、片目をつむってみせたテッドにシェイランも笑う。
「いいよ。じゃあ、取引成立だ」
「よし。今日一日、めいっぱい聖句を唱えておいてやるからな」
「ああ。僕が今日、陛下の御前で大過なく拝謁が叶ったら、その幸運は君のおかげだよ」
「任せとけ。──じゃあ、行ってこい。シェイラン」
「ありがとう、テッド」
 晴れやかにうなずいて、シェイランは息子とその親友のやり取りを温かく見つめていた父親を振り仰いだ。
 テオは一つうなずき、主人の見送りに揃った使用人たちへと顔を向ける。
「では、留守を頼む」
「いってらっしゃいませ」
 短い言葉に、グレミオを筆頭とする使用人たちはいっせいに頭を垂れる。
 唯一、使用人ではないテッドだけが、真っ直ぐにまなざしを向けたまま将軍とシェイランを見送った。

 

「緊張しているか?」
「ええ」
 テオがシェイランにそう問いかけたのは、グレックミンスター城の車止めで馬車を降りた時だった。
「するなと言う方が無理ですよ。僕が陛下にお目通りをしたのは、ほんの子供の頃以来なんですから」
 率直に、だが、緊張しているようには到底見えない顔色でシェイランは答える。
 しかし、それでもテオは息子の瞳に、常にない輝きを見て取ったのか、ふと口元にほのかな笑みを刷いた。
「そうだな。お前はまだ二つだったか、三つだったか……。クラウディア皇妃陛下が、まだ御壮健でいらした頃だ」
「皇妃陛下が母上の幼い頃からの遊び友達でいらしたからでしょう? 皇妃陛下が望まれて、でもほんの子供の僕を連れて参内するわけにもゆかず、結局、皇帝陛下の避暑を口実にアゼ・ル・リドーの離宮で……。その時の記憶はありませんけれど、お話は何度も聞きましたよ」
「うむ。お前は皇妃陛下に抱かれるという栄誉を賜ったのに、遊び疲れていたのか、畏れ多くもそのままお膝の上で眠ってしまって……。あの時は、アエミュリアと二人で途方に暮れたものだ」
 亡き妻の名前を口にする時のテオの声は、いつもやわらかく懐かしむような響きが混じる。
 父親の心が、今は他の女性に向けられていることはシェイランも知っていたし、それを祝福してもいる。だが、父親が十年以上も前に亡くなった実母の名を今なお大切に呼ぶということは、シェイランにとっては大きな意味のあることに感じられた。
「少なくとも、今の僕は陛下の御前で居眠りするほどの子供ではありませんから。御安心下さい、父上」
「うむ、そうだな」
 言いながら、テオはふと歩む速度を緩めて、隣りの息子を見やる。
「アエミュリアにも今日のお前を見せてやりたかった。さぞや、喜んだだろうに」
「……母上は御覧になって下さっていますよ、必ず」
 そう呟いた父親に、シェイランは小さく笑んでみせた。
 シェイランの深い藍色の瞳は母親譲りであり、それは父親がとりわけ愛した色であったことも、シェイランは知っている。そして、自分の容貌そのものも母親似であることも。
 そんな亡き妻の生き形見ともいえる息子の微笑に何を見たのか、テオは、ふっと目元を和らげてうなずいた。
「そうだな。──行こう、陛下がお待ちでいらっしゃる」
「はい」
 うなずき、父親に従ってシェイランも歩を進める。
 車止めから宮城の正面扉へと向かう道筋は、美しい石畳の道で塵一つ落ちていない。
 そこを真っ直ぐに進み、正面扉の前に立つと門兵が恭しく扉を開けた。
 巨大かつ美しい装飾を施された扉がゆっくりと開いてゆき、眩いほどに豪勢できらびやかな城内がシェイランの目の前に現れる。
 マクドール邸の武家らしく質実剛健を離れない内装とは質も赴きも全く違う宮廷の華やかさに、シェイランは思わず小さく目を瞠った。
 壁や柱、天井の至る箇所の装飾に黄金が使われ、床は白、黒、ベージュ、翡翠、薔薇色と様々な色の大理石が幾何学模様を描き、何よりも呆れるほどに広い。
 幅のある廊下は騎馬隊が十列横隊で通れるほどあり、それがまっすぐに奥まで続いている。そして、その脇に幾つもの部屋の扉が並び、廊下の一番奥に上階へと続く階段があった。
 玉座の間は二階にあり、様々な分野における政務官が勤めている政庁や、各将軍をはじめとする武官の詰め所は一階にある。
 その辺りの宮城の構造は聞き知っていたから、道順そのものには何の戸惑いもなかったが、しかし、この広壮さは、マクドール家の富裕に慣れたシェイランにしても驚かずにはいられなかった。
 宮城と城下町の規模は、そのまま国力を映すものである。
 赤月帝国は間違いなく強大な国なのだと、シェイランは父親に従って進みながら、考えずにはいられなかった。
 思えば、大貴族とはいえ臣下に過ぎないマクドール家ですら、あれほどに豊かなのだ。それはもちろん肥沃かつ広大な領地を有しているからであるが、しかし、帝国の国土全体で見れば何十分の一かの土地である。その頂点に立つ皇帝が、マクドール家を超えて遥かに豊かでないわけがない。
 ならば、その豊かな国の頂点に立つ皇帝とは、どのような人物であるのか。
 父親をはじめとする将兵たちの忠誠を一身に集め、万を超える政務官を従えて、この国を統治する至高の存在。
 その答えは、もうシェイランの目の前にあった。














(注)捏造その5
 この作品の更新を待っていてくれるのは、もはや身内だけかと思いますが……。およそ4年半ぶりの続きです。
 最近、ニコニコ動画で幻水MADを見ることが非常に多くなりまして、やっぱり坊ちゃんが好きだー!!、と叫びながらまた書き始めた次第です。

 やっとストーリーがゲームの冒頭に辿り着きました。
 ありとあらゆる部分が捏造なのは、もうお約束です。好き勝手書いておりますが、どうぞ御容赦下さいませm(_ _)m

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