Shine








優しい風に乗って、荘厳な鐘の音がどこまでも響いてゆく。
精緻なステンドグラスから降り注ぐ、万華鏡を思わせる光に包まれたカテドラルの祭壇前で、セレストは高く低く響く鐘の音を聞いていた。
もうすぐ、一番大切な人が自分の隣りへとやってくる。
まだ今日はその姿を見ていないが──正確に言えば、まだ見ることを許されていない、のだが──きっと今までに見たかの人の中で、今日の姿が一番綺麗に違いない。
そう思い、きらきらと色とりどりに煌めくステンドグラスを見上げ、大切な人の面影を胸に描きかけた時。

──厳(おごそ)かな鐘の音とともに、聖堂の正面扉が開いた。

はっとして見れば、聖堂の入り口からまっすぐに祭壇まで続く緋色の絨緞の上を、純白の裾の長いドレスを身にまとい、手には淡いピンクでまとめられたブーケを持った華奢なひとが、眩しい陽光を背にゆっくりとした足取りで歩いてくる。
そして、長い絨緞の果てにある三段のきざはし階を昇り、祭壇の前に立ったその人は、うつむきがちだった顔を静かに上げ、まっすぐにセレストを見上げた。

──繊細な顔立ちを彩る黄金色の髪は、ごく薄い透けるような純白のヴェールに包まれ、その頂きに小さなティアラがきらきらと輝いている。
そして、何よりも……どんな宝石よりも美しい青玉の瞳は、小さく微笑みながらセレストを映していて。

「お綺麗です。とても……」

思わず、そう感想を零すと、かの人はきらめくような笑顔を見せた。

「お前も今日は、すごく格好いいぞ」

さらりと、でも至極楽しげにそう言われて、セレストは今日の自分の衣装を思い出す。
今日は一生に一度の特別な日──当然、通常勤務時の平服ではなく、式典以外では袖を通すことのない王国騎士団近衛隊の礼装である。
確かに見栄えのする華やかな衣装ではあるが、しかし屈託のない口調で、それも極上の笑みと共に褒め言葉を口にされると、ひどく面映い。
心持ち赤面しながら、それでもセレストは大切な人に微笑を返す。

「ありがとうございます。そうおっしゃっていただくのは、少し恥ずかしいのですが……」
「そうか?」

ふふ、と機嫌よく笑って、かの人はセレストの隣りに立ち、正面にある祭壇と、その前で慈愛に満ちたまなざしを二人に向けている司祭に真っ直ぐに向き直った。
そして、もう一度、セレストを見上げる。

「今もすごく幸せだけど、もっともっと幸せになろうな」

美しいステンドグラスから降りそそぐ光よりも眩しい笑顔に、セレストも笑顔で力強くうなずいた。

「ええ、カナン様──」






*               *







「────…」

呆然とセレストは天井を見上げていた。
カーテンの向こうから朝の光が透けて、薄明るく室内を照らし出している。
いつもと何も変わらない、見慣れた宿舎の自室の天井を、しかしセレストは目覚めたばかりの先程から、ずっと凝視していた。

「───何なんだ……?」

ひび割れた声が、さわやかな朝の部屋に響く。

「何なんだ? 一体、何がどうして、こんな夢を見なきゃならないんだ!?」

しっかりしろ俺!!、と叫んで、セレストはベッドの上に、腹筋の力だけで飛び起きた。
だが、心臓はまだ目覚めた時のまま、バクバクし続けていて動悸が治まる気配もない。
そんな胸元のシャツを右手で握り締めて、セレストはパニくったまま、叫ぶ。

「なんで、どーして、俺とカナン様が結婚式なんだ!? それもカナン様が、ウ…ウェディングドレスで……!!」

セレストにとって、カナンは子供の頃から仕えてきた、恐ろしく手はかかるものの、大切な主君である。
十代半ばを過ぎたばかりのカナンは、外見は確かにまだ成長途上の華奢さで、ナチュラルにドレスを着こなせないこともないかもしれないし、似合わないこともないかもしれない。
が、セレストはこれまでカナンの性別を錯覚したことなど、一度もないのだ。
見間違えようと思っても、見間違えることが出来ない。そんな溌剌とした、いかにも少年らしい輝きがカナンの青い瞳にはいつでも煌めいていて、どちらかといえばひどく可愛らしい容貌にもかかわらず、少女と間違えられることなど皆無なのである。
にもかかわらず。

「どうして……!?」

よりによって、そのカナンと華燭の典をあげる夢を見てしまったセレストとしては、茫然自失するしかない。
おっとりした心優しい女性と、いつか幸せで温かい家庭を築くのが、いくら小市民と言われようと子供の頃からの憧れだったのに、夢とはいえ、あんまりにも過ぎる。

「いくら昨日、あんなことがあったとはいえ……!」

ショックのあまり青ざめたまま、セレストはシーツをかたく握り締めた。

──俗に、火のない場所に煙は立たないという。
セレストも何もない場所から、このとんでもない夢を見たわけではなかった。
昨日、少し前に知己となった男の子モンスターハンター・白鳳に嵌められて、セレストはカナンと共に、西の草原の奥にある、伝説の滝に落ちたのである。
滝壺に落ちた者は最初に見た相手と結ばれる、というとんでもない伝説は、すぐに伝説に過ぎないと判明したが、それまでの短い時間、清流に浸ったまま、セレストとカナンは本気でパニック状態に陥った。
ただの主従、それも男同士が結ばれてたまるわけがない。伝説には何の効力もないと分かって、安堵に胸を撫で下ろしたものの、一瞬とはいえ激しい恐慌は、そのまま深層心理に刻み込まれてしまったらしい。

「──だからといって夢なんか見るんじゃない、俺!」

よりによって、赤ん坊の頃から知っている、長年に渡って思いっきり手を焼かされつつも、ずっと見守ってきた大切な主君を女装させ、生涯の伴侶に迎えようとしたなど、不敬罪もいいところだ。
自分の不甲斐なさに耐え切れず、とうとうセレストはシーツに突っ伏する。
だが。

「〜〜〜駄目だ!」

すぐに、セレストはうっすらと赤面した顔で跳ね起きた。
目を閉じると余計に、夢の中で見た、ウェディングドレス姿で、これまで見たことがないほど幸せそうに微笑むカナンが浮かんできてしまい、どうしようもないのである。
夢の中とはいえ、純白の清楚なドレスもヴェールも、無数の小さな真珠で飾られた繊細な銀のティアラも、淡いピンクのブーケも、この上ないほどに似合っていた。
中身は、あくまでもセレストのよく知る、あのカナンなのに。
たとえウェディングドレスを身にまとっていても、見る者に与える印象は決して少女ではない。そんなたおやかさも柔らかさも、微塵も感じられなかった。
だがそれでも、祭壇の前で自分に輝くような笑顔を向けたカナンは、これまでに見た誰よりも綺麗だったのだ。

「──って、それじゃ駄目だろ!?」

自分に突っ込みを入れて、セレストは頭を抱える。
そのままシーツに顔を埋めていたが、やがて気分を鎮めるように深呼吸して、むっくりと顔を上げた。

「カナン様は俺の大切な主君だ、男だ、何と言ってもあの性格だ。馬鹿な夢なんか忘れろ、俺!」

ゆっくりと自分に言い聞かせて、一つ息をつく。

──が、この時点でセレストは気付いていなかった。

ルーキウス王国がいくらのんびりした国風で、王国騎士団もせいぜいが町のおまわりさん程度の働きしかしていなくとも、一応、騎士団には騎士団の体裁を取り繕うべく、それなりに厳しい規則がある。
それに拠るならば、ベッドの上で悶々としている間にも、始業時間は確実に迫りつつあるのであって。
セレストが我に帰った時には既に遅く、結局この朝、王家への忠誠と真面目さでは他に譲らない、人望厚い近衛隊副隊長殿は、朝の点呼に騎士団入隊以来、初の遅刻をしたのだった。













「今朝は、珍しく遅刻したそうだな」

突然そう言われて、セレストは思わず足元の草叢(くさむら)につまづきそうになった。

「カ、カナン様、一体どこでそれを……」
「僕の人徳をなめるんじゃない。お前が僕の知らないところで何かをすれば、すぐに皆が教えてくれるんだ」

初秋の眩しい日差しの下、緩やかに起伏する草原を歩きながら、カナンは偉そうな仕草で胸を張る。
そうしておいてから、隣りを歩く従者を見上げた。

「だが本当に珍しいな。お前は別段、寝起きは悪くないだろう? 一体どうしたのかと、僕に教えてくれた人間は皆、心配していたぞ。挙句、カナン様は原因をご存知ではありませんかと、逆に聞いてくる始末だ」
「そ、それは申し訳なく……」
「そんなことは別に構わないけどな。でも気にはなる」

どうして遅刻なんか、とカナンの大きな瞳に問われて、セレストは内心、ひどく困惑した。
一体どうして理由など言えるだろうか。
昨日の出来事に影響されて、あなたと結婚式をあげる夢を見たせいです、などと言った挙句には、正気を疑われるか、呆れられて白い目を向けられるか、大笑いされるか。
しかも、夢の中とはいえウェディングドレスを着せたなどと言ったら、この主君のことだ。ちょっぷでは絶対にすまない。呆れるどころか怒り狂って、それこそ一週間は口を利いてもらえなくなるだろう。
と、

「僕にも言えないような理由なのか?」

口ごもって沈黙するセレストの様子をどう取ったのか、カナンが小首をかしげる。
が、まったくその通りです、とはとても言えず、セレストは内心、ひどく困惑しながら無難な返答を探した。

「いえ……昨夜は少し夢見が良くなくて。夜明け前に目が覚めた後、二度寝したのが悪かったようです」

嘘も方便、と不慣れな呪文を心の中で唱えながら、どうにかごまかそうとする。
しかし、カナンは良くも悪くも好奇心が旺盛であって、簡単には流してくれない。
それどころか、

「白鳳に迫られる夢でも見たのか? なにせ昨日の今日だしな」
確かにそれじゃ人には言えないなぁ、などと、のんきな口調で核心の真横を抉るような言葉を口にされて、セレストは今度こそ本当に、何もない地面につまづいた。

「なんだ、図星なのか?」

そんな従者の様子に、カナンは少しだけ驚いたように目を瞠り、それから小さく肩をすくめる。

「それなら寝過ごして遅刻しても、仕方がないかもしれないな。あんな奴が夢に出てきたら、さすがの僕でもうなされそうだ」
「い、いえ……」

そうではない。そうではないのだが、さりとて否定することもできず、セレストは所在無く片手で前髪をかき上げる。
と、カナンがセレストを見上げて笑った。

「ま、遅刻は良くないが、たまには羽目を外すのもそう悪いことではないのじゃないのか? 生真面目な副隊長も人間だということが隊員たちに分かって」
「そんなわけないでしょう。責任ある地位に就いている以上、私は部下たちに模範を示さなければならない立場です。それが遅刻だなんて……」
「そんな気に病むな。確かに時間に遅れるのは良くないが、遅刻したからといって、具体的な罰則が我が国の騎士団にあると聞いたことはないぞ」
「確かにないですが……でも、副隊長の立場にある者がやっていいことではありません」
「お前は本当に真面目だな」

セレストの言葉にくすりと笑って、カナンは空を仰ぐ。
抜けるように青い空は、秋特有の高さで澄みわたり、ごく薄く刷毛で刷いたような雲が、天頂近くに淡い白さを添えている。
さわさわと草原を吹き抜けてゆく風は、どこまでも心地好かった。

「──それでカナン様、今日はどうなさいますか?」

午後の日差しを浴びて輝くカナンの金の髪を目の端で追いながら、セレストは話題を転換すべく問い掛ける。
すると、間髪を入れずに返事が返ってきた。

「滝の裏に封印獣がいることは昨日、確認できたからな。期限にはまだ余裕があるし、今日は一日レベルアップに費やそう」
「……またモンスターを大量虐殺なさるおつもりですか?」
「仕方がないじゃないか、Expを稼がない限り、永久にレベルはアップしないんだからな。別に僕だって殺戮が好きなわけじゃないぞ」
「それは存じていますが……」
「文句があるのなら、お前は一生、その足輪をしていればいい。その間に僕は、さくさくレベルアップして立派な冒険者になってやるんだからな」

どこまで本気だか冗談だか知れない口調でカナンは言い、気合を入れるように一つ伸びをする。
そんな主君を見つめながら、セレストは溜息をついた。

「分かりました。ですが、この草原の地形が一通り把握できたからといって、気は抜かないで下さいね。いくら順調にレベルが上がっているとはいえ、モンスターは危険な生き物なんですから」
「そんなことは言われなくても分かってるぞ。実際、僕がダンジョン内で気を抜いたことがあるか?」
「それは……ないと思いますが」
「だろう?」
いくら新米冒険者でも、そこまでマヌケじゃない、とカナンが肩をすくめるのを、セレストは複雑な気分で見守る。

(確かに、その辺の切替えはお見事なんだよな……)

幼い頃から冒険者に憧れていたカナンは、ギルドに登録して以来、毎日午後になるたび、新しいダンジョンに入るたびに浮かれた様子を見せるのだが、その割には無茶をすることは少ない。
いつもは小言も説経も右から左へ聞き流すくせに、ダンジョン内では、先達者としてのセレストの言葉にもよく耳を傾けて、意見を無視をすることもまずなく、普段の言動に慣らされているセレストにしてみれば少々意外なほど、ダンジョンの中でのカナンの行動は冷静で慎重なのである。
冒険者ギルドの経営者から重要な任務を任されたからといって、一時浮かれはしても、のぼせ上がることはなく、自分の力量をわきまえてスキル向上の努力を怠ることもない。

実際、魔法であれ剣技であれ、スキル神から新しいスキルを授けられても、それはすぐに使いこなせるものではない。
本当の威力を発揮するためにはそれなりの研鑚期間が必要になるのだが、その点、カナンの習得の速さには目をみはるものがあった。
身につけて直ぐに数度、敵と対峙すれば、それで新しいスキルの有効な使い方やタイミングを把握してしまう。
その勘の良さは天性のものもあるのだろうが、それ以上に集中力が勝っているようにセレストの目には見えた。

だから、それだけでもカナンが本当に本気で冒険者に憧れ、冒険をしたがっていたということは、セレストには遅ればせながらも十分に分かったのだ。
……非常に困ったことに。

(お遊び気分でいらっしゃったのなら、いくらでも止められたのになぁ)

いくらセレストとて、カナンに甘い顔ばかりはしていられない。半端な物見遊山気分でカナンがダンジョンに向かおうとしていたのなら、何があっても阻止した。
幸か不幸か、ルーキウス王国にある六ヶ所のダンジョンは、いずれもそれなりのレベルの冒険者や騎士にとっては、それほど危険のないモンスターの存在しか報告されていない。
が、だからといってダンジョンは、安全な娯楽施設ではないのである。レベル1の素人がお遊び気分で入っていけば、危険どころか生命にも関わる。
だから、カナンが少しでもダンジョン攻略を簡単に考えているような素振りを見せたら、セレストはどれほど不興を買っても即座に城に連れ戻し、場合によってはカナンを諌めていただくよう国王に進言するつもりでいたのだ。
なのに。
レベル1でもカナンは呆れるほど真剣で、浮ついた様子は微塵も見せず、ここまで順調に……驚くほどの速度で冒険者としての成長を見せている。

(普段の言動はアレでも、根は生真面目な方だと分かっていたつもりなんだが……)

どこかでまだ自分は、主君の器量を甘く見ていたのだろうかとセレストは、いささか自嘲気味に小さな溜息をつく。
と、それを聞きとがめてカナンが振り返った。

「どうした、溜息なんかついて?」
「いえ……何でもありません」
「何でもないなら溜息などつくんじゃない。溜息を一つつくたびに幸運が逃げていくというぞ」
「はあ」

力のない返事を返しながら、セレストは前をゆく主君の後ろ姿を見つめる。
成長盛りではあるものの、どちらかといえば小柄なカナンは、並んでもセレストの顎の辺りまでしか背が届かない。
背丈ばかりだけでなく、骨格そのものも細くて筋肉のつきかたも薄く、不健康ではないが、どう見ても普通の少年にしか見えない。
なのに、その裡に秘められた強さにはどれほどのものがあるのか。
未だに見えないその果てに思いを馳せると、目がくらむような思いがする。

──王子という立場も束縛も一時脇へ置いて、ダンジョンという特殊な環境で、初めて見えた輝き。

今、垣間見えているのは、城内では決して気付けなかったカナンの新しい……もしかしたら本質であるかもしれない一面だ。
それは長年、一番近くにいたはずのセレストでさえ目をみはるほどのまばゆ目映さで、カナンの裡に息づいている。
カナンは、この国の第二王子という立場にあって、未来の王弟として将来の道も定められている。
だから、決してありえないことなのだが──もし無限の自由と可能性を与えられたら、この少年の行く道はどれほどのきらめきを見せるのだろうか。

(──って、そんなこと考えていたら絶対にまずいじゃないか。下手したら王家への反逆罪だぞ)

慌てて自分の考えを打ち消した時、

「あ、あそこにやぎさんがいるぞ」

カナンが、はずんだ声で呼びかけてきた。

「ついているな。のらりくらりと攻撃してドラゴンナイトを召喚させれば、一度の戦闘でExpの倍額獲得が狙える」

語尾に音符でも付いていそうな口調で言いながら、カナンは手にしていたスタッフ(魔法の杖)の感触を確かめ直している。
そのいかにも楽しげな横顔に、セレストは思わず溜息がこぼれるのを感じた。

「……どうして、そうあくどい事ばかりお考えになるんですか……」
「要領よくいかねば勿体ないじゃないか。人生八十年しかないんだぞ。日が暮れる前には城に帰らなければならないんだし」
「……どういう理屈ですか」
「いいから、さっさと行くぞ」

いっそのこと幸福きゃんきゃんが出れば、一気に十倍のExp獲得で楽でいいんだが、などと呟きながら、有無を言わせず男の子モンスターに向かってずんずんと歩いてゆく主君に、当然逆らえるはずもなく。
セレストは心の中で咽び泣きながら、愛用の長剣を抜いた。













to be continued...








1つのファイルにするには長すぎるのと、作業の時間が足りないのとでファイル分割。
自家製本『Shine』は、3つのファイルに分けてupします。

内容は解説するまでもないですが、原作ゲームのプレステ版が基盤で、セレストさん視点。
冒頭のシーンは、ただのギャグです。ベタベタ〜(笑)
でも、この次から終盤にかけてはシリアスになって、カナン様視点の『ShineU』に続きます。

とりあえず待て次号(笑)






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