冬物語 〜13. 冬木立〜












梢をわたる木枯らしの音が、高く空に響く。
大陸では南方に位置し、比較的に温暖な気候を持つこの国だが、それでも冬は冬であり、十分に寒い。
セレスト自身は、さほど寒さは気にならないのだが、部下たちはそうでもないらしく、ともすれば皆、背筋が縮こまって丸くなっている。

「そこ、しゃんとしろ。仮にも王国騎士団員がみっともないぞ!」

今一つ、緊張感の足りない面々に声を掛けながら、セレストは内心、嘆息した。
年の初めに行われる野外演習は、騎士団の年中行事の一つである。
だが、600年間一度も他国と戦争をしたことのないお国柄では、騎士団も町のおまわりさんと変わりなく、気はやさしくて力持ちな存在ではあっても、勇ましいという形容には程遠い。
しかし、だからといって練兵をしなくてもいい、ということには繋がらない。
幸い、今上のリプトン国王も外交上手・・・・というか、のどかな人柄で周辺国とは友好を保っているが、600年続いた平和が、この先また600年続くとは限らないのだ。
それゆえの野外演習なのだが、しかし。
ここにおいても国民性ともいえる人の良さ、あるいは呑気さが全体から滲み出している団員たちに、セレストは、どうしてくれようか、という気分になる。

もっとも、軍隊としては実戦経験のない王国騎士団であるが、幸か不幸か王国内には幾つものダンジョンがあるため、モンスター相手の剣の修練は皆、それぞれに積んでいる。
今回の野外演習の舞台も、モンスターが至る所に住み着いている西の草原だが、それこそ運悪く、男の子モンスター・やぎさんのおまけであるドラゴンナイトに遭遇したところで、そうそう遅れをとる団員はいないだろう。
一年かけて一周する形で毎年、演習を兼ねて王国内の各ダンジョンの浅い階層を探索することを、これまでセレストは主君にひた隠しにしていたのだが、少し前にばれて、それはそれは盛大にカナンの機嫌を損ねる羽目になったことも、まだ記憶に新しい。

(・・・・・なんか余計なことまで思い出したなぁ)

今日は大人しくして下さっているだろうか、とセレストはまなざしだけ部下たちに向けながら、脳裏で自分の主君のことを考える。
カナンは城下へのお忍びが、もしかしたらリナリア姫手作りのおやつよりも好きらしいが、一方で、従者のセレストが後から追いかけてくることを前提にしていることも多い。
だが、本当に誰にも内緒で城を抜け出し、ひそかに企み事をしていることもあるため、セレストの不在=大人しく在室、という構図には単純にならないのだ。

(しかし、どうしてあの方は、あんなにダンジョンがお好きなんだか・・・・)

仮にも由緒正しい王国の第二王子である。おまけに、ルーキウス王家は尚武の家柄でもないのだ。
もう少し深窓の王子様らしく、第一王子のリグナムを見習って、穏やかに勉学に励んでくれてもよいのではないか、とセレストは思う。
もちろん、聞き分けが良くて大人しく素直なカナンというのは、ある意味、想像するだけで違和感を覚えるというか気色悪いのだが、しかし好奇心及び行動力旺盛にも程がある。
あれではごく普通の市井の少年・・・・というには、聡明すぎるし気品もありすぎるのだが、しかし、やんちゃな男の子という点では、何ら変わりがない。

(・・・・確かに、あの御性格であってこそ、カナン様なんだけどな・・・・)

主君の性格を否定しきれないどころか、自分がカナンに対して一番甘いと自覚しているあたり、自分でも救いがない、と思いながら、セレストは冬の蒼天を見上げる。
所々に薄く白い雲を刷いたような空は、高く澄んでいるが、しかしカナンの瞳の色に比べると、まだ淡い。
カナンの真夏の空よりもなお青い瞳を、以前、城を訪れた異国の賓客が、陽光に煌めく南の海のようだと讃えていたことがあった。
ルーキウス王国は内陸にあるため、セレストも海を実際に見たことはなかったが、あの賓客の言葉が真実なのだとしたら、海というのは実に美しいものなのだろうと思う。

(カナン様)

不意に、会いたい、という想いが胸を占める。
青い瞳を見つめ、他愛のない会話を交わし、要らぬところにばかり知恵の回る理不尽な言い分を叱って。
そんないつもと同じ日常が、不意に恋しくなる。
たった今日一日、朝から一度もその姿を見ていないだけだというのに。

(自分で思ってるより、末期なのかもしれないな・・・・)

他人には決して言えない想いを胸に抱くようになってから、数ヶ月。
表面上は大人の節度で取り繕っているが、心の内はそれこそ毎日、大荒れだった。
勤務時間中でも自分の立場も忘れて、光を紡いだような金の髪に触れ、淡い色の唇に口接けたくなる。
成長期の細い身体を思い切り抱きしめて、日がな一日、寄り添っていたいとさえ思うのだ。
これまで何度か女性と付き合ったこともあるが、こんな状態に陥ったことは一度もない。
もしかしなくても初めての本気の相手が、よりによってカナンだという事実に、深い眩暈を感じずにはいられないが、それでも想い想われる相手の傍に居られるということは、純粋に嬉しいと感じる。

──けれど。
これまで知らなかった表情を目の当たりにして、鼓動が落ち着かなくなったり、ひそかな喜びを感じるばかりではなくて。
関係が変わったことで、かえって分からなくなったこともあるのだ。

(・・・・・いや、前なら気にならなかったことが、気になるというのが正解か)

以前は、カナンの考えていることが分からなくても、焦燥など感じなかった。
また何を企んでおられるのやら、と眉をしかめるだけで済んでいたのだ。
けれど、今は不安になる。
深い青い瞳が、表情を消した色で物言いたげに、あるいは問いかけるように見上げてきた時、わけもなく焦りを覚える。
そして、カナンがそういうまなざしを向けてくることが格段に増えたことも、また事実なのだ。

どうすればいいのか、どんな答えを求められているのか判らないから、その場は気付かないふりでやり過ごしてはいるが、本当はどうしようもない焦燥を覚えている。
いつまで、カナンは自分の狡さを許容してくれるのか。
どこまで、こちらの内心に気付いているのか。

(・・・・・情けないな)

カナンに対しては年長者の顔をしていても、所詮、自分も二十年と少ししか生きていない。
まだまだ青くて、こんな恋ひとつにうろたえてしまう。
でも、強くなりたいと・・・・・真の意味で、たった一人の人を守りたいと思うのも事実だから。
この先もずっと、傍に居られるように。

ひそかに右手を握り締めた時。
──向こうで派手な水音がした。

「!?」

何事かと見れば、演習を中断した格好で、部下たちがわらわらと隊列を乱している。
その内の一人が、セレストに向かって走ってきた。

「どうした!?」
「副隊長すみませんっ、三人ばかり、足場を誤って小川に転げ落ちました!!」
「な・・・馬鹿者がっ!」

一体、どこをよそ見していたのかと心底呆れながら、セレストは駆け出す。
同時に、近くに居た部下に矢継ぎ早の指示を出した。

「急いで火を起こして、着替えを用意しろ。それから近衛隊長と、騎士団長にも知らせを!」

これでまた親父にどやされる、とマヌケな部下を少しだけ恨みながら、セレストは士官用コートの前ボタンを手早く外す。
温暖な風土とはいえ、真冬に水中に落ちたら、心臓麻痺ということはなくとも肺炎くらいは起こしかねない。一刻を争うのは、考えるまでもなかった。




──そうして、転落騒動に紛れて、今年最初の野外演習は、うやむやのままに終わり。
どうやってもシリアスにはなりきれない騎士団と、シリアスに没頭させてもらえない近衛隊副隊長を、冬の午後の日差しだけがのんびりと眺めていた。
















セレストさん視点にすると、途端にストーリーがシリアスに何故か行きたがるので困ります。
もしかして、セレストさんて案外、根暗なのでしょうか?

しかし、セレストさんもカナン様も前向きなはずなのに、絶望的にすれ違ってる気が。
出来立てほやほやの未熟成カップルだから、仕方ないのか・・・・?



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