冬物語 〜1. キャンドル〜
「セレスト」
夜更けの騎士団宿舎の室内は、小さな明かりを灯したまま、ほんのりと明るい。
その中で名前を呼ぶ声とともに、差し出されたものを見つめて。
セレスト・アーヴィングは瞬きをした。
爪の先まで形の整った細い手が持っているのは、綺麗にラッピングされて淡いピンクのリボンまで掛けられた箱──いわゆる何かのプレゼントだった。
大きさは、ちょうど煉瓦くらいのものだが、別段、重そうには見えない。
「････ええと、あの････何ですか？」
「あいにくだが、お前にじゃない」
「は？」
「更に言うなら、僕からでもない」
きっぱりと言い切られて、セレストは目をまばたかせる。
自分宛てでなく、カナンからの品物でもない。
となれば、目の前に差し出されたこれは、一体何なのだろう。
思わず悩んだセレストを見上げ、カナンは楽しげな笑顔を見せた。
「これは何なのか、教えて欲しいか？」
「それは････はい、知りたいです」
「素直だな」
セレストの返答に、カナンはにこりと笑む。
その笑顔は、パジャマの上にサイズの合わない大きなカーディガンを羽織った姿と相まって凶悪なほどに可愛らしく、セレストは内心で呻いた。
主君と従者という立場だけで言うのなら、顔の美醜など何の関係もないし、一人の男としてもセレストは自分が面食いだと思ったことはない。
だが、目の前の相手は、自分にとっては自分が知る誰よりも綺麗で。
それゆえに尚更、タチが悪かった。
そんなセレストの内心を知ってか知らずか、カナンは含みのある笑顔のまま、手にした品物を軽く掲げてみせる。
「これはだな」
「はい」
「なんと、姉上からシェリルへの贈り物だ」
「････はい？」
一瞬、意味が理解できず、つい首を傾げてしまったセレストに、カナンは意気揚揚と説明を始める。
「つまりだな、今度の大晦日はシェリルが実家で過ごす最後の大晦日だろう？ だから、何か思い出になるものをと姉上が思いつかれて、これを用意されたんだ」
「リナリア様が････」
「うむ。で、渡しそびれては困るからと、姉上は僕にこれを託された」
「──それで、わざわざ････」
「そういうことだ」
「････お話は分かりました。が、カナン様」
「何だ？」
「どうして、わざわざこんな夜中に、リナリア様からの預かり物を持っていらっしゃるんです？」
ある意味、それは非常に野暮な質問だったかもしれない。
そう気付きながらも、敢えてセレストが問いかけたのは、少しだけカナンがどう答えるか聞いてみたくなったからだった。
だが。
「だって、今日は12月24日だろう？」
「ええ、確かにそうですが」
「良い子に紅布袋が、プレゼントを持ってくる夜じゃないか」
それは、この大陸南部の住人なら誰でも知っている古い言い伝えである。
一年間良い子にしていた子供に、紅布袋という精霊だか神様だかがプレゼントを持ってきてくれるというものだが、所詮言い伝えであって、今時そんなものを信じている子供はいない。
代わりに、この日は子供たちが親に欲しい物を買ってもらう日として、商店街では大々的に商戦が繰り広げられるのだ。
「･････カナン様は紅布袋ではありませんし、私も子供という年ではないと思うのですが」
ましてや、これはカナンから自分へのプレゼントでさえない。
一体どういう回答だと思いながら、溜息をついてセレストが言うと、カナンは笑った。
「いいじゃないか、昼間の内に渡してしまったら、口実にならないし」
「口実、ですか」
「うむ」
笑顔のままカナンは頷き、そして、ずっと手にしていた姉姫からの預かり物をテーブルの上に置く。
「とにかく、ことづけたからな。大晦日に実家に帰る時に持っていってくれ」
「分かりました。私からのお礼は明日、リナリア様に直接に申し上げますが、シェリルの方からも、年明けにでも御礼を申し上げに行かせます」
「そうしてくれ。シェリルが城に着てくれたら、姉上も喜ばれる」
「はい」
そして、これで用は済んだとばかりにカナンは、セレストのベッドに歩み寄り、そこに腰を下ろした。
「カナン様････」
口実、とカナンは言ったが、夜更けの宿舎にドアを叩く音が響いた時から、セレストの中にもひそかな期待は生まれている。
以前は、ただ座って話すためだけの意味しかなかった、ベッドに腰掛けるという仕草が、一つの暗黙の了解を含むようになってから、もう幾らかの時が経つ。
未だに完全には慣れることができない躊躇いを内心に覚えながらも、セレストがそっと光を紡いだような金の髪に手を触れようとした時。
「ちょっと待て」
カナンの声がかかり、反射的に手を止めたセレストは、半端に手を宙に浮かせたまま目をまばたかせた。
が、そんな従者兼恋人に構わず、カナンは邪魔なカーディガンの袖をたくし上げるようにしながら、パジャマのポケットを探り、何かを引っ張り出す。
そして、
「ほら」
「･････何ですか？」
「お前にやる」
笑顔で差し出したのは、一本のキャンドルだった。
ややずんぐりとしたシルエットのそれは、ほんのりと淡いピンクの蝋で作られており、更には側面に可憐な押し花があしらわれている美しいものだった。
「あの、カナン様、これは････」
「姉上の手作りの特製キャンドルだ」
「はあ」
「見た目が綺麗なだけじゃなくて、花のオイルまで練りこんであるから、火をつけるとすごくいい香りがするんだぞ」
いかにも誇らしげにカナンは姉姫の作品を自慢するが、しかしセレストには話が見えない。
だが、次の一言で疑問は氷解した。
「シェリルへの贈り物にするためにお作りになられたんだが、沢山作りすぎたからと僕にも何本か下さったんだ」
「シェリルへの･････では、あのプレゼントの中身も？」
「うむ。お手製キャンドルだ」
「そうですか･･･」
この国では、大晦日の夜は一年の終わりと始まりを迎える神聖な日として、家屋敷中にキャンドルを飾り、家族が揃って過ごすのが習慣となっている。
そして、来年シェリルが結婚するアーヴィング家では、今年が一家４人で過ごす最後の大晦日になる。
そんなアーヴィング家と親友のシェリルのために、リナリアはわざわざ手ずから美しいキャンドルを作ってくれたのだ。
「我が家のために勿体ないことを････」
「そんなことはないさ。シェリルは姉上の友人だし、シェリルの兄のお前も、父親のアーヴィングも皆、僕たち家族にとっては大切な存在だ。これくらいのことは当たり前だろう」
「･････普通は当たり前ではないと思いますが」
のんきすぎるルーキウス王家の人々は、いっそ呆れるほどに臣下に対して隔意がない。
仮にも由緒ある王国の直系として、その気軽さ身軽さはどうかと思わないでもないのだが、それでも王女の優しい心遣いにセレストは深い感謝を覚える。
そして、改めて目の前の主君を見つめた。
「それで、カナン様はそのうちの１本を私に贈って下さるというわけですか？」
「うむ。多少甘いが、すごくいい香りがするしな。おすそ分けだ」
「おすそ分けですか」
「そう」
カナンの気取らない、どこか可愛らしい言い回しに、セレストは微笑む。
今夜カナンが部屋にやってきてから初めての笑みを見て、カナンも満足げな笑顔になった。
「せっかくだから、明かりをつけてみないか？」
「早速ですか」
「別にいいだろう？」
「ええ。少し勿体ない気もしますが････」
「燃え尽きたら、また新しいのを持ってくるから気にするな。こういうものは一人で楽しんでも仕方ないしな」
「それはそうですね」
女性ならともかく、男が自分の部屋で一人、香りのいい美しいキャンドルに火をつけてうっとりするというのは、決して悪いことだとは言わないが、想像して楽しい光景ではない。
納得して、セレストは燭台の蝋燭の火を、お手製のキャンドルに移し、台座に立て替えた。
「ほら、いい香りだろう？」
カナンの言う通り、ほどなく清々しさを感じさせる甘い花の香りが、ふわりと辺りに立ちのぼる。
「ええ。蝋の色が炎に映えて････すごく綺麗ですね」
「姉上が作られたものだからな」
当然だ、と威張るカナンに微苦笑しながら、セレストはカナンの側へと戻り、そして隣りへと腰を下ろす。
それから、まなざしを向ければ、ずっとこちらを見つめていたカナンの瞳とぶつかって。
───どちらともなく、そっと触れるだけのキスをして、離れる。
と、カナンの小さな忍び笑いが零れた。
「やっぱり、お前が退出する時に渡さなくて正解だっただろう？」
「──そうですね。わざわざありがとうございました」
だからといって、城の中とはいえ王子が単身、夜歩きをして良いはずがないのだが、他に答える言葉もなく。
セレストは心の中で白旗を上げ、細い身体を抱き寄せてもう一度、今度は深く口接ける。
そのままキャンドルの甘い香りと、それ以上に甘い唇に溺れて。
静かに夜は更けていった。
冬物語第１弾。
仕事疲れで、気を抜いたら引っくり返りそうなくらい眠い状態で書き上げたため、まとまり悪いです(-_-;)
紅布袋の話は、某BLゲーム誌に書いてあった公式コメントから引用。
大晦日の話は、My設定。
とりあえず、こんな感じで続きます･･･。
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