冬物語 〜9. 新年〜











一年の最初の空は、よく晴れていた。

「いい天気だなぁ」

母親に頼まれて庭の花壇に水をやりながら、セレストはのんびりと呟く。
さすがに空気は冷えているが、それでも陽光は眩しい。
ホースの先から降りそそぐ水滴が、きらきらと日差しを反射して煌めいている。

「お兄ちゃん、落ち着かないんじゃないの?」

呟きを聞きつけたのか、側で洗濯物を干していたシェリルが声を掛けてきた。
からかうような口調に、セレストは図星を指されて小さく苦笑する。

「二連休の非番なんて、この年末年始だけだからな。仕方がない」
「それを言うのなら私もよ。お店の定休日以外、毎日働いてるから変な感じがする」
「だろうな」

シェリルの気持ちは、セレストには良く分かった。
貧乏人根性と言われても仕方がないが、仕事をしていないと落ち着かないのだ。
シェリルの職場であるパン屋も繁盛しているから、日頃はかなり忙しいようだが、それにも増して、セレストの職務はアレである。
悲しい話だが、平穏無事、というのが、どうにも馴染まない。

「なんかね、こうしていてもお店のことが気になっちゃうの。いつも買いに来て下さるお客さんは、今日はどうなさったのかな、とか、材料の小麦粉や、ジャムにするラズベリーはまだあったっけ、とか」
「お前も真面目だな」
「やだ、からかわないでよ」
「からかってなんかいないよ。一生懸命やってるんだな、って感心してるんだ」
「当たり前じゃない。大好きなパン屋さんでお仕事できてるのよ? 一生懸命働いて、早く一人前の職人になりたいんだから」
「そうか」

真剣な顔で言いつのるシェリルに、セレストは微笑む。
もともと可愛い存在だが、こうして好きなことに夢中になっている妹を見るのは、兄としても誇らしい気がするのだ。
昔は泣き虫だったのにな、と十年以上も前のことを思い出しながら、水道の銓を締め、ホースを巻き取る。

「お兄ちゃんの方は、お仕事どうなの?」
「どうって言われても・・・・・」

同じく洗濯物を干し終え、籠を抱えたシェリルに問われて、セレストは返答に詰まった。

「俺の場合は、お仕えしてるのがあの方だし・・・・なぁ」
「あー、そうよね・・・・」

セレストの主君の姿を思い浮かべたのか、シェリルも考えるような表情になる。

「でも、私がエリックと結婚できるのも、カナン様のおかげだし・・・・」
「ああ。あの親父を説得の場所に引っ張り出せたのは、カナン様の作戦があってこそだしな」
「でしょう? 私もエリックも、カナン様には本当に感謝してるのよ」
「俺だってそうだよ。カナン様のなさることは、いつも間違ってはいらっしゃらないんだ。ただ・・・・」
「・・・・・方法が問題?」
「言いたくはないけど、な」

遠慮がちに言った妹に、セレストは溜息を返す。
実際、従者としてカナンに仕えていることに何の不満もないのだ。
ただ、王子としては規格外の行動ばかりをする主君に、振り回されていることに不甲斐なさを感じているだけで。
それ以外では、聡明で誇り高い主君を本当に尊敬しているし、守りたいとも思っている。
許される限り、カナンの傍にありたいと思う気持ちに嘘はなかった。

「でも、お兄ちゃん、カナン様のそういうところも本当は好きなんでしょ?」
「好きって・・・・」

何を、と思わず狼狽しかけるのを抑えながら、セレストは妹の顔を見直す。
と、シェリルは笑顔で兄を見上げた。

「だって私も、カナン様の王子様らしくないところを大変だとは思うけれど、素敵だとも思うもの。まだお若いのに、誰にもできないようなことをなさるカナン様は、すごい方だわ。お兄ちゃんだって、そう思っているのじゃないの?」
「そりゃあ・・・な」

シェリルの言葉に内心安堵しつつ、何と答えたものかと考える。

「俺も・・・・かけがえのない方だとは思ってるよ。あの方の護衛役を外されることなんか、考えたくないと思う。陛下に命じられたら従うしかないけどな」
「そんな、お兄ちゃんがお役目を外されることなんて有り得ないわよ」
「でも、分からないよ。陛下やリグナム様のお考え次第だ」
「絶対ないわ。第一、カナン様が納得なさるはずがないもの。カナン様が納得なさらないことを、あのお優しい陛下やリグナム様がお決めになるわけがないわ」

それにね、とシェリルは続けた。

「お兄ちゃん以外の、一体誰がカナン様のおもりをできると思うの?」
「おもり、って・・・・」

不敬だぞ、と思いつつもセレストは反論できない。
確かに、近衛隊の面々を思い浮かべても、今のセレストの職務を喜んで変わってくれそうな相手は見当たらない。
逆にカナンが、セレストに対するような本音をぶつけることのできそうな近衛騎士も、また思い当たらなかった。

「いいじゃない。お兄ちゃんは、ずっと昔から妹の私と同じくらい、カナン様のことを大切にしてたんだもの。カナン様だって、今更、他の人が従者になるのはお嫌だと思うわ」
「・・・・・そうだな」

本当にそうならいい、と思いつつ、セレストは頷く。
それを見届けて、シェリルも笑顔で頷いた。

「じゃあ、私は家の中に戻るね。お昼のパンを作らなきゃ」
「ああ。楽しみにしてるよ」
「うん。うんと美味しいの作るから、待ってて」

明るく告げて、家の中へと駆け戻ってゆくシェリルを見送り、セレストは、よく晴れた空を見上げる。
冬にしては鮮やかな青空は綺麗に澄み切っていたが、それでもセレストが一番大切に想う青い瞳に比べると淡い。

「今頃は、どうされているのかな・・・・」

部屋で本を読んでいるのか、あるいは公務が休みの国王やリグナム王子と語らっているのか。
もしかしたら、前々からの約束だった、リグナム王子が大切に育てている温室の珍しい植物を見せてもらっているのかもしれない。

「何か、変な感じだな。非番は珍しくないけど、二日続くと・・・・」

今日、自分の代わりに護衛を勤めているのは、と同僚の顔を思い返してセレストは溜息をつく。
同僚に嫉妬するようなみっともない真似はしたくないが、それでもカナンの一番傍に在るのは、常に自分でありたいと思う。
理屈でも何でもない。
シェリルの言う通り、これまでの長い年月の間に培われた感情だ。
そして、それに加わる新たな感情が、セレストの想いを揺るぎないものにしている。

「カナン様・・・・」

昨夜、非番だというのに突然夜更けに尋ねていった自分を迎えてくれた、カナンの表情を思い返し、セレストは口元に小さな微笑を刻む。

「感傷的になるなんて、らしくないな。明日になれば、またお会いできるんだから」

明日、いつものように部屋を訪ねたら、きっとカナンはこの二日間にあったことを次から次に語り、それからアーヴィング家の年末年始の様子を聞きたがるだろう。
そう思って、セレストは空をもう一度見上げ、家の中へと戻る。

今年初めの空はどこまでも眩しく、世界を包み込んでいた。

















アーヴィング家の新年模様。
シェリルちゃんは初書きかな、もしかして。
お母さんとおとんも書きたかったんですが、この文章量では入りませんでした。

というわけで、また次回。



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