冬物語 〜8. シリウス〜











一年最後の聖なる日。
人々はキャンドルをいっぱいに灯し、柊のリースを飾って、今年一年無事に過ぎたことへの感謝と、来年の平穏を祈る。
帰れる者は皆、我が家へと帰り、自慢の家庭料理に舌鼓を打って、静かに、けれど楽しく夜を過ごすのだ。






「今年も、もう終わりか・・・・」

キャンドルを灯しただけの、ほの明るい部屋の窓辺でカナンは呟く。
姉姫のリナリアが手作りしたキャンドルは、花の香油を練りこんであるため、品の良い甘い香りがほのかに部屋を包み込んでいる。

先程まで、カナンは家族と共に、国王のプライベート用の居間にいた。
国王が家族と過ごすために作られたその部屋は、豪奢には程遠く、こじんまりとしていて、名のある職人の手による調度品や長椅子が、居心地よく配置されている。
そこで飲み物や菓子を楽しみながら、今年一年あったこと、そして来年のことを語り合っていたのだ。

思い返せば、実に波乱に満ちた一年だった。
年の前半は、いつも通り平穏だったものの、秋には王冠の簒奪を狙う大事件が起き、城内は大混乱に陥ったことは、まだ記憶に新しい。
だが、その事件には更に深刻な裏があったことを知るのは、カナンだけである。
聡い兄王子のリグナムは、もしかしたら何らかに気付いているかもしれない。だが、表立ってカナンに何かを言ったり、問い詰めたりすることはなかった。

そして、王家に関わる問題だけではなく。
その事件はカナンに、とてつもなく大きな転換をもたらした。

「こんなことになるなんて、想像もしてなかったな・・・・」

ほんの物心ついた頃から、ずっと傍にいた青年の面影を思い浮かべて、カナンは微笑する。
新しく生まれた想いは、他の誰にも明かせないものではあるが、後悔などどこにもない。
そのことをもう一度、心の中で確かめたくて・・・・想いに浸りたくて、父王の、もう随分夜が更けたな、という言葉をきっかけに、そろそろ休むと自室に下がってきたのだ。

「今頃は、どうしているんだろうな。きっとセリカの手料理を食べて、アドルフの愚痴を聞いて・・・・」

大変だろうな、と小さく微笑しながら、カナンはつぶやく。
セレストは今夜、城下にある実家へと戻っている。
彼だけではない。全員ではないが、大半の城の使用人は今日と明日の二日間、里帰りを許されている。
今、城内にいるのは、事前に一足早い休暇を与えられた、いわば貧乏くじを引いた騎士や使用人だけだ。
あれだけの事件が起きた直後で、無用心といえば無用心なのだが、城に使える人々は皆、この年末年始の休暇を楽しみにしており、それを無くすのは忍びない、という国王の判断で、城の中は毎年通り、静かな夜に満ちている。

しんと静まり返った部屋の中、キャンドルのほのかに甘い香りを感じながら、カナンはそっと心の中で、一番大切な人の来年の平穏を祈る。
そして、目を開けてもう一度、窓の向こうの満天の星空を見上げた時。


──静かなノックの音が響いた。


何の癖もない、だからこそ聞き分けられる音。
それに一瞬、心臓が止まるほどに驚いて。
誰何(すいか)もせずにドアへと足早に寄る。

「セレスト!?」
「カナン様・・・・」
「どうして・・・・?」

開いたドアの向こう、居るはずのない相手の、優しい瞳を驚きを込めて見上げる。
と、セレストは小さく微笑んだ。

「すみません、こんな夜更けに・・・・」
「いや、それは構わないが・・・・何故、ここに?」

室内に招き入れながら、今頃は家族とともに団欒を囲んでいるはずなのに、と問いかけると、セレストの微笑が少し困ったような色合いを帯びる。

「そうなのですが・・・・やはり、どうしてもお渡ししたいものがあって、家族に断って出てきたんです」
「渡したいもの?」
「ええ。大したものでもないのですが・・・・」

わざわざきっちりと着込んだ近衛騎士の制服の上に重ねた、騎士団のコートのポケットからそれを取り出して、セレストは反射的に手を出したカナンの手のひらに載せた。
手のひらにちょうど収まるサイズのそれは、綺麗な飾り彫りを施したオブジェで。

「・・・・・見た目より重いな」
「中に鉛が仕込んであるんです。ただの木だと軽すぎてペーパーウェイトになりませんから」
「そうなのか」

優しいふっくらとした楕円形の表面には、柊の葉と実が浮き彫りになり、周囲に細かな装飾彫りが施されている。
そして、下縁部には控えめに幸福を祈る言葉が刻まれていた。
いつものカービングとは趣きの異なる、セレストの手による作品に、カナンはじっと見入る。

「すごく綺麗だ」
「そう・・・ですか?」
「うん」

セレストの声には、受け取ってもらえた安堵がほのかに滲む。
そんな青年を、カナンは見上げた。

「これを渡すために、わざわざ来てくれたのか?」
「ええ。一旦は家に持って帰ったんですが、意匠が意匠ですから、新年まで持ち越すのはどうかという気がしてしまって・・・・すみません」
「謝ることなんかない。──ありがとう。大事にする」
「はい、ありがとうございます」

ここまできてようやく照れが来たのか、セレストは少し気恥ずかしさをのぞかせながらも、カナンを見つめる視線を逸らさない。
キャンドルの光だけが照らすほのかな明るさの中、カナンもセレストの瞳を真っ直ぐに見上げて。
ゆっくりと二人は唇を重ねた。

二度三度、ついばむように優しく口接け、そっと互いの背に腕を回す。
そして想いを伝え合うように静かに触れ合ってから、触れた時と同じようにゆっくりと離れた。

「───・・・・」

言葉もなく互いを抱きしめ、やがて、どちらからともなく腕の力を緩める。

「それでは・・・・」
「うん」

瞳を見つめたまま、そっと離れて。

「良い御年を、カナン様」
「お前もな」

カナンはセレストを送り出す。
左胸に右手を当て、隙のない身のこなしで一礼してから廊下を立ち去っていく後ろ姿を少しだけ見送り、ドアを閉めて、自分の手の中に残された小さな贈り物にまなざしを落とした。

ワニスで仕上げられた木目の美しい表面は艶々と輝き、指先で触れるとほんのり温かく、なめらかな感触がする。
丁寧に刻まれた柊も、飾り彫りも、祈りの文字も、これまでに目にしたどんな工芸品よりも綺麗に見えて、カナンは小さく微笑む。
それから、その贈り物に、そっと口接けて。
目を閉じた。

「セレストの来年が幸せでありますように・・・・」

静かに呟いた祈りの言葉は、キャンドルの光と、窓の外の満天の星空に守られて、静かに消えた。

















またもやラブな二人。
なんだか、回を追う毎に甘くなっているような気がします。

でも、こういう神聖ちっくな大晦日も良いと思うのですよ。
というわけで、また次回〜。



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