DAY DREAM -Heaven In Your Eyes 02-

 何もかも貪りつくすような長い長いキスを終え、静雄がゆっくりと唇を離すと、やや遅れて臨也も綺麗に睫毛の生え揃った瞼を、ゆらりと持ち上げた。
 透き通った色合いの瞳が静雄を切ないほどのまなざしで見上げ、そっとまばたく眦(まなじり)は、まだ乾き切らない涙に濡れている。
 そんな臨也の目元に優しいキスを落としながら、静雄は臨也のパジャマに手をかけて、既にボタンが全て外されていた上をするりと脱がせ、下も同じように脱がせる。
 そうして顕わになった細い肢体を見下ろした静雄は、その形の美しさに胸が詰まるような感動を覚えた。
 恋人として付き合い始めてから一年余り、既に見慣れた造形であるのに、どれほど見ても見飽きない。
 ほっそりとした骨格は端整に組み上げられ、その表面をしなやかな筋肉と染み一つないなめらかな肌が覆っている。
 一見、ひどく華奢であるのに全く弱さを感じさせないのは、細くとも肋骨が浮くようなことは全くなく、体の隅々までよく鍛えられていることが見て取れるからだろう。
 そんな臨也を見つめながら静雄がいつも思うのは、鍛えているとはいえ、よくもこんな細い体で自分に喧嘩を売ってくるものだ、ということだった。
 臨也は出会ったその瞬間から、他人をけしかけるのみならず、面と向かって静雄を怒らせることも厭わなかった。無論、腕力では敵わないから最後には逃走を図るのだが、その前段階まではナイフ一本で静雄に立ち向かうことも躊躇わないのだ。
 そして臨也は、そんな怖いもの知らずな真似をするだけのことはあって、事実、静雄と相対するのに足るだけの反射神経と運動能力を持っている。その最たる成果が、彼の特技であるパルクールだ。
 臨也のパルクールは、元はと言えば、キレた静雄から逃げ延びるために身に付けたものである。
 しかし、高校や街中でいがみ合っていた頃には静雄は気付けなかったのだが、よくよく考えるまでもなく、専門的な訓練を受けたわけでもない少年がパルクールを身に付けるなど、相当な無茶な話である。にもかかわらず、臨也は静雄と対峙するために──言い換えれば、対等に伍するために、努力を重ねて彼自身の技量をそこまで引き上げたのだ。
 臨也は当時の自分は、静雄に対する感情の自覚など無かったと言い張るが、どういう方向にせよ、強い気持ちが無ければ超絶的なパルクールの技巧を身につけることなど、絶対に不可能だっただろう。
 そうして造り上げられた臨也の身体は、今や静雄と対等に──共に在り続けるためにだけあると言っても、もはや過言ではない存在であって。
「臨也」
 この腕も脚も、肩も首も。
 細胞の一つ一つにまで、どんな無茶を重ねてでも静雄と対等にあり続けようとした臨也の想いが詰まっている。
 そう思うと髪一筋までもが愛おしくて、静雄はリネンに散る臨也の黒い髪を梳くように撫で、目元にそっとキスを落とす。
 そして、こつんと痛くない程度に額と額を重ねた。
「今更だけどよ。俺にはずっと、お前が居たんだな……」
 そう呟くと、臨也はきょとんとまばたきし、それから静雄の言う意味を理解したのか、ふわりと泣き笑いのような笑みを浮かべた。
「そうだよ」
 うなずき、季節を問わず長袖を着ているせいで透き通るような、しかし、決して不健康ではない白さの細い腕を静雄に向かって差し伸べ、臨也はぎゅっと静雄を抱き締める。
「どれだけ追い払ってもしつこく纏わりついて、離れていかないノミ蟲野郎。暴力を抑えられない自分が大嫌いなシズちゃんが、自分よりも嫌いなたった一人の人間──それが俺だっただろ」
「ああ」

 ───かつて、制御の利かない暴力に絶望し、己への怒りと嫌悪に打ち震えていても、目の前に臨也が黒い姿を現せば、全てが吹き飛んだ。
 怒りも嫌悪も自分ではなく臨也へと向かい、そして他の何も見えなくなる。出会ってから十年近く、その繰り返しだった。
 その間、静雄はいつも、家族以外には愛されない孤独を噛み締めていたが、本当は独りではなかったのだ。
 優しくも温かくもない繋がりだったが、確かに臨也は、いつでもそこに居た。
 手を伸ばせば届きそうで届かない、ギリギリの距離で静雄を見つめて挑発的に嗤っていたのだ。

「俺はシズちゃんを世界一嫌いだったから、シズちゃんにも他の誰よりも俺を嫌いでいて欲しかったんだよ。そうじゃなきゃ不公平だろ」
「だから、なんでそこで不公平だっつー結論が出てくんだよ」
 切なさ半分、呆れ半分で苦笑しつつ、静雄もまた臨也の細い身体を抱き締める。
「本当にお前は馬鹿だよな」
「馬鹿って言う奴が馬鹿だって知ってる?」
「知ってるっつーの。いいんだよ、俺は馬鹿で」
 馬鹿でなければ、臨也のような人間を相手に、出会ってから十年目にして生涯の恋に落ちたりはしないだろう。
 だからこれでいいのだ、と静雄は臨也の唇に触れるだけのバードキスを落とす。
 すると、臨也もまた触れるだけのキスを返し、そして静雄の肩を軽く押して体勢を変えることを求めた。
 それに逆らわず静雄が上半身を起こせば、臨也もまた、しなやかな動きで上半身を起こす。
 そして、心臓に一番近い指にのみプラチナのリングを嵌めた両の手を伸ばして静雄の頬を優しく撫で、そのまま下方へと向かって肌の上を手指を滑らせた。
「まぁね、賢いシズちゃんなんて俺のシズちゃんじゃないし」
 そんな風に言いながら、臨也は静雄のパジャマのボタンに指をかけ、一つ一つを外しながら、あらわになった喉元に唇を寄せ、綺麗に浮き上がった喉仏の下の窪みに唇を押し当てる。
 ちゅ、と可愛らしい音を立てて肌をやわらかく吸い上げ、ボタンを全て外し終えたパジャマを静雄の肩から引き下ろしながら、鎖骨にかぷりと歯を立てる。
「くすぐってぇよ」
 肌の上に感じる小さな歯の硬質な感触に静雄は含み笑って、そんな臨也の背中を大きな手のひらで優しく撫で下ろした。
「…っ……ん…」
 ゆるやかにやわらかく撫でるだけで、臨也は小さな吐息を漏らして肩を震わせる。一度達したばかりでもあり、肌がいつも以上に過敏になっているのだろう。
 それでも、やめろとは言わず、臨也は静雄の肌に口接けを繰り返し、そのなめらかな感触を手のひらに刻み込もうとするかのように触れ続けた。
 静雄の体温よりも幾分温度の低い手指が、胸板を撫で下ろし、腹筋の隆起をたどって下へと降りてゆく。そのまま指先をパジャマのズボンにかけられて、静雄も抗うことなくその要求に従った。
 だが、素裸になったところで、既に反応し始めている下腹部に指を伸ばしかけた臨也を、静雄は黒髪を撫でることで制する。
 なんで?、と目線だけで問われて、淡く苦笑しつつ答えた。
「今日は全部、お前ん中で達きてぇんだよ」
 臨也に奉仕されるのが嫌なわけではない。いつでも蕩けるように気持ちいいが、今夜はそれよりも早く一つになりたい欲求の方が強くて、自分を抑えられないのだ。
 そんな静雄の想いを感じ取ったのか、
「──いいよ」
 臨也もまた淡く笑んで、伸び上がるように静雄の唇に自分の唇を重ねて軽くついばんだ。
「好きにしていいって、言ったよね?」
「あー、そりゃ聞いたけどな」
 けれど、と静雄は思う。
「別に好き勝手したいわけじゃねぇし、お前がして欲しいことやしたいんことがあるんなら、俺もできる限り聞くぜ?」
 そう告げると、臨也は少しだけ考えるような目をした。

「じゃあ、余計なことは何にも考えないで、俺を可愛がって」

 三秒程の間を置き、再び静雄を見上げて。
 そんな言葉を臨也は紡ぐ。
「俺だけを見て、俺のことだけ考えて」
「……いつだって、SEXん時はそうしてるだろ」
 臨也の言葉を数秒ばかり吟味してから、静雄は、いつもとどう違うのだと臨也を見つめ返す。
 と、臨也はその視線の先で、ふわりと笑った。
「そうだよ、いつもと一緒でいいし、もっとシズちゃんのしたいようにしてくれていい。いつでも俺は満足してるし、本気で嫌だと思うことは、シズちゃんには一番最初の時から一度だってされたことなんかない」
 だから、そのままで、と臨也は微笑む。
 そして、両腕を伸ばして静雄の首筋に絡め、ぎゅっと抱きついた。
「好きだよ、シズちゃん」
「そりゃあ俺の台詞だ」
 いつになく素直に好きだと繰り返してくる臨也に、胸の奥が切なく疼く。
 付き合い始めて、既に一年。まだ一年、なのかもしれないが、臨也のやることなすこと全てが、未だに静雄の胸を締め付けてやまない。
 永遠の愛の象徴とはいえ、所詮、指輪は指輪である。それなのに、これほどまでにも喜び、全てを投げ出してくる臨也が可愛くて、愛おしくて、どうにかなりそうだと思いながら細い肢体を抱き締め、温かな肌を首筋から腰までゆっくりと撫でる。
 そして、また小さく身体を震わせた臨也に、ゆっくりと口接けた。
 舌先を触れ合わせ、そのやわらかな感触を堪能してから、更に奥へと進む。綺麗にそろった歯列を撫で、隅々まで確かめるように触れて、臨也がかすかにでも反応した箇所には更に丁寧に触れる。
 すると、仕返しとばかりに舌を甘噛みされて、そのくすぐったさに含み笑みながら、臨也の一番弱い上顎の奥をやわらかく舌先でくすぐってやる。
「…っ…ふ……ん、んっ…」
 喉奥からくぐもった声が漏れるのにも構わず、びくびくと震える身体を抱き締めたまま執拗に愛撫を続ければ、やがて臨也の身体からがくりと力が抜けた。
 それでも、静雄の首筋に縋りつく両腕の力は緩むことなく、臨也は体重の全てを静雄の腕に預け、身体を小さくおののかせながら静雄のキスに懸命に応える。
 本当に可愛すぎるだろ、と思いながら、そろそろ限界を見て取った静雄は、最後に濡れた下唇にやんわりと歯を立てて、なめらかな表面をぺろりと舐め、ゆっくりと唇を離した。
 そして、目を閉じたまま頼りなく喘ぐ臨也を、そっとシーツの上に横たわらせる。
「──あ…」
 さらさらとしたリネンの感触に少しだけ自分を取り戻したのだろう、臨也がぼんやりと目を開けて静雄を見上げる。
 さすがにキスだけで達したということは無さそうだったが、それに近い状態であるらしいことは見て取れて、静雄は白い額に散る黒髪をそっと指先でかき上げた。
「大丈夫か?」
「……うん……」
 声は聞こえているらしい。うなずきながら臨也は、静雄の手に自分の手を重ねるようにして、手のひらにそっと頬をすり寄せる。
「シズちゃん……」
「ん?」
「先に進んでもらっていい? 何か俺、今日はあんまり持ちそうにない……」
「みたいだな」
 もともと臨也は、普段から感じやすい身体を持て余している節があるが、今夜は尚更にそれが顕著になっているようだった。
 それは、言い換えれば、これまで押し込めていたものが全て解放されているということなのかもしれない、と静雄は思う。
 SEXの時には割合、率直に要求を口にする臨也だが、だからといって何もかも素直にさらしていたかというと、それは違う。
 ベッドの上での臨也は、嘘をついているわけでも隠し事をしているわけでもなかったが、ただ、何もかも幸せすぎる夢のような、そんな非現実感を心の奥底にひそめていることを、静雄は付き合い始めた一番最初の頃からずっと感じていた。
 しかし、今はそれが感じられない。
 たった指輪一つのことではあるが、永遠を誓うそれが左手の薬指にある、その感触を得て、臨也は長い長い片想いに今夜、やっと本物の終止符を打ったのだ。
 臨也自身がそれを自覚しているかは分からない。それでも、身体は心に素直に反応している。何もかもを解放し、受け入れたがっているのが静雄には分かる。
「臨也」
 望むままに全てを与えてやりたくて、大丈夫だ、と唇についばむだけのやわらかなキスをすると、臨也は気だるげな仕草で右手を上げて、静雄の頬をそっと撫でた。
 そのやわらかな感触に目を細めて、静雄はゆっくりと臨也の肌の上に手を滑らせる。
 すると臨也は目を閉じ、その感覚を受け止めて細く甘い声を上げた。
「ふ……ぁ、シズ、ちゃん……」
 胸元を手のひらでやんわりと撫でれば、それだけで敏感な体はおののくように小さく震える。
 その反応を見つめていると、じっくり愛してやりたい気持ちが沸き起こるが、ここまででも随分焦らした形になってしまっているし、先に進んで欲しいと懇願もされている。
 加えて静雄自身も、今夜は早く臨也と一つになりたかった。
 だから、徒(いたずら)に触れるのは止めて、胸の上に置いた手のひらを、腹筋が薄く浮き上がった腹部へとゆっくりと滑らせる。と、びくりと体を震わせて反応した臨也が、静雄の名前を呼んだ。
「シ、ズちゃん……っ」
 単なる睦言ではなく、意志の込められた声音に顔を上げると、潤んだ目元を赤く染めた臨也が静雄を見つめていて。
「前はいいから……後ろ、触って……? 今触られたら、すぐに達っちゃうから、さ……」
「──分かった」
 また甘く懇願されて、静雄自身もひどく煽られるのに内心で苦笑しながら、求められるままに形よく引き締まった腹部から尖った腰骨を掠めて、ほっそりとしなやかな大腿へと手のひらを滑らせる。
「…っ、あ……んっ…ん、…や…っ」
 体毛の薄いすべやかな肌の感触を手のひらに心地良く感じながら爪先まで辿り着き、貝殻細工のような爪を愛で、足の甲の薄い皮膚を撫でて土踏まずや踵をくすぐってやれば、臨也の声がすすり泣きを帯び、口元を手の甲で押さえたせいで、くぐもった嬌声が喉の奥から零れた。
「コラ、声殺すなっていつも言ってんだろ」
 そう言いながら、今度はくるぶしの尖った骨の形を確かめ、必要十分の筋肉が綺麗についたふくらはぎを手のひらで包むようにしながら、上へと撫で上げる。
 すると、臨也は心外だとばかりに、途切れ途切れに抗議してきて。
「──べ、つに…っ、ころ、し…てる、わ、…んんっ、わけ、じゃ…っない……!」
 声を聞かせるとか聞かせないとか、そういう問題ではなく、やんわりと触れられる感覚にただ耐えられなくて、縋るものが欲しくて自分の手に歯を立てたのだ、と言いたいのは、臨也の癖を熟知している静雄には十分察することができた。
 だが、結果的に甘く濡れた声が半減してしまうのは、やはり物足りなかったから、空いている左手を伸ばして、臨也の口元にあった手をやんわりと包み込む。
「…シズちゃ……」
「感じすぎて辛いなら、俺の手に爪立ててろ」
 そう告げてやると、臨也は乱れた呼吸を浅く付きながら静雄を見上げ、数度まばたきしてから、キスして、と小さく呟いた。
「ん……」
 やわらかく唇を重ねて、差し伸べられた舌を自分の舌先でやんわりとくすぐるように絡ませ合う。もっと深く貪りたい気持ちもあったが、それでは臨也を追い込むばかりになってしまうために、程々のところで静雄は唇を離し、最後に軽いバードキスを落とした。
 そして片手を繋いだまま、もう一度愛撫を再開する。
 女性のようなやわらかさは無くとも、すべすべと心地良い感触の内腿を撫で、その刺激に耐えられないように筋肉が震えるのを感じながら、脚の付け根の際どい箇所をゆっくりと指先で何度も掠める。
「あ…、やぁ…っ…触って…、触っ…て…っ、シズちゃん……っ」
 やがて、もうたまらないとばかりに臨也の腰が浮き上がり、奥まった蜜口を静雄の眼前にさらけ出した。
 まだ何も触れていないのに、淡い色をしたそこは伝い落ちた蜜にしとどに濡れて、おののくようににひくついている。
 今すぐ満たして欲しいと懸命に訴えかけているようなその様子に、静雄はもう焦らすのはやめて、一旦臨也と繋いだままだった手を解き、ローションの小瓶を取って、粘度の高い液体でたっぷりと手指を濡らした。
 そして体温でローションが温もるのを少し待ってから、指先をそっとそこに押し当てる。途端、臨也はびくりと身体を震わせ、静雄が指という異物の感覚を馴染ませるように蜜口の表面を丸く撫でると、もっと強い刺激を求めるかのように腰をもじつかせた。
「や…っ、も…焦…らさ…ないで……っ!」
「焦らしてるわけじゃねぇって」
 甘やかにすすり泣きながら先をねだられて、静雄は苦笑する。
 いつもに比べれば、かなり手順を省略しているのだが、それでも臨也にとってはもどかしくてたまらないらしい。望むままに一息に貫いてやれればいいのだろうが、そんな真似をしたら繊細な粘膜を手酷く傷付けてしまう。
 だから静雄は、すぐさまに繋がりたいと渇望する肉体的な欲求と、臨也を思い切り甘やかしてやりたいと思う精神的な欲求と、二つの内なる欲に強く枷をかけて、ゆっくりと指先を蜜口に沈めた。
「ふ、ぁ…、あっ…っ…、あ……!」
 どれほど欲しがっていたのか、とろけるような感触で静雄の指を受け入れた粘膜は、静雄が指を根元まで埋めると一呼吸置いてから、きゅうっと絡み付いてくる。
「…やっ、…や、だぁ…っ…シズちゃん…っ、足り、ない…っ…!」
 そして臨也は、静雄の指をきつく締め上げ、うわずった声で全然足りないと訴えながら、嫌々と子供のような仕草で首を横に振った。
「も……やだ…っ、早く…っ…」
「まだ無理だっつーの。もう少し我慢しろ。な?」
 言いながら、静雄は挿入した指をやわらかく動かす。臨也が甘くすすり泣く声に猛る己を押さえ込み、忍耐強くゆるゆると刺激をしているうちに、きつく静雄の指を締め上げていた内部が一番最初の緊張を解いて、もっと…と更なる刺激を貪欲にねだり始める。
 その感触を十分に確認してから、静雄は慎重な動きで指を増やした。
「あ…ぁ……、シズ、ちゃん……っ」
「痛くねぇか?」
 泣き出しそうに眉をしかめる表情が決して苦痛からではないと見て取りながらも、念のために問いかけると、臨也は小さく必死に首を横に振って否定する。
「シ…ズちゃんの、指…気持ち、いい…っ…」
 もっと奥に来て、と泣き濡れた瞳で見上げてねだる臨也に、静雄は内心、勘弁してくれと苦笑いしながらも、煽んな、とだけ呟いて臨也の唇にバードキスを落とした。
「もう少しな」
「ん……」
 臨也の負担を軽くするためにしている愛撫だということは、臨也自身も分かっているのだろう。静雄の言葉に焦れて泣きそうな顔をしながらも、こくんとうなずく様子はひどく可愛らしくて、うんと優しくしたいという想いと、喰らい尽くしたいいう欲望とが同時に込み上げる。
 早くしないと、むしろこちらの方がヤバいと思いながらも、しかし、静雄は決して自分の欲望のために先を急いだりはしなかった。
 臨也は一番最初の時から、静雄とのSEXを拒んだことは一度も無いが、本来はノーマルな性嗜好を持っている男が男に抱かれるということが決して精神的に簡単でないことは、静雄も良く分かっている。
 静雄自身、臨也が望むのなら抱かれる側になっても構わないという思いは今でも持っているが、それも臨也が相手だからだ。
 全てを受け入れて愛したいと思わなければ、到底、同性とのSEXなどできるはずがない。
 それだけの想いを向けて、本来ならば開かれるべきではない身体を開いてくれるのだから、どれほど激しい性衝動に駆られようと、静雄は絶対に臨也の負担になるような真似はしたくなかった。
「臨也」
 ゆきずりの行為ならともかくも、愛し合う恋人同士であるのなら、精神的にも肉体的にも最上の愛情表現でなければ、SEXなどする意味は無い。それは絶対の不文律だ。
 単純なほど純粋にそう信じている静雄は、好きだと囁きかけながら、いつもにも増して優しく臨也のやわらかな内襞に触れ、二本の指にも十分に馴染んだのを確かめてから、更にもう一本指を増やす。
 さすがにここまで来ると少し辛いのだろう。臨也はかすかに呻くような声を上げたが、それでも拒絶することはなく、自分から深呼吸して静雄の指を受け入れようとする。
 その愛おしいばかりの仕草に、ぐっと胸が締め付けられるのを感じながら、臨也の涙に濡れた目元に口接けを落とし、あえかな喘ぎを零し続ける唇に、臨也が苦しくならない程度に何度もキスを繰り返した。
「…シ、ズちゃん……っ」
 ギリギリまで感覚を高められた身体は、さほど時間をかける必要もなく増やされた指にも馴染んで、臨也が切なげに切羽詰まった表情で静雄を見上げる。
「も……来て…っ、もっ…と、いっぱいにして……」
 何もかも静雄で埋められたい、それだけでいっぱいになりたいと求められて。
 静雄もずっと抑え込んでいた欲望が切なく、そして、どうしようもないほどに疼くのを感じた。
「ああ」
 ちゅ…、と唇に触れるだけのやわらかなキスをして、臨也の裡から指を抜く。そして、静雄は手早く新たなローションを自身の猛った熱に塗り込めて、臨也の最奥に押し当てた。
「臨也」
 名前を呼び、シーツの上に投げ出されていた臨也の左手に自分の右手を重ねると、すがるように細い指が絡んでくる。その指に仄冷たい金属の感触を感じて、たまらないほどの愛おしさが湧き上がった。
 こいつは俺のものだ、と強く思いながらぐっと腰に力を込めれば、濡れた音を立てて熱が飲み込まれてゆく。
「──っ、あ……! ふ、あ、ああ…っ…!」
 指を遥かに超える質量と熱量に、臨也は首をのけぞらせて甘く切れ切れの嬌声を上げ、きついほどに静雄の熱を締め付けた。
「シズ…ちゃん……っ、シズちゃん…っ…」
 時間をかけて全てを収めた静雄が動きを止めると、臨也はぎゅっと絡めた指に力を込めながら、それしか呼ぶものが無いような声で静雄を呼び、泣き濡れた瞳で見上げてきて。
「好きだ、臨也。愛してる」
 静雄は、込み上げる感情に押し流されるように睦言を囁きかけながら、唇を重ね、甘い口腔を貪る。
 そして長いキスを終えて唇を離すと、臨也もまた、細くかすれた甘い声で囁いた。
「俺も…愛してる。本当に君だけ……」
「知ってる」
 透き通った色合いの瞳から、ほろほろとまた零れ出す涙を唇でぬぐってやりながら、静雄も絡めた指にそっと力を込める。
 だが、臨也の涙も言葉も、それだけでは止まらなかった。

「俺、本当にシズちゃんさえ居ればいい……。もう他に何にも要らない……」

 その言葉を聞いた途端。
 静雄の脳裏には幾人もの人影が浮かび上がる。
 両親、弟、先輩、後輩、同級生、街の友人たち。
 だが、その幾人もの面影を通り過ぎて、一番最後に浮かんだのは。

 ───黒ずくめの服装で、挑発的に静雄を見つめ、嗤う、世界で唯一人の存在だった。

「俺も、お前だけが残ればいい」
 そう答えて、静雄は指を絡めた手を引き寄せ、すんなりと細い薬指にキスを落とす。
 家族も友人も恩人も、決して裏切ることはできないし、見捨てることもできない。それは静雄の生まれ持った性分だ。
 だが、それでも一番最後に残るのは──意識無意識に選んでしまうのは、折原臨也だった。
 世界でたった一人、赤の他人でありながら静雄の本質を見つめ、静雄だけを欲し続けた存在。
 この目の前の存在だけは、何があっても失えない。
 失ったら、家族がいようと友人がいようと恩人がいようと、世界は色を失ってしまうだろう。肉体だけは生きてゆけるかもしれない。だが、心に開いた穴は一生、埋まらない。
「お前は、俺の全部だ」
 ありったけの真摯さを込めて、そう告げると。
 臨也は驚いたように目をみはった。
 泣き過ぎて赤らんだ眦(まなじり)から止まる気配のない涙が、後から後から零れ落ちてゆく。
 そして臨也は、静雄を見上げたまま何度かまばたきし、何かを言いたげに唇を小さく動かしたが、何ひとつ言葉にはならず。
 顔をくしゃりと歪めると、ぼろぼろと泣きながら繋いでいた手をほどいて、静雄の首筋にすがりついた。
「臨也」
 懸命に押し殺してはいても零れてしまう嗚咽と、しゃくりあげる度に大きく震える身体に、静雄もまた、目の奥が熱くなる。
「そんなに泣くな、臨也」
 体を深く繋いだままであり、苦しい体勢だろうに必死にしがみ付いてくる細い身体を抱き締め、汗にしっとりと濡れた背中を優しく撫でてやれば、すり…と頬を首筋に擦り付けられて、更にたまらなくなった。
「臨也」
 ほっそりとしたうなじを撫でて、くすぐったがるように臨也が少しだけ首をすくめ、縋りつく腕の力を緩めたのを見計らって、ちょうど口元に来た耳をやんわりと食(は)む。
 そのまま歯を立てて貪り尽くしてしまいたい衝動を強引に抑え込みながら、薄くやわらかな耳朶を甘噛みし、綺麗な曲線を描きながら続く耳の下の肌へと唇を這わせた。
 あまりきつく愛撫すれば痕が残ってしまうと、頭の片隅で分かってはいたが、どうにも止まれない。
 情報屋などという危ない橋を常に渡るような仕事をしている臨也は、自身の個人的な情報が外に漏れることを極端に嫌がるため、おそらく身体に情事の痕跡が残ることも厭うだろうと、いつもは自制しているのだが、今夜は感情の箍が外れてしまっているらしい。
 頚動脈の上の白い肌に薄紅の花びらのような痕が浮かび上がったのを見て、静雄の内なる何かがぞくりと震える。
 だが、全ての理性が飛んでしまっているわけではなかったから、静雄は、悪い、と臨也に正直に詫びた。
「痕、付けちまった」
 ここに、と薄紅の鬱血に指先で触れながらそう告げると、臨也は言葉の意味を理解しようとするように、静雄を見上げてまばたきする。
 その弾みに、また透き通った水晶のような涙がほろりと零れ落ちて。
「──いいよ」
 数秒間、静雄の言葉について考えたようだった臨也は、泣き濡れた顔のまま、春の花がほころぶように小さく微笑んだ。
「痕が消えるまで、外に出なければ済む話だから。今日は、いっぱい付けて」
「……本当にいいのか?」
「駄目だったら駄目だって、俺はちゃんと言うよ」
 思いがけない答えに驚き戸惑う静雄に、臨也はふんわりと笑みを深める。
 そして、指先にまで愛情のこもった仕草で、静雄の頬を撫でた。
「好きにしていいよ、シズちゃん。殺されても文句は言わないって、俺、言ったよね?」
「でも……」
「痕なんて何てことないよ」
 小さくかぶりを振って、臨也ははっきりと断言する。
「これまで俺の仕事を気遣って、痕を付けないようにしてくれてたのは、すごく嬉しい。シズちゃんが俺を大事にしてくれてるのは本当に嬉しい。でも、そういうシズちゃんだからこそ、俺に何をしてもいいんだよ」
 真っ直ぐに静雄を見つめてそう告げる臨也は確かに微笑んでいるのに、その瞳からは、また涙がほろほろと零れ落ちる。
 一夜のうちにどれだけ泣くのかと思いながらも、その涙に込められた想いが分からない静雄ではなく。
「好きな奴を大事にするのは当たり前のことだろ」
「それでも」
 指先でそっと涙をぬぐってやりながら告げれば、臨也は、その『当たり前』のことがすごく嬉しいんだよ、と泣き笑いながら、静雄の顔を自分の方に引き寄せて、唇に触れるだけのキスをした。
「いっぱい愛して、シズちゃん。俺は全部、シズちゃんのものだから」
「──ああ」
 これだけの想いを向けられて、他に言うべきことなどあるはずもない。
 静雄は短く、だが心の底から応じて、臨也に深く口接けた。
 甘くやわらかな舌に自分の舌を絡め、うんと優しく貪る。
 どれほどの優しさと愛おしさを注いでも足りないと思いながら、ずっと繋がったままだった下半身をゆるく揺らした。
「──っあ……!」
 途端に臨也の全身がびくりと震え、離れた唇から高い嬌声が零れる。
 その声を甘く聞きながら、二度、三度とごく緩く突き上げてやると、十分過ぎるほどに熱く熟れた柔襞がきゅうっとひくつきながら絡み付いてきて、静雄もまた、熱い息を吐いた。
「お前ン中、すげぇ気持ちいい……」
 単に生理的な快感ばかりではない。誰よりも愛し、そして愛されていることを知っているからこそ、魂まで蕩けんばかりに心地良い。
 こうして一つに繋がり、共に歓びを得られることが何よりも幸せだと感じる。
 そして何よりも、この幸せをくれる臨也が愛おしい。
「臨也…っ」
「ひぅ…っ、あ……ぁんっ、あ、っあ…シズ、ちゃ……っ!」
 腰を揺らめかすたびに、臨也の唇から甘く蕩け切った声が零れる。
 もっと気持ちよくしてやりたくて、白い肌の上にゆっくりと手を滑らせ、胸元を優しく愛撫してやると、途端に締め付けがきつくなった。
「…は、ぁ…ん、あっ……気持ち…い…っ、も…、溶け…そぅ…っ」
 静雄の律動に合わせて臨也の腰も揺れ、熱く柔らかな内壁がひくつきながら奥へ奥へといざなってくる。
 抗わずに深みをやわらかく突いてやれば、臨也のすすり泣く声が更に甘く透き通った。
「…そ…こ……っ、そこっ、駄目…っ…!」
「駄目? どうしてだよ?」
「ふ、あぁ…っ! かん、じ…すぎちゃう…っからぁ……っ…駄、目…っ!」
「──だったら、こうしたらどうなる……?」
 臨也の感じる箇所など、とうに知り尽くしている。
 駄目だと言われた深い部分を、雁の先端と暈の部分を使ってぐりぐりと捏ね、擦り上げてやると、臨也は箍が外れたように甘い声を上げて泣きじゃくった。
「ひあ…っ…、や、い…ゃ…っあ、ああ…っ、あ…っ…んあっ…!」
「あー、くそっ、すげぇ、いい……っ」
 臨也が快感を得れば得るほど、柔襞もとろけるような感触で静雄の熱に吸い付いてくる。
 おそらくは最初の絶頂が近いのだろう、びくびくと震えながら熱に絡みついてくる感触は、まるで千もの舌に舐めしゃぶられているような心地よさだった。
 その感触に耐え切れず、静雄は再び律動を開始する。一定の強さで繰り返し深いストロークを打ち込むと、臨也が切れ切れに悲鳴のような嬌声を上げた。
「ああ…っ、や、駄目っ…い…っちゃう…っ! やぁ…っ…!」
 駄目、と切羽詰まったように、臨也はのけぞらせた首を左右に振る。
 だが、ここで止めてやる気は静雄には無かった。
「達けばいいだろ…っ」
 リズムを保ったまま、浅い部分から深い部分まで感じやすい箇所ばかりを狙いながら数度突き上げてやると、臨也は全身をのけぞらせて高い悲鳴を上げた。
 途端にとてつもない勢いで熱を締め付けられ、静雄も思わず奥歯を噛み締めて、込み上げた灼熱の衝動を耐える。
 が、静止したのは僅かな間のみで、頂点を過ぎて微かに締め付けが緩んだのを見計らい、そのままゆるゆると腰を動かし続ければ、臨也は全身を震わせるようにして嫋々とすすり泣き始めた。
「───ぁ…う…、ふぁ…っ、うご、いちゃ…駄目ぇ…っ…!!」
 制止の言葉は口にするものの、細い腰は静雄の動きに合わせて揺れ、後孔への刺激のみで達したために未だ欲望を開放していない熱からは、とろとろと蜜が零れ落ちてゆく。
「気持ち、いい…っ…、ひ、ぁあ…っ気…持ちいいの、止まん、ない……っ!」
「でも、こうして欲しかったんだろ……?」
「…うん…っ、すごい、気持ち、いい…っ、う…れしい……っシズちゃん…っ…」
 声を震わせて甘くすすり泣きながら、臨也は泣き濡れた瞳を懸命に開いて、静雄を見上げる。
 その表情が愛おしくて唇を重ねれば、臨也は懸命に舌を絡めてきて、二人して甘い口接けに夢中になった。
 ───連続絶頂、俗にいうイきっぱなしの状態は、男の場合は基本的に後ろへの刺激のみで起こり、射精するとそこで快感は終了してしまう。逆に言えば、前に触らなければ、その分起こりやすくなるのだ。
 とはいえ、精神的な要因も大きく、パートナーを信頼して行為に溺れ切ってしまわなければ、そこまで到達することはできない。
 そんな風にハードルが高いからこそ、そこに辿り着けた時の肉体的精神的な歓びは半端なものではなく、ゆえに、今夜は二人とも口には出さずとも、そうなることを願っていたのであって。
 独りでは決して得られないその歓びに、二人してただ溺れる。
「──っあ、ひぁっ、も…気持ち、よすぎて…っ、死…にそう…っ」
「俺もだ」
 快感の度合いで言えば、臨也の方が受身の分、深いだろう。だが、精神的な幸福感は決して勝るとも劣らない。
 そして、そんな静雄の言葉を、臨也はこんな状態でもきちんと拾ったようだった。
「ほ…んと? っ、あ…、シズちゃん…も、ちゃんと…っ、気持ちいい……?」
 震える声でよがり泣きながら、懸命に、と形容してもいい程に真剣に問いかけてくる。
 そんな臨也が可愛くて、静雄は微笑みながら、臨也の汗に濡れて張り付いた前髪を優しく梳き上げ、あらわになった額を愛おしさを込めて撫でた。
「すげぇ気持ちいい。こんな幸せな気分になったこと、今までにねぇよ」
 正直な想いを告げると、臨也は乱れた呼吸を浅く繰り返しながらも切なく瞳を揺らし、喜びに満ちた微笑みを淡く刻む。
 が、その笑みも、静雄がやわらかく揺らすような律動を止めないせいで、すぐに快楽に耐える表情にまぎれてしまい、再び言葉にならない甘い悲鳴が唇から零れ落ち始めて。
「は…シズちゃん…っ…あ、ん…っ」
 蕩けるようにやわらかく、しかし容赦なく締め付けてくる柔襞に、静雄もまた熱い息をつく。
「マジで…すげぇな……」
 そして少しだけ繋がる角度を変え、やや上方から勢いをつけて深く熱を突き込むと、最奥まで侵食するその衝撃に臨也は声を震わせて泣きじゃくった。
「あ、ああ…ぁっ、も…う駄目…っ…! こ、れ…っ…おか…しく、なっちゃ……っ!」
「だから、おかしくなっていいって、言ってんだろ……っ」
「ひ、ぅ…っあ、ああ…っ、も、だ…め…っ…あ、んっ、駄目、だって…ば…っ……!」
 気が狂う、と箍が外れたように甘く泣き叫ぶ臨也に、静雄はふと律動を緩め、浅い所でゆるゆると遊ばせる動きに変える。
 すると臨也は、しゃくりあげるように荒い息をつきながら、きゅうっと静雄の熱を締め上げた。
「おい、そんな締めんなって」
「だ…って、シズちゃ…ん、動…いて、くれな…っ…」
「動いてんだろうが」
「やだ…っ! 足り、ないっ……もっと…奥…っ…!」
 先程はおかしくなりそうだと泣きじゃくっていたくせに、今度は泣き濡れた瞳で懸命に静雄を見上げながら、臨也はもどかしげに自由の利かない下半身を小さく揺らめかせる。
「お…願い、シズちゃん……っ、もっと…して…っ…壊れる、くらい…、して……っ」
「──だから、壊さねぇっての」
 甘過ぎる強請りに静雄は微苦笑して、臨也の薄く開かれた唇にキスをする。
 小さな顔の横に手を突き、深く舌を絡めて口腔を貪りながら、意識的に下腹部を密着させて緩く腰を揺らせば、後孔ばかりでなく臨也の熱をも刺激する形になり、臨也はキスを振りほどいて高い悲鳴を上げた。
「やっ、ああ…っあ、ひぁ…っ、あ…シ、ズちゃ…っ…、シズ…ちゃ…んっ…!」
 快楽の源泉のような箇所を二つ同時に責められて、もうたまらないのだろう。臨也は全身で静雄に応えながら、感極まったように甘い声を止め処もなく零してすすり泣いた。
「あっ、ひあ…っ…あ、や、っあ…あ、ん…っ…!!」
 びくびくと震えながら意志のある生き物のように締め付けてくる柔襞は、静雄の熱にきつく絡み付き、離すまいと縋り付いてきて。
 それを振り切るように深い律動を繰り返す静雄の額や肩からも、玉のような汗が滴り落ちる。
「臨也…、臨也…っ……!」
 名前を呼ぶだけでは衝動を抑え切れず、大きくそらされて顕わになった細い首筋に唇を這わせ、甘噛みを繰り返して花びらのような痕を幾つも散らす。
 そして思いの丈をぶつけるように、二度三度、強く最奥まで突き上げてやると、臨也は声にならない嬌声を上げて、独りでは決して到達できない高みへと駆け上った。
「──────っっ…!!」
 ずっと解放できなかった熱を吐き出し、全身を引き絞るようにして静雄の熱を締め上げる。
 その強烈で甘やかな誘いかけに、静雄ももう抵抗はせず、灼熱の想いを迸らせた。
「……っ、あ……」
 全てを吐き出してしまうと、急激な脱力感が全身を襲ってくる。
 臨也を押し潰してしまわないよう肘を突いて体を支えながら、未だ離すまいと奥に引き込むようにひくつきながら絡み付いてくる柔襞の感触に浸っているうち、少しずつ触感以外の感覚が戻ってきて。
 静雄は右手を上げ、荒い息をつきながらぐったりと目を閉じている臨也の汗に濡れた顔をそっと撫でた。
「臨也……?」
 名前を呼ぶと、微かに瞼が震える。かろうじて意識はあるようだが、脱力が激し過ぎてそれ以上の反応をするだけの余力が無いのだろう。ぴくりとも動こうとはしない。
 だから、静雄も無理強いはせずに、余計な刺激は与えないようゆっくりとした仕草で、リネンの上に散る黒髪を梳いた。
 いつもならさらさらと指先に流れる髪が、今はしっとりと濡れていて、行為の激しさと臨也の感じていた歓びの深さを静雄に伝えてくる。
 そうするうちに喉が渇いたな、と自身の渇きに気付いて、嬌声を上げ続けていた臨也なら尚更、渇きは辛いだろうと、静雄はやっと身動きするきっかけを掴み、ゆっくりと自身を臨也から抜いた。
 そして、手早く後始末をしてベッドを離れ、キッチンでグラス一杯の冷えたミネラルウォーターを飲み干してから、ガラス製のジャーを水で満たし、グラスと共に持って寝室に戻る。
 一旦、サイドテーブルにそれを置いてからベッドに上がると、うっすらと目を開けた臨也がこちらを見上げた。
 どこに行ってたの、と問いかけるようなまなざしに、大丈夫だと静雄は臨也の頭を撫でる。
「水を取りに行ってただけだ。喉渇いただろ」
 そう確認するように尋ねれば、臨也はかすかにうなずいたから、静雄はグラスに注いだ水を自分の口に含み、その冷たさを少しだけやわらげてやってから、そっと臨也に唇を重ねた。
 脱力しきった身体は水を嚥下することもだるいようで、むせないように上半身を抱き起こして首の後ろを支えてやりながら、臨也がもういいと仕草で示すまで、何度もそれを繰り返す。
 そして最後に、自分ももう一杯飲み干して、グラスを置いた。
「もうどこにも行かねぇって」
 一連の動作を、まだぼんやりとした眼差しで、しかし、ひたと見つめてくる臨也に苦笑しながら、静雄はその隣りに身を横たえて手を伸ばし、小さな頭や細い肩をそっと撫でてやる。
 すると、臨也は安心したように数度、ゆるやかなまばたきを繰り返した。
 そんなやわらかな触れ合いがどれほど続いただろう。
「……シズちゃん…」
 いつもなら事後は直ぐに眠りに落ちてしまう臨也が、静雄を見つめたまま、ひっそりと名前を呼んだ。
「何だ?」
 本来なら澄み切ってよく透る声が、今はさすがにかすれてしまっている。
 白い肌に刻んでしまった痕といい、無茶をさせてしまったかと思いながら続きを待っていると。

「俺を好きになってくれて、ありがとう」

 小さな声で、囁くように臨也が告げた。
 透明感のある深い色をした瞳が、薄明かりの中で真っ直ぐに静雄を見つめる。

「前に、シズちゃんは俺にありがとうって言ったけど、本当は違う。逆なんだ。俺みたいな人間を本気で愛してくれるのは、世界中探しても、シズちゃんしかいない」

 声こそ儚くかすれていても、臨也の言葉ははっきりしていた。
 月明かりのように明瞭に、優しく切なく静雄の鼓膜を打つ。

「ありがとう、シズちゃん」

 そう繰り返した臨也の瞳から、また涙が溢れて零れ落ちる。
 切なさと愛おしさに胸が締め付けられるのを感じながら、静雄は臨也の頬をそっと撫でた。
「そんなに泣くと、朝起きたときに目が開かねぇぞ」
「仕事は休みにするから、いいよ」
「ンな自由でいいのかよ」
「自営業の自由業だもん」
「もん、とか言うな。いい歳して」
 いつもの遣り取りに微苦笑しながら、想いを込めて臨也をやわらかな手の動きで撫で続ける。
 本当に愛おしかった。
 これほどまでに愛し愛される存在に出会えたことが、たまらなく幸せに思えて、静雄もまた泣きたくなるような熱の塊を胸の奥に覚える。
 幸せ過ぎて死にそうだと思いながら、浮かんだ言葉をそのまま口にした。

「これからはずっと一緒だ」

 臨也を撫でる自分の手の薬指には、銀色の輝きが優しく光っていて。
 その澄んだ輝きに目を留めた静雄は、臨也の左手にその手を重ねた。

「俺は死ぬまでお前を離さねぇから、お前も俺から離れるな」

 薄闇の中で仄かに輝きながら重なり合う、二つの指輪。
 『祈り』と銘のついたこの指輪を店頭で受取った時のことが、不意に静雄の脳裏に蘇る。
 指輪を納めた桐箱を赤と黄の組紐で結んでくれた店員は、これは日本で一番丈夫とされている真田紐で、お二人の仲が離れることのないようにとの願いが込められてあります、どうぞ末永くお幸せでありますように、と微笑んでくれたのだ。
 その時受けた深い感銘が、今、更に深くなってしんしんと心に響いてきて。
 臨也にもこの想いが伝わればいいと、重ねた手を包み込むような形に変えれば。

「うん。絶対に離れないし、離さない」

 ほろほろと涙を零しながら、臨也は微笑んでうなずいた。
「ああ」
 また泣く、と愛おしさに押し潰されそうになりながら、静雄は両腕を差し伸べて臨也をそっと引き寄せる。
 胸の中に抱き込み、その甘い匂いを感じながら、ほっそりとしなやかな背中を撫でると、不思議なくらいに心が安らいだ。
 それから、小さく身動きして顔を上げた臨也と至近距離で目が合って。
 どちらからともなく、温もりを交わすだけの優しいキスをする。
 そして、ゆっくりと唇を離し、静雄を見つめた臨也は、花が開くようにふんわりと微笑んだ。
「明日からも、またよろしくね、シズちゃん」
「ああ」
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
 微笑んだまま目を閉じた臨也の目元と額にキスを落とし、もう一度腕に抱き直して、静雄もまた目を閉じる。
 夜が明け、朝になっても、またいつもと同じ一日が始まる。
 その極普通で当たり前のことが、今は何よりも幸せだった。

*               *

 ふわりとした意識の浮上に促されて、臨也はゆっくりと目を開く。
 そろそろ見慣れてきた寝室の天井の白いクロスに、ああ朝だ、と思い、次の瞬間に、はっと目を見開いた。
「───…」
 いささか慌てた仕草で左手を目の前にかざし、薬指に銀色の細く優美な指輪が嵌まっているのを認めて、ゆっくりと肩の力を抜く。
 そして、夢じゃなかったんだ、と小さく呟いた。
 じっと眺めた後、隣りへとまなざしを向ければ、カーテン越しの陽射しが作り出すやわらかな明るさの中で、静雄が眠っていて。
 その左手の薬指にも、全く同じデザインでサイズ違いの指輪が嵌まっているのが見える。
 穏やかな寝顔とその指輪を見つめながら、こんなに奮発しちゃって、と心の中でからかうように詰(なじ)ってみた。

 先月の誕生日の際、静雄が指輪を買おうと言ってくれたのは本当に嬉しかったのだが、正直なところ、その辺の高校生カップルがしているような安っぽいシルバーリングくらいのものだろうと軽く考えていたのだ。
 おまけに、なかなか静雄が指輪を差し出してこないものだから、てっきり忘れてしまったか、ブランドを選びあぐねて先送りになってしまっているのだろうと勝手に思っていたのである。
 それが、こんな有名どころの指輪を贈ってくれるなんて。
 静雄の気持ちを決して軽んじていたわけではないのだが、想像すらしてもいなかったせいで、完全に不意打ちを食らってしまった。
 でも、本当に嬉しかったのだ。
 アクセサリーを頻繁に買う男ならともかくも、静雄の性格からすれば、生半可な気持ちで結婚指輪など買えるはずもない。
 ケースとそこに並んだ二つの指輪を見た瞬間に、どれほどの想いで選んでくれたのか、全て臨也には伝わってきた。
 本当に嬉しくて、幸せで。
 幸せ過ぎて、死ぬのなら今がいいと心の底から思ったし、このまま永遠に共に生きたいとも思った。
 そして、静雄もまた、同じ気持ちを抱いてこの指輪を選んでくれたのだと分かったから。

「……昨夜、俺が言ったことは全部、嘘じゃないよ」
 静雄になら何をされてもいいし、殺されても構わない。
 ただ、その代わりに平和島静雄という存在の全てが欲しい。
 それは本当は出会った時から、ずっと願っていたことで、ただ無駄にひねくれて意地っ張りな性格では認めることもできなかっただけの話だ。
 でも、それをやっと昨夜、言葉にすることができた。
 好きになってくれてありがとうと、この一年余りの間、ずっと思っていたことをやっと言うことができたのだ。
「ありがとう、シズちゃん」
 大好き、愛してる、と昨夜何度も繰り返した言葉を、もう一度呟きながら、左手で静雄の金色に染まった髪を撫でる。
 静雄が自分を見てくれるようになってからこの一年余りの間、ずっと幸せだったし、先頃一緒に暮らし始めてからは、これ以上幸せなことなどないだろうと思っていた。
 なのに、そのまだ上があったのだ。
 それには驚くしかないし、またその幸せをくれる静雄には深い感謝と愛情以外、何も感じられない。
 ───俺も、お前だけが残ればいい。
 ───これからは、ずっと一緒だ。
 これほど愛おしく、幸せな言葉があるだろうか。
 静雄の言葉はいつでも臨也の心を優しくくるんでくれるが、昨夜はまた格別だった。
 今思い返してみても、幸せ過ぎて爆発しなかったのが不思議なくらいに思える。
「でも、シズちゃんも幸せだって言ってくれたもんね……」
 自分の存在が、大好きな人を幸せにできる。
 静雄に愛されるまで、そんな幸せを臨也は知らなかった。
 そして、一度知ってしまったからには、もう二度と知らなかった頃には戻れない。
 ただ、この幸せが一生続きますようにと願うことしかできないのだ。
 しかし、願うことしかできないというのに、何故か不安も悲しさも感じなかった。
 シズちゃんと二人なら大丈夫。
 そんな確信が、どこからか静かに湧き上がってきて臨也の心を満たす。
 これまでならば、幸せな夢なのではないか、いつか醒めてしまうのではないかと、いつでも心の奥底では不安を完全には打ち消せなかったのだが、今はそれを全く感じないのだ。
 昨日までと違うことといえば、左手薬指の指輪しかないが、そこに込められた静雄の想いが臨也の心を確かなぬくもりでくるんでくれている。
 指輪など物理的にはただの金属の輪でしかないが、それが象徴するものは計り知れない。
 ましてや、静雄は二人のために『祈り』という銘の指輪を選んでくれたのだ。
 これで尚、不安に揺らぐのであれば、馬鹿の極みとでも呼ぶべきだった。
「シズちゃんに関しては、俺は間違いなく馬鹿だけどさ。でも、そこまで馬鹿じゃないからね」
 ふふ、と込み上げるやわらかな想いに微笑みながら、臨也はゆっくりと静雄の髪をゆっくりと撫で続ける。
 やがて、静雄の目元がぴくりと震えて。
 じっと見守っていると、案外に長い睫毛が綺麗に揃った瞼が、重たげにしばたたきながら持ち上がる。
 覗き込んでいる自分はと言えば、昨夜散々に泣いたせいで目元がひどいことになっているのは腫れぼったい感覚で分かっていたが、それさえももう気にならなかった。
 全力で愛され、愛した結果なのだ。何を恥じる必要もない。
 だから、綺麗に澄んだ鳶色の瞳が自分をまっすぐに捉えるのを待って、臨也は愛しくてたまらない相手に最高の笑みを向ける。
 永遠に続く幸せな物語は、まだ始まったばかりだった。


「おはよう、シズちゃん。今日もいい天気だよ」

End.

以上、臨也のおたおめから続いた四部作完結です。
完成までに2月以上かかってしまいましたが、ここまで見て下さって、ありがとうございました。

なお、作中で登場した指輪のモデルとしました某ブランドの真田紐にまつわるエピソードは、夜猫様に教えていただきました。
とても素敵で大切なお話を聞かせて下さったことに、心より感謝致します。

この物語を応援して下さった方、読んで下さった方の全てに、この上なく優しい幸せが訪れますように。
皆様が今、ほっこりとして下さっていたら、私も本当に幸せです。
本当にありがとうございました。m(_ _)m


2011.7.17.
古瀬晶 拝

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