冬物語 〜10. スノードロップ〜











宝箱の蓋を開けて、一つ、二つと並べる。
今でも色鮮やかなままの、幼い頃の思い出たち。








「おかえり」

いつも通り、部屋に入ってきたセレストに声をかける。
と、セレストは少し驚いたような瞳をして、けれど微笑んだ。

「はい、ただいま戻りました」
「早かったな。もっとゆっくりしてこれば良かったのに」

おかえり、と言って、ただいま、と答えたように、城内の寄宿舎を住居としているセレストにとっては、城もまた、自分の家に等しいはずである。
だが、実家は実家。
たまの非番にしか戻れないのだから、と思ったのだが、セレストは、そういうわけにも参りません、と穏やかに否定した。

「休暇は二日間ですからね。今日はもう、通常勤務です」
「真面目な奴だな」
「それに、家に居ても落ち着かないんですよ。カナン様が今頃、何をなさっているのかと思うと、気が気でなくて」
「どういう意味だ」
「そのままです」

憎らしいことを涼しい顔で言うと、セレストはテーブルの側へと歩み寄ってきた。

「宝物を御覧になっていたのですか」
「ああ。どれも甲乙つけがたい、と思ってな」

そう言いながら取り上げたのは、右手に一番最初のセレストからの贈り物、左手に一番新しいセレストからの贈り物。
その二つを目にした途端、セレストの顔に動揺が走った。

「どちらかを選べと言われたら、究極の選択だ。お前はどう思う?」

薄く血の気の昇った表情をさりげなく楽しみながら、問いかける。
と、セレストは、いたたまれないというような素振りで視線を彷徨わせた。

「どう、と言われましても・・・・・」
「自分の作品だろう?」
「自分の作品だからこそですよ」

そうだろうな、と返答を聞いて思う。
十年も昔の拙い作品と、つい先日、手渡したばかりの最新作。
いずれにしても、まじまじと直視するのは嫌だろう。

そんなことを思いながら、右手の丸いひよこと、左手の綺麗なペーパーウェイトを眺める。
どちらかを選べと言われたら、どうしようか。
難しい命題に、しばし悩んでいると。

「あの・・・・カナン様」
「ん?」
「非常に申し訳ないんですが・・・・・あの、そうして二つを並べられると・・・・」
「・・・・・・」

狼狽しきった表情を見上げ、くすりと笑う。
そして、今これ以上苛める必要もないかと、手にしていた物たちをテーブルの上に置いた。

「セレスト」
「は、はい」
「外に行こうか」
「と言われますと・・・・」
「庭だ。気の早い花が咲いたと、さっきミーナが教えてくれたんだ」

言いながら椅子を引き、立ち上がる。
と、セレストはすぐにクローゼットへとコートを取りに行き、戻ってきて肩に着せ掛けてくれる。
その温もりと重みが心地いいと思いながら、部屋を出た。








冬特有の青い空を、雲が流れてゆく。
上空は風が強いのだろう、白い雲は一瞬、目を離しただけでも形を変えてしまう。

年末に徹底的に手入れされた庭園は、今日もまだその清々しい姿を保っていた。
冷たい空気を頬に感じながら、ゆっくりと敷石の上を歩く。

「それで、休暇はどうだったんだ?」
「どうと言われても・・・・普通の年越しでしたよ。親父は少々飲みすぎて、くだを巻いてましたけど」
「やっぱりな」

想像がついた。
年が明けて、可愛い娘がいよいよ嫁に行くとなれば、あのアドルフのことだ。到底平静ではいられまい。

「それ以外は本当に普通です。家族四人で・・・・」
「そうか」
「カナン様は、いかがでしたか?」
「僕も特に変わりはなかったが・・・・そうだな、久しぶりに兄上や父上とゆっくり話せたかな」
「そうですか」
「うむ。久しぶりに兄上の温室も見せていただいた」
「それは良かったですね」
「面白かったぞ。図鑑にも載っていないような新種の植物が何種類もあって・・・・お前にも見せたかった」
「勿体ないお言葉です」

丸一日ぶりに耳にする優しい声に耳を傾けながら、庭園を奥へと進む。
それほど広大な庭園というわけでもないが、極力直線を使用しないよう、よく計算して作られた小道が、実際の面積以上に広さを感じさせる。
そうして辿り着いたのは、一番奥まったところにある小さな空間だった。

周りを大きな木で囲まれ、芝を植えられたそこは、まるで小部屋のような雰囲気で、眩しく日差しが降りそそいでいる。
この庭の中でも、特に気に入りの場所の一つだった。

「ああ、これだ」

芝の隙間に、小さく風に揺れている花を見つけて歩み寄る。

「スノードロップですか」
「確かに気が早いな。他の仲間は、まだ蕾も見えるかどうかというところなのに」
「ええ。しかし・・・・よくミーナさんは、こんな場所に咲いているのに気付かれましたね」
「ああ、正確には今朝、園丁の一人から聞いたらしい。それを僕に教えてくれたんだ」
「そうでしたか」

純白の雫のような花は、陽だまりの中、可憐に花びらを開いていて。
しばらくの間、それを二人して見つめる。

「セレスト」
「はい」
「スノードロップの花言葉を知っているか?」
「花言葉ですか? いいえ、あいにく・・・・」
「希望と慰め、というんだ」
「希望と慰め、ですか?」
「ああ」

花言葉に詳しいわけではない。
けれど、この花言葉だけは、忘れられなかった。
『希望と慰め』
雪の中で開く、小さな花にあまりにも似合いすぎて。

「いい言葉だと思わないか?」
「そうですね」

うなずいたセレストが、何を感じたのかは知らない。
分からないまま、空を見上げる。

「もうすぐ春になるんだな」
「まだお気が早いですよ。これから一番寒い時期になるんですから」
「分かってるけどな。それでも、春の花は、もうこうして咲き始めているんだ」

青い空にも、スノードロップの花と同じ色の雲が鮮やかに浮かんでいる。



──いつか、自分が旅立つ日にも、きっと胸の奥に白い花は咲いているだろう。
いずれ、懐かしい、愛しい思い出たちも全てこの城に置いて、自分は出てゆく。
思い出の宝箱の中からどれか一つだけ、偲ぶよすがを大切に懐に抱いて。

その時、自分一人であっても、そうでなくとも。
きっと、この白い花の輝きを・・・・その意味を忘れることはないだろう。



「──花も見たし、部屋に戻ろうか」
「そうですね。お茶をお入れしましょうか」
「うん、頼む」

うなずいて、もう一度、足元を見下ろす。
春告草の名前を持つ小さな花は、日差しの中、冷たい風に揺れていて。
けれど、凛と純白の花びらを輝かせている。

そうして、ゆっくりとセレストを促し、花の側を離れた。

















ちょびっとシリアス。
カナン様の内心に、セレストさんはどれだけ気付いているのか。
まだまだこの二人の先は長いので、御自由に想像して下さい。



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